予算委員会
翌朝。
首相官邸の会議室には、前日よりも多くの資料が積み上げられていた。
関係省庁から提出された増額の内訳。
各自治体から寄せられた要望書。
事業者の選定条件。
自由推進党のデジタル行政推進本部と、関係省庁との協議記録。
そのすべてに目を通したら、国会へ向かう前に一日が終わりそうだった。
「昨日より、資料の海が深くなってないか……?」
卯月政朝が積み上げられた資料を見つめていると、内閣総理大臣秘書官の化女沼真帆代が、一冊の薄いファイルを差し出した。
「昨日言ったとおり、総理が溺れないよう、要点をまとめておきました」
「ありがとう。助かるよ」
政朝がファイルを受け取る。
表紙には、『地方行政共通基盤整備事業・増額分整理』と記されていた。
「ただし、それだけ読んで分かった気にならないでくださいね」
真帆代が太い腕を組む。
「救命胴衣を着けたからといって、そのまま沖へ泳いでいかれても困りますから」
「泳いでいく気はないよ」
「総理は、自分から泳がなくても流される方ですものね」
「否定しづらいことを言うな……」
少し離れた席では、政策秘書の後藤守三が、いつもの帽子をかぶったまま原資料をめくっていた。
「要点は真帆代さんがまとめました。私は原資料と突き合わせて、判断に必要な箇所へ印を付けてあります」
「守三も確認してくれたのか」
「救命胴衣に穴があっては困りますからな」
「海の例えを続けるんだ……」
政朝の隣では、官房長官の申界麗が、すでに資料を開いていた。
その正面には、財務大臣の上岡雄吾と財務省の主計局長が座っている。
「始めましょう」
麗の一言で、室内の空気が切り替わった。
主計局長が、増額分の内訳を示した資料を机の中央へ置く。
「増額された七百億円は、大きく四つの事業に分かれます」
自治体のシステム移行支援に三百十億円。
国が整備する共通システムの追加開発に百六十億円。
導入後の運用支援体制の整備に百五十億円。
自治体職員への研修や相談対応に八十億円。
合計で七百億円だった。
「問題があるのは、どこですか」
政朝が尋ねる。
「現時点で、明確に不正と判断できる支出は確認されていません」
上岡が先に答えた。
「ただし、予算額の算定方法や、事業者の選定条件について、説明が不十分な部分があります」
「不十分、ですか」
「まず、自治体への移行支援費です」
主計局長が該当するページを開いた。
「この三百十億円は、全国の市町村のおよそ四割に当たる七百二十の自治体が、来年度中に新しい共通基盤へ移行することを前提に積算されています」
「実際に、七百二十の自治体が移行するんですか」
「関係省庁が、現時点で移行の意思を確認できているのは四百六十二の自治体です」
政朝は数字を見比べた。
「えっと……二百五十八も違うじゃないですか」
「残りは、今後参加が見込まれる自治体として計上されています」
「参加するかどうかも決まっていない自治体の分まで、予算に入れたということですか」
「移行を促進するためには、あらかじめ十分な予算枠を確保しておく必要があるとの判断です」
麗が資料をめくった。
「しかし、自治体への聞き取りでは、別の回答も出ています」
前日のうちに、麗の指示で複数の自治体への確認が行われていた。
人口規模の大きな自治体からは、現行システムの維持費が負担になっており、一刻も早く移行したいとの回答があった。
一方、小規模な自治体からは、担当職員が不足しているため、来年度中の移行は困難だという意見が出ている。
現在使用しているシステムの契約が残っており、急いで移行すれば二重に費用が発生する自治体もあった。
「こちらの自治体は、再来年度以降の参加を希望しています」
麗が一枚の回答書を指した。
「ところが、予算の積算上は来年度の移行対象に含まれています」
「自治体側が希望していないのに?」
「関係省庁は、今後の協議によって参加が可能になると見込んでいます」
「それは、参加が決まっているとは言わないだろ」
政朝は椅子の背にもたれず、資料へ顔を近づけた。
参加が決まっている自治体への支援は必要だ。
予算がなければ、準備を進めてきた自治体が困る。
だが、参加するかどうかも決まっていない自治体の費用まで、初年度から確保する必要があるのか。
『先に器を作れば、後から中身が満たされると思ったのであろう』
胸の奥からサザレの声が聞こえた。
