相談
*
一度自分の気持ちに気が付いてしまうと、そこからはあっという間に頭の中で点が線に繋がっていく。
「……はよ」
「お、おはよう」
「なんだ? 顔赤いぞ。熱でもあんのか?」
「な、ない! 無いから! 超元気だから!」
「……変なやつ」
寝起きのゼノは、私に優しい視線を向けてくれる。それに気が付いてしまって、恥ずかしくてたまらなくて逃げるように厨房に向かった。
「ベクター、行くぞ」
「わかってる。じゃあリコちゃん、お弁当今日もありがとう」
「うん、行ってらっしゃい」
ゼノとベクターにお弁当を渡して送り出すと、気が抜けて椅子に腰掛けてテーブルに倒れ込む。
「リコ姉、どうしたの?」
「……アンナちゃーん……私、ダメかも……」
「え、何が?」
「どうしよう……恋愛とか無縁だったんだよー……どうしたらいいのー……」
「ばあちゃーん! なんかリコ姉がおかしくなったー!」
ああやめて……。
頭を抱える私に、アンナちゃんは叫びながら厨房に戻っていく。
「リコちゃん大丈夫かーい?」
「大丈夫ですごめんなさいすぐ仕事戻りますからー」
「ははは、そこで少し休んでなさい」
「ありがとうございますー……」
厨房でテキパキと働くジェーンさんとトーデンさんを見つめていると、どうしたらいいかがわからずため息しか出ない。
そうしていると、トアくんとミアちゃん、そしてネネアさんが遊びにやってきた。
「リコ姉ちゃん!」
「トアくん。こんにちは」
「リコ姉ちゃん! 大怪我したって!? 大丈夫!?」
宿屋に入るなり、トアくんが私に駆け寄ってきて全身をくまなくチェックされる。
「大丈夫だよ。もうすっかり元気」
「本当!? 死んじゃわないよね!?」
「ふふ、うん、大丈夫だよ」
私の言葉を信じてくれずに眉間に皺を寄せながら私の手を離さないトアくん。
その姿に癒されていると、ミアちゃんを抱っこしたネネアさんからカゴを渡された。
「これ、お見舞いです。私たちも避難してたんですけど、そこで食べたリコさんのおにぎり、おいしかったです」
「ありがとうございます。そんな、うれしい」
カゴの中には果物がたくさん入っていて、その気遣いが嬉しい。
「リコ姉ちゃん! これ全部食べて早く元気になってね!」
「うん、ありがとう」
トアくんの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
しばらくして、トーデンさんが子どもたちを連れて裏の畑に野菜の収穫に行ってくれている間、私はネネアさんにゼノとのことを相談していた。
「——え、それってもしかして……」
「……はい、私、多分……」
「……なんか、ドキドキしますね、こういう話……」
昨日ゼノに甘やかしてもらって気持ちを自覚してしまったという話をすると、ネネアさんは頬を赤らめて両手で覆う。
その姿が可愛らしくて、私が男だったら絶対にネネアさんを好きになるなと思ってしまう。
「ネネアさんてば、ご結婚されてるんだから恋愛経験者でしょー……どうしたらいいか教えてくださいよー……」
「いやあ、私は幼馴染同士での結婚で……昔から当たり前のように隣にいたのでそういうのはなんとも……」
「……それはそれで羨ましいかも」
ネネアさんなら恋愛面での相談ができると思っていたのに、まさかそんな漫画のようななれそめの結婚だったとは。
羨ましいやら悔しいやら、なんとも複雑な気持ち。
