第14話 ある意味君は原石だ。
5月の定期テストは無事終了。
最近は機械で丸つけしているとかなんとかで、テスト返却が異様に早い。
次の週初めにはもう返却されるらしく、ようやくテストから解放されたクラスメイトは三者三様の反応を示していた。
2年生フロアの端から2番目の教室。2年D組。
ここに、本当に笑えない状態になっている男たちが4人。
「やばいやばいやばいマジでなんっもわかんなかった」
窓際の一番後ろの端の席。修斗は放課を告げるチャイムと同時に、頭を抱えて絶望の色に顔を染めていた。
今日はヘアゴムで前髪を上げている。
「ほんとにっ!数Ⅱとかさ、あんな公式習ってないだろゼッタイ!!」
「俺たちがサボってた時にやったんじゃね?」
半ば涙目になりかけている彼に、岳はさらに追い打ちをかける。
「そーゆー岳はどうだったんだよ!」
「いや俺も数Ⅱほぼ空欄だよ」
「ハッハー!バカヤローめ!空欄だけはやめようぜってあんだけ話してただろ!」
触り心地の良さそうな岳の短い髪をわしゃわしゃと撫で散らかす。その顔には同志を見つけた歓びがあまりにも分かりやすく滲んでいた。
「基礎問題に賭けてたのに、殆ど応用だったし、解けないし、時間ないし」
リュックから早速ヘッドホンを取り出した朝日がいつものような小声で呟く。「あんのクソ数学教師が……」とボソリと付け加えて、プレイリストを再生する。
「数Ⅱ意外と簡単だったよね!?」
「それな!応用問題も授業プリントの中からまんま出てきてたよね?」
「早センまじでありがとーってカンジ!」
悲嘆に暮れる3人を他所に、クラスメイトたちは安堵した表情で帰りの準備を始めている。
「……俺たちの敗因は、授業サボりまくってたことだな、きっと」
「でもっ、最近は毎日真面目に授業聞いてただろ!五十鈴は堂々と爆睡してたけどよ」
チラリと五十鈴の方に目をやると、机の上に顔を突っ伏して死んでいる。
「今日は反省会だな……」
どうやら盛大に爆散したような五十鈴のその様子を見て、岳はため息混じりに呟いた。
─────────
「それじゃあ、早速点数報告といこうじゃない」
全てのテストが返ってきた、翌週の水曜日の放課後。
ユリカは彼ら4人を駅付近のファミレスに集めた。
店内にいる客は殆どユリカの高校───北高校の生徒だった。
ンン、と軽く咳払いをしてから、修斗が手を挙げる。
「姫山修斗、赤点回避ですっ!」
「おお!」
初手から彼らにしてはあまりにも上出来すぎる結果報告に、ユリカは拍手した。
続いて。
「黒川岳、赤点回避」
「お前空欄だらけとか言ってたくせに数Ⅱヨユーで回避してんじゃねえよ!」
修斗が笑顔で小突く。
「数学は配点高かったから耐えたわ」
「青嶋朝日、右に同じく」
ユリカの顔がパッと華やいだ。
「やるじゃない、アンタたち!頑張ったわね!」
申し訳ないが正直なところ、かなり厳しいのではないかと思ってはいたが、やはりこの学校の入試を突破してきただけはある。ちゃんと勉強すればできるほどの地頭は持っているのだ。
……おっと、まずい。1人忘れていた。一番の重要人物を。
ユリカは慌てて険しめな表情を作り直した。
「さぁ、古賀五十鈴。アンタは?」
「……」
いつもの何倍もムスッとした表情のまま、カバンを漁る。
やがて、机の上に無造作に置かれた解答用紙の束を、ユリカは奪い取ってから食い入るように目を通した。
回答用紙を握る両手が、次第にわなわなと震えていく。
「……なっ、なっ、何これっ。
赤点が……四つ!?」
ユリカの悲痛な声で、何事かと周囲の客がこちらを見る。
「おい五十鈴〜!今の流れをぶった斬るなよ!」
修斗がテーブルの上に大きくこけた。
「しょーがねーだろ!俺だって一応真面目にやったんだよ!」
「……五十鈴のためにゲーム時間削ったのに。
イベント期間中だったんですケド」
「まー……あー、でも、ほら見てみ!
