目覚め
しばらく、ボーッとしていた。
涙は止まることを知らないまま、ただただ頬を伝って顎から下に落ちていく。
二人に会えて良かった。二人が元気な姿を見られて、本当に良かった。
あの子たちの無事も知れて、本当に良かった。
だけど、もうあの場所には戻れないのだという現実を突きつけられて、やっぱり寂しいものは寂しかった。苦しくて、悔しくて、泣いても泣いても気持ちは軽くならない。
「ゼノぉ……」
たまらず溢れたのは、もうあんな想いをさせてはいけないという気持ち。
ゼノやベクター、アンナちゃん、トーデンさんにジェーンさん。
私の、大切な第二の家族。
みんなに、あんな顔をさせてはいけない。あんな言葉を言わせてはいけない。
これ以上、大好きな家族に悲しい思いをさせてはいけないの。
「戻りたい……みんなのとこに戻りたいよ……」
次の瞬間、またぐにゃりと視界が歪む。
みんなの光景が映るのかと思っていたら。
"リコ……早く目ぇ覚ませよ。いつまで寝てんだよ"
どこかからゼノの声が聞こえて、その声を追いかけようと視線を向けると一気に辺りが真っ暗になる。
真っ白だった視界は、闇に落ちたように何も見えなくなってしまいゼノの声だけが耳に響く。
"みんな心配してるぞ。アンナなんて、一人じゃ眠れないって言って毎日大変なんだ"
「アンナちゃん……」
"じいちゃんとばあちゃんも、宿屋の仕事を休んでる"
「ジェーンさん……トーデンさん……」
"ベクターは、リコを襲った魔獣の残党を抹消するって言って、ここ何日かもう帰ってきてすらいねぇよ"
「っ、ベクター……」
"……なぁ、早く戻ってこいよ。弁当どうすんだよ。おにぎりどうすんだよ。お前がいないとみんな困るんだよ"
「っ、わかってる……」
"俺だって……お前がいないと……"
「……ぜ、の?」
"傷口も塞がった。だから早く起きろよ。早く起きてくれねぇと、俺が心配すぎて死にそうになる……"
——どこかから、冷たい雫が落ちてきたような気がした。
雨かと思ったけれど、それがゼノの涙と気がつくまでに時間はかからなかった。
"早く起きろっ……、なあ、ゼノって呼べよ。無理すんなって説教させろよ……早く起きて、いつもみたいに俺に笑えよ……おはようって、ちゃんと言えよっ"
ポタポタと落ちてくる涙に、だんだんと周りに色が戻っていくような気がして。
闇の中のように真っ暗だった視界が、徐々に色を取り戻していく。
鮮やかな森の中、最初に二人に出会った時のような爽やかな風と、川のせせらぎが耳に響く。
"リコ、早く戻ってこい"
その言葉に、私は涙を拭いて見上げた。
「うん。……今行くよ、ゼノ」
そのまま目を閉じると、ふわりと温かいものに包まれたような気がして意識が引っ張られていった。
*
指先が、温かい。
目が覚めて最初に思ったことはそれだった。
強く握ってくれているその手を握り返したくて、指先に力を入れるとピクリと動く。
「っ……リコ!? リコ! おい!」
まだ瞼が重くて、だけど隣からゼノが叫ぶように私の肩を揺らしてくるから、眉間に皺がよる。
「リコ……起きろ……リコ」
きゅっと手に力を入れると、ゼノが縋るように私の手を握り直した。
「ん……」
「リコ? リコ! 誰か! 来てくれ! リコが目ぇ覚ました!」
ゼノ、心配してくれてるのはうれしいけど、ちょっとうるさいかも。
それに小さく笑いそうになりながら、ようやく目を開いて見慣れた天井を見上げた。
「リコ? 俺がわかるか? リコ?」
「……ゼノ」
「リコ。良かった……!」
「ゼノ」
「なんだ……?」
「……おはよう。ゼノ」
最初に言う言葉は、おはようだと決めていた。
ゼノの顔を見て微笑みながら掠れる声で言うと、ゼノは一気にその場に崩れ落ちる。
「お前はっ……本当、ほんっっとうに……ああもう! おはよう!」
「ふふっ」
くしゃりと前髪を掴みながら、私の手は離さずに泣いてしまっているゼノ。
その姿を見たら、たまらなくてゼノの頭を撫でる。
「ありがとう。あの時ゼノが来てくれて、守ってくれて嬉しかったよ」
「俺は生きた心地がしなかった……もう五日も眠ってたんだぞ……ふざけんなよ」
「うん。ごめんね。心配かけたね。ありがとう」
「もう黙れっ……しばらく家から出んな、何もしないで寝てろ」
「ええー、それは困るよー」
そんなくだらない会話をしていると、ゼノの声に慌ててやってきたみんなが代わる代わるに涙を流しながら本当に良かったと言ってくれる。
珍しくベクターには無茶をしすぎだと叱られて、トーデンさんとジェーンさんにも心配かけて!と叱られてしまった。
そしてアンナちゃんは私に抱きつきながらただただ泣いてしまって、どれだけ心配をかけてしまったのか、どれだけ悲しい思いをさせてしまったのかを思い知る。
「みんな……ごめんなさい。それと、ありがとう」
この家族を、もうこれ以上泣かせたくないと思った。
それから。
五日の間に魔獣はベクターが駆逐し、街の中には再び安全が戻ってきていた。
私が大量に作ったおにぎりは全て避難所やギルドで消費され、今回の魔獣事件に大いに貢献することができたらしい。
他の宿屋からも食料が大量に持ち込まれたことで、食べ物は有り余るほどあってみんな安心したと後日人伝いに教えてもらった。
お見舞いに来てくれたノルウェンさんにも
「あれほど危険なんだから無理をするなと言っただろーが!」
としっかり叱られた。
「でも、お前が避難所の方から気を逸らしてくれたおかげでみんな無事だった。ありがとう」
「ノルウェンさん……」
「だがやはり許すことはできない! だいたいリコ、お前はいつも——」
ノルウェンさんのお説教はしばらく続き、耳にタコができてしまいそうなほどに叱られた。でも、それ以上に感謝されたのは本当に嬉しかった。
私が逃げ回った先で壊れてしまったものや建物は、商業ギルドが被害金額を補填してくれることになった。結構好き勝手に逃げ回ってしまったから、被害総額を考えると頭が痛い。
あの魔獣が領地の周りをうろついていた理由はまだわかっていないものの、冒険者ギルドと騎士団が協力して調査を進めていくらしい。
ゼノもベクターも、しばらくはその調査に加わるらしく忙しくなるよう。
私はまだ動く許可をもらえていないからベッドの上から動けないけれど、宿屋も営業を再開して冒険者のみんなが泊まりに来てくれているみたい。
日常が、戻り始めていた。




