2-3 元国軍外務庁中央司令部中尉
軍人、という単語を聞いた時、ランは少しだけ眼を見開いた。
その赤みがかった黒髪の少年は、今自分が伝えるべき事柄に必死らしくて、見慣れない訪問者の2人には全く気付いていない様子だ。
息を切らし、少し前のめりで居間の扉に寄りかかって途切れ途切れで言葉を紡ぐ。
「爺ちゃん…、やばいよ…あいつら、何、か、変なこと…言ってて、さ!爺、ちゃんが、危険な奴を…かくまって、る、とか何とか、って…」
顔を上げたその少年の瞳は右が金色、そして左は黒…オッドアイだ。
少年の姿とは対照的に、カナンは窓際からソファにゆっくりと移動し、煙草に火を付けている。
カナンの吐き出した煙が天井に届こうとした時、ジルは少し強張った声を出した。
「…シュウか?」
「え…?って、まさか…兄ちゃん!?」
その声を聞きながら相変わらず窓際にもたれているランは窓の外を見た。
庭の先には見慣れた濃紺の軍服を着た3つの影が見えた。
彼女の視力は良い方である、顔はさすがに確認はできないが屋敷に向かってきていることはわかる。
「ジル」
「…あ?」
声をかけたらジルは弟の頭をぐしゃぐしゃに撫でていたところだった。
どうやら彼は弟と数年ぶりに再会したことがやたらと嬉しいらしい。
垂れ目のにやけ顔がなんだかむかつく、そうランは思った。
「めんどくさそうなのが来るよ」
「え?」
「…っそうだよ兄ちゃん爺ちゃんっ、軍人が…」
「失礼するよ!アグネス卿」
シュウが思い出したようにその言葉を発した時、遮るかのように偉ぶった声が屋敷中に響いた。
それに反応したシュウは、ジルを居間の奥に追いやるようにして急いで移動させた。
窓の外に向いている視界からその3つの影が消えた後も、ランは庭を眺めていた。
良い天気だ、サリヤスには高い建物はほとんどないから空がよく見える。
濃紺の軍服はあの灰色の建物を、そしてその記憶にいつも存在しているあの人の、狂気のチラつく笑みを思い出す。
その記憶の残像を振り払うようにランが瞼を閉じると、居間に入り込む足音と、気配がした。
―――――3人分の気配。
「おや、ロット大尉じゃありませんか。この老爺に何の御用かな?」
飄々と尋ねるアグネス卿の声。
(…ロット大尉?)
「村人から連絡があってですねえ。広場で騒ぎを起こしたよそ者をあなたが連れて行ったらしいじゃないですか」
ランは閉じていた瞼を開け、横目でその声のする居間の入口付近を見た。
軍服の人物はやはり3人。
手前に小柄な中年の男がひとり、そして付き従うように後ろに佇む2人の男。
ひとりはガリガリに痩せた線の細い男で、縁なしの眼鏡をかけている。そしてもう片方は筋肉…というよりも脂肪がたっぷりと付いた丸々とした大男。
残念なことにランはその手前の男と顔見知りだった。
どうやらその男はいまだランに気付いてはいないらしく、アグネス卿とカナンや居間の奥にいるジルをちらちらと見ている。
ジルは拳を握り機嫌が悪そうであるが、カナンは煙草を片手に冷めたお茶を飲んでいて、その手前の男…ロットには眼もくれない。
アグネス卿なんて上品に笑い、我関せず、といった態度である。
それらの態度が癇に障ったのか、ロットは更に嫌味っぽく言葉を続けた。
「それに、この村を壊した張本人らしいじゃないですか」
その声は、ニヤニヤと意地の悪い色を帯びていて、彼の人の狂ったような笑い声とは違う、吐き気のような気持ち悪さが込み上げてくる。
なぜ今さらこんなことを思い出すのだろうかと、ランは思った。
「ようやくこの村も立て直されて賑やかになってきたというのに…恐怖に怯えた村人がまさか、私のところに来るなんて。…そういうわけでこちらに足を運んでみたら、よそ者ばかりが集まっているじゃないですか。ねえ、アグネス卿?」
ロットは尖った顎で後ろの…おそらく部下だろう、2人の男に合図をする。
痩せた男と太った大男はのっそりと動き出し、ジルの方に向かおうとした。
「危険人物は捕まえておかないと…」
「うるさいな」
ああ、気分が悪い。そう思ったランは思わず声を発した。
自分で思うより、はっきりと。
「今さらその人を捕えたって関係ないはずだよ?」
言葉を発したランの方を向いたロットの小さな瞳が、大袈裟に揺れる。