『だが、大きすぎる器は、別のものを入れる者を呼び寄せるぞ』
政朝は返事をせず、次の資料へ目を移した。
「共通システムの追加開発費は?」
「百六十億円のうち、およそ六十億円が、二年目以降に使用する予定の機能に充てられています」
「どうして二年目以降の機能を、来年度の予算で作るんですか」
「開発を一括して発注した方が、全体の費用を抑えられる可能性があるためです」
「可能性?」
真帆代が反応した。
「一括発注した場合と、段階的に発注した場合の比較はありますか」
「詳細な比較資料は、作成されていません」
「では、費用を抑えられるという根拠は何です?」
主計局長が言葉を詰まらせた。
上岡が代わって答える。
「関係省庁と事業者への聞き取りを基にした判断です」
「どの事業者ですか」
政朝が尋ねると、主計局長が別の資料を開いた。
「既存の自治体向けシステムを開発している複数の事業者です」
「その事業者は、今回の追加開発を受注する可能性がありますよね」
「可能性はあります」
「受注する側の意見を基に、先にまとめて発注した方が安いと判断したんですか」
「関係省庁でも内容を確認しています」
「確認した記録は?」
「提出した協議記録の中にあります」
守三が、資料の山から一冊のファイルを抜き出した。
「こちらですな」
ページには、関係省庁、党のデジタル行政推進本部、複数の事業者団体が参加した意見交換会の記録が残されていた。
ただし、詳細な発言内容は記載されていない。
結論として、初年度から一括して開発することが望ましい、とだけ書かれている。
「誰が、何を根拠に賛成したのか分からないな」
「議事概要ですので、発言者ごとの記録は作成していないとのことです」
「七百億円の増額に関わる話し合いなのに?」
政朝の問いに、主計局長は答えなかった。
麗が、事業者の選定条件を示した資料を机の中央へ動かした。
「より問題なのは、こちらです」
運用支援業務を受注する事業者には、全国規模の相談窓口を設置できること。
二十四時間の障害対応が可能であること。
三百以上の自治体で、行政システムの導入や運用を支援した実績があること。
複数の既存システムとの接続技術を保有していること。
それらの条件が課される予定だった。
「条件だけを見れば、必要なものにも思えます」
政朝が言うと、麗は候補となる事業者の一覧を示した。
「この条件をすべて満たせる可能性があるのは、三つの共同事業体だけです」
「三つ……」
「さらに、既存システムとの接続実績を厳格に適用した場合、実質的には一つに絞られます」
資料の中で、その共同事業体を構成する企業の名前に印が付けられていた。
「この企業グループの役員らは、処分手続き中の議員が開催した政治資金パーティーの券を、複数回購入しています」
麗が告げた。
「購入自体は政治資金収支報告書に記載されており、直ちに違法となるものではありません」
「政治資金還付問題との関係は?」
「一部の購入者については、党の調査対象となっています。ただし、還付の有無は確認中です」
政朝は、事業者名の横に記された金額を見た。
過去四年間のパーティー券購入額は、関係者を含めると一千万円を超えている。
企業の規模を考えれば、極端に多いとは言えない。
それでも、無関係として片付けられる金額でもなかった。
「選定条件を作ったのは、誰ですか」
「関係省庁です」
主計局長が答える。
「ただし、党の推進本部から、全国一括の支援体制を整えるよう要望が出ています」
守三が協議記録の一枚を政朝の前へ置いた。
「この記述が気になりますな」
党側から提出された要望書の備考欄に、小さな文字で書かれていた。
『既存事業者との継続性を最大限考慮すること』
「継続性……」
「既存のシステムを扱っている事業者を優先できるようにも読めます」
麗が言った。
「さらに、運用支援を取りまとめる団体についても、党側から具体的な提案がありました」
「団体の名前まで?」
「はい」
提案されていたのは、一般社団法人の地域行政基盤支援機構だった。
設立から一年も経過していない団体で、理事には関係省庁の元幹部や、行政システムを扱う企業の元役員が名を連ねている。
処分手続き中の議員との直接的な資金関係は、現時点では確認されていない。
しかし、その議員の元政策秘書が、機構の参与に就任していた。
「この団体へ、いくら支払う予定だったんですか」
