本音
*
「おいリコ! 何勝手に厨房入ってんだ!」
「ゼノ。おかえりなさい。ずっとベッドにいても気が滅入るんだもん。何か作業してる方が回復も早いと思って」
目が覚めてから五日が経った日の夕方。宿屋の厨房でお皿を洗っていると、ゼノが帰ってきて慌てて私を厨房から出す。
「せっかく休める時になんで休まねぇんだ! ほら早く! 戻る!」
「ええー……まだ始めたばっかりなのにー……」
「ちょっと目離したらこれだ。本当油断も隙もねぇ」
「あの……少し過保護が過ぎるのでは……?」
「自分のせいだろ」
「……はい」
呆れたようにため息を吐かれてしまい、私はしぶしぶ頷いて部屋に戻る。
確かに無理をしてしまうのは私の悪い癖だけど、だからって何日もベッドから動けない生活は苦痛でしかない。
スマホもないし、本もない。テレビもないし、暇を潰せるものが何もない。その状態じゃ寝ることしかできないんだから、何か作業をさせてほしいのに。
あれ以来過保護に拍車がかかってしまったゼノは、私専属の監視員のようになってしまっていて不満が募る。
夜になってゼノの目を盗んで部屋を抜け出そうとしても、物音でバレてしまうのか
「どこ行こうとしてんだ」
ゼノも部屋から出てきてすぐに逆戻り。悔しい。
「だって暇なんだもん。少し夜風に当たってきたらダメ?」
「勝手に出歩かないならな」
私の方が年上なのに、なんだか子ども扱いされているような気もしないでもないけれど。
一応許可が出たため、
「ゼノも一緒に行こ!」
ゼノの手を引いて一緒に外に出た。
「んー……! 気持ちいい!」
なんだかんだ久しぶりの外は、夜風が柔らかくて気持ちの良い気候だった。
天気も晴れていて、空を見上げると星がいくつも瞬いている。
「この街は星が綺麗だよね。こんな綺麗な星空、見たことない」
この世界に電気は無い。だから夜は蝋燭で灯りを灯しているから、空には満点の星空が広がっているのが見えるのだ。
「……リコのいた世界では、星は見えなかったのか?」
「うん。星はあったんだけどね。周りが明るすぎて、あんまり見えなかったの。だから、こんなに綺麗な星空はこっちにきて初めて見たよ」
「そうか」
いつだか一緒に話した時と同じように、畑のそばで収穫用のカゴを裏返して座る。今日もどこから持ってきたのか、タオルを敷いてくれてなんだかくすぐったい気持ちになった。
「眠ってる間にね、一瞬元の世界に戻ったんだ」
「……それは……」
「私が生まれ育った家にいて、そこにお母さんと隼人がいたの」
空を見上げながら呟くと、ゼノは黙って私の話を聞いてくれた。
「お母さんね、私のこと、誇りに思うって言ってくれてた。私の言葉は届かなかったけど、隼人と一緒に私のことを話してくれたの」
「……そうか」
「うん。それで、私の部屋もまだそのままになってて、思い出がたくさん残ってて。……私だけがあのまま時が止まってるんだなと思った。お母さんも隼人も、ちゃんと前に進んでた」
「……リコ」
「そうだ、聞いて? 私が事故に遭った時に庇った子どもたちね、みんな無事だったんだって」
どんどん饒舌になっていく私に、ゼノはしばらく黙ったまま聴いていてくれたけれど、子どもたちが無事だったと話した瞬間、ゼノは私の手を取りぎゅっと握る。
「……ゼノ?」
「大丈夫だから」
「え?」
「リコはちゃんとここにいる。生きてる。それに、俺も隣にいるから。だからそんなに我慢しなくても、大丈夫」
そう言ってくれたゼノの表情が、すごく優しくて。
本当にびっくりするくらい優しく微笑んで私の手を握ってくれるから、言葉を失って見惚れてしまう。
「寂しかったな。怖かったな。つらかったな。……その子たちが無事で、本当に良かった」
「……っ、うん」
その優しい笑顔と声が、私の心をほぐして包み込んでくれる。いつしか視界が濡れて歪み、こぼれ落ちないように上を向く。
だけど。
「だから我慢すんなって。……俺以外誰も見てねぇよ。ほら」
手を離したかと思ったら、そのまま両手を広げてくれるから。
「……おいで」
「っ……ゼノっ」
その胸に飛び込むと、待っていたようにキツく抱きしめてくれる。
「私っ……お母さんと隼人に会えて、嬉しかったの……」
「あぁ」
「それは嘘じゃないの。だけど、私がいなくてもあの二人の時間は動いてて、私がいなくてもちゃんと笑ってて……嬉しいの。嬉しいんだけど、やっぱり寂しくてっ」
「そうだな。寂しいな」
「私っ、寂しかった……!」
「あぁ。そうだな」
背中を優しくトントンとしてくれる手が、私の胸の中に溜まっていたものを外に押し出してくれる。
自分で大丈夫だと思っていても、本当は全然大丈夫なんかじゃなくて。寂しいし、苦しいし、切ないし、悲しい。
心の中で隠れていた暗い気持ちが、どんどん言葉と涙に変わって飛び出してきた。
ゼノはそんな私の心の叫びを全部受け止めるように、優しく優しく抱きしめてくれた。
温かい腕の中で、久しぶりに人の温もりに甘えたような気がして。
「リコはよくやってるよ。大丈夫。頑張ったな」
ほしい言葉をくれるゼノに、縋り付くようにずっと甘えていた。
「リコが眠ってる間、俺もいろんなこと考えた」
私を抱きしめながら、ゼノは静かに語り始めた。
「リコが気を失った時、傷口は治癒してもらったけど出血が酷くて。かなり危険な状態だった」
「……うん」
「このままリコが目覚めなかったらどうしようとか、目が覚めたとしてもある日突然目の前からリコがいなくなるんじゃないかとか。……いろんなこと考えた」
弱々しい声に、ゼノの背中に回した腕に力を込める。
「あの時、俺がお前のところに行ったのは、門の外から帰ってきた時にソルダムにリコが来たって聞いたからだった。何やってんだって思って走って。その時に、魔獣の叫び声が聞こえて……嫌な予感がして、必死に声の方に走った」
「……うん」
「目の前でリコが襲われてて、今にも食べられそうで。夢中で首を切り落としたけど、お前が血を流してるのを見たら全身が震えた。……怖かった。お前を失うことが、怖くてたまらなかった」
「ゼノ……」
あの時、ゼノが来てくれて安心していた私。だけど、ゼノはそうじゃなかったよね。
「帰ってきてくれて、本当に良かった」
「っ……」
「……頼むから、あんな思いはもうさせないでくれ」
ドクン、ドクンと、早まる鼓動。だけど目の前に広がるゼノの大きな胸からは、私以上に早い鼓動の音が聞こえる。
「じゃないと、俺が死にそうになる」
耳元で囁かれた掠れた声に、胸の奥からぶわっと熱が広がった。
全身が熱くて、気持ちが昂ってたまらなくて。
……あぁ。好きだ。
浮かんだ言葉にストンと何かがはまり。
「……ゼノ」
「ん?」
「……ありがとう」
ぎゅう、と苦しくなるくらいにゼノの胸に自分の顔を押し付けた。




