気持ち
「リコが出ていってから、ベクターにキレられて……慌てて探しにきたんだ」
「え、ベクターに?」
「何やってんだって。自分のことばっかりでバカじゃねぇかって言われたよ。くだらねぇ嫉妬でガキみたいなことして傷付けんなって。リコの気持ち考えろって胸ぐら掴んで怒鳴られた」
「え……」
ベクターが? 私のために?
「ベクターにも、リコは俺のことを相談してただけだって聞いた。……本当、ごめん」
「……ううん、もう謝らないで。ゼノの気持ちはよくわかったから」
そう言って頭を撫でるけど、ゼノは少し黙ってから
「……全然わかってねぇよ」
とぽつりとこぼす。
「え?」
「……リコは、全然わかってねぇよ」
そのまま私を見たと思ったら、ぎゅっと手を繋がれて。
絡み合う視線に鼓動が早まる。心なしか、ゼノも緊張しているように見えた。
「俺は。……リコがベクターと二人でいるだけで自分でも引くほど腹が立つし、自分が除け者にされてると思ったら吐きそうなくらいに嫌だと思った」
「……ゼノ」
「確かにベクターは俺にとって大事な家族で、頼れる兄貴で、誰よりも信頼してる。……だけど、リコのことだけは別だ」
繋がれた手に力が込められ、ゼノの瞳が揺れる。
「俺は、リコの目に俺以外が映らなければいいのにって思ってる」
「ゼ、ノ」
「リコの隣にいていいのは俺だけだ。……でも、ベクターの方が頼りがいがあって優しいだろ。だからベクターにリコを取られるかもしれない。そう思ったら、それだけで嫉妬でおかしくなりそうなんだよ」
「っ……」
なに、それ……。それって、一体……。
「リコが苦しい時は俺がずっとそばにいてやりたいし、リコがつらい時はいくらでも抱きしめてやりたい。リコが泣きたい時はいつでも肩を貸すし、リコが笑う相手は俺だけでいい。全部俺がいい」
真っ直ぐに目を見て伝えてくれる言葉たちが、あまりにストレートで何度も心臓がドクンドクンと跳ね上がる。
「リコに何かあった時、リコが一番に頼る相手は俺だ。リコが助けを求めた時、一番に駆けつけるのは俺だ。リコは俺をヒーローだって言ってくれる。それなら、リコにとってのヒーローは俺だけだ。誰になんと言われようと、俺はベクターにも他の誰にも、お前を渡すつもりなんてない」
まさか、こんな。
真っ直ぐな眼差しで、こんな愛の言葉を言ってくれるなんて。
「……自分でもこんな感情になるなんて思ってなかった。今まで女になんて興味もなかったしな。だけど、リコはなんか違うんだ。見てるとほっとけないんだよ。すぐ無茶するし人の話は聞かないし、自分のことは後回しだし。どうしようもねぇくらいのお人好しだけど、そんなリコが危なっかしくてほっとけなくて、いつのまにか目で追ってて。どんなことにも全力な姿が……可愛くて仕方ねぇんだよ」
ゼノの言葉に、何度泣かされるのだろう。
どうして、こんなに私の胸を揺さぶってくるのだろう。
「……リコ」
「……は、い」
名前を呼ばれるだけで嬉しくて、胸が弾んで。それと同時に、苦しくてたまらないくらい胸が締め付けられるの。
過呼吸のように、涙がこぼれないように我慢すると息が苦しくなって。それを見て、ゼノが微笑んで私の目尻を指で拭う。
「……お前が好きだ。自分でもおかしくなりそうなほどに。リコが好きだよ」
「っ、……うそ」
「嘘じゃねぇよ」
そんなの、信じられない。
そう思うのに、私を見つめる視線が蕩けそうなほどに甘くて。
その瞳の奥には熱が燃えていて、ゼノの言葉に嘘はないのだと認識させられる。
「っ、……ゼノ」
「……あぁ」
私が呼ぶと、恥ずかしそうに返事をして顔を逸らすゼノ。
その姿がたまらなく愛おしくて。
繋がれた手をぎゅっと引っ張ってから、ゼノの胸の中に飛び込む。
「……私も、ゼノが好き」
「……本当か?」
「うんっ……。言葉が足りないだけで本当は優しいところも、不器用なところも、私のことをいつも心配して気にかけてくれてるところも、いつも私を助けてくれるところも。……全部、だいすき」
ゼノの背中に腕を回して力の限り抱きつくと、その倍の力でゼノが抱きしめてくれる。
「……良かった。断られなくて」
「断らないよ。断られると思ったの?」
「……半分勢いだったから、言った後のことあんまり考えてなくて」
「ふふ、そっか」
「それに、本当はこんなこと言うつもりもなかったから」
さっきまであんなに真っ直ぐに告白してくれていたのに、急に甘えるように私の肩に頭をグリグリするから、そのギャップと可愛さに笑ってしまう。
「……笑うなよ」
「だって、可愛いんだもん」
「なっ、男にんなこと言うな!」
本気で焦ったように顔を上げるゼノにまた笑う。そんな私に、ゼノは複雑そうな表情でまた私の肩に頭を戻した。
「……結局、俺に関する相談ってなんだったんだよ」
気まずそうに呟かれた言葉に、本当にずっと気にしていたんだとわかって頭を撫でる。
「……ゼノのことが好きなんだけど、私はこの気持ちを伝えるべきなのかな、とか。もし気持ちが叶ったとして、一度死んで家族を悲しませた私が本当に幸せになってもいいのかな、とか。そんな話だよ」
「っ……そうか」
「うん」
肩の重さが増して、ゼノがホッとして力を抜いたのがわかった。
「ベクターね、言ってくれたの。……今ある私の新しい人生は、神様からのプレゼントなんじゃないかって」
「プレゼント?」
「うん。確かに私は一度死んでしまった。だけど、それは人を守ったから。だから、神様が今度こそ幸せになれる世界で新しい人生をプレゼントしてくれたんじゃないかなって。そう言ってくれて、私救われた」
「……やっぱアイツには敵わねぇな。俺にはそんな気の利いたことは言えない」
また項垂れるように頭をグリグリし始めたゼノに笑いつつ、身体を離して無理矢理ゼノと目を合わせる。
「ねぇゼノ。私、今話してて思ったことがあるの」
「……なんだ?」
「もしかしたら、ゼノのご両親も同じなんじゃないかなって」
「……え?」
意味がわからない、と眉を寄せるゼノに、私は微笑みを返す。
「ゼノのご両親も、ゼノを命懸けで守ったんでしょ? それって、もしかしたら私と同じように神様が新しい人生をプレゼントしてくれて、今もどこかで幸せに暮らしてるかもしれないじゃない」
「あ……」
「今度は魔獣のいない世界で。二人一緒に。幸せに暮らしてるかもしれないよ。私みたいに、だいすきな人と」
「っ……」
「そう考えると、素敵だと思わない?」
たとえ都合の良い妄想だとしても。他の人がそんなのは願望だと笑ったとしても。私はそうであると思いたいし、そうであってほしいと信じたい。
「……あぁ。そうだな」
泣きそうに表情を歪めたゼノの頭を、もう一度私の肩に引き寄せる。
肩口がじわりと滲む。素直に甘えるその身体がいつもより小さく見えて、愛おしくてたまらなかった。
二人で手を繋いで宿屋に戻る頃には、すっかり夜も更けてしまっていて。
心配していたベクターにこっぴどく叱られてしまったのだった。