眠そうに眼を細めるランを見て、目元の皺を一層深くして顔を歪ませている。
彼の部下2人は歩みを止め、その場に凍りついたように動かない。
「お前は…、その銀髪はまさか、エイミアード…中尉」
(事実は変わらない。私は確かにそこにいた)
**********
「中尉?…ランが?」
そう呟くジルを無視して、ランはロットの部下を一瞥してから細めた眼でロットを見た。
その部下たちをランは見たことがない。だが2人の男はその場に立ち尽くしたまま、視線は明らかにうろたえている。
「エイミアード中尉、なぜこちらへ?確かあなたは2年前に軍を辞め聖職にさがったと聞いていますが…」
「ちょっとね。あんたも出世したみたいだね、ロット少尉」
「今は大尉です。…エイミアード"元"中尉」
引きつった表情でロットはランを見据えている。
「それで?こんなことをしてるのは点数稼ぎ?出世すれば中央に戻れるの?あんたも大変だね」
「!」
ロットは顔を真っ赤にして怒る。どうやら図星の様だ。
「6年前のサリヤスの事件は魔族の仕業って処理してあるはずだよ。それに、この人は私の連れで、危険人物なんかじゃない…人違いだよ」
「しかし!」
面倒だ、ランははっきりとそう思った。
「…人違いだよ、さっさと帰りな」
元々目付きの悪いランは細めた眼でロットを一瞥し、吐き捨てるようにそう言い放った。
近くにいたエリィは限りなく抑えた声でくすくすと笑っていた。
結局居心地の悪くなった軍人3人は屋敷を出て行ったのだが、微かにロットが呟いた言葉にランは一瞬身体が強張り、傍らの棒剣を咄嗟に掴んでいた。
ハルコートの犬…そう呟いていた。
そんなランの姿を見てジルは怪訝な顔を隠せなかった。
「駐在の軍に目を付けられたね」
「そんなの、元々です。僕らが居座ってからずっとですよ」
庭を抜けて足早に去っていく軍人たちを細めた眼で見ながら呟いたランに、カナンが煙草の煙を吐き出しながら答えた。
それを聞いてからランは身体の向きを居間の中央に向けた。ため息のような呟きが漏れる。
「まさか、駐在があのロットとはね…」
「聖母さまは、ロット大尉と知り合いかね?」
さすがのアグネス卿も少し驚いた顔をしている。
「まあ…、私が国軍の外務庁に属していた時の部下です。大聖堂の聖母に正式に就任する前の数年間…私は軍人でしたので」
ランがアグネス卿にそう答えた時、ジルは落ち着かない様子でガタッ、と荒い音をたてて居間から出て行った。
そして彼が屋敷の庭を横切って行く姿が窓の外に見えた。
ランはそれを見て少し困惑し、それを察したアグネス卿は曖昧に微笑んだ。
軍人であったその経歴はジルには話してはいなかった。
話す必要もないと思っていたし、そもそもジルの過去だってランは詳しくは知らない。
なぜあんなに慌ただしく屋敷を出て行ったのだろうか、そして彼はどこへ向かったのだろうか。
この村を訪れてからジルはずっと暗い瞳をしているのに。深い夜に迷って霞んでしまった月のような、金色で。
「聖母さまや、もし良ければ…この老爺の願いを訊いてはくれぬだろうか?」
アグネス卿のその言葉が正しくランの耳に入るまでに3秒ほど時間がかかった。
**********
アグネス邸は村の外れに位置している。
その屋敷から少し歩いた、やや小高い丘の上に建つ屋敷と隣接する道場の様な平屋がある。
屋敷はアグネス邸より一回りほど小さい。少し外壁が崩れているように見えるが、屋敷自体に焼け跡はない。平屋は半分崩れていて内部が見える。
おそらく6年前の被害はこの丘には及ばなかったのだろう…魔族の襲撃は別として、彼の炎は。
ランはその丘を登り、屋敷に近付いたところで平屋の前に佇む小柄な少年を見つけた。
その少年はただただじっと前を見据えている。
パキン、歩くランが足元の小枝を踏んだ音が響いた。
「…っ!」
ランはしまった、と一瞬思った。少年がびくっと肩を大きく震わせたからだ。
こちらを振り向いたその少年は先ほど広場で見た…確かセンと言ったか…その少年だった。
――――ジルを『化け物』と呼んだ少年だ。
センはランを見て少し驚いたが、すぐに丘を駆け下りて村の中心の方へ走って行った。