「現時点では、運用支援費百五十億円のうち、最大で百億円程度の業務を取りまとめる案が検討されています」
「設立から一年も経っていない団体に、百億円?」
「全国の自治体と事業者を調整するための費用も含まれます」
「実績はあるんですか」
「本事業と同規模の実績はありません」
会議室が静まり返った。
不正を示す決定的な証拠はない。
企業が政治資金パーティー券を購入することも、元官僚や元秘書が民間団体に勤めることも、それだけで違法ではない。
事業者を絞る条件も、全国規模のシステムを安定して運用するために必要だと説明できる。
だが、偶然と呼ぶには、線がつながりすぎていた。
「上岡大臣」
政朝が呼びかける。
「はい」
「この選定条件で手続きを進めた場合、公正な競争が行われると言えますか」
上岡は、すぐには答えなかった。
資料へ目を落とし、言葉を選ぶ。
「形式上は、一般競争入札を行うことができます」
「形式上は?」
「条件を満たす事業者が極端に少ない以上、競争性について疑問を持たれる可能性はあります」
「この条件を決めた経緯を、公表できますか」
「そのまま公表すれば、説明が不足している部分は残ります」
「国民に説明できない条件で、百億円単位の契約を結ぶつもりだったんですか」
「そのような意図はありません」
上岡の声がわずかに強くなった。
「この事業そのものは必要です。自治体の行政システムは複雑化し、同じような機能を個別に開発しているため、費用も増えています。災害時の情報連携にも課題がある。共通化を急ぐ必要があることは、総理も理解されているはずです」
「理解しています」
政朝は上岡の言葉を遮らなかった。
「だから、全部を止めるつもりはありません」
政朝は、自治体への聞き取り結果を思い返した。
すでに準備を進めている自治体への支援まで止めれば、負担を受けるのは自治体の職員と、その行政サービスを利用する住民だ。
「増額分のうち、来年度に必要だと確認できる金額はいくらですか」
主計局長は、用意していた試算を取り出した。
「移行の意思が確認できている自治体への支援、初年度に必要な追加開発、研修費などを積み上げると、四百三十億円程度になります」
「残りの二百七十億円は?」
「参加が確定していない自治体への支援枠、二年目以降の追加機能、運用支援体制の一部です」
「来年度の予算から外しても、すでに準備している自治体には影響しないんですね」
「すべての影響を避けられるとは断言できません」
主計局長が答える。
「ただし、対象を確定して支援を行うのであれば、事業の開始そのものは可能です」
「運用支援の事業者選定は、やり直せますか」
「選定手続きは始まっていません。条件を見直すことは可能です」
「地域行政基盤支援機構へ委託する案は?」
「正式決定ではありません」
「なら、いったん白紙に戻してください」
政朝は資料から顔を上げた。
「実績のない団体へ、最初から百億円規模の業務が渡ることを前提にした仕組みでは進められません」
「総理」
上岡が低い声で呼びかけた。
「増額分を見直すということですか」
「はい」
「予算審議中です。政府案に手を入れるとなれば、国会日程にも影響します。党との調整も必要になります」
「分かっています」
「自治体から、予算が削られたという反発も出ます」
「必要な自治体への支援は残します。削るために見直すんじゃありません」
政朝は、四つに分けられた増額項目を指した。
「来年度に使う必要がある四百三十億円と、使い道や支払先が固まっていない二百七十億円を、同じように扱うことがおかしいと言っているんです」
上岡は口を閉じた。
「初年度に必要性を確認できない二百七十億円は、計上方法を見直してください。必要になった時点で、改めて根拠を示して予算を求める形にできないか検討しましょう」
「補正予算や翌年度予算で対応する可能性も含めるということですか」
「はい」
「四百三十億円については?」
「事業を続けます。ただし、事業者の選定条件を作り直してください」
政朝は、事業者一覧へ目を向けた。
「条件を厳しくすること自体は必要です。でも、特定の事業者しか満たせない条件にするなら、その理由を説明できなければならない。選定の過程と評価結果も、可能な限り公表してください」
「地域行政基盤支援機構については、候補から外しますか」
