第15話 男装の需要はありますか?
「ねーユリカ。ユリカってばー!」
背筋をピンと伸ばしたまま、ユリカの瞼は下がり、わずかに覗く瞳の焦点は定まらないまま、うつらうつらと首が動いていた。
現在時刻は午後13時ちょうど。お昼が終わり、午後の陽射しも相まってちょうど全国の高校生が睡魔に襲われる頃合い。
「んもー!ぜんっぜん起きない!島津くん、起こして。私もう疲れた!」
恵がとうとう放棄すると、誠太はちょっと迷った後、人差し指でユリカの肩をつついた。
ぼやっとした面持ちのまま、ユリカはゆっくりと瞼を上げる。
そのあまりに無防備な様子に、誠太の表情が崩れた。
「おはよ、桐谷さん」
「んあ……しま……づ、くん……」
「テスト終わったばっかだもんね、そりゃ眠くもなるよ」
目を擦りたいが、そんなことしたらアイメイクが取れる。そこだけ妙に意識がはっきりとしていた。
「文化祭の出し物、このままだと執事喫茶になりそーだけど、大丈夫そ?」
「え、執事?」
小さく伸びをした姿勢のまま、ユリカはぴたりと動きを止める。
「なんで執事?」
「ユリカが美しく爆睡してる間に色々決まっちゃったよ、ホラ」
黒板を見てみると、教壇に立った文化祭の実行委員数名が板書をして仕切っている。
縁日、ジェットコースター、メイドカフェ、お化け屋敷……高校の文化祭の定番の顔ぶれたちが書き連ねてある。その中で異彩を放つ執事喫茶は、赤いチョークで丸で囲われている。
「ユリカと島津くんという強いビジュアル枠がいるおかげというかせいというか、なんか気づいたら流れが執事喫茶だった!」
「わ、私が着るの?執事の服」
「いいじゃん、桐谷さん似合いそう。
あー、まぁでも、あれだね、桐谷さんはどっちかというと執事に仕えられる側か」
誠太が笑った。
「じゃー、執事喫茶で決定でいいですかぁ?」
教壇に立った実行委員の海がクラスに呼びかける。
すると1人の男子が、
「どっちかっつうとメイドカフェの方が王道じゃね?」
と内輪で呟いた。
「あー、それねぇ……でもD組とE組もメイドカフェで希望出すらしいし、多分ジャンケンになると思うよ〜」
小さな呟きをもキャッチする、加賀美海の聴覚。
なんとなくその声色からは「私は執事喫茶がいい」という強い意志が感じられた。
それに、と彼女は続ける。
「もし負けちゃったら第二希望以下の出し物に決定しちゃうからぁ、海は執事喫茶がいいと思うなぁ」
そう言いながら、海はユリカと誠太にチラチラと目で合図を送る。
(私らが着ろってか……)
無言のメッセージを察した。
「誰が執事やんの?」「俺やりたい!」
「島津くんに着てほしくない?執事の服!」「え、それな?」などと、若干強めに沸き立つ教室。
女子たちの声が聞こえたのかはわからないが、
「じゃあ……俺も着ようかな、執事の服」
と、苦い微笑みを浮かべながら誠太は言った。
「えっ、見たい見たい!ぜっっったいカッコいいよっ!写真いっぱい撮ってもいい!?」
「城崎さん、気が早いって」
「はーいはいはい!みんな静かにー!」
海が教室のざわめきを収めた。
「じゃー決定するからね!
今年の2年A組の出し物は執事喫茶!
ハイ、異議ある人〜?」
そんなのを聞いたところで手を挙げる人などいるはずもなく。
「おっけ〜!じゃあ決まりね〜」
実行委員のプリントにメモをとった。
─────D組とE組はメイドカフェ、か。
もしD組がジャンケンに勝てば、メイド服を着た古賀五十鈴を拝めるかもしれないのか。
これはいい、普段煽られまくっていることに対して仕返しができる絶好の機会かもしれない!
