理解とアンナとの出会い
「そういえばアンナはどうしたんだ?」
夕飯を食べ終えて、周りの冒険者たちが各々部屋に戻って行った後。
私たち三人は食器の後片付けと食堂のテーブルの片付けをやることになり、手分けして作業する。
そんな時に聞こえたゼノの声に、食器を洗う手を止めて顔を上げた。
「アンナは昨日まで熱があっただろう。病み上がりだから今日一日手伝いはさせずに部屋で寝かせてるんだよ」
「そうか。じゃあ後で何か持っていってやるかな」
「ゼノ、風邪移されないように気を付けろよ?」
「わーってるよ」
ジェーンさんとベクターとゼノで進められていく会話に、私は首を傾げることしかできない。
そんな私を見かねたようにトーデンさんがやってきて、
「アンナはベクターとゼノの妹だ。今は十歳でね。ここの手伝いをしてくれているんだ」
と教えてくれた。
そっか、二人には妹さんがいるのか。十歳ということは、兄妹でかなり歳が離れているみたい。
ベクターとゼノの面倒見が良く感じるのは、幼い妹がいるからか。
腑に落ちて頷いていると、
「リコちゃんには明日紹介するよ。仲良くしてやってくれると嬉しい」
ベクターが私も会話の中に入れてくれた。
片付けを終えると、居住スペースのダイニングに移り、五人でテーブルを囲んでお茶を飲んでまったりしていた。
今日だけでいろんなことがあったなあ。そう思っていると
「そういえば、リコちゃんはどうして森の中にいたんだい?」
ふと気が付いたようにジェーンさんが私の方を向いて、全員の視線を浴びた。
「俺たちはざっくりとは聞いたけど、結局話が漠然としすぎてよくわからなかったんだよな。故郷の名前も聞いたことのないところだったし。ちょうどいいからもう一回説明してみろ」
「う、うん。えっと、まず私は日本という国出身で――」
保育士として働いていたこと。子どもたちと事故に遭ったこと。子どもたちを守ろうとして、死んでしまったこと。そうしたら、何故か怪我が治った状態であの森の中に倒れていたこと。
そして、私が生きていた世界とはどうやら違うような気がするということ。
今わかっていることを掻い摘んで全て話す。話し終えてから、こんなこと誰が信じてくれるんだろうと正直に全て話してしまったことを後悔した。
せっかくこんなに良くしてもらっているのに、頭のおかしい人だと思われて追い出されてしまうだろうか。
だって、一度死んだはずなのに気が付いたら怪我が治り別の世界にいました、だなんて。
誰にも信じてもらえるはずがないのに――!
しかし。
「大変だったねえ。その子どもたちが無事だといいわねえ」
「……え?」
「そうだな。リコを見つけた時、怪我はなかったけど服は汚れていた。きっと酷い事故だったんだろ。子どもたちに怪我がなければいいが」
「荷物も何も持ってなかったもんね。仕事中の事故だなんて、本当につらかったよね。でも大切な子どもたちを守るなんて、リコちゃんはかっこいいよ」
「リコちゃんさえ良ければ、しばらくここでゆっくり心と身体を休めなさい」
……当たり前のように私の話を受け入れて寄り添ってくれる四人に、目頭が熱くなる。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、こんなわけのわからない話を信じてくれるの……?」
思わずそう聞くと、四人はきょとんとした後に顔を見合わせて、緩く微笑む。
「そんなの、リコの顔見りゃわかんだろ」
ゼノの言葉に目を見開くと、ジェーンさんが続けてくれる。
「宿屋をやってるとねえ、人の顔色を伺うのは得意になるんだよ」
「そうそう。リコちゃんが素直な子なのは、見ていたらわかるよ」
「冒険者も良い人ばかりっていうわけじゃないからね。そういう人は大体顔に出るから。僕もゼノも、慣れてるからわかるんだよ」
穏やかに微笑みながら理解してくれる四人に、私は今度こそ泣かないように上を向く。だけどすぐにバレてしまって。
「はっ、また泣いてやがる。さっきはご飯がおいしくて、今度はなんだ、嬉し泣きか?」
「おいゼノ! からかうなって」
「あらあらリコちゃん。今タオル持ってくるからね」
「あ、さっき僕がハンカチ渡したから大丈夫だよ」
「そうかい? じゃあお茶をもう一杯持ってこようかねぇ。あなた、リコちゃんの背中をさすっておあげなさい」
「あぁ」
トーデンさんの優しい手が、私の背中をゆっくりさすってくれる。
その手の温度が温かくて。心までもを温めてくれるようで。
私を助けてくれたのが、拾ってくれたのが、この人たちで良かった。本当に良かった。
改めてそう思った。
*
翌朝。
部屋のベッドで夢も見る間もないくらいぐっすり眠っていると、突然お腹の辺りに衝撃を感じて変な声が出て目が覚めた。
霞む視界の中、何が起こったのかと身体を起こしてきょろきょろしていると、
「おはよう! あなたがリコお姉ちゃん!?」
「ぎゃっ……!」
急にお腹の辺りから顔が現れて、驚いてまた変な声を出して仰け反る。
バクバクと激しく動く心臓。小さい頃にお化け屋敷に入った時のような衝撃に頭が追いつかず、ひとまず深呼吸を繰り返す。
