市場とお弁当
「リコ姉! こっちだよ!」
「あ、うん」
アンナちゃんに連れられて市場にやってきた私は、通る露店の一つ一つに目が釘付けになっていた。
ここはパン屋さん……? こっちは魚が売ってる。こっちはなんだろう、アクセサリー? あ、野菜も売ってる! 調味料も! こっちは卵に鶏肉かな……? 向こうは……服に靴まで売ってるの!?
すごい。この市場だけで生活が完了できそうだ。
「もう! リコ姉遅い!」
「ごめんごめん。目移りしちゃって……」
「そんなに面白い? それとも何かほしいものある? アンナが買ってあげようか?」
「いやいやいや、見てるだけだから! ありがとうね!」
また十歳の女の子に気を遣わせてしまった。危ない危ない。
気を取り直してアンナちゃん希望のお店に行くと、そこはフルーツ飴が売っていて。
「これ! これがおいしいの!」
真っ赤なそれはいちごで、ツヤツヤの飴がかかっていてとてもおいしそうだ。
「おじちゃん! いちご飴二つ!」
「はいよ! 四ベリーだよ!」
ベリーというのが通貨の単位だろうか。
アンナちゃんはお財布から銅貨のような小銭を出して、店主のおじさんに払っていちご飴を受け取る。
「はいリコ姉」
「ありがとう。でも本当に買ってもらって良かったの? アンナちゃんの大切なお小遣いなのに」
「いいの! アンナね、このいちご飴大好きなの。だからリコ姉にも食べて欲しかったんだあ」
「ふふ、そっか。ありがとうアンナちゃん」
幸せそうに微笑むから、私も嬉しくなって笑う。
いちごを一粒食べると、カリッとした薄い飴といちごの甘酸っぱさがおいしくて顔が綻ぶ。
食べながら市場を見て回っているうちにあっという間に時間が経ってしまっていて。
宿屋に戻った頃にはすっかりお昼になっていて、心配していたジェーンさんに少しだけ叱られてしまった。
*
それから数日後。
私は再びアンナちゃんと一緒に市場にやってきていた。
というのも、今日は仕入れが目的。お仕事の一環である。
「えっと……アンナちゃん、これなんて書いてあるか読んでもらえる?」
「いいよ。んーとね、たまごとー、お肉とー、パンとー、あとお魚!」
「ありがとう、じゃあまずはお肉から見に行こうか」
「うん!」
ここ数日でわかったことは、私はこの世界の文字は読めないということ。
話し言葉はなぜか日本語で通じるのだけど、文字となるとそうはいかないらしい。よくわからないことがまた増えてしまったけれど、考えてもどうしようもないためもうそういうものなのだと自分を納得させている。
ジェーンさんが書いてくれたお買い物リストも今はまだ読めないけれど、勉強すれば読めるようになるだろうか。
とりあえずメモと睨めっこをして、今日頼まれたものの文字だけでも覚えようと決めた。
アンナちゃんはさすが宿屋でたくさんお手伝いしているだけのことはあり、お肉や魚の目利きもしっかりしている。どれが新鮮でおいしいか、どれが脂が乗っているかを瞬時に判断して店主と交渉して買っている。それも持ち前の明るさと愛嬌で値切っているんだから大したものだ。これは確かにジェーンさんがアンナちゃんに任せるわけだと納得した。
アンナちゃんのおかげでお安く買えた食材たちを持って歩いていると、
「頼むよ、干し肉を切らしてるんだ。一つでいいから!」
「悪いけどもう無いんだよ。明日にはまた出すから我慢してくれ」
「そんな……頼むよ、これから任務に行くんだ」
「気の毒だとは思うが、無いものはないんだ。他所を当たってくれ」
そんなやりとりが聞こえて視線をやる。
冒険者だろうか、ゼノと同じような剣を腰に下げた男性が何度か食い下がりながらも、結局干し肉が無かったらしく落ち込んだ様子で市場を去っていく。
「ねぇアンナちゃん。冒険者の人たちは、みんな干し肉を持っていくの?」
「え? うん。まぁそうだね。日持ちもするし、安いから買いだめしておく人も多いよ。自分で作る人とかもいるし」
「自分で? すごいねえ」
干し肉なんてどうやって作るんだろう。見当もつかないや。
「任務中は極力荷物を減らしたいから、調理器具を持っていくわけにいかないでしょ? だから、食べるのは大体干し肉かその場で釣った魚焼くくらいじゃないかな」
「そうなんだ。お弁当とか持っていかないの?」
「オベントウ? なにそれ」
「え、知らない? お弁当」
不思議そうに首を傾げるアンナちゃんを見て、この世界にはお弁当という概念がないことを知った。
「食べ物?」
「うん。このくらいの持ち運べる入れ物にご飯とかおかずを入れて、それを持っていくの」
