第7話 イケメン無罪ってやつですか
翌日。
3限目の英語の授業を終え、ユリカはカバンから昨日洗った古賀のハンカチを取り出した。
今日は移動教室続きであったため、返しに行くタイミングがなかった。
それに何より、ユリカは古賀のクラスを知らない。
「あ、ねぇメグ」
水筒の中の水を飲んでいた彼女に声をかけると、「ん?」と目をユリカに向けた。
若干聞きにくいものの、
「あのー、古賀くんって……何組?」
と尋ねた。
飲み口から唇を離した恵は、つぶらな瞳を何度も瞬く。
「古賀ァ?何で?」
「いや……何となく」
曖昧なユリカの返答に、不思議そうに小首を傾げながらも、
「D組だけど」
と教えてくれた。
────なるほど、D組か。ユリカのA組とは、体育や移動教室でも全く関わりがないクラス。どうりで彼を見かけないわけだった。
「ありがとう」と短く礼を言って、ユリカは席を立った。時計を見ると、まだ時間に余裕がある。
ユリカはとりあえず、ハンカチを机に置いたままトイレに行くことにした。
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「いやいや、ないでしょ〜。だってあのユリカ様じゃん」
「でも五十鈴なんて名前、古賀しかいないじゃん!」
「でもさ……」
俄かに沸く教室にユリカが戻ると、クラス中の視線が一瞬の静寂と共にユリカに集中した。
────え……な、なに……?
状況を全く飲み込めていない彼女は、懸命に何食わぬ顔を装ってとりあえずその場に立ち尽くす。
「ねえっ!ユリカ様って古賀くんと付き合ってるの!?」
奇妙なクラスの空気を破り、その衝撃的な発言をしたのは加賀美海。
クラスの中心人物。まあよく言う、一軍女子というやつ。
つきあ……
「はぁ?えっ、何?」
「ちょっと海〜、やめなよ」
「そーだよ。アレもまだプレゼントしようとしてただけとか?」
海と同じグループの女子たちが駆け寄る。
まだ新学年が始まったばかり。
正直言うと、ユリカはまだクラスメイト全員の顔と名前が一致していない。
(アレ……って、ハンカチのこと?
でも何であれが古賀くんのモノって……)
完璧な令嬢スマイルを貼り付けたまま、ユリカはそれとなくクラスを一瞥する。
席に座ったままスマホをいじっている男子も、グループで固まって談笑してる運動部の男子も、大人しそうな女子のグループも、みんなそれとなくこっちの様子を窺っているように見えた。
「別に付き合ってなんかいないわ。あのハンカチは、昨日ちょっと借りただけで」
「えーっ!!借りたってなに!?どういうこと!?」
これ以上余計に焚き付けないようにユリカなりに懸命に選んだ言葉は、真逆の反応を招いてしまったようだった。
彼女たちのフチの太いカラコンが、好奇心と興奮でキラキラ輝いている。
ユリカは自分の机に置いておいた古賀のハンカチを取った。
裏表隅々まで見てみると、裏の右端の方に小さい金色の文字が見えた。
"Isuzu"と、綺麗に下の名前が刺繍してある。昨日洗濯していた時には、気が付かなかった。
ユリカは眉を顰めた。
────なるほど、誰かが勝手に見たのね、これを。
誰だ、勝手に見たのは。
という不信感をなんとか包み隠し、彼女たちに向き直る。
「……昨日コーラをこぼしちゃって、それを拭くのに借りたの」
え、ユリカ様もコーラとか飲むんだ、とかいうズレてる声が男子グループの中から聞こえてくるも一旦フル無視。
「えっ、それって一緒にいたってこと!?」
「まぁ、そうね」
その一言だけでも盛り上がれるのは若干羨ましい気もする。
窓際に寄りかかっていた誠太が、スマホを片手にちらりとこちらを見た。
「うーん、その、お礼というか、奢ってもらったというか……」
えー!?と、海は余ったカーディガンの裾をバタバタさせながらすっかりはしゃぎきっている様子だ。
────学年一のお嬢様と、学年一の不良男。
確かにこの手の話題に飢えた女子高生たちからしたら、格好のネタではある。
……ふと、ユリカの聡明な頭脳が閃く。
もしここで、昨日の古賀の万引きの濡れ衣の話をすれば、彼にまとわりついたイメージを払拭できるのでは?