「こらアンナ! 勝手にリコちゃんの部屋に入ったらダメだろう! ……リコちゃんごめんね、ちょっと入るよ」
「う、うん……」
「おはよう。アンナが驚かせちゃったみたいでごめんね。よく眠れた?」
コクコクと頷くと、ベクターは朝から爽やかに微笑んでくれた。
正面に向き直ると、私の膝に乗るように座り込んでいる女の子。
きゅるきゅるとしたまんまるの目元が可愛らしくて、ベクターやゼノと同じく茶色い髪の毛は胸下まであり二つに括っている。
ぱちぱちと瞬きして私を見つめる姿は、記憶に残る園児たちを少し成長させたような姿で眩しく見えた。
「アンナ。リコちゃんが驚いてるだろ。ちゃんと謝りなさい」
「はあい。お姉ちゃん。おどろかせてごめんなさい。ベク兄とゼノ兄の妹のアンナです!」
「気にしないで、アンナちゃん。初めまして。赤坂莉子です。よろしくね」
自己紹介すると、ぱあっと花が咲いたように明るく笑うアンナちゃん。その表情が本当に可愛らしくて、私も勝手に口角が緩む。
「ねぇ、リコ姉ってよんでもいい?」
「うん。いいよ。嬉しい」
「アンナ、お姉ちゃんがずっとほしかったの! だからアンナもうれしい!」
アンナちゃんとも仲良くなれそうでホッとした。
どちらかといえばベクターに似ているアンナちゃんは、自己紹介すると満足したのか
「リコちゃん! ご飯たべにいこ!」
と私の手をぐいぐい引っ張って起こそうとする。
「こらアンナ。リコちゃんまだ起きたばっかりだろ。準備があるんだからそう急かすな」
「むー……」
「リコちゃん。これ、ばあちゃんから」
そう言って渡されたのは肌触りの良いワンピース。
「母さんが昔着てた服しかなくて申し訳ないんだけど、その服だけじゃ何かと不便だろうから。良かったら使って」
「あ、ありがとう……」
そういえば、彼らのご両親には昨日会ってないな……。お出かけしていたのだろうか。それとも別のところでお仕事してる?
そう考えながらワンピースを見つめていると、
「わかった! アンナ、リコ姉のお手伝いする!」
と、アンナちゃんが元気よく右手を挙げた。
「え?」
「ほらベク兄! 早く出てって外で待ってて!」
「ちょ、アンナ! はぁ……。リコちゃん、アンナが本当にごめん。邪魔だったら追い出していいから。僕は部屋の外で待ってるね」
「う、うん! わかった!」
アンナちゃんに押されて部屋から追い出されるベクター。部屋の扉が閉められると、アンナちゃんがにこにこしながら私の元へ戻ってきて。
「リコ姉! お着替えのお手伝いします!」
私の手からワンピースを取って、キラキラした眼差しで私を見つめていた。
「お、お願いします……?」
「お任せください!」
ドン!と胸を叩いて見せたアンナちゃんがあまりに可愛くて、その頼もしさにお手伝いをお願いすることに。
ワンピースの背中の部分は紐を結ぶタイプになっているらしく、むしろアンナちゃんがいてくれて助かった。
「これね、お母さんがお気に入りでよく着てたの。背中のひもは、アンナの担当だったんだよ」
「そうなんだ。お母さんとお父さんは、今お出かけしてるの?」
「……死んじゃったんだ。五年前に」
「えっ……」
思わず後ろを振り返ると、アンナちゃんに
「リコ姉! 前向いてて!」
と叱られてしまい
「ごめんなさい……」
と正面に戻る。
「……アンナちゃん、ごめんね。ご両親、亡くなってるとは知らずに……」
「ううん、いいの。それに、久しぶりにこのワンピースのひも結べてうれしい! リコ姉が来てくれたおかげだよ。ありがとう!」
「……私の方こそありがとうアンナちゃん」
十歳の女の子に気を遣わせてしまった。それに後悔しながらも、本当に嬉しそうにワンピースを着せてくれたアンナちゃんの頭を撫でる。
そのまま髪の毛まで梳かしてくれて、ご両親が生きていた頃はこうして毎日世話してもらっていたんだなと感じた。
「リコ姉の髪の毛、すっごくキレイ。黒い髪の毛なんて初めて見た!」
「そうなの? 私の住んでた国ではこの色が当たり前だったから、むしろアンナちゃんたちの茶色の髪が羨ましいよ。とっても素敵」
「ふふ、ありがとう」
アンナちゃんのおかげで髪の毛はサラサラになり、二人で一緒に部屋を出る。
「お待たせ、ベクター。あ、ゼノもおはよう」
「……あぁ」
そこにはベクターと一緒にゼノの姿もあった。
「ベク兄、ゼノ兄、どう? リコ姉すごく可愛いでしょ!」
アンナちゃんは興奮したように私を紹介してくれるからこっちが恥ずかしい。
「……」
「うん、リコちゃん似合ってるよ。可愛い」
「っ……あ、ありがとう」
フッと私から視線を逸らしたゼノとは対照的に、ベクターは目を見て"可愛い"なんて褒めてくれるから反応に困る。これじゃまるで言わせたみたいで、申し訳ないくらいだ。
かっこいい人に褒められた経験もないから、自然と顔が赤くなってしまって目を逸らした。
「リコ姉照れてる! かわいい~!」
「ちょ、ちょっとアンナちゃんっ」
「ほら行こ!」
アンナちゃんに腕をとられて、そのまま今日も宿屋側の食堂に向かった。