「こんなこと言っていいのかわからないんですけど、ゼノさんってリコさんのこと大好きだと思うんですよね」
「え……」
唐突な言葉に驚いて顔を上げると、ネネアさんは考えるように首を捻っていた。
「私、実は以前冒険者ギルドで働いてたことがあるんです」
「え、そうなんですか?」
「はい。その頃からゼノさんって冒険者の中ではかなり有名な人だったんです。でも、ベクターさん以外の人と、まして女の人と一緒にいるところなんて一度も見たことないんですよね」
言われてみれば、確かにゼノはベクター以外と一緒にいるところはほとんど見ない。
あったとしても、ゴードンさんくらいだろうか。
「というか、ゼノはそもそも人とあんまり関わってるイメージが……」
「ふふ、確かにそうかもしれません」
ゼノには申し訳ないけど、ネネアさんと顔を見合わせて笑う。
「でも、だからこそゼノさんとリコさん、周りから見てたらすごくいい雰囲気だと思いますよ」
「……そうなのかなあ……」
「はい。お互い大切なんだろうなっていうのが、見てるだけで伝わってきますもん」
面と向かってそう言われると、恥ずかしくなってしまって手で顔を仰ぐ。
「あとは、リコさんがどうしたいか、ですよね」
「どうしたいか、かあ」
「今のままがいいのか、気持ちを伝えるのか。勇気はいると思いますけど、私は大丈夫だと思いますよ」
そう言って、ネネアさんたちは帰っていった。
ゼノとベクターは夜遅くまで帰ってこないと言っていたから、今日は顔を合わせないまま先に部屋に戻る。
「リコ姉、おやすみ」
「おやすみアンナちゃん」
すぐに寝息を立て始めるアンナちゃんの頭を撫でてから、私も布団に入った。
それから数日後。
「ベクター! ベクター!」
「ん? どうしたのリコちゃん」
「あのね、今日帰ってきてから時間ある? ちょっと相談したいことがあって……」
「いいけど……」
朝出発しようとするベクターを無理矢理引き留めてこそこそと話していると、
「なんだよ相談って。しかもベクターだけかよ」
ゼノが向こうから戻ってきて不満そうに言う。
「じ、地獄耳……」
「なんだそれ。つーか、なんで俺には相談しないんだよ。俺には言えないようなことか?」
「いやあ……そういうわけじゃ……」
「じゃあなんだよ?」
「っ……もう! 今日はベクターに話があるの! わかったら早く行ってらっしゃい!」
「はぁ!?」
何も納得していなさそうなゼノを無理矢理押して外に出し、私の様子を見て全てを察したようなベクターが
「なるほどなるほど。わかったよリコちゃん。あとで僕の部屋で話そう」
とニヤニヤした表情で去っていく。
「……っ、もう……」
恥ずかしさのあまり顔を両手で押さえてしゃがみ込むと、
「リコ姉、そこ邪魔だよー」
「はい……今よけます……」
アンナちゃんの無情な声が聞こえてしぶしぶ立ち上がった。
そして夜。
「それで? リコちゃんが僕に相談なんて珍しいじゃん。どうしたの?」
ベクターの部屋で思わず床に正座する私に、ベクターは笑いながら椅子を差し出してくれた。
それにお礼を言ってから静かに座り、意を決して口を開く。
「あの……」
「うん?」
「ベクターは全部わかってるんじゃないの……?」
「まぁ、うん。でも、リコちゃんの口から直接聞きたいなあと思って」
この人……絶対わざとだ……! 言わせたいだけじゃん……!
