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#12、面白い?




「…あ、あァァ……」


箱の中身が露わになり、この世の終わりのような顔をしているバンシー。

膝をつき、最早戦う気力も湧いていないようなので、私は箱から出てきたノートを一冊手に取る。



「…えっと、1年B組シエル・マジア。

どうやら、学校で使う普通のノートみたいですけど。」


「持って来たアタシが言うのもなんだけどさ。

この子の私物みたいだし、見るのはやめときなさいよ。」


確かに、目の前で呆然としているのは、魔害獣バンシーである以前に、シエル・マジアという一人の少女だ。

そんな彼女のプライバシーを侵害するのは、流石にちょっと憚られる。




「でもコロちゃん、何が書かれてるか気にならないんですか?」


「えッ!?



……まぁ、気にならないと言ったら、嘘になるけど…。」


コロちゃんが、バツが悪そうに答える。


「うん、確かに気になりますよね。




でも、これはお返しします。」


「え?」


私は床に散乱したノートを拾い集め、箱に戻してバンシー…


いや、シエルさんに手渡した。



「…見ないの?」


シエルさんは不思議そうな表情で、私の顔を見ている。

でも、これが私が出した結論だ。

確かに内容は気になるけど、見ない理由が私にはちゃんとある。



「シエルさん、貴女も元とは言え人間であった以上、人に知られたくない秘密の一つや二つ、持っていて当然です。

それは勿論、私やコロちゃんも同様です。

ましてやこれは、貴女が家族を拒絶してまで知られたくなかった程の秘密。

貴女の気持ちを理解出来る以上、私はこのノートを見ません。お返しします。」



魔害獣の目にも涙。

私が差し出した箱をポルターガイストで受け取りながら、シエルさんは口をへの字にしながら涙ぐんでいた。



「うぅ…、ありがとう。」


「いえいえ。でも、今後は人に迷惑掛けないで下さいね。

その箱も、もっと見つかりにくい所に隠しといた方がいいですよ。」


「…うん。」



素直に返事したシエルさんだけど、まだ何か言いたい事があるのか、私とコロちゃんにチラチラと視線を送ってくる。



「どうかしたんですか?」


「…ぅ、えっと…」


モジモジと恥ずかしそうにしているシエルさん。

これは、どういう事なんだろうか。




「……本当に、見ないの?」



予想外の言葉に、私とコロちゃんは声を揃えて



「へ?」



と、素っ頓狂な声を上げてしまった。



「…ゥ、ほら、私のノート、さ。

別に見てもいいよ、って。」



「いや、見られたら困るんじゃないんですか?」


「…でも、貴女達なら見られてもいいかな、と思って。」


物凄く歯切れが悪い感じだけど、一体全体どういう風の吹き回しなんだ。

あんなに見られるのを嫌がっていたのに。



「えっと、シエルちゃん。本当に大丈夫なの?」


コロちゃんも気を使って再確認する。



「…うん、大丈夫。友達になら、見せてもいい。」


何か、いつの間にか友達になってるし。



「本人がそこまで言うのなら、見ない方が悪いですね。」


ひとまず言質も取れたし、これで堂々とシエルさんのノートを見れる。

さっきは格好付けてあんな事言ってみたけど、私だって何が書かれているのか気になって仕方なかった。


シエルさんがポルターガイストで浮遊させていた箱を床に置いてくれたので、私達はそれを開け、中身を取り出す。

ノートは全部で十冊存在し、それぞれに1から10までの数字が表紙に大きく書かれている。



「まず、1からいってみましょうか。」


オーソドックスに、1と書かれたノートから順に見ていく事にした。

そこで私は、衝撃的な事実と共に、シエルさんが今まで守り通そうとしていた理由を、知る事となった。




「これは…ッ!」


「……どう?」







主人公と思しき剣士の少女。

その主人公の恋人兼相棒の、盗賊の少女。

他にも賢者や武術家の仲間達と、彼女らに随伴する小動物マスコットキャラ。


そんな剣と魔法の世界の住人達が、コマ割りされたページの中で戦い、暮らし、冒険している。



つまり、シエルさんのノートの内容は、自作の漫画作品だった。



「…面白い?」


シエルさんは、顔を真っ赤にしながら聞いてきた。


「ええ、まあ、面白いですよ。」


咄嗟に出た言葉がそれだった。

まだ読み始めたばかりだから何とも言えないけど、作画はともかくストーリーは悪くないと思ったのが素直な感想。

1から10までの数字は、普通に巻数だった。


いや、それよりも、この黒歴史を他人に見られたくないあまりバンシーになったのか、この子は!

しかも、散々拒絶したのにここに来て見せてくれるのは、アレか!

思春期にありがちな、滅茶苦茶に恥ずかしくて普段は隠してるけど、本音を言うと自分の作品を見て感想を言って欲しい的なアレなのか!


