第3話 不穏な男
思い出した。古賀五十鈴のことを。
入学初日から金髪、ピアス。
学ランの前は全開けで、好き放題に着崩しまくり。授業はサボって当たり前。
ここまでは事実として。
万引き常習犯とか、友達の彼女を寝取ったとか、タバコや飲酒は当たり前とか、パチ屋に居座ってるとか、そういう治安が悪すぎる噂が立っている。
それが、ユリカの知っている古賀五十鈴という男。
「ユリカー、次化学室だよ」
明るい恵の声で我に帰る。
…いけないいけない、またぼーっとしてた。
忘れていたことを思い出そうと考え込むと周りが見えなくなるのは、ユリカの幼少の頃からの性質。
急いで化学の教科書とノート、ペンケースをまとめて教室から飛び出す。
──その瞬間、どん、と何かにぶつかった。
鼻がもげそうな衝撃と、動物を模したユリカのペンケースが落ちる音。
小さく二、三歩、後ろによろめく。
「いっ…たぁ…
ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
学ラン。男子か。背高いな。
…上履きの色同じだ。2年生か。
…なんか学ランの前開けすぎでは?
ユリカが咄嗟に謝ったその相手は、のろりとその程よい長身を折ってペンケースを拾う。
軽く埃を払い、ユリカの抱えていた教科書の上に置いた。
妙に落ち着いた仕草だった。
「…わり」
…不良男が、謝った…
ばっ、と顔を上げると、その男子生徒としっかり目が合ってしまう。
──珍しいくらい、真っ黒な瞳。
ほんの刹那の視線の交わりなどなかったことのように、彼は気怠げにポッケに手を突っ込んで歩いていった。
その時にふわっと香った、石鹸みたいな香水の香り。
「…あ…」
もしかして。
今日の朝の電車の。
思い出したユリカは慌てて彼の方を向く。
廊下の窓から差す太陽の光で輝く金髪。
その後ろ姿と、朝電車で見た金髪男の後ろ姿が彼女の脳内で完全一致した。
「なるほど、あれが…」
興味深さのあまり、ユリカは無意識に呟く。
古賀五十鈴。
きっと朝のホームルームの話も関係しているのだろう、彼が廊下を歩くと、周りの生徒たちは驚いたような顔で自然にサッと避けていく。
「おお…」
今まで全く注目したことなかったけど、こんなことになってるのか。
まるで彼のために道が作られているような光景に、思わず感嘆にも似た声を漏らしてしまう。
すると、階段の影から青ざめたような顔色で恵が飛び出してくる。
「ちょちょちょちょ…大丈夫!?今なんかされた!?されてないよね!?」
「うお…ちょ、落ち着いてよ、メグ…!
ぶつかってペンケース落としただけだよ…」
え、そーなの?と肩を激しく揺さぶる手が止まる。
まだ疑念たっぷりの視線を送る恵に、ユリカは付け足す。
「コレも拾ってくれたんだよ、あの人が。
しかも丁寧にゴミを手で払ってくれたの」
ペンケースを振ると、中の筆記用具がカシャカシャと音を立てる。
「えーっ!?あの古賀がぁ!?」
信じられないものを見たような、いつも以上に大仰な声色。
もうすぐ1限目が始まる。
とりあえず私たちは化学室に向かって歩き出した。
隣ではまだ恵がうーんと腕を組んでいる。
「ありえぬ…」
「へ?」
「いや、私去年古賀と同じクラスだったけどさぁ。そりゃひどいもんだったよ!
授業は抜け出すわ、昼休みになったらヤンキー仲間とバイクでどっか行くわ!
いっつもお仲間の4人組で屋上でたむろってるせいでもう、おっそろしくて屋上行けないよ!」
階段を降り、図書室前の角を曲がる。
そんな大袈裟な…とユリカは思う。
「まぁ、事実もあるとして…噂の全部が全部本当ってわけじゃないんじゃない?」
自分の言ったはずのその言葉に、ユリカは無意識に眉根を寄せる。
「私、噂とかそーゆーの、嫌い」
確かな意思を含ませキッパリと言い切った彼女の語気は、強かった。
さすがユリカ様、と言ったところか。
化学室の扉を開ける。
とにかくさ!と、自分の席に持ち物を置いた恵が切り出す。
「関わんない方がいいよ、ゼッタイ!
マジで!ホンットに!
温室育ちのユリカ様には刺激が強すぎる!!」
机に手をつき、熱い講義をする教授よろしく言い放たれたその言葉に、ユリカの口から「ウ、ウン」という抑揚のない返事がこぼれた。
ふと、教卓付近の壁にかけられた時計に目をやった。
あと2分ほどで、ユリカの2番目に苦手な化学が始まる。
ブクマ、評価ありがとうございます!とても励みになります…
次回から古賀くんガンガン登場!乞うご期待!!




