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#15、当たりじゃないと




4日間連続で強力な魔害獣を倒し続けた事で、私達の懐はだいぶ温まってきた。

同時に、賞金稼ぎギルド・ガイラ支部の中でも、結構な有名人になってしまう。


目立つのは嫌だったので、私はコロちゃんに相談する事にした。

極地カブトムシを倒した翌日、正午前の事だった。



「…コロちゃん、お金も十分に貯まりましたし、そろそろこの街を出ましょうか。」


「ああ、確かに頃合いかもね。これだけ蓄えがあれば、しばらくは大丈夫でしょ。」


「それに、コロちゃんが有名人になりかけてますからね。

これ以上噂が広まって、ガイラの街の監督官に目をつけられるのも厄介ですし。」


今朝買い出しに行った時は、近所の子供にサインをねだられた。

これはすなわち、ギルド外にも顔を知られているという事。

コロちゃんが人気者になるのは、仲間である私としても嬉しいけど、状況としてはよろしくない。


もし帝国側と交戦する事態になった場合に備えて、空き時間にこの街の監督官について情報収集したにも関わらず、あまり良い情報は得られなかった。

ここの監督官は滅多に表に出て来ない為、具体的な情報は殆ど誰も知らなかったのだ。

未知数な敵との戦闘リスクは、なるべく避けるに越した事はない。


越した事はないんだけど。









「やあやあ、君が例のアディーナちゃん、だね。

僕ぁ、このガイラの街で副監督官っていうのをやらせて貰ってる、カジオっていうもんなんだぁ。

よろしくね。」


何か、往来のど真ん中で声を掛けられた。

しかも、副監督官と名乗る人物に。

これはマズい。


街を出ようと思って支度を済ませ、馬舎に預けていたマックス君を引き取りに行く最中の出来事だった。

目の前に立ち塞がるのは、恰幅の良い大男。

着古して薄汚れた白いティーシャツに、短パン、坊主頭でにこやかな笑顔を浮かべている様は、とても帝国軍の達人には見えない、田舎の大将みたいな男だった。

肩から腰に掛けて、紐付きのクーラーボックスを掛けていて、背中には巨大な木の板のような物を背負っている。


「…くッ、まさか街を出ようと思ったこのタイミングで…ッ!」


「あぁ、そうだったの。

でも安心してよ。僕ぁ、君らを捕まえようとは思ってないからさ。」


「え?」


カジオと名乗った男の人からは、その言葉通り微塵も敵意を感じない。

むしろ、口角を緩く吊り上げてニコニコ笑っているのを見てしまうと、こちらの戦意もごっそり削がれてしまう。

これは、何かの罠なんだろうか。


横目でコロちゃんを見ると、分かりやすく戸惑っている。



「…よいしょっと。」


カジオさんは私達に背を向け、そのまま近くのベンチに座り込んでしまった。


「まあまあ、そんなにカリカリしないで。

アイスでも食べてさ。落ち着こうよ、ね?」


のんびり動く田舎の大将は、手持ちのクーラーボックスから水色のアイスキャンディーを取り出して、私とコロちゃんに一本ずつ差し出してきた。

こんなの、受け取る訳がないでしょう。


「アディーナ、これどうするの?」


「どうするも何も、こんなパターンは想定してませんよ。

兎に角、こんな怪しいアイスは受け取れませんって。」


「うんうん。」


私とコロちゃんがキッパリ断り、カジオさんは少し残念そうな表情を見せる。



「そっかぁ。まあ、仕方ないよね。僕ってあからさまに怪しいし、食べてはくれないよね。

大丈夫、毒とか入ってないから。」


「だとしても、です。毒以外にも、何らかの罠が仕掛けられている可能性があります。」


もう一度断ると、更に残念そうな顔をする。

何か、悪い事してるみたいで若干心苦しい。



「うん、分かったよ。それじゃあ、僕が食べちゃうね。」


カジオさんは、私達に渡そうとしていたアイスを、自分で食べ始めてしまった。

確かに毒とかは入ってなかったみたいだけど、一体何が目的なんだこの人は。


「僕ぁね、君らと一度話がしてみたかったんだ。

で、さっき君ららしき人物を偶然にも目撃しちゃったからさ。

捕らえるのとか抜きにして、どうして帝国に反旗を翻したのか、生で直接意見を聞いてみたくてね。

一人で来ちゃったんだ。」


成る程、つまりは興味本位で。

