ギルド
「リコちゃん、あちらのテーブルにこれお願いね」
「わかりました!」
宿屋で働き始めてから早数日。
私は朝と晩の食堂でお客様の対応や食器洗い、簡単な盛り付けを任せてもらえるようになっていた。
「お待たせしました!」
「おぉリコちゃんありがとう!」
「ごゆっくりどうぞ」
会釈をして厨房に戻ると、
「あっという間に仕事にも慣れたねえ。本当に助かるわあ」
ジェーンさんが大袈裟なくらいに褒めてくれる。
「リコ。俺たちはこれから依頼を受けに行くからここ離れるけど、勝手に外には行くなよ?」
「あ、うん。わかった。二人とも気をつけてね!」
私が働き始めて生活がひとまず落ち着いたため、ベクターとゼノは冒険者としての仕事をしに外に出始めた。
私を拾ってくれた日以降、二人とも仕事を休んでいたとは思わずに何度もお礼と謝罪を繰り返したのがつい二日前のこと。
どうやらベクターとゼノは街でも有名な冒険者らしく、魔獣退治を基本に大変な任務でも軽々とこなして帰ってくるらしい。
「リコちゃんも無理はしないでね。行ってきます」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こうして行く前には必ず私に声をかけてくれて、アンナちゃんと一緒に見送るのが日常の一部になってきた。
宿泊客もみんな優しくて、ぽっと出の私のことを温かく受け入れてくれている。
常連の冒険者さんたちは私のことをリコちゃんと呼んでくれて可愛がってくれており、ありがたい限りだ。
そのまま忙しく働いていると、アンナちゃんが何かを見つけたようで
「あ、ベク兄ったらまた干し肉忘れていってる!」
と叫んだ。
「え? 干し肉?」
「うん、いつも任務の時に持っていく食料なの。今日も魔獣退治に行くって言ってたのに。もうベク兄ったら! 本当に忘れんぼうなんだから!」
麻でできた巾着袋を持って怒っているアンナちゃんは、
「おばあちゃん! ベク兄が干し肉忘れていっちゃったから届けに行ってくるね!」
とジェーンさんに声をかける。
「あらあら、わかったよ。道はわかるかい?」
「もう何回もベク兄の忘れ物届けに行ってるから大丈夫だよ!」
「そうかい。じゃあお願いするよ」
「ねぇアンナちゃん、届けにってどこに行くの?」
魔獣退治しに行ったなら、届けに行くのも危ないんじゃないだろうか。
「ギルドだよ! まず任務を受けるにはギルドに行かなきゃいけないんだ。二人ともさっきここを出たばっかりだから、今から走れば追いつくはずだから! そうだおばあちゃん、リコ姉も一緒に行ってきていい?」
「え、私も?」
「そうねえ。こっちは片付けくらいだし、街の様子を見るのもいいかもねえ。リコちゃん、行っておいで」
「わ、わかりました……」
アンナちゃんに急かされて、エプロンを取って宿屋を飛び出す。
「走るよ!」
「待ってよアンナちゃん!」
子どもにしては早いスピードに一瞬足をもつれさせながらも、二人で走ってギルドに向かった。
*
ギルドにたどり着いた時には私は肩で息をするほどに疲れ切ってしまっていた。
「リコ姉、大丈夫? 体力あんま無いんだね」
嫌味のない子どもの一言がぐっさりと胸に刺さる。
保育士として小さな子どもたちと全力で向き合ってきたから、自分の体力には少し自信があった。
しかし、この世界では私はアンナちゃんにすら言われてしまうほどに体力がないらしい。
馬車はあるけど電車も車もない。自転車もない世界だから、きっと想像以上に幼い頃から体力を使って暮らしているのだろう。
現にアンナちゃんは私より早く走っていたのに少しも息が上がっていない。それどころかケロッとした顔でもうベクターとゼノを探している。すごすぎる。
額の汗を拭って、私もギルドの中に入って二人を探すことにした。
ギルドの外観は二階建ての大きな建物だったけれど、中に入るとさらに広く感じた。
おそらくそれは天井が少し高いからだ。
人も多いけれど、天井が高い分開放感があるような気がした。
受付らしきところや、依頼内容が記されているのか人が集まっているところもあり、活気あふれる空間。
その人の多さの中から二人を探すのは至難の業では?と思っていたけれど、さすがは妹と言うべきか。
「あ、ベク兄いた!」
アンナちゃんがすぐにベクターを見つけて、走り始める。
「ちょっとアンナちゃん! 置いて行かないで!」
慌ててアンナちゃんを追いかけると、ようやくベクターとゼノに会えて胸を撫で下ろした。
「アンナ、どうした? リコまで。勝手に外に出るなって言っただろ」
「ごめっ……」
「ベク兄が悪いんだよ! 干し肉忘れるから! それに、勝手に出てないもん! ちゃんとおばあちゃんに言ってきたもん! リコ姉に怒らないで!」
私に小言を言うゼノに対して、アンナちゃんが私を守るように両手を広げて立ってくれる。
「別に怒ってはいねえよ。にしてもベクター、お前また忘れたのかよ」
「いやあ、入れたと思ったんだけどね」
「本当、ベク兄は忘れ物が多すぎ!」
どうやらベクターはしっかり者に見えて、少し抜けているところもあるらしい。
アンナちゃん曰く、昔から忘れ物が多いんだとか。そういう点ではゼノの方がしっかりしているみたい。
照れたように頭を掻くベクターにアンナちゃんが巾着を渡すと、
「お、アンナじゃねぇか、おつかいか?」
と周りの冒険者たちがアンナちゃんに話しかけて可愛がっている。
「ベク兄が忘れ物したから届けにきたんだよ。みんなはこれから任務?」
「そうだよ。アンナはちゃんと家に帰れるか? 送ってやろうか?」
「いいよ。もう慣れたもん! それに今日はリコ姉もいるから!」
「お、こいつらに泣かされてた姉ちゃんじゃねぇか!」
アンナちゃんが私を指差すと、冒険者の一人と目が合いそんなことを言われてしまう。
「ち、違いますって。泣かされてませんから!」
「ははっ、わかってるよ」
慌てて否定すると、私をからかっていただけなのか豪快に笑われてしまう。
「じゃあ私たちは帰るので……。アンナちゃん。行こう」
「うん!」
「ベクター、ゼノ。気を付けてね」
「おー」
「二人ともありがとう」
ベクターとゼノに手を振り、周りの冒険者さんたちに会釈をしてからギルドを後にする。
「間に合って良かったね」
「うん!」
二人が任務に行った後で会えなかったらどうしようかと思ってしまった。でも無事に干し肉も渡せてホッとした。
さあ帰ろう、と思っていると、アンナちゃんがそうだ!と目をキラキラさせながら私を見上げてきた。
「リコ姉、せっかく外に出てきたんだから、寄り道して帰らない?」
「えぇ? ジェーンさんに怒られないかな」
「大丈夫! 実はね、市場に甘くておいしいのが売ってるの! 一緒に食べようよ!」
「でも、私お金なんて……」
「アンナが買ってあげるから大丈夫!」
十歳の女の子に奢ってもらうのはさすがに……と思いつつ、お金がないため頷くしかない私。
お給金をもらったら、一番にアンナちゃんにプレゼントをしよう。そう心に決めて、私の手を引くアンナちゃんについて市場に向かった。