面倒くさッ!


気持ちは分からないでもないけど!

だからこそ、発言には細心の注意を払い、なるべく彼女の繊細なハートを傷付けないようにしよう。


「…えっと、一話のみを読んだ感想ですが、ストーリーは荒削りですが、悪くは無かったです。

ただ、登場人物が全員眼鏡キャラ被りしてるのが、気になる点ですかね。」


「成る程、眼鏡の問題、と…。」


「一概に眼鏡と言っても、私がしてるようなオーバル型や、他にもスクエア型、フレームレス型にアンダーリム型などなど、様々な種類が存在します。

全員が同じ瓶底眼鏡ではなく、キャラによって使い分けてみては如何でしょう?」


「…確かに、一理ある…ッ!」


一理どころか、百理位はあると思う。

登場人物全員(モブキャラ含む)が瓶底眼鏡を装着してる漫画とか、新手の地獄絵図でしかない。


何度も言うけど、ストーリーは悪くない。

でも、それ以外の要素が見事に壊滅的なのだ。


「当面は、ストーリー以外の改善を目標にしたらいいんじゃないかな。」


コロちゃんにそう言われ、シエルさんは腕を組んで黙考している。

今まで誰にも見せた事が無かった分、初めての読者の意見を前に、彼女なりに真剣に向きあっているのかもしれない。



「…うん、分かった。二人共ありがとう!

お陰で、もっといい作品作れるかもしれない!」


そう言って満面の笑顔を見せるシエルさんは、相変わらず青白い肌色をしているものの、生気に満ち溢れているように見えた。










◆◆



翌日の正午、私達はゴメスさんに依頼の件を報告する為、指定された高級そうなレストランで待ち合わせた。

待ち合わせるだけならギルドのカフェでも良さそうなものなのに、いかにも金持ちっぽい感じだ。



「遅いわね、ゴメスさん。」


「忙しそうな方でしたからね。」


「でも、あの時のアディーナの作戦、上手くいったわね。

アタシ、スパイの才能あるのかも。」


昨夜、シエルさんと戦っている最中に、突然彼女の部屋から出て来たコロちゃん。

そのトリックは単純明快。コロちゃんが帰ったフリをして、地下の工具置き場から拝借した梯子を使い、外の窓から二階のシエルさんの部屋に侵入したのだ。

そして、私が廊下で戦う事で、シエルさんの注意を私に向けていた。



その後も適当に雑談していたら、レストランの入り口から見知った太めの男性が入って来たのが見えた。



「おぉ、お待たせ。遅れちゃって悪いね。

ちょっと仕事が立て込んでて。」


ゴメスさんはハンカチで顔の汗を拭きながら、小走りで私達の座っているテーブル席へやって来た。

私とコロちゃんが隣り合い、その正面にゴメスさんがゆっくり腰掛ける。



「フゥ……今朝ね、毎日チェックしてる新聞の占いコーナーで、ラッキーアイテムは紫色のハンカチって出たんだ。

そして、私が普段愛用しているこのハンカチは、偶然にも紫色!

この意味、分かるかい?」


意味不明な台詞を前に、私とコロちゃんは顔を合わせた。



「さあ?」


「つまりはだね、今日は素晴らしい報告が君達から聞けるという事だよ!



で、バンシーは倒したのかな?達人ならやれるよね?

紫色の報告、期待してるよ!」


回りくどい人だなぁ、とか紫色の報告って何やねん、とか野暮なツッコミが頭に思い浮かぶけど、ここは引っ込めておく。

兎に角この人が、私の達人というレッテルに過度に期待しているのは間違いない。



「えっと、バンシーは倒してないわ。まだ、あの館に居るわよ。」



「……へ?」


コロちゃんが正直にそう言うと、ゴメスさんは一瞬呆然とし、直後に落胆したような表情になった。



「……そうか、達人である君達でも無理だったか。

うん、残念だけど今回も諦め…」

「でも、和解には成功しました。」




「……へ?」


二度目のへ?

今度は一瞬ではなく、次にコロちゃんが口を開くまでずっと固まっていた。



「バンシーと仲良くなって、お友達になったの。

今はもう彼女は人畜無害だし、こちらの話も聞いてくれる筈よ。」


ゴメスさんは、コロちゃんの言葉を理解出来ず、お目々をパチパチさせている。



「……へ?

それってどういう事?」



私達は困惑するゴメスさんに、館での出来事を終始説明して聞かせた。











「…成る程、話は分かったよ。

君達はバンシーの…


いや、シエルという名のお嬢さんの秘密を解き明かし、彼女の魂を救ったと。そういう事だね?」


「よく分からない言い回しだけど、多分そういう事ね。」


説明を始めてから終えるまで真顔だったゴメスさんだけど、急に得心行ったように掌をポンと叩いた。



「成る程、これはもしかしたら、私に舞い込んで来たチャンスなのかもしれないね!」


「チャンス?」


「ありがとう!もしかしたら君達は、討伐する以上に素晴らしい結果を出してくれたのかもしれない!