とっとと逃げ出そうかとも思ったけど、これは私にとってもチャンスなのかもしれない。

この人から監督官の情報を聞き出せば、監督官との戦闘になった際に有利に働く。

恐らく監督官にも私達の事は報告済みだろうから、戦いになる可能性は高いでしょうし。


それに、腑に落ちない点が一つある。

私達の目撃情報の出所が、一体何なのか。

もしかして、最近私達を監視している〝何か〟と関係があるのか…。




「……分かりました。ただし条件があります。」


「条件?」


「初対面の貴方に、私達のプライベートな事を話すんです。

貴方の話も聞かせて下さい。」


「ああ、そんな事ならお安い御用だよ。」


ここまで話してみて、何となく分かった事がある。


この人は、多分嘘を吐いてない。


周りに敵の気配を感じないから、一人で来たというのも恐らく本当。

何より、こんな純粋そうな笑顔を絶やさない人が、何か企んでるとは思えない。勘だけど。


念の為、武器はいつでも取り出せるよう最大限の警戒を払いながら、会話に臨む。

私とコロちゃんは、隣のベンチに腰掛けた。


「アハハ、僕を信じてくれて嬉しいよ。

じゃあ、何から話そっかぁ。」


カジオさんはアイスを食べながら、笑顔で考え事をしている。

よし。単純そうだし、上手い事あしらいながら情報を聞き出そう。


「それじゃまずは、君らがどうして帝国と戦うの……か…?」


話を始めようとした矢先に、カジオさんに異変が生じる。

自分が食べたアイスの棒を眺めて、小刻みに震えている。


「……ぁ…あぁ…ッ!」


「どうしたんですか?」


私は警戒を強め、ベンチから立ち上がり距離を取る。

カジオさんは私に一瞥もせず、血走った目を見開きながらアイスの棒を見つめている。

鬼気迫るその表情からは、さっきまでの穏やかさはとうに消え失せている。


何なんだこの情緒不安定な人は。怖過ぎる!





「あああ゛ああ゛ぁぁああアアアアァァぁァッッ!!!」


白目を剥いたカジオさんが、人間のものとは思えないような大音量の奇声を発する。

空気がビリビリと震え、周囲の人々は異変に気付き、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。



「い、一体何なんですか?」



「当たったァァああぁぁぁ!!」


「…当たった?」


カジオさんが聞き取れる言葉を発したと思ったけど、何が〝当たった〟のか意味が分からない。




「おい、君達!そこにいたら危険だ、早く逃げなさい!」


近くの民家の二階の窓から、知らないおじさんが大声で私達に警告してきた。

私とコロちゃんを通りすがりの普通の女の子と思っているのか、心配してくれてるみたいだ。


「これ、何が起きてるんですか!?」


「カジオさんは、この街の副監督官であり、『当たり棒の達人』なんだ!

普段は温厚だが、アイスを食べて当たりを引くと、嬉しさの余り凶暴化して、目の前にいる人物に襲い掛かるんだ!」


何その迷惑な達人!?


「彼を止められるのは、上司である監督官しかこの街にはいない!

もう通報されてるだろうから、君達はなんとしてでも逃げ切るんだ!」


「通報ッ!?」


マズい。

駆け付けて来た監督官に見つかったら、非常にマズい事態になるのは間違いない。



「当たり当たり当たりぃぃィィィィァァああぁ!!」


カジオさんの狂戦士の眼光が、私達に向けられる。


「コロちゃん、馬舎まで先に逃げて下さい。

私が食い止めておくので、マックス君を引き取って、炎鬼鯉と戦った湖で待っててくれませんか?」


「…え?でもアディーナ…」


「監督官に見つかったら、確実に街の門を塞がれて包囲されます。

そしたら、マックス君を連れて脱出する事が出来なくなります!」


「わ、分かった!」


コロちゃんは心配そうに私を見た後、全力疾走で走り去って行った。



「さてと。」


「おおおオオォォ!!」


カジオさんが、背負っていた木の板を両手で振りかざし、そのまま周囲の民家の屋根を軽々と見下す程の高度までジャンプする。

何という身体能力!

そしてあの木の板、よく見たら巨大なアイスの当たり棒だ。


「アアあオォッ!!」


奇声と共に、上空から落ちてくる勢いを利用し、巨大当たり棒を私目掛けて思い切り叩き付ける!