ランはそれを見届けた後、再び屋敷の方に歩みを進めると、平屋の中に見慣れた金色の頭が見えた。
「…ジル?」
ジルはその平屋の中心で寝転がって天井を見上げていた。
一面の床張り。もうずっと手をかけてないのか、埃っぽい。
ランが声をかけたら彼は眼だけをこちらにちらりと向け、また天井に視線を戻した。
――――暗い、眼だ。
「お前、軍人だったんだな」
「ああ、うん。2年前まで国軍の外務庁にいたから…」
「メルシャーナ?」
「そう…だね。中央にいたから」
ネイディア国軍は総務庁、外務庁、教務庁から成り立っている。
その外務庁の中央司令部にランは配属されていた。中央司令部はこの国の首都であるメルシャーナにある。いわゆる本部である。
「今は軍人じゃないのか?」
「外務庁には在籍してないよ。ただ、大聖堂とか教会は教務庁に所属するのが原則だから…外務庁から教務庁に籍が移ったことになるのかな」
「そんなのがあんのか、軍には」
「教務庁はそんなに知られてないからね。ユヅキとかは正式な教務庁の人間だよ」
「お前は?正式じゃないのか?」
「聖母は、ちょっと特殊っていうか、位置づけがちょっと難しいんだよね」
ジルは相変わらず天井を見上げたままだ。
「俺さ、軍人嫌いなんだよ。駄目なんだ、あいつら。だから、ランが元軍人って知って正直驚いた。でもさ、よく考えたら納得してさ…だってお前、全然聖職者っぽくねぇじゃん?いくら能力者って言ったって女だし、ましてや大聖堂の聖母がなんであんな棒剣を振り回してんだって…まあ、外務庁にいたって聞いて全部つながったけどな」
ランは担いでいた棒剣を下ろし、壁にもたれかかって彼の言葉を聞いていた。
外務庁は、国軍の中では軍事力を担当している。
「サリヤスを出て行ってから、メルシャーナにいたんだよ。そこで遭った軍人は、俺とか…仲間たちをゴミ扱いしやがってさ、さっきの大尉みたいな奴らばっか。でもこの村を復興する手助けだってきっと軍がやってくれたんだろ?それ考えると複雑で、ちょっと頭冷やしてた。悪かったな、さっきは。勝手に出て行って」
そういってからジルはやっとランの方を向き、控えめに笑った。
ジルがここにいるであろうということはアグネス卿に教えてもらった。
アグネス卿に頼まれたことを中々戻ってこないジルに伝えようとランは来たのだが、彼はランの経歴に驚いて落ち着かなくなり屋敷を飛び出して行ったと知った。
ジルは起き上って煙草を取り出し、火を付けた。煙草に火をつけるのはなぜかちゃんとライターを使うらしい。
どこから持ってきたのか彼の傍らには灰皿が置いてあり、新しい吸殻が溜まっている。
気付いてはいたが、なかなかのヘビィスモーカーのようだ。
「ここな、俺ん家なんだ」
この村を訪れた時から、いやそれ以前…サリヤスに向かうと決めた時からだ、彼の周囲にはただならぬ雰囲気が漂っているように見える。
「剣術道場やっててさ…親父が師範。村の若い奴らは大体が親父の弟子だった」
この平屋は道場か…ランはそう思いながらジルの言葉に耳を傾ける。
「村のみんなが仲良くて、家族みたいで、平和な村だったんだよ。…でもやっぱ、戻ってきちゃいけなかったよな。さっきの大尉が言ってた通り壊したのは俺だし」
「…違うよ、能力の覚醒だったんだから…」
「…ははっ」
無意識のうちに言葉を発したランにジルは自嘲的に笑う。
おそらく6年間ずっと、そうやって笑ってきたんじゃないか。自分を許せないままで。
そのまま、ジルは囁くような声でぽつりぽつりと6年前の事件のことを話し始めた。
惨劇、落ちた花冠、赤い記憶。
懺悔のように、噛み殺した声だった。
能力が覚醒する時、眠っていたエネルギーが一時的に爆発すると、ユヅキから聞いた。
もちろん覚醒した瞬間に力を制御することなんてできるはずもなく。
その能力を自分自身がちゃんと向き合い、受け入れていかないと制御なんてできないのだ。
ジルはどうして、この人外の能力を受け入れられたのだろうか。
その力で、事故とはいえ故郷を壊したというのに。
彼はこの皮膚の下、身体の内部に蠢く異質な能力が、恐ろしくはないのか。
勝手に決められた宿命が憎くはないのだろうか。
ジルの吐き出す煙を眺めながら、ランはぼんやりとそんなことを考えていた。
