第5話 なんでアンタはいっつもそうなの
ユリカは、40分後にまたも身を潜める羽目になっていた。
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特急電車は止まらないくらいの、そこまで大きくはないユリカの最寄り。そこの改札を出てすぐに、小さなコンビニがある。万引き被害が多いとか何とかで、最近出入り口に防犯ゲートを設けたと店長がこの前言っていた。
末の弟が、明日保育園で500mlペットボトルを使うと言っていたことを思い出し、ユリカはそのコンビニに寄った。
飲み物のコーナーを見ていた時、入店の音楽が鳴る。
なんとなく入り口を見た瞬間、とある人物の姿を捉えてユリカは思わず声を出してしまった。
───古賀と、その友達らしいやたら背の高い色黒の男が店に入ってきた。古賀は学ラン、その男は黒いタンクトップを着ている。
高校生かどうかは、わからない。
────なぜ、なぜ古賀が。こっちの方面からうちの高校へ来ている生徒はほとんどいない。
…いや、そういえば朝も電車で彼を見た。もしかしたらユリカと家が近いのかも…しれない。
いずれにしてもこんな家の近くのコンビニで会うなんて何となく嫌だったし、連れの男が古賀よりも遥かに関わってはいけない人間のオーラを醸し出していたので、ユリカは慌ててアイスの冷凍庫の影にしゃがんで隠れた。
幸い、店員はレジにいないし、他の客もいない。
「お前の最寄りってここ?」
「いや、違う、ここの一個前。…こんなしょぼい駅、初めて降りた」
しょぼい駅で悪かったな、と心の中でツッコミを入れる。
彼らがお酒のコーナーへ向かってきたので、ユリカは慎重に場所を移動する。
「今日は奢ってやるよ」
男が冷蔵庫を開けた。しゃがんで下の方にあった酒をふたつ取る。
「いらねえ」
ユリカは少しだけ顔を出して彼らの様子を伺ってみる。
古賀の横顔は、苛ついたような色を帯びている。
不機嫌さを隠そうとしない彼とは対照的に、男は何やらご機嫌そうに口角を釣り上げている。
「わざわざ金出して毒物買ってるヤツの気が知れねえよ」
「北高生ってやっぱイイ子だね〜。さすが進学校ってカンジ。
そんなに真面目に生きてて、楽しい?」
“イイ子”なんて、バカにしてるようにしか聞こえない。案の定古賀は形の良い眉を不愉快そうに歪めた。
「お前だろ、ウチの体育館倉庫壊したの」
────低い声で、一言だけ。
男の方は、何が面白いのか口元に変わらず笑みを浮かべ続けている。
返答する間を与えないように、古賀はまたすぐ口を開く。
「もう今日でお前とは終わりだ。
二度と俺らに関わんな」
一方的に告げられた別れ。
表情こそ変わらないものの、男が静かに頭にきている様子はユリカにも何となく伝わる。
しゃがんでいた男はゆっくりと立ち上がり、当たり散らすように冷蔵庫を力任せに閉めた。
その大きな音に少しも動揺せず、古賀は早々に歩き出す。
「ちょっとちょっと〜、いきなり寂しいじゃんか〜」
打って変わった猫撫で声に、ユリカは「うわキモ…」と呟き、顰めっ面をする。
出入り口付近の生活用品の棚の前を通りがかった時、男が古賀の肩に手を回す。
「…え?」
ユリカは目を細めた。
────今、この男が古賀のポケットに何かを入れた。
…いやわからない。見間違いかもしれない。確証がない。
ユリカが悶々としている間にも、彼らの会話は続く。
「ごめんって。謝るからさぁ。仲良くしよう?ん?」
「見たくもねえんだよ、テメェの顔なんて。…消えろ」
肩に回された手を雑に振り解く。
消えろ、と言われた瞬間、男の顔からさっきまでのふざけた笑みが消え失せた。
男は静かに後ろ向きで数歩歩いた後、無言で退店する。自動ドアが開いた時、能天気な音楽が鳴り響いた。
男がバイクで去っていくのを窓越しに確認してから、古賀はものすごく小さなため息のようなものをついた。
疲れたように後頭部を掻き、怠そうに自動ドアに向かって歩き出す。
ダメだ…!
