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最終回 お調子者

 その日の朝はとにかくテンションが低くて、普段からローテンションなひなたはその日だけはさらに地底を這っているようだった。

「緊張するなぁ」

「ぐっちゃんだけが緊張してるんじゃないですよ」

 雪乃のつっこみに川口はわかっていると頷く。

 今日は大学の合格発表の日。すでに合格を決めている安藤以外は、今日で進路が決まってしまう。


 涼しい顔をしているのは有奈だ。しかし、表情こそいつもどおりだが、さっきから一言も話そうとはしない。

「よしっ・・・行こう」

 川口を先頭に、ひなた、雪乃、有奈の4人は掲示板のほうへと歩き出した。


            ◇


 ひなたは何度も自分の受験番号を確認してから、掲示板を見た。

 大丈夫。あんなに勉強したんだから・・・・もし落ちたとしても悔いはない。

 そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと掲示板を見る。

 近くには合格を喜ぶ声が多く聞こえてくる。自分もその中の1人になりたかった。

 視界の片隅で、川口が息を呑むのがわかった。その横顔が輝いている。合格したんだ。よかった。


 そのとき、見知った番号を見つけて思わず目を見開いてしまった。

 この番号・・・・・・あった!合格だ!

 何度も何度も受験番号を確認し、それでも間違いはなかった。

 合格・・・!








「そんなに 固くならなくても大丈夫だよ」

「そう言われても・・・」

 やっぱり緊張してしまうのだ。

 ひなたは今川口の家に来ていた。高校を卒業したら遊びにおいでよと言われたことが実行されたのだ。


 川口は川口で涼しい顔でどんどん家の奥へと入っていく。

「あれ・・・いないや。あっ、今日遅くなるって言ってなぁ」

 ぶつぶつと呟きながら川口は戻ってきた。

「ご家族はいないの?」

「うん。誰もいないみたいだから安心していいよ」

 ほっとしたような、逆に緊張するような複雑な気持ちになった。


「ちょっと待っててね」

 部屋にひなたをあんないすると、すぐに川口はリビングに行ってしまう。所在無げに辺りを見渡し、すとんとひなたは座り込んだ。

 ここが川口の部屋だ・・・・

 机の周りはとても散らかっているが、それ以外は片付いている。おそらくこれが本来の姿なんだろう。それに、川口の匂いがする。


 しばらくして川口はお菓子を持って戻ってきた。

「ごめんごめん。これでも片付いてるほうなんだよ」

 ビフォーをぜひ見てみたい。


            ◇


 志望大学に受かったのは、ひなた、川口、雪乃の3人だ。安藤は推薦ですでに合格していたが、問題は有奈が落ちたということだ。

 それを知ったとき、川口はじぶんのことのように落ちこんだが、当の本人はけろりとした態度で、

「私、本当は他に行きたいところがあったの」

 それは嘘偽りではなく、実際に彼女は後期試験でさらに難関大学に合格している。恐るべき人だ。


「だったらなんで慶明受けたんだろー」

 川口は最後までわからなかったようだが、ひなたは安藤からその話を聞いてわかっていた。あえてそれを川口に言うつもりもなかった。

 鈍感というわけではない。ただお互いに近すぎて、逆に見えないものもあったのではないのかと思う。


 ぽりぽりと出されたお菓子を食べていると、川口が何かを話していることに気づいた。

「え?」

「いや、今日何時まで大丈夫かなって思って」

 なぜか川口の様子がおかしい。ひなたは不思議に思いながらも質問に答える。


「あんまり遅くは無理かな・・・・・ごめんね」

「オッケー。わかった」

 なぜそこでにっと笑うのかわからない。いや、わからないフリをしていた。実際ひなたは部屋に入ってからずっと意識してばかりいたのだ。


 ダメっていうか・・・まだ無理だ・・・

 頭半分でそう考えながら、もう半分では別のことを考えていた。結局結論は出ないまま、時間だけが過ぎていく。


            ◇


 雨が降り出したことに気づいたのは午後6時を過ぎた頃だった。

「やっば・・・傘持ってないのに」

「ほんとだー・・これじゃぁバイクで送ってけないじゃん」

 いつから振り出したのだろうか。雨は結構強く振る。

「傘はウチの使えばいいよ」

 川口の提案にひなたは頷き、ちらっと時計を見た。


「ごめん。今日は帰るね」

「えっ!もう?」

 そのときの川口の顔は、まるで子供のようだった。ひなたはこの表情には弱い。

「―――ごめん」

「ううん。仕方ないもんな」


 川口はいつものように立ち上がって、ひなたを玄関へと誘導する。

 前の彼氏の家に行ったときとは違う。そのときは、相手の気持ちなんて考えたことがなかった。今さらだが、別れた原因は自分にあったような気がする。


 玄関まで下りてきて、川口に誰かの傘を貸してもらった。

「りょう・・・・?」

「あっ!いや、それ、小学生のときに使ってた傘で!名前が・・・うわー」

 顔を赤くして照れる川口は本当に子供だ。だけど、そういうところに惹かれたのだ。


「諒」

「もー・・・からかうなよー」

「違う・・・違うよ」

 ひなたはふるふると首を振る。川口が顔を上げた。


「もうちょっとだけ・・・ここにいてもいい?―――諒」

 初めて呼んだ彼の名前。川口が驚いた顔を見せた。


            ◇


 午後8時過ぎ、ひなたたちが外に出るとすでに雨がやんでいた。『りょう』と書かれた傘を使ってみたい気もしたが、あきらめて帰ることにする。

 ガレージでは川口が原付を出してくる。

 目が合うと、彼は少し照れた表情をした。


「忘れ物ない?」

「うん。大丈夫だと思う」

「・・・はいてるよね?」

「は?」

「・・・・・パンツ」

「はいてるわ!」


 ひなたがつっこむと、川口は安心したように笑う。それがひなたを心配してのことだとわかった。

 川口は子供ではなかった。いつも相手を気遣ってくれる。お調子者だけど、こんな彼が大好きだった。


 カップルを乗せたバイクは雨上がりの夜の道をまっすぐに進んでいった。

最終回です。ここまで読んでくださってありがとうございました。


途中いろいろありましたが、無事に終わることができました。

コメントをくださった方ありがとうございます。

すごく嬉しかったです!

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