凄い勢いだけど、動きが読みやすいので容易に見切れる攻撃。

私がバックステップで回避すると、巨大当たり棒は空を切り、地面へと叩き込まれた。


強烈な衝撃により石畳の地面は爆ぜ飛び、派手な破砕音が響き渡る。

地面は大きく陥没し、直撃箇所を中心に、半径数メートルのクレーターが出来上がった。


たった一撃で、何という威力。

当たってたら、私の頭は潰れたトマトみたいになってたかもしれない。


「おおォォ…!」


カジオさんの双眸が再び私を捉え、巨大当たり棒の連続攻撃が襲い来る。

乱雑に振り回しているように見えて、的確に人体の急所や死角を狙ってくるので、非常に厄介。

その所為で、防戦一方。逃げ出す隙が見出せないでいる。



「『割り箸殺法・梛筏』」


私は嵐のような連撃を躱す中で、何とか割り箸を割る事に成功する。

超振動を起こした割り箸は猛烈な衝撃波を生み出し、更にそれを収束。

一点集中の高火力衝撃波が、カジオさんの胸部を撃ち抜いた。



「グゥぅオォォッ!?」


吹き飛んだカジオさんは、民家に激突!

この隙に逃げようかと思ったけど、粉塵の中から小さなアイスの棒が高速で飛び出し、私の頬を掠める。


どうやら、逃してはくれないらしい。



「ゴオオォォッ!」


粉塵を裂き、鬼面のカジオさんが飛び出してくる!

一足飛びで私の元に肉薄し、ガムシャラに巨大当たり棒を振り回す。

さっきまでに比べて正確さを欠いているのは、私の中途半端な攻撃で怒らせてしまったからなのか。

お陰で、いとも簡単に回避行動がとれる。


私がカジオさんの攻撃を躱す度に、石畳は砕かれ、建物に大穴が空き、街路樹や街灯が木の枝のようにへし折られていく。

当然、街を警備する人達も指を咥えて見ている訳にはいかないだろう。



「カジオさん!正気に戻って下さい!」


騒ぎを聞きつけてやって来たのは、この街に配備されている軽装鎧を着たクローン兵達。

彼女達が手に持っているのは、〝はずれ〟と書かれたアイスの棒だった。


「これを見て下さい、はずれです!は・ず・れ!」


ギリギリ攻撃を受けない距離まで近付いた勇気あるクローン兵が、はずれ棒をカジオさんの目の前で見せつける。

他のクローン兵や街の住人達は、祈るような表情でその様子を見守っている。





「……はず…れ…?」


カジオさんの狂気は解かれ、鼻水を垂らしながら呆然とした顔ではずれ棒を見つめる。



「そうです!はずれです!現実を見て下さい!大人しくして下さぁい!」


「…大人…しく…して…」


呆然としていたカジオさんだけど、次第に全身が小刻みに震え始め、遂には叫んだ。



「ヤダああああアアァァァァッッ!!

当たりじゃないとヤダアアァァァァッ!!」


今度は子供のように駄々を捏ね、再び暴れ出した。

そしてまた私に狙いを定めると、先程よりも更に速く、私に向けて突進してくる。






「『割り箸殺法・渦紫陽花うずあじさい』」


私も、黙ってやられる程ヤワではない。

飛び掛かってくるカジオさんとすれ違うように、カウンターを叩き込んだ。


「グホぁァァッ!?」


飛び掛かってきた勢いそのまま、カジオさんはクレーターと化した石畳の地面に激突する。

ただ、この程度じゃタフなカジオさんは倒せない筈なので、更に連撃を決める。



「ガァォォ!!」


立ち上がったカジオさんに、間髪入れず二撃目を入れる。

まともに攻撃を喰らい、たまらず仰向けに倒れる巨体。


三撃目、四撃目、五撃目と、カジオさんが起き上がる度に、私の割り箸が火を吹く。



「オォ……ぉ…」


十二撃目を喰らわせた時点で、ようやくカジオさんは動かなくなった。

体力を使い果たして力尽き、気を失ったようだ。


どんだけタフなんだ、この人!


「早く、逃げないと!」


幸いにも、カジオさんの対処に夢中だったクローン兵達は、付け髭で変装している私の素性に気付いていないようだ。

でも、カジオさんを倒したのを目の前にして、唖然としている。


目立ち過ぎだ。

私は倒れ伏すカジオさんに背を向け、急いで駆け出した。




その時だった。



声も上げず、気配も殺し、幽鬼の如くゆらりと、私の背後でカジオさんが立ち上がった。

彼が振り下ろす凶器に私が反応したのは、既に回避が間に合わないタイミングだった。





私はその刹那、死を予感した。



⚪︎コロちゃんのメモ帳



カジオ


ガイラの街の副監督官ね。

普段はとても温厚でのんびりとしてる人物で、周りからも好かれる人柄なんだけど、大好物のアイスで当たり棒を引くと、嬉しさの余りに狂戦士化してしまう、『当たり棒の達人』よ。

その豹変ぶりから、アイスを食べている時の彼には誰も近付かないみたい。

本人は、凶暴化している最中の記憶は元に戻ると消えてしまうらしくて、自分が何の達人なのか正直よく分かってないらしいけど、特に気にしてないようね。

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