「待っ────!」
自動ドアが彼に反応して開いた、その時だった。
ピーッ、ピーッ、ピーッ!
万引き防止のために設置された防犯ゲートが、大きな音を立てる。
その音に反応して、店の奥から店長の初老の男性が飛び出すような勢いで出てきた。
「おい、お前!何やってんだ!!」
びっくりした古賀が目を見開く。
男性は怒り心頭と言った面持ちで、レジの中から出てくる。
「お前か…最近続いてた万引きの犯人は」
店長は疑うことすらしていないようだった。
彼のその、いかにもな見た目だけで決めつけているような気もする。
「何盗ったんだ、出せ」
「俺は何もしてね…」
反論しようとして無意識にポケットに手を入れた瞬間、彼の表情が凍った。
──指先に、何かが触れた。
その表情を見て察した店長が、彼のポケットに無理やり手を入れ、中に入っていた商品を取り出す。
カミソリの替刃の小さなケースだった。
「違…盗ってねえよ、俺じゃねえ。アイツが──…」
動揺した古賀が窓の外に目をやるも、あの男の姿はない。
当然だ。さっき帰っていったばかり、いるはずがなかった。
「この期に及んでまだしらばっくれるのか!」
古賀が舌打ちをした。
「クソが…!」
嵌められたことを完全に理解したようだった。
「警察呼ぶからな、今。
店の奥で待ってろ!」
店長が古賀の手首を掴んだ。
「だからやってねえって言ってるだろ…!」
何者かによって続いていた万引き、彼のポケットに入っていた商品…
動かぬ証拠が揃っていた。
古賀の語気が、だんだんと弱気なものになっていく。
────なんでこの人はいつもいつも、罪を被せられなきゃいけないんだろう。
どうして誰もこの人の言葉を、行動を見ようとしないんだろう。
どうして、みんな勝手に決めつけて。
───古賀五十鈴。アンタもアンタよ。
何でそんなに口下手なの。何でそんな弱腰になってんの。
不良のクセに。なんなの、アンタは。
何認めようとしちゃってんのよ、冤罪を!!
苛立ちにも似た感情が、菓子コーナーの隅に隠れていたユリカの足が動かした。
古賀の手首を掴んでいた店長の手首を、強く掴む。
「彼はそんなことをするような人間ではありません!」
感情のままに溢れ出てきた言葉を、そのまま口にする。
彼らからすると突然現れたかのように見えるユリカの出現に、目を丸くする。
彼女の口からつらつらと言葉が紡がれる。
「店長、私最初から見てました。
この人が連れの男にポケットに商品をこっそり入れられたところも、ちゃんとこの目で見ました。
彼は盗んでなんかいません。
この角度ですからあそこの防犯カメラにきちんと写っているはず。
それに、たとえ商品を入れられた瞬間が写っていなかったとしても、彼がこの棚の商品に一度も触れていないことは確認できるはずです」
頭の回転の速さは、ユリカの自慢である。
本音を言えば、見た目だけで決めつけるなとか色々言いたいことはあったが、今そんなことを言えばすっかり憤慨しているこの店長には逆効果だと、聡いユリカには容易に察しがついた。
店の奥に通され、パソコンで防犯カメラの確認をする。
しかしあの男の手腕は見事なもので、棚から商品を取る瞬間もポケットに入れた瞬間も、カメラに捉えられていなかった。
だが古賀が商品を触っている様子は確認できなかった。
触ってもいないのに盗んだと言うのは、流石に無理がある話だ。
店長は古賀に謝罪し、彼が警察の世話になる心配は無くなった。
カメラを確認している最中、古賀は何か言いたげな瞳をしながら、ユリカの横顔を時折ちらりと見つめていた。




