第18話 不良と姫と王子
「どう?五十鈴との勉強会は。順調そう?」
「結構いい感じよ。あの人、意外と粘り強いモンだから教え甲斐があるわ」
手応えのありそうなユリカの返事に、「そ。良かった」と岳は短く笑った。
「ユリカー!今日もお昼勉強会?あ、岳もやっほー」
「やっほ、メグちゃん」
勉強会を不定期に開催して、2週間が経った。
五十鈴は、お菓子がないと勉強出来ない体質ではあることに変わりはなかったが、それなりに真面目にやっているし、なんなら日に日に学力が上がっていっているような気すらする。
それに、たまに乱入してくるいつもの野次馬たちと恵がなぜか意外にも意気投合し、あっという間に仲良くなったのも、この勉強会のおかげではある。
「ねぇ、今日メグと岳も来ない?放課後」
「何で俺も?」
「だって今日は、島津くんが来てくれるのよ。あの、伝説の、不動の、学年トップの王子が!」
暇だったら顔を出す、という彼の言葉が、まさか本当だとは思っていなかった。
あと1人生徒が増えれば、2組のマンツーマングループが完成する。
「いや〜、俺は遠慮しとくよ、勉強嫌いだし、迷惑かけ─────」
「えぇええっ!?ちょっとっ、ユリカっ!!何でもっと早く言ってくれなかったの!?」
今にも泣き出しそうな顔で、恵がユリカの肩を力に任せて揺さぶる。
「島津くんがくるなら私部活休んだのにぃい!」
「そんなくだらない理由で……」
「くだらなくないっ!私にとってはくだらなくないのぉおおおっ」
ハイハイ、と眉を下げながら、岳はユリカから園児のように喚き散らす恵を引き離す。やはり彼は、どこまでも面倒見が良いようだ。
「あとで五十鈴のリアクション教えて」
「え?なに?リ、リアクション?」
「ああ……んーん、やっぱ何でもない」
ヘラリと八重歯を見せて笑ったこの男の真意は、何度会話を重ねてもやっぱりよく読み取ることは出来なかった。
───────────
「……」
「初めまして、かな?どうも、島津誠太です。2年A組。……あ、桐谷さんとは席が隣で」
「知ってる」
誠太の声を遮るように、腕を組んだまま五十鈴は言葉を被せた。
もうすっかりこの学年の名物になったこの勉強会。
校内に残った部活動の生徒たちは、ドアの窓から興味本位で教室内をチラチラ覗っている。
「予告されてなかったからビックリしただけ」
「だからっ、忘れてただけって言ってるでしょっ」
「社会人のホウレンソウがなってないっスよお嬢様」
「私は女子高生だっつーの!」
いつもの掛け合い。だがユリカは咳払いをしてその勢いを落ち着ける。
無駄に長い足を組み直して、淡々と落ち着きのある声で話す五十鈴に、ユリカはヒヤヒヤして仕方がない。この男がもしなにかこの学年の王子に粗相でもしたら大変だ。
が、当の彼は五十鈴の横柄な態度を涼しげな微笑とともに流して、全く気に留めていないようだった。
「ハハハッ……なんか、やっぱり2人の時間を邪魔しちゃったみたいで悪いなぁ」
「いや全然そんなことは」
即答するなよ、とユリカは心の中でツッコむ。
ユリカは葛藤していた。
古賀五十鈴の前で見せている姿は比較的素の自分に近い。怒鳴ったり暴言を吐いたり、時には暴力的になってしまうことも、悔しいが桐谷ユリカという人間のありのままの姿だ。
ところがどうだ。A組での姿、つまり島津誠太の前での姿はそれなりに取り繕っている自分。まあ要は、本心にヴェールをしているようなものだ。
この傷みまくった毛先を指先でいじくり回してる不良男の前で、いかにクラスでの自分の姿を貫けるか……
「ねぇ古賀く……ああ、五十鈴でいい?