「D組が勝ちますように……」
「え?なんで?」
「いーから!メグも祈って!ほら島津くんも!」
「Dって……五十鈴?」
突如としてD組のある方角に祈りを捧げだしたユリカに、誠太が尋ねる。
「そうよ。バカにされまくっている分、今度こそこっちが古賀五十鈴のメイド服姿をこれでもかというほどイジり倒してやるのよ」
あの金髪頭とそれなりにいい体格をしているあの男がフリフリのメイド服を着せられている姿を想像しただけで、もはや笑いが込み上げてくる。
嫌がって無理やり着せられているほうが尚良いとユリカは思った。Sっ気があるのだろうか。
「そいえば、最近仲良いよね、あの辺のグループと」
誠太は頬杖をついた。
「いいえ、少しも仲良くなんてないわ。
こないだなんてアイツ呼ばわりされたし……なんでアイツにアイツなんて呼ばれないといけないのかしら」
不満なんていくらでも出てくる。
次から次へと不満が口から勝手にペラペラ飛び出してくるものだから、もう止められない。
「……ああ、そうだ。明日から勉強教えないといけないんだった」
明日から次のテストまで、ユリカのバイトがある日は昼休み、ない日は放課後、五十鈴の勉強を見てやらないといけない。
まあ自分から持ち掛けた話だ、今更約束をすっぽかすわけにはいかない。
……いやでもやはり、マンツーマンというのは解せない。
机に伏せた顔を向けてユリカが怠そうに喋る。
「ねー島津くん。私と一緒に五十鈴に勉強を教える気はない?私を助けると思って……」
「えぇ……んー、面白そうだけど部活あるからなぁ。
部活ない日に、時間あったらちょっと覗きに行ってもいい?」
「もちろん!来てくれると嬉しいわ!というか助かる!」
救いの手が差し伸べられたことにより、彼女は一気に生気を取り戻した。
「メグも来る?私が直々に勉強を教えてあげる貴重な機会よ」
「え〜?遠慮しとくよ。私も部活あるし。
それにぃ?ユリカと古賀の2人だけの空間を邪魔するわけにもいかないので!」
ふにゃふにゃと揶揄うような笑みの恵のその言葉を聞いた時、誠太の表情が止まった。
「2人っきり、ねぇ」
「何よ……島津くんまでそんな邪推を……」
「あはは、ごめんごめん」
ユリカは大袈裟なため息をついた。
「あのねぇ。この際だから2人に言っておきますけど。
私のタイプはね、私より頭のいい男性なのよ。
誠実で真面目で社会性の高い……ところがどうよ、アイツは……ゴホン、あの人はこの中の全ての要素が欠けているわ」
ユリカが指を折りながらする熱弁を、誠太は口角を上げながら話半分といった様子で聞いていた。
……信じてないな、島津くん……
でも、もし勉強会をしていることがみんなに知れ渡ればきっと勘違いされるのも時間の問題だろう。というかもう勘違いされかけていた。
高校生なんてのは、そんな生き物だ。
まあ大丈夫でしょう、とユリカは思った。
(どうやら私は、この人とくっつけられてるらしいし)
目の前の男を見ながらそう思った。
そこで、はたと気がつく。
……うーん、何故だろう。
さっき挙げた要素の全てを彼は満たしているはずなのに、彼を恋愛的に好きだと思った瞬間は一瞬たりともない。
というか、ユリカが誰かに恋した最後の記憶は保育園で止まっている。いや、そもそも保育園児の『好き』なんて、人間愛や家族愛と大して変わらないのではないだろうか?
……まずい、もしかしたら私、初恋すらまだなのかもしれない。
学年の完璧な令嬢である私の恥部、絶対に誰にも知られるわけにはいかない!
「ユリカ様〜!コレどう思う?」
静かに1人で悶絶していると、彼女の席に海がやってきた。
顔色を変えないままのユリカの目の前にスマホの画面を突きつける。
漆黒のブレザーと、その下には典型的な執事らしいベスト。脚長効果抜群そうなスラックスに、その上下の同じ色のネクタイ……
布からして上質そうな、紛れもない執事服だった。
「えっ、私、男装するの!?」
それは想定外だった。
執事といってもこういう本格的なものではなく、コスプレ感強めの可愛い服を着るものだとばかり思っていた。
それに何より、誰が私の男装なんか見て喜ぶのだろう、とユリカは純粋に疑問を抱く。
「どーせやるなら本格的にしたいの!
出し物大賞も狙いたいしね〜。それに、うちのユリカ様と島津くんが執事になってくれたらお客の出入りナンバーワン間違いなし!」
出し物大賞とは、文化祭後に発表される一番優秀な出し物をしたクラスに贈られる賞のことだ。
大体いつも3年生のクラスが掻っ攫っていっているらしい。
ちなみに去年は3年生のお化け屋敷が賞を取っていた。
「ユリカ絶対似合うよ!逆ナンされちゃったりしてね」
焚き付ける恵の言葉を聞いて、去年の文化祭の一般公開の時に、なぜか他校の女子に声をかけられて連絡先を交換したことを思い出した。
窓から入ってくる風が、気がつけばすごく温いものになっている。
ああ、まだ6月になったばかりなのにこんなに暑いのか……
去年の文化祭も、当然の如くものすごい人と熱気と湿度だった。
今年もまたあの暑い夏がやってくるのか、と思いながら、ユリカはセーラー服の上に着ていたカーディガンを脱いだ。
高校生の青春の祭典、文化祭が始まる。
────────
読んでいただき、ありがとうございます!
誤字脱字等ございましたら教えていただけると助かります。