悔しい気持ちを堪えながら、嬉しそうな表情と目を合わせないままに
「実は……私、ゼノのことが……気になってて……」
と勇気を出して口にする。
「うん、というか好きなんだよね? 今さらそんな濁す必要ある?」
「なっ……!」
私の反応を見てケラケラ笑ったベクターをじとっと見つめると、
「ごめんごめん。ついリコちゃんが可愛くて」
と謝ってくる。
「ベクターがいじめる……」
「ごめんって。それで? 何を相談したいの?」
ようやくベクターが真面目な表情になったから、私も咳払いをしてから息を吐く。
「……私ね、元の世界でも、恋愛とかとは無縁の生活をしてたの」
「うん」
「子どものお世話をする仕事だったって前に言ったでしょ? それって、女性ばっかりの職場だったから出会いも無くて。お付き合いした人もいたけど、すごく昔のことだからあんまり覚えてないくらいなの」
隼人の世話もあったから、正直恋愛なんてしてる余裕はなかった。
高校生の時に少しの間だけお付き合いした人はいたけど、それも長続きはしなかった。
上京してからは毎日が忙しくてそんな暇も無く。職業柄、出会いは全く無くて浮いた話なんて一切なかった。
「だから、今こうして気持ちを自覚しても、戸惑ってばかりでどうしたらいいかがわからなくて」
「うん」
「何よりも、……怖いの」
「怖い? 何が?」
「仮にこの気持ちをゼノに伝えたとして。仮にゼノも同じ気持ちでいてくれたとしたら。それって、幸せになるってことでしょ?」
「……うん? うん」
よくわからないという表情のベクターに、言葉を詰まらせながらも、
「……私、私が……幸せになっても……いいのかな……」
そう呟くと、無意識に手が震えた。
「……それは、どういう意味か聞いてもいい?」
「私は、一度死んでるんだよ。そんな私が、どういうわけか、新たな世界で命をもらって。それだけでも幸せなことなのに、これ以上を求めちゃっていいのかな……って、思って」
「……そっか、そんな風に悩んでたのか」
ベクターは、私の震える手をそっと握った。
「僕さ、いろいろ考えたんだよね」
「……なにを?」
「リコちゃんが、この世界にやってきた理由」
「……理由?」
「きっと、リコちゃんが人のために命を差し出したからなんじゃないかと思ったんだ」
どういうことだろう。そう思ってベクターを見つめると、私の頭をそっと撫でる。
「リコちゃんは、自分の大切な子どもたちを命をかけて守ったよね」
「うん」
「それって、前も言ったかもしれないけど、かなりすごいことだと思うんだよ」
「そう、かな」
「うん。普通は、自分の命を犠牲にしてまで誰かを助けるなんて、咄嗟にはできないものだと思う」
あの時は夢中だったから、身体が勝手に動いただけだ。
「人のために命をかけたリコちゃんに、神様がもう一度人生をプレゼントしてくれたんじゃないかなって思うんだ」
「プレ、ゼント?」
「うん。もう一度。今度は同じ事故には遭わない世界で、幸せに生きていくための、新しい人生」
……そんな風に考えたことなんて、一度もなかった。
「それに、幸せになってもいいのかって言うけどさあ。僕は、リコちゃんほど幸せにならなきゃいけない人もなかなかいないと思うよ。だって、助かった子どもたちはみんな、リコちゃんに感謝してるはずだから。みんな、リコちゃんの幸せを願うはずだよ」
優しく微笑むベクターに、私も微笑み返す。
「……ベクターは、私のこと買い被りすぎじゃない?」
「そんなことないよ。事実だよ事実」
「……そっか。プレゼントかあ」
今まで神様なんて信じたこともなかったけど。
そうか、この人生はプレゼントしてもらったのか。
今度こそ、幸せになるために。今度こそ、自分の人生を全うするために。
そう思うと、肩の荷が降りたような気がした。
「ありがとうベクター」
「うん。お役に立てた?」
「うん。すごく。ベクターに相談して良かった」
「それは光栄です」
二人で笑い合って、しばらく他愛ない話をしてからそろそろ行こうと立ち上がる。
「じゃあ私部屋に戻るね。おやすみベクター」
「うん、おやすみ」
手を振って部屋を出て扉を閉めると、ふう、とため息がこぼれ落ちた。
そのまま部屋に戻ろうとしたものの。
「……話は終わったか?」
突然話しかけられて肩を揺らす私に、
「動揺しすぎだバーカ」
部屋から顔を覗かせたゼノが手招きしていた。