「へぇ! おいしそう!」
「私のいた国ではね、お仕事に行く大人もそうだし、アンナちゃんより小さい子どももみーんなお弁当を持ってお出かけしたりお仕事したりしてたんだ」
「そうなのー? アンナもオベントウほしい!」
冒険者たちも、調理器具は持ち運べなくてもお弁当くらいなら持って行けるんじゃないかなと思ってしまう。何よりも、干し肉だけじゃ栄養が偏ってしまうしこうやって品切れの時は任務に行けなくなってしまう人もいるかもしれない。
現に、またお肉屋さんに干し肉を買い求めにきた冒険者がいたものの、売っていないため今日の任務を変更しようと話しているのも聞いてしまった。
「にしても、干し肉の味にもさすがに飽きてきたよな」
「まぁ、俺としては食えれば何でもいーけどな」
「そうだな、その分帰ってきたらうまいメシ食えるもんな」
「ははっ、わかるわかる」
そんな会話も聞こえてきて、"食えればいい"だなんて少し寂しい言葉だなと思ってしまった。
宿屋に戻ってから、考えていたことをジェーンさんに話してみる。
「オベントウ? なんだいそれは」
ジェーンさんも同じ反応で、横で聞いていたトーデンさんも不思議そうに首を傾げている。
アンナちゃんにしたのと同じ説明をすると、二人はそれを思い浮かべたのか数回頷いて。
「いいかもねえ。そうか、今まではその場で何か作るってことはあったけど、できたものを詰めて持っていくっていう発想は確かになかったかもしれないね」
「ちょっとしたものでいいと思うんです。干し肉も保存方法や持ち運びを考えたらそれはそれで理にかなってるのはわかるんですけど、やっぱり栄養面を考えると心配になっちゃって」
「確かに言われてみればそうだなあ。リコちゃんの言う通りだと思うよ」
トーデンさんの言葉に頷く。
ただ、お弁当を提案したのはいいが衛生面の不安はあるなとずっと考えていた。
この世界には保冷剤のようなものはない。
今のところ気候は春のように安定しているものの、もし季節があれば気温も変わる可能性があるし、そもそもお昼に食べられると決まっているわけでもないだろう。
遅くに食べるのなら、干し肉の方が日持ちをするという点でぴったりなのだろうと思う。
しかし、それを言ってみると。
「それは保護魔法をかければいいんじゃないか?」
トーデンさんがそう言って、ジェーンさんも
「そうだね」
と頷く。
「保護魔法って?」
聞いてみると、
「魔法の一種でね。できた状態をそのまま保存すると言えばいいのか……。ほら、たとえば向こうにある棚。あれはおじいさんが若い頃に作ってくれた棚なんだけどね、カビたりしないように保護魔法がかかっているんだよ」
と厨房の向こうにある木でできた棚を指差す。
「保護魔法……」
「市場で魚や肉を買った時も一時的な保護魔法がかかっていることもあるんだよ。移動中に傷まないようにって」
「知らなかった……」
今日買ってきたお肉や魚にも保護魔法がかかっていたのだろうか。
「出来上がった料理はすぐ食べるのが基本だしみんながみんな魔法を使えるわけじゃないからねぇ。料理に保護魔法をかけるっていうのは聞いたことがないけど、できないことはないと思うよ」
「それって、お二人は使えるんですか?」
「おじいさんが使えるわね。私は魔法はからっきしだから」
「そうなんですか……」
保護魔法を使えば、衛生面も問題が無さそう。あとは持ち運ぶための術。
お弁当という概念が無いのなら、当然お弁当箱の概念もないだろう。
何か詰めるものと思っても、保存容器のようなものは全て宿屋で使っているし……。
どうしたものか考えていると、ジェーンさんが
「ベクターとゼノにそのオベントウとやらを作ろうと思ってくれているのかい?」
と嬉しそうに言ってくれて。
「……はい。二人には出会った時から本当にお世話になっているから、お礼をしたいなってずっと思ってて。だけど私にできることって全然なくて、どうしようかなって考えていたんです。お弁当だったら、私ももしかしたら二人の役に立てるかもしれないと思って」
「その気持ちだけでも二人は喜ぶと思うよ。ありがとうねえリコちゃん」
ジェーンさんはそう言ってくれるけれど、やっぱり私は二人に何かお礼がしたい。
ベクターとゼノは夜遅くに帰ってきて、やはりお腹が空いたと言ってジェーンさんのご飯をたっぷりとかき込んでいた。
しっかり食べなきゃ魔獣相手もつらいんじゃないかな……。
どうにか方法はないだろうか。その晩、私は部屋で一人でずっと考え込んでいた。




