1 オタクセンサー
「ってわけで、今知り合いのお嬢さんを預かってるんだけど」
みあとの不思議な同居生活が始まって1週間。
俺は仕事が休みだからとウチに遊びに来た親友に、事の経緯を分かりやすく説明していた。
「それ何てエロゲ?」
「エロゲじゃねぇよッ!」
確かにエロゲにありそうな展開だけれども!!
それは言わないお約束だろ!?
「俺もそんな2次元展開体験したい…ッ!」
「勝手に言ってろ!」
高校以来の友人である彼、早川勇は俺が置かれている現況に対しずっと羨ましい…だの、恨めしい…だのと繰り返している。加えて話題の人物であるみあに会わせろとシツコク喚いているが、生憎今日から新学期が始まった彼女はちょうど家を空けていた。
「しっかし、お前はホント話題に事欠かないよなぁ」
「面倒な話題ばっかだけどな…」
「女子高生との同居が面倒だとっ!?お前、そこに直れ!そして謝れ!」
「誰にだよ?」
「そういう展開を望んでいる全国のオタクに対してだよ!!」
「だが断る」
そう告げてコーヒーカップに口をつけるが、気が付けば中身は空になっていた。それを淹れ直そうとキッチンへ向かう背後から、早川のきぃーっと恨めしそうな叫びが聞こえてくる。コーヒーメーカーを新しくセットしつつ彼を見やると、ジト目で俺を見ていた早川と目が合う。俺がジト目で返すと、早川はふぅと小さく息をついた。
「けどさ、実際どんな感じ?」
「…ま、上手くやっている方だと思う」
「ほほう。詳しく聞かせて貰おう」
「最初はお互いかなりぎこちなかったけど、段々慣れてきたかなと」
「お前女の子の扱い上手いもんな」
「そう思ってるのはたぶんお前だけだ」
言わずもがな、この1週間は俺がこれまで過ごしてきた25年の人生の中で、断トツに目まぐるしい日々となった。初日に最大の秘密である『オタクな俺』がバレてしまい、彼女に嫌悪されるかと思いきや、意外や意外、何とみあはオタクに理解を示してくれた。
俺がこっそりと使っていたお気に入りアニメのロゴマークが入ったマグカップ(キャラ絵は描かれてないシンプルな黒いヤツだ)を見られた時は、ヒヤヒヤとする俺に気付いてか気付かずか…たぶん後者だろうが…マジマジとそのカップを見ていたくらいだ。
その反応から彼女もオタクなのかと一瞬考えもしたが、その線はないと今は確信している。
俺としては、オタク趣味をああだこうだ言われないのは正直助かるが、オタクは俺の最重要機密でもあるわけで、こうもあっさり受け入れられると…その、ちょっと拍子抜けだ。
「んでその子、えーっと、みあちゃんだっけ?性格はどうなんだ?」
「大人しくて良い子だよ…ほい、コーヒー」
改めて淹れたコーヒーを早川のカップにも注ぎ、目の前へ置く。そろそろ腹が空いてきたし、俺はそのまま昼食の準備にかかることにした。
時刻は12時を15分程過ぎている。
「昼飯パスタでいい?」
「和風でヨロー」
「うちはオーダー制ではありません」
と言いつつ、俺は冷蔵庫から大根とみず菜を取り出した。確かツナ缶もあったし、今日は大根おろしとツナの和風パスタでも作るかな。
えーっと、きざみノリあったっけ…。
「手伝おうか?」
キッチンをごそごそと探っていると、背中の方から早川のやけに楽しそうな声が聞こえてきた。たぶん今振り返れば、コーヒーを片手にニッコリと満面の笑みを浮かべた早川がいるんだろう。俺はお目当てのきざみノリを無事に発見し、パスタをゆでる為の鍋をクッキングヒーターにセットして振り返った。
「手 伝 う な 」
にっこりとほほ笑んでそう返すと、早川はちぇっ、と口を尖らせてダイニングの椅子に腰を下ろす。彼は壊滅的と言っては生ぬるいほどの腕前の持ち主で、キッチンに入られたら最後、その場は墓場と化すのだ。…なむなむ。
大根を下ろす準備をしていると、ずずっとコーヒーを啜る音の後に続いてほぅという吐息が聞こえた。
「で、みあちゃんはお前の本性知ってんの?」
「本性、と言いますと?」
「一つ、オタク!」
「あー、それはひょんなことからバレた…」
「マジで!?実はその子もオタクだったりして」
「そう思ったりもしたけど、それはないと思われる」
「ふーん…あれか、オタクが共通して持つというオタクセンサーに反応しないわけだな!」
「ふっ…アイツからは、ニオイがしないんだよ…」
例えばこんな経験はないだろうか?
普通に街を歩いていた時、目の前から来る男2人組を見た時に「ああ、こいつらオタクっぽいな…」と思ったら、すれ違いざまに聞こえてきた会話の中に今期のアニメのキャラ名が出てきたり。
エレベーターに乗っていて、下の階から乗り込んできた今時の綺麗な女の子が携帯を弄っているのを見て「こういう普通の女の子に限ってオタクなんだよな…」とか妄想してみたら、たまたま視界に入ったその子のメール画面に「今度のイベに福井さん(声優さん)来るんだって!ヤバイ、私\ (^o^)/ハジマタ」とか書いてあったり。
このように、オタクにはオタクをかぎ分ける能力があると俺は思っている。いわゆる【オタクセンサー】なるもので、みあはこのオタクセンサーにかからなかった。
…残念な目で俺を見ないで欲しい。ちなみに、
全部実話である。
「お前の言うことを信じよう。じゃあ二つめ」
「続きがあるのかよ」
「二つ、ドS!」
「ちょっと待て!俺はドSじゃない!」
「はっはっは!この俺に隠せると思ったか!最近やってるエロゲーのタイトル、知ってるぜ?」
「くっ…」
そもそも、そのエロゲーを俺に貸したのはお前なんだから知ってて当然だろうが…!
「少女も可哀想よのぅ!鬼畜遥の生贄になるとは!」
「変な言い方するな!お前こそドSだろ!」
「はっはっは!ドSで結構!」
「ムカつく…」
大根をおろす作業にこのムカつきを全力で投じたら、後1本余分に卸してしまうに違いない。俺は既に卸し終えた大根の水気を切り、残った絞り汁をヤツのコーヒーに入れてやろうと心に決めた。