これ、この前貰ったヤツなんだけど、食べる?」
不貞腐れたような面持ちで椅子に寄りかかる五十鈴の前に置かれた黄色の紙袋。
一瞬表情が止まるも、すかさず中身を物色しだした。
カラフルな包装紙に包まれたそれには『沖縄銘柄!マンゴーカステラ』と記されている。
なるほど、沖縄土産か。
「えっ、いいの?」
「いいよいいよ、食べて。親戚がよく送ってくれてさ。食べきれないんだよね、ウチだけじゃ」
あからさまに顔を輝かせて、人が変わったように丁寧に包装紙を破る五十鈴に、ユリカは上機嫌そうに振られる尻尾を見たような気がした。
「桐谷さんもどうぞ」
「あら、いいの?ありがとう、じゃあ頂こうかしら」
沖縄なんて、正直ユリカの家には縁のない場所。修学旅行で行かない限り多分一生行かないであろうその土地のお菓子は、想像以上に甘くて美味しかった。
もう絶対に食べる機会のなさそうなその味を、出来れば弟たちにも食べさせてあげたいなぁなんて考えながら、平静を装いつつじっくり噛み締める。
隣の五十鈴も、遠慮というものを知らないのだろうか、2個目3個目を次々口に入れていく。多分彼の言い分としてはきっと、「だって食べていいって言ったじゃん」になるのだろう。やはりバカは食べ物で釣られてしまうのか。
「ありがと、俺アンタとは仲良くなれそうかも」
「そりゃよかった。好きなだけ食べていいからね」
飼い犬と飼い主にしか見えない。誠太の大人びた笑顔と態度も加味するなら、親と幼稚園児か。
「島津くんは不良を手懐けるのが上手なのね」
「ハァ〜?俺は犬かよ」
「私にはあなたのしっぽまで見えましたけど?」
「見えるはずないモノ勝手に見てんじゃねーよ、キショ」
「アンタねぇ、もう少しボキャブラリーを増やす努力をしたらどーなの!?アンタの一緒にいると私まで語彙力の低下が────」
「大変っスね、この暴力暴れじゃじゃ馬娘と席隣とか。俺だったら即不登校ロード確定だわ」
食べ終えたカステラの包み紙を丸め、急に誠太に話を振った。
「あ、いや……なんか、桐谷さん、元気良いね」
焦ったユリカは、カステラを喉に詰まらせかける。ひとしきり噎せ返ったあと、
「いや決して!そんなことは!……ああ、ホラ、お菓子が美味しくって!私、沖縄土産とか初めてだから────」
と必死に両手を振る。が、誠太は不思議そうに、
「あ、そうなんだ、意外かも。やっぱり海外の方がよく行くの?」
「あ、カイガイ……そうね、うん、海外、カモ」
しまった、完全に墓穴を掘りに行ってる。
ついに我慢の限界が到達し、元凶となった五十鈴の袖を引っ掴んで教室の隅に連れていく。
「ちょっと、余計なこと言わないでよ……!」
「何がだよ……!」
「あ、いや、だからっ、その……私だって人間なんだから人によって多少なりとも態度は使い分けているのであって……」
必死に言葉を選んで、ゴニョゴニョ耳元で喋るユリカ。それに見る五十鈴の目に、何だか危険な色の光が灯った。
「……へぇ」
「なっ、何よその目はっ」
「2人とも最近頑張ってるみたいだしさ〜、今日は休憩したらどう?俺いっぱい持ってきちゃったんだよね」
教室の隅で突如コソコソと開かれた怪しい会議のことなど微塵も気にした様子もなく、誠太は机の上に沢山のお土産のお菓子を並べた。
「食べる食べる〜♪」
お菓子に釣られたのか、はたまたユリカの弱みを握ったことが嬉しいのか……
古賀五十鈴はバカではあるが単純ではない。
「ユリカとは何のきっかけで仲良くなったんすか。まさかお前もお菓子で釣られたの?」
「違うわ!それはアンタだけでしょ!」
誠太がグミをひとつ口に入れる。
「んー、やっぱり席が隣だったから、かなぁ。あと同じ学級委員だし、何かと一緒に仕事することが多くて」
「あー、そーですか。この人うるさいから大変でしょーねー。殴られたりしてないすか?」
「ちょ、だま────……!ゴホン、ゴホン……」
危ない、抑えるんだ桐谷ユリカ。
菓子を大量に口に含んでニヤニヤ笑う五十鈴に、危うく殴りかかりそうになる。
ユリカの内なる自制に恐らく少しも気がついていないであろう2人は、そのまま続ける。
「いや、全然。いつも穏やかで親切で気遣いができて……ほんとにしっかりした子なんだなって思ってる」
切れ長の瞳を、柔らかに細めた。
夏が近づき、太陽が沈むのもだいぶ遅くなった。まだ明るい外からは昼時のような光が差し込み、すぐ近くの体育館からは剣道部の掛け声が聞こえる。
「へー」
散々食べてもうお腹がいっぱいなのか、気がつけば菓子を摘む五十鈴の手が止まっている。