麗が確認する。
『さて、どうする。公正か、それとも排除か』
サザレが、政朝の胸の内で問う。
「……最初から外す必要はない」
政朝は少し考えてから答えた。
「他の団体と同じ条件で審査する。実績が足りないなら選ばれない。それだけでいい」
疑わしいから排除するのではなく、公正な条件の下で判断する。
その方が、後から説明できる。
「増額を要望した議員と、関係企業や団体との関係については、党の調査を続けます」
麗が言った。
「不正が確認された場合は?」
「予算の話とは分けて対応する」
政朝は答えた。
「必要な事業まで、その議員と一緒に処分するわけにはいかない。でも、不正があったなら見逃さない」
麗は小さくうなずいた。
上岡が腕時計を確認する。
「見直しの方法について、財務省で案を作成します。関係省庁との調整も必要です」
「いつまでにできますか」
真帆代が尋ねた。
前日と同じく、期限のない返答を許すつもりはなかった。
「本日中に、政府として取り得る手続きと、国会日程への影響を整理します」
「今日の予算委員会には間に合いませんね」
麗が言う。
「正式な案は間に合いません」
上岡が答えた。
「ただし、政府として見直し作業に入ることは説明できます」
政朝は、自分の前に置かれた答弁資料を見た。
今日の予算委員会では、新年度予算案に対する総括的な質疑が続く。
この七百億円について質問が出るかどうかは分からない。
だが、政朝が答えを避ければ、いずれ誰かが資料へたどり着く。
「聞かれたら、見直すと答えます」
「総理」
麗が政朝を見る。
「正式な金額は、まだ政府内で確定していません」
「二百七十億円を削ると断言はしない。必要性が確認できない部分を見直す方向だと説明する」
「前政権が決めた予算だと聞かれた場合は?」
「今の内閣が責任を持つと答える」
政朝は、昨日サザレに言われた言葉を思い出した。
決められる立場にありながら変えなかったのなら、それも判断したことになる。
前の内閣が作った予算だから、自分は関係ない。
そう言って逃げれば、首相として何も決めていないことを認めるだけだ。
「分かりました」
麗が資料を閉じた。
「答弁の表現はこちらで調整します。ただし、予定にないことを勝手に付け加えないでください」
「俺、そんなに信用ない?」
「総理自身の言葉で答えることと、思いついたことを口にするのは別です」
「気をつけます……」
「返事が弱いですね」
「気をつけます」
政朝が言い直すと、守三が小さく笑った。
「昨日は片足が沈んでいるとおっしゃっていましたが、どうやら陸へ戻れそうですな」
「まだ予算委員会が残ってる」
「では、救命胴衣は着けたままにしておきましょう」
◇
午後。
衆議院の予算委員会室には、朝の会議室とは比べものにならない数の視線が集まっていた。
委員席。
政府側の答弁席。
報道関係者。
傍聴席。
政朝の正面では、連帯民主党の予算委員が資料を掲げていた。
「総理に伺います」
委員の声が、室内へ響く。
「地方行政共通基盤整備事業について、財務省の査定後、最終調整で七百億円もの増額が行われています」
来た。
政朝の背筋がわずかに伸びる。
「増額を強く要望したのは、自由推進党のデジタル行政推進本部です。当時の本部長は、現在、政治資金還付問題で処分手続き中の議員ですね」
「そのように承知しています」
「この議員と、事業を受注する可能性がある企業との間に、政治資金上の関係があることを把握していますか」
委員席がざわついた。
与党側から声が上がる。
「静粛に願います」
委員長が注意する中、政朝は手元の答弁資料へ視線を落とした。
用意されている答弁は簡潔だった。
事業者は未選定である。
適正な手続きによって選定される。
個別議員の政治資金については、党が調査している。
どれも間違いではない。
だが、それだけでは朝に確認した問題へ答えたことにならない。
「関係企業の役員らが、当該議員の政治資金パーティー券を購入していたことは把握しています」
与党席から、再びざわめきが起こった。
隣に座る麗は正面を向いたまま、表情を変えなかった。
「ただし、パーティー券の購入だけをもって、予算の増額との間に不正な関係があったと判断することはできません。現在、党の調査委員会と連携し、事実関係を確認しています」
「では、七百億円の増額は適正だったとお考えですか」