────本当は、ただ不器用なだけかもしれない古賀五十鈴という人間を、出どころの知れない噂で決めつけられているこの学年の雰囲気が、ユリカはなんとなく嫌だった。
「……実は昨日、古賀くんがコンビニで万引きの疑いをかけられているところにたまたま居合わせたの」
大して考えもせずその言葉が口をついて出た瞬間、しまった、とも思った。
────こんな彼のプライドを傷つけそうなこと、勝手にみんなに口走ってしまってよかったのかしら?
インパクトの強いワードに、クラスメイトたちの視線がより一層強くユリカに注がれる。
「もちろん、犯人は古賀くんではないわよ。
仲間の、悪そうな顔した男の人が、彼のポケットに勝手に未精算の商品を入れたの」
今更撤回するわけにもいかない。ユリカは続ける。
「あの人は、法に触れるようなことをする人間ではないわ……多分。
だからきっと、その……みんなが思っているほど怖い人ではないと思うの」
────この一連の発言が、のちに彼の機嫌を損ねる原因となってしまうことを、この時のユリカはまだ知らない。
ほんの、一瞬の静寂の後。
「え、でもさ、そんなセコいことして平気で犯罪させようとしてくるようなヤツとつるんでるってことでしょ。怖くね?」
────どこからか、そんな声が聞こえた。
ユリカの心臓がどくんと脈打ち、喉が、無意識にくっ、と閉まる。
「本人がどうとか知らないけどさ……やっぱり関わってる人種がまずいよね」
「それな」
────……まずい、私。やらかした?
何故かユリカの背筋が、勝手にひやりとする。
クラスの大半の真面目な人たちに根付いた彼のイメージは、やはり簡単には覆らない。
「え〜、でもさぁ、海は古賀くんあんまり悪い人だと思ったことないよ」
一部の人を除いて。
「ねぇ?」と海が首を傾けて言うと、周囲の同じグループの女子たちが賛同する。
「体育祭とか文化祭は真面目に参加してたしね」
「え、それな!去年のクラス対抗リレーのときめっちゃ足速かったもん」
「掃除の時、机運んでくれてたし。意外とマジメなんじゃね?」
でも、とユリカはクラスの雰囲気を窺う。
「……あんまり、大多数の人からの評判は良いとは言えなさそうだけど」
「いや、そんなのどうでも良いから」
「なんで?」
「顔が良いから。古賀くんは」
「お、おお……」
打って変わって低い声で真剣になった海は、一瞬でパッといつもの女の子らしい表情と声色に戻る。
「美男美女同士お似合いだよ〜!ガンバッテね、ユリカ様♡」
「いや、別に私は好きでもなんでもないから」
とりあえず、一刀両断。
これでもかと言うほどの満面の笑みでエールを送られて困惑するユリカ。
そんな彼女を救済するように、4限目開始のチャイムが鳴る。
忙しく自席に着席した彼女たちは、「あ、BeRealきた〜」「撮ろ〜」とか言って、萌え袖で口元を隠し始める。
やっぱりユリカには、あの手の種族の人たちが考えていることはよく分からない。
────でも、古賀五十鈴へのイメージは、人によってだいぶ異なっていることが分かった。
昼休みになったらD組へ行こうと、ユリカはハンカチを畳んでポケットにしまう。
そんな様子を、静かな面持ちで誠太は隣の席からじっと見つめていた。
次回。
桐谷ユリカはハンカチを返すべくD組へ行くが、古賀の代わりに出てきたのは、彼の友達と名乗る短髪の生徒。
古賀くんのお友達が初登場します。