「それに、この間も放課後に美術室で一緒に作業したんだけど、手先も器用だし絵も上手いし。桐谷さんってホント、何でも1人で出来ちゃうよね」
「や、やだな、もー……!島津くん、褒めすぎだって!」
飾り気のない彼の本心のままの言葉に、照れ臭くなったユリカは誠太の肩を勢いに任せて叩く。
─────ハッ、しまった。つい五十鈴にやっていることと同じことを王子にしてしまった。
「ああ……こないだ来なかった時のね」
思ったよりも大袈裟に反応しないユリカが気に食わないのか、五十鈴はもう興味を失ったと言わんばかりにキャラメルの包み紙を指で捻っている。
もしかしたら、何を言われても動じない誠太の態度の方が面白くないのかもしれない。
「周りが俺と桐谷さんのこと、王子と姫なんて勝手に持ち上げてるけどさ。結構、無理してる時もあるんじゃない?」
「えっ」
ユリカの心臓が、どくりと脈打つ。
まっすぐ誠太を見つめると、彼はその目を逸らすことなく、そのまま殊更ゆっくりと瞬きをした。
「五十鈴に対して言いたいこと言えるのも、桐谷さんが五十鈴のこと信頼してるからじゃないかな。
お互い言い合えるのって、信頼関係がないと絶対不可能でしょ?」
諭すような柔い空気を残したまま、彼は五十鈴の方に顔を向ける。
「ちょっと、羨ましい」
鼻から抜けるような、凪いだ水面のような声。
静かに射抜くような目線を受け流すことが出来ず、五十鈴の喉から声が出なくなった。
ユリカになら、五十鈴は何だって言える。
だって全部受け止めてくれるから。
きつい言葉で言い返してくるけど、それが彼女との関係で、心地いいから。
だけど、誠太に対して言いたいことはいくつもいくつも浮かぶのに、それを口にしたら何かに負ける気がして。
「……帰る」
代わりに口から飛び出したのは、いつもの味気ない短い言葉。
「え、あ、ちょっと!待ちなさいよ」
「今日は勉強じゃないから帰ったっていいだろ」
「ま、まあ、それはそうね……じゃなくて!急にどうしちゃったのよ」
「どうもしてねえし別に」
ユリカの制止を振り切って、力任せにリュックを背負ってポケットに手を入れ、素早く両耳にイヤホンを突っ込む。
荒波が去った後のように静かになった教室に取り残されたユリカは、ぽかんと呆けてど真ん中に立ち尽くしたまま。
「なんか……まずいこと言っちゃったかな、俺」
2人の間にしばらく流れた沈黙を断ち切るように、気まずそうに笑って頬を掻く。
「い、いや、そんなことはないわ……多分。
彼はああいう人なのよ。気まぐれに現れて気がついたら去ってる。
まあ、台風みたいなモノね」
ヤツの突拍子もない行動は別に今に始まったことじゃない。そう思い返せば、案外気楽になっていくものだ。
「あ」
椅子の背もたれの方に体を向けて寄りかかっていた誠太の口から、思い出したようにふと声が発せられる。
「どうしたの?」
「あ、いや……さっき直接本人に聞こうと思ったんだけど……昨日、駅の方で五十鈴の知り合いって人に声を掛けられてさ」
「えぇ?ナニソレ。誰?」
記憶を絞り出すように、こめかみに人差し指を置く。
「んーと、何だっけ、確か……イチゴ、って言ってた気がする」
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「ああ、もしもし五十鈴?今週末お邪魔するからね〜。
お土産いっぱい買ってきたよ、えーっと、どこ行ったんだっけ……ロンドンにミュンヘンにフィレンツェに……ああ、あとパリも」
この街に全く似つかわしくない、まるで全面に漆を塗りたくったように艶めく大型セダン。
後部座席に優雅に座ったまだ年若い男は、長さの有り余る足を組み、星のような淡い銀髪を風に靡かせた。
「え?なに?ハハッ、だ〜いじょうぶだって!
余計なことはな〜んにもしないから。ホントだよ?
俺だってもういい大人なんだから、少しは信頼してくれたっていいのに。
全く……可愛くなくなっちゃったなぁ」
彼の動きに合わせるように、顎で切り揃えられた髪が絹のように弛む。特徴のないすっきりと整った顔立ちとその髪型だけでは、男女の区別がつきづらい。
「はーいはいはい。うん、それじゃーね」
「会長。この後19時から中川ホールディングスとのミーティングがあります」
「その前に、ちょっと寄って欲しいところがあるんだけど」
しっかりと潤いの行き渡った毛先を子供のように弄りながら、運転席の若い男性に告げる。
「……会長。まさか────」
「大丈夫だって。ちょっと挨拶しに行くだけだよ」
男の静かな面差しに、策略家のような笑みが浮かんだ。