全部惜しいじゃん、あと数点だよ。地学に関してはあと2点じゃん」
どこまでもポジティブな岳は、慰めるように五十鈴の肩を叩いたあと、採点ミス探しに勤しみ始めた。今更見つけたところで無駄だというのに……
あーだこーだ言う彼らの隣で、珍しく萎縮し、気まずそうに黙ってドリンクバーを啜る五十鈴が、さすがに哀れに思えてくる。
彼がそれなりに勉強に時間をかけたことを、ユリカはちゃんとわかっているつもりだった。
時間をかけてもそれが点数に繋がらないことへの悔しさは、この面子の中で一番理解している自信がある。
「まぁ、何はともあれ、五十鈴くんよ。赤点が四つもあったままじゃあさすがに次のテストはまずいだろう」
役者よろしく大層なわざとらしい口調で、修斗が五十鈴に向かって言った。
「わーってるよ、そんくらい!」
頭を掻きむしった五十鈴が吼えた。
「じゃっ、ユリカ様!あとはコイツを頼みましたよ!」
「よーっしゃあぁ、俺たちはベンキョー地獄から解放ーーーっ!」
一方的に歓喜に溺れる彼らを尻目に、ユリカはため息をついた。
────ハァ、まぁ、仕方ない……
『頑張って勉強した結果、それでも赤点を取ってしまったら、その時は次のテストに向けてユリカが五十鈴の勉強を見る』
そういう話を持ち出したのはユリカの方だった。
人に教えるのにはそれなりの自信はある。
だが何せ今回の相手は、9教科中赤点を4個取った猛者だ。今まで教えてきた相手とはレベルが違う。
────と。
「はぁ!?え、どーゆーことだよ。何勝手に喜んでんだよ、お前ら。
お前らも一緒に勉強教わるんじゃねえの?」
心底困惑したような五十鈴の声。
……ん?は?
「え、だからぁ、五十鈴が今回赤点回避出来なかったら次のテスト頑張んないとホントにまずい!ってなるから、ユリカ様から直々に勉強を……」
「いや、それは聞いたし。
だからお前らも一緒にやるんだろ?コイツと勉強」
コイツ呼ばわりかよコイツ……
あとできっちり絞ってやる。
問い詰められる修斗はきょとんとした顔をしている。
「いや、五十鈴とユリカ様マンツーマンっしょ」
一瞬の沈黙の後。
「────はぁぁああ!?」
五十鈴がキレた。
「ふっざけんな!修斗、テメェ、騙しやがったな!」
「いやいやいやごめんって!騙したとかじゃないし!」
胸ぐらを掴まれた修斗が顔を引き攣らせながら必死に弁解を開始する。
「言い忘れてただけだって!ユリカ様とはちゃんと話通してたの!」
「言い忘れんなボケが!」
隣で岳が爆笑した。
ユリカも思わず詰め寄る。
「ちょっとぉ!姫山修斗っ!!話ぐらいちゃんとしときなさいよ!!おかげでこっちはコイツ呼ばわりされるハメになってんのよっ」
「お前なんかコイツで十分だろ!」
「はぁーーー!?これでも一応私学年のお嬢様やってんのよ!!」
「そーゆーのがウゼーっつってんの!」
「あーっ!黙りなさいよもうっ」
2人揃うと始まるその茶番劇に、沈黙を貫いていた朝日が吹き出した。
あまりの物珍しさに、2人は自然と鎮まる。
それぞれのヒートアップしていた勢いが収まり、大人しく席に座ったことを確認しつつ、修斗が話をまとめるように手を叩く。
「ハイッ、じゃあそーゆーわけで!
次のテストこそ赤点回避を目指して、五十鈴の先生役は不動の学年トップのユリカ様にバトンタッチ!」
「だから2番って言ってるでしょ!」
勢いに任せてコップの中のメロンソーダを飲み干す。
「まーでもさぁ、ユリカ様もバカが4人よりバカが1人の方が教えやすいよね。
五十鈴、絶対勉強出来るようになって帰ってこいよ」
岳のそのフォローになってないようなフォローに背中を押されながらも、ユリカと五十鈴はまだ睨み合っていた。
とうとう、観念したように口を開いたのは五十鈴の方だった。
「……点数上がんなかったら許さねーからな」
「教えてもらう分際で随分とエラソーなことを仰るのね」
ハッ、と古賀が前髪を吹き上げた。
「毎度毎度わかったような気になって、上から目線なのはそっちだろ」
「黙っときなさいこの減らず口!」
「……お、お客様、もう少しお静かにお願いします」
疲れたような声の店員に注意され、ユリカはハッとして周囲を見渡す。
店内の視線が一斉にここに集まっていることにようやく気がつき、咄嗟に「すみませんっ」と謝って口を手で覆う。
無意識に声のボリュームが大きくなっていた事実に、耳がじわりと熱くなる。
次のテストまでの間隔は短い。おまけに今回は、間に文化祭がある。
この目の前のムカつく金髪不良男の救いようのない点数をどうやって底上げするか。
……ユリカの考えなければならない問題がまた一つ増えてしまった。
ユリカ様と不良の古賀くんとの出会い……これにて第一部は終了となります。
改めて、いつも読んでくださっている方、本当にありがとうございます!
もし、こういう展開見たいよ!とか、こうなったら面白そう!などありましたら、ぜひぜひコメントお書きください♪(お話の感想などもらえたら飛んで喜びます……!)