「センにもすっかり嫌われたみたいだしなー。あいつ俺に懐いてたのに…」
「あ、あの子…さっきここの前に立ってじーっと見てたよ。ここの中を」
「…センが?」
「うん」
「ほんとか?」
「しつこいな」
「…そっか!」
ジルはいきなり笑顔になって、その周囲の空気も一瞬明るくなった。
極端だな、とランは思った。
「そういえばさ、お爺さんにちょっと頼まれたことがあって…」
「爺さんが?ランに?わざわざ何を?」
ランはアグネス卿の頼み、とやらをジルにそのまま話すことにした。
ジルは、黙って聞いていた。
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話はさきほどのアグネス邸に遡る。
ちょうどジルが屋敷を出て行った直後だ。
『聖母さまや、もし良ければ…この老爺の願いを訊いてはくれぬだろうか?』
『…なんでしょうか?』
『一年ほど前からのう…あの大尉がこの村の担当になったのじゃよ』
アグネス卿はゆっくりとした動きで新しいお茶をカップに注ぐ。
『わし等村人は守られている身じゃからのう、何とも言えないのじゃが…』
湯気が漂うカップを傾けながら、アグネス卿は言葉を濁しつつぽつりぽつりと紡いだ。
要するに、こういうことだ。
国軍大尉ロットがサリヤス駐在所担当に就任してから、軍に納める税が跳ねあがったという。
それにより、ようやく復興を果たしたというのにも関わらず、村人たちの生活苦は続いている。
住人達は不満を溜めるも、6年前の魔族の襲撃事件のこともあり逆らえずにいるという。
現在この村に残っている住人だけでは魔族には太刀打ちできない。
だからこそ、サリヤスは国軍の統治下に入ったのだ。
…税が跳ねあがったときにロットは『軍が村を守っているのだからその額は当然だ』と言ったらしい。
それに反発したとある青年が村外れで魔族に襲われかけたことがあり、それを退けたのはロットと部下だったという。
それ以来、誰一人として軍に反発はしなくなった。
『まあ、税が跳ねあがるなんてことは滅多にないですからね。おそらくロットが勝手にやったんでしょうね』
ランは新しく入ったお茶を飲みながらそう答える。
『その、基準よりも溢れた分の税金は軍に入ってる…わけないですよね』
『駐在所止まりじゃろうな、おそらくはほとんどが大尉の手中じゃ』
『なぜ、私に頼むのでしょう?』
『広場の祠を見たかね?』
『ええ、あの鉄製のものですね』
『あの祠は村の宝での。蛇神さまが祀られておるのじゃよ。村の者が何かを起こしたらあれを壊すと言われておる』
『ああ、だから…私なんですね』
サリヤスは蛇を祀る民族。
すがるものがなくなるのは、つらく、不安定になり、崩壊してしまう。
『僕らも村に厄介になっている身ですので…自分からは乗りこめないんですよね』
カナンが申し訳なさそうに呟いた。
確かに、ランはこの村の者ではない。そして、元とはいえロットの上司だった。
元軍人が間違った行為をする軍人を正すのは許されることである。
『そうですね…私もあの大尉にはいろいろと思うこともありますし』
そう言いながら、ランは不意に思う。
―――――6年前の事件は、本当に終わっているのだろうか。
ロットやあの部下たちだけで魔族を退けられるのか。
『この話、ジルにしてもいいですか?』
『ああ、構わないよ。あいつならきっと自分の家にいるじゃろう…ほら、そこの丘を登ったところにある屋敷じゃよ』
**********
「爺さんが…なるほどな…」
アグネス卿の頼み、それをジルに話し終えたところでランはジルの横に腰を下ろした。
「そんな奴ら、俺達でちょちょいっとやっちまえばいいんじゃねぇの?」
「ジル…話聞いてた?村の人が何か起こすと祠が壊されるんだって。ジルはここの出身でしょ」
「…あ。そっか」
間抜けな声をあげるジル。
果たして彼はどの顔が本当なんだろう。こうして呆けている姿か、それとも酷く暗い目をしている姿か。
「私ひとりで十分だよ。それに…うまくいけば駐在担当から変えられるかもしれないからね」
「は?」
「こっちの話。…さっさと終わらせよう、ロットのことは」
ランがそう呟いた時、背後でカタン、と音がした。
