2-1 懐かしの故郷は今
大聖堂を離れ、リオンからサリヤスに向かうには徒歩しかない。
そう言った彼女、ランは銀髪を聖服に付いたフードで隠しながら歩く。
話は昨日に遡る。
『サリヤスに?』
『ああ、忘れモンをな』
リオンの港町のターミナル付近でジルは自分の故郷へ向かうことを提案した。
『…平気なの?』
怪訝な顔をしてランはジルに尋ねた。
ラキアから少し聞いた話だと、彼は能力の覚醒によって村を半壊させたという。
そしてそれ以来村には近寄っていないはずだ。
『まあ、いつか決めなきゃいけない覚悟だ』
そして現在、晴天の下2人の男女が道を行く。
「なんで列車通さないかなあ、あの村は」
「今も昔も、閉鎖的なんだよ」
サリヤスに向かうと決めた時から、ジルを取り巻く空気は少しピリピリしているように思える。
どうやら落ち着かないようで煙草を吸う頻度が増している気もする。
しばらく歩いていたら、後ろから一台の荷馬車が近付いてきた。
ランはその荷馬車の方に向かい、何か交渉をしているようだ。ジルはぼんやりと空を見上げる。
(6年振りか…)
もう奇妙な夕焼けも、緋く染まる世界も、そこにはないはずなのに。
ジルは微かに震える腕を見ないようにした。
太陽が頂点から傾き始めた頃、歩く道は石畳から砂利道へと変わり、段々と整備の行き届いていない一本道へと変わった。
「よかったよ、途中まで乗せてもらえて。今日も野宿かと思った…」
そうランが呟きながら歩いていると、道の脇の草むらに紛れて小さな花畑が見えた。
それを見てジルはふと立ち止まる。酷く、暗い目をして。
「ジル?」
「あ、ああ。行こう、サリヤスはもうすぐだな」
何が何だか分からない、といった表情のランをよそにジルは足取りを速めた。
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山あいの村サリヤスは、軍事国家ネイディアの西部に位置しており、大聖堂を有する港町リオンから南下すると辿り着く。
山と海の両方を有する広大な土地があり、村の集落自体は山沿いにある。
公共の交通機関は開通してなく、蛇を祀る民族としてネイディアでも孤立した村でもある。
この土地は、ジル、そしてラキアの故郷だ。
「村、復興したんだな」
ジルの記憶の中の最後に見たサリヤスの姿は半分以上の家は焼け落ち、大勢の村人が倒れている光景で。
今彼の目の前に広がるのは新しく建てられた家屋、笑い合う人々…まるであの事件が起きる前の姿のようだった。
村の中央に位置する広場には鉄で出来た祠のようなものがある。
ランはそこに足を向け、後ろから歩いてくるジルに尋ねた。
「閉鎖的な理由って、これ?」
「ああ、まあな。サリヤスは蛇を祀る民族で…古い風習を守り続けてるから。まあ、新しいものへの抵抗があるみたいでな」
「…これは、燃えなかったんだね」
「ははっ、それを鉄で作ったご先祖さまのおかげだな」
ジルは時々見せる自嘲的な笑みを漏らした。
そしてその祠のすぐ下の地面を見る、そこは彼の父親が横たわっていた場所。
もちろんもうそこには何もない。黒い塊も、紅い血も。
「ジルかい…?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこには腰の曲がった老婆が杖をついて立っている。
その眼は6年間行方不明だったジルを懐かしく思うものでもなく、再会を喜ぶものでもなく、微かな恐怖が浮かんだ…そんな色をしている。
…その老婆だけではなかった。
広場にいた村人たちは老婆の言葉に反応し、ジルを見ている。
どの眼にも、恐怖が見え隠れしていた。
「ジルだって…?」
「そうだ、あの金髪金眼はあの息子じゃ」
「生きていたのか…」
「恐ろしや…恐ろしや…」
その声たちにつられてか、さっきよりも広場には人が集まってきている気がする。
ランが見上げるとジルは少し困って、片眉を下げてまた自嘲的に笑う。
「あんた、あんまり歓迎されてないみたいだね」
「しょうがねえよ。あれだけぶっ壊したんだからな」
ジルが行こう、と言って広場から離れようとした時に近付いてくる1人の少年の姿が見えた。
「人殺しっ!」
その少年の発したその言葉は、ジルの動きを止めるには十分すぎる一言だった。
広場に響いた、その声。
「ジル兄ちゃんの…いや、お前のせいでっ…父ちゃんを返せよ!母ちゃんを返せよ!!」
その声、叫び声はただただ響き渡り、広場の空気は明らかに変わっていた。
「返してくれないなら、おれがお前を殺してやる!誰もお前のことなんて許してなんかないんだ!」
ジルの眼は暗く濁っていた。
落胆や絶望にも似た、何も映さない無気力な色。
「そんなことを言ってはならんぞ」
ランが口を開こうとした時、凛とした声が聞こえた。
「セン!こっちに来なさい!」
駆け寄ってくる少女が続いてその言葉を発した。
叫び続けている少年は名前を呼ばれたらしく、びくっと肩を震わせて叫ぶのをやめた。
どうやら姉弟のようで、近付いてきた少女はすみませんでした、と頭を下げて少年を連れていった。
少年はそれでもジルを睨み続けていた。
それと入れ違いに背筋が真っ直ぐと伸び、上品な笑みを浮かべた老人が歩み寄ってくる。
おそらくさっきの凛とした声はこの老人のものであろう。
「ジル、久しぶりじゃな。6年振りか」
「爺さん、俺…」
「立ち話もなんじゃ、わしの家へ行こう。お前に渡すものもある」
その老人の眼には、他の村人の様な恐怖や憎悪の色は見られなかった。
それから老人はランに視線を合わして、それから再びジルに尋ねた。
「ジルよ、もしやお前はリオンから来たのかい?」
「ん?ああ、そうだけど…」
「そうかそうか、それで…。さて、付いてくるがいい。お嬢さんもおいで」
「ラキアの爺さんだよ」
歩いている途中でジルはランにそう囁いた。