その、例のシエル君とやらに、私を紹介してくれないかな!」


嬉々としてまくし立ててくるゴメスさん。

その熱量に押されて、私達はシエルさんを紹介する事にした。


ゴメスさんは一体何が目的なのか、私とコロちゃんにはまるで分からない。



でも、取り敢えずはシエルさんに会わせてみる事にした。









◆◆



シエルさんは、昼間にも関わらず姿を現した。

もう月夜の聖水を使う必要も無いのでそのまま明るい内に来たけど、幽霊なのに昼間でも出て来るのは、風情が無いと思う。

本人には悪いけど。


「アディーナちゃん、コロちゃん、昨日振り。

どうしたの?」


シエルさんは、ニッコリ笑顔でフレンドリーに声を掛けてきた。

昨日の初対面の時とは、えらい違いだ。



「…いや、私達が用という訳じゃなくて、こちらの方が…」


私とコロちゃんの間から、ゴメスさんが仰々しく両手を広げながら、シエルさんの前まで歩いて行く。



「…お前ッ!?」


シエルさんが一気に険しい顔になり、警戒している。

この二人、顔見知りなのか。

大方、館の下見に来たゴメスさんと遭遇した、とかかな。


「やあやあ、久し振りだねぇ。

えっと、シエル君だったかな?

今まで悪かったねぇ。君を賞金稼ぎギルドに討伐対象として登録したのは、何を隠そうこの私だったんだ。

まずはそれを謝罪しよう。」


ゴメスさんが、劇場支配人の挨拶のように頭を下げる。

その様子を、シエルさんが腕を組んで睨んでいる。


面白そうだから、しばらく様子を見てみよう。



「本当に、謝罪してるの?」


「勿論。君の事情も知らずに、私が一方的にこの館に押しかけようとしてたんだからねぇ。」


「…まぁ、私も無理矢理追い返して、賞金稼ぎの人達に怪我させちゃったし…。

私も悪かったかも。」


「おお!許してくれるのかい?」


「…うん、まあ。」


「おぉ!おお!ありがとう!

それじゃあ、仲直りの印として、この館を私にリノベーションさせてくれないかな!?」


まあ、ゴメスさんの目的はそれですよね。



「リノベーション?」


「そう!私はこの立派な館に惚れ込んでしまってねぇ。

しかし、長い間放置されてしまったこの場所は、お世辞にも綺麗とは言えない。

部屋の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされ、地下や壁の穴の中はネズミや虫の巣窟。

建物自体も、経年劣化であちこちガタがきている。

だからこそ、この館には今、大規模な改修工事が必要なのだよ!」


「うん、じゃあお願い。」


「うんうん、分かるよ。この館は君にとって家族との思い出の場所だもんねぇ。

私にも、遠い故郷に暮らす家族がいる。

無論、そこには私の実家もある。それをどこの誰とも知らない人間に手渡すのは、とても心苦しい。

でも、だからこそ……





……ん?」


「だから、お願いって。」


シエルさんが、しれっと答える。



「…え?そんなあっさり…?」


肩透かしを喰らったゴメスさんが、赤ん坊みたいに首を傾げてポカンとしている。



「うん。別にいいよ。

でも、こんな館を改修なんかして、どうするの?」


「いや、それはだね、ちょっとホテルにでもしようかな、と。」


「ホテル!?何それ面白そう!」


シエルさん、ホテルと聞いてテンションがうなぎ登りだ。

そして、想定外の展開だったのか、さっきまで演説めかして喋っていたゴメスさんが、グイグイ来るシエルさんにたじたじとしている。



「ホテルって事はさ、色々豪華になって、人もいっぱい来るんだよね!?」


「…う、うん、ホテルだからねぇ。

ただ、ここは些か街の中心部から離れているから、それを穴埋めするだけの〝話題性〟をいかにして確保するか。それが課題だったんだ。

で、それを解決する為に必要なピースが、シエル君。君なんだよ!」


若干調子を取り戻したゴメスさんが、自身の大きな手でシエルさんと握手しようとするが、アンデットなので透過してすり抜けてしまう。



「…わ、私?」


「そう、そうなんだよ!

君に是非、ホテルの看板娘になって欲しいんだ!」



⚪︎コロちゃんのメモ帳



ゴメス・ビクトレ


ガイラの街の豪商で、色んな事業に手を出し成功している、やり手で有名なおじさんね。

商魂逞しくお金稼ぎには余念が無いけど、裏では孤児院に多額の寄付をしてたり、子供好きだったり、人道的な一面もあるみたい。

日頃の不摂生が祟って、体重は日々増加しているから、最近はジムに通って運動もしてるらしいわよ。

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