1 寝室へ
だが終わらない。
「ですよねー…」
始まったばかりの輝かしい同居生活は、オタクな趣味がばれたところでそう簡単に終了する筈もなかった。
目下の俺は先程から俺の斜め後方しか歩こうとしないみあを連れて、彼女の新たな居住地となるお宅を絶賛案内中である。オタクではない、お宅だ。
連れ立って歩く俺達の中に、会話はそう多くはない。かと言って、気まずさの中にいるわけでもなかった。本来ならドン引きしても不思議ではない<ギャルゲーのプレイ画面>を目撃してしまったというのに、みあは出会った頃と変わらず平然と俺に接していた。
これが世の母親なら「うちの息子がこんな如何わしいゲームをしいていたなんて…!」と幻滅するか憤怒するか興味をもつかのどれかだろうか。
…興味を持つとか、それどこの千智さん?
とはいえ、平然たる態度を見せつつ腹の中では悪態を吐きまくっているという可能性も…まぁ無きにしも非ずなのだが、先程見たものを気にしている素振りなどみあからは露ほども感じられなかった。
何というか、普通、であった。
2階へと続く螺旋階段を上がり更に階段右隣の廊下を少し歩くと、現在は空室になっている10.8帖の部屋へ辿りつく。この日当たりのいい部屋が、今日からみあの自室だ。
「この部屋を自由に使っていいからね」
「このお部屋を…いいんですか?」
「構わないよ。あ、他に必要なもの揃えないとな。この部屋クローゼットくらいしかないし」
「そ、そこまでして頂かなくても眠れるスペースがあれば十分ですよ…!」
「女の子が何を仰いますか。それに今日からはここに住むんだから、必要なものは揃えないと」
「で、でも…」
「はい。じゃあ、これ読んでみて」
居住空間の充実化に渋るみあの目の前に、俺は見やすいようにやや拡大したメール画面を突き出した。
「メール…?」
「千智さんからだよ」
「お母さん?」
さて、メールに書かれていた文章を一字一句間違えずに記そうと思う。
生温かい眼差しを向けて頂けると幸いだ。
☆ハルくんへ☆
さっきは久しぶりにお話出来てとっても嬉しかったよー♪
ハルくんのことは世界で3番目に好きだからね!
1番は勿論みあとマイダーリン(*^_^*)妬いたらダメだぞ☆
そうそう、みあの荷物だけど、持ち切れなかった分と家具は宅配便を手配してありまーす!
家具はみあが使っていたものをそのまま送るから、宜しくね☆
ではではお幸せにー(。≧∀≦。)ノ゛
「お母さん…」
「そう残念そうな顔しないで」
「はぅ」
両手で顔を覆ったみあの耳は、例のごとく少し赤くなっている。彼女の小さな肩をポンポンと軽く叩きたい衝動に駆られるが、そう何度も馴れ馴れしく触れるのはイカガワシイ思いがないとはいえさすがにまずいか。
伸ばしかけた手を引っ込めると、行き場を失ったその手で室内にある小窓を指差した。
「みあちゃん、あの小窓開けてみて」
「小窓…?」
視線を上げたみあを入口から2メートルほど離れた小窓のもとへ案内し、横開きの窓をスライドさせる。みあの身長でいうと、ちょうど肩辺りに位置していた。
「下、見て?」
「下…?あ…!」
覗きこんだ先には1階のリビングとダイニングが広がっている。つまるところ、1階のリビングとダイニング間の天井は吹き抜けになっているのだ。
「じゃあ、今度は正面を見てて」
「正面?反対側にある、あの小さな窓を見てればいいんですか?」
「そうそう」
みあにその場から動かないよう伝えると、俺は今日から彼女の部屋となった一室を一度出た。その足で向かい側の同じ大きさの部屋へ入る。勝手知ったるその部屋は、何を隠そう俺自身の部屋だ。
部屋の造りは基本的にみあの部屋と同じだが、配置が正反対になっていた。つまり、みあの部屋にある例の小窓は俺の部屋の小窓と真向かいに位置しているわけで…。
「あ!」
「こうやって話も出来るってこと。遠いけどね(笑)」
「確かに。でも、何だか面白いです」
「じゃあ、またそっちに戻るよ」
小窓にカーテンをしっかり引くのを忘れずに、今度はバルコニーへ繋がっている大きな窓を開けそこから外へ出る。
今日は日差しが心地いい。
洗濯物が良く乾きそうだと思う辺り、俺は主婦…主夫?染みていると思う。
そのままバルコニーを進むと、室内にいるみあの姿が目に入った。窓を軽くノックし鍵を指差すと、みあはそろそろと窓に近づきロックを外してくれた。
ドアを開け、中へと入る。
「ベランダが繋がってるんですね!」
「そういうこと」
「何だかマンションのお隣さんみたいです」
「みあちゃん、ここ、マンション」
「あ。だ、だって2階とかあって普通の一軒家みたいだから…!お部屋広いですし!わ、笑わないで下さい…!」
ここ数時間で初めて目にした慌てふためく彼女の姿が面白くて、堪え切れずつい一笑してしまう。そんな俺の行為がまたも彼女の羞恥心を刺激してしまったようで、両手で覆われたみあの耳と頬は先程よりもずっと赤く染まっていた。
何ともからかい甲斐がありそうな子だと思ったことは言わないでおこう。
「ごめんごめん、それじゃあ他の部屋に移動しようか」