その音は道場の入口からの音で、気配から誰かが入ってきたと思われる。
「…兄ちゃん」
「ああ、シュウ。いたのか」
「…気付いてたくせに、しらばっくれなくていいよ」
その言葉の通り、ジルは気配に気づいていたようで全く声にも音にも動じてはいなかった。
声の正体は先ほどアグネス邸で会ったジルの弟、シュウ。
彼はジルより背が低いが、顔立ちはよく似ている。ただ、ジルは金色の髪だがシュウは赤みがかった黒髪である。
「そんなこと言うなよ、久しぶりに会ったんだから。何だ?帰ってきたのか?」
「今は…ここには住んでないんだ。爺ちゃんのところに…」
シュウは目線を床に向け、道場の入口に立ったままだ。その手には白い柄の剣を持っている。
不釣り合いだな、ランは彼を見てそう思った。ジルと似た容姿をしていても、戦いは似合わない空気の人間だと思う。
「さっきラキア姉から家に電話があって…これ、爺ちゃんが兄ちゃんにって」
白い柄の剣をジルに差し出した。
それは繊細な蛇の装飾が施してあり、ジルが大聖堂で魔族に立ち向った際に折れてしまった玉虫色に鈍く光るあの剣と酷似している。
あの折れた剣は確か大聖堂に置いてきたはずだ。よく見るとその白い剣は折れた剣よりも少し細身だった。
まあ、大剣であることに変わりはないのだが。
「ラキアが?ああ、爺さんに伝えたのか」
ジルはその剣を見てシュウに近寄る。
「わざわざ渡しに来なくてもちゃんと屋敷に帰るって」
はは、と笑いながらジルは弟からその剣を受け取ろうと手を伸ばしたら、シュウは押し殺した声で呟いた。
「俺…兄ちゃんに話があって」
それは微かな声だったが、ランの耳にははっきりとした音声で届いていた。
兄弟の話なら自分はいない方がいいだろう、そうランは思って立ち上がった。
「ジル、先に屋敷に戻ってるよ」
「…ああ」
「聖母さま、にも…聞いてほしいんです!」
「…え?」
シュウが発した言葉にランは驚いて間抜けな声を出してしまった。
思わず立ち止ったランと目の前にいるジルを交互に見ながら、シュウは早口で喋り始めた。
「俺、あの…カナンさんから聞いて、兄ちゃんの、あの日の不思議な力の事とか色々…!」
ジルは静かに弟の声に耳を傾けている。
「ずっと何が起きたとか全然わかんなくて…兄ちゃんもどこにいるかとかわかんないし…でも半年くらい前に村にやってきたカナンさんに色々聞いて、それで…。兄ちゃんのあの日のあの力はどうしようもなかったんだって、誰にもどうすることもできなかったんだって…」
シュウは混乱しているようで、同じような言葉を繰り返し…そして謝罪を繰り返した。
そんな弟を見ながらジルは、何だか泣きそうな顔をしていた。
「それで、今まで6年間も村に寄り付かなかった兄ちゃんと一緒にいる聖母さまは…聖母さまも、たぶんきっと、同じような力があるのかなって思って…。カナンさんやエリィと同じ雰囲気が、聖母さまからしたから…」
「よく、気付いたね。私も、あなたのお兄さんと同じ…能力者だよ」
シュウはランの方を真っ直ぐに見て話をする。
正面に立ってよく見るとこの少年はジルよりも瞳が穏やかだ。
ジルと同じで若干垂れ目だが、ジルの瞳には鋭く突き射すような光が宿っている。
だから、この少年はジルと違って剣が似合わないのだ。そうランは納得した。
「兄ちゃん…ごめん、ずっと。探そうと思えば探せたのに…正直、怖かったんだ。兄ちゃんが全く別の人になっちゃったんじゃないかって…」
「…ばーか」
「うん、兄ちゃんは…兄ちゃんだ。おかえり…」
涙目になっている弟の頭をくしゃっと撫で、ジルは微笑んだ。
「で、それだけか?」
「え?」
シュウの様子が落ち着いた時、ジルは弟に向かってそう尋ねた。
剣を背負うための金具を鞘に取り付けている最中だ。
「それを言うためにここに来たのか?まだ何かあるんだろ?」
「…気付いてた?」
「お前の顔見ればわかるよ。すっきりした顔してねぇからな」
「実は…頼みがあって…」
眠くて欠伸を噛み殺していたランは、その言葉に反応する。
…この村は頼みごとが好きなんだろうか?
「アリアが行方不明なんだ」
雲ひとつない晴天に浮かぶ太陽は、この古い道場と屋敷を痛々しく照らしていた。