「増額されたすべての金額について、適正だったと判断しているわけではありません」
委員が眉を上げた。
「どういうことですか」
「政府内で、増額の根拠と事業の実施方法を改めて確認しました。その結果、来年度中に必要となることが確認できていない費用や、事業者の選定条件について説明が不十分な部分があると判断しました」
「具体的には、いくらですか」
政朝は一度だけ息を整えた。
「現時点の試算では、増額分七百億円のうち、およそ二百七十億円について、来年度に計上する必要性を改めて確認する必要があります」
委員会室が大きくざわめいた。
「二百七十億円もの予算に、根拠がないということですか」
「根拠がないと断定しているのではありません。将来的に必要となる費用も含まれています。しかし、来年度に支出する必要があるのか、現在の資料では十分に説明できないということです」
「では、予算案を修正するのですか」
政朝は答弁資料を見なかった。
「政府として、修正を含めた対応を検討します」
野党席から声が飛ぶ。
「検討では分からない!」
「削るのか、削らないのか!」
委員長が静粛を求める。
「総理」
質問者が追及を続けた。
「この予算案は、政府が国会へ提出したものです。説明できない予算を提出した責任は、誰にあるのですか」
大崎前内閣の下で、編成作業の大部分が行われた。
増額を求めたのも、処分手続き中の議員だった。
自分が首相に就任した時点では、予算案の内容はほとんど固まっていた。
そう答えることはできた。
事実でもある。
だが、それでは昨日までの自分と同じだった。
「予算案を国会へ提出したのは、現在の内閣です」
政朝は質問者をまっすぐ見た。
「したがって、国会と国民に説明する責任は、私にあります」
委員会室が、わずかに静かになった。
「前の内閣が決めたことだから、私は知りませんとは申し上げません。必要な事業は進めます。一方で、説明できない支出や、公正さに疑問を持たれる契約方法は見直します」
「総理は、提出したばかりの予算案に問題があったと認めるのですね」
「確認が不十分だったことは認めます」
麗が、ほんのわずかに政朝へ顔を向けた。
答弁資料にはない言葉だった。
それでも、政朝は続けた。
「だからこそ、問題が分かった段階で改めます。提出した予算案を守ることより、必要なところへ必要な金を届けることの方が重要です」
野党席からは追及の声が上がり、与党席からも戸惑いの声が漏れた。
褒められるような答弁ではない。
自分たちが提出した予算の確認が不十分だったと、首相自身が認めたのだ。
明日の新聞に、どのような見出しが並ぶのか。
考えるだけで胃が痛くなる。
『ようやく、そなたの金になったな』
胸の奥でサザレが言った。
政朝には、その意味がすぐに分かった。
自分の懐へ入る金という意味ではない。
誰かが決めた数字として眺めるのではなく、自分が使い道を決め、その結果に責任を負う金になったということだ。
政朝は声には出さず、次の質問を待った。
◇
予算委員会が休憩に入ると、政朝は麗と真帆代に挟まれるようにして廊下を進んだ。
「確認が不十分だったことは認めます、ですか」
麗が前を向いたまま言う。
「正直に答えた方がいいかと思って」
「正直さと、答弁の危うさは両立します」
「やっぱり、まずかった?」
「明日から、野党はその言葉を百回は使うでしょう」
「百回……」
「新聞やテレビも含めれば、さらに増えます」
「あぁ……胃が痛い」
「ですが」
麗が足を止めた。
「前政権の責任にしなかった点は、悪くありません」
「それ、褒めてる? てか、以前もこんな話をしたような気がするな」
政朝の脳内に、新内閣の説明を行った時の記憶が蘇る。
「事実を述べただけです」
麗は再び歩き始めた。
真帆代が、政朝の肩を大きな手で軽く叩く。
「総理、まだ痛がるのは早いですよ」
「これ以上、何かあるの?」
「幹事長がお待ちです」
政朝の足が止まった。
「井上幹事長が?」
「予算委員会の答弁を聞いて、至急話がしたいとのことです」
◇
廊下の先にある控室の扉が開く。
中では、自由推進党幹事長の井上剛が、ソファに腰を下ろしていた。
机の上には、地方行政共通基盤整備事業の資料が置かれている。
「ずいぶんと思い切った答弁をしましたな、総理」
井上は笑っていた。
だが、その目はまったく笑っていなかった。




