必死の逃避
走り始めてすぐに魔獣に追いつかれそうになって、慌てて建物の影に隠れる。そこから路地を進み、また大きな通りに出て身体を捻るように狭い道を走り抜ける。
保育士時代、子どもたちと毎日のように本気の鬼ごっこをしていたから、逃げ足が速い自信はある。
だけど相手は魔獣だ。簡単にはいかないのもわかっていた。
あの魔獣は身体が大きいから、とにかく狭い道を選んで走る。
途中に落ちてたバケツを魔獣の足元に放り投げて、木の板も放り投げて。
とにかく必死で走った。
だけど、もうすぐギルドが見えそうなところで石畳に足を取られてその場に倒れるように転んでしまい、慌てて振り向くものの魔獣はすぐ後ろまでやってきていた。
万事休すとは、このことか。
「っ……いっ!?」
魔獣が突然叫ぶように吠えた後、その大きな爪が振り上げられ、私の身体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられるように落ちた身体。爪が当たった脇腹の辺りは無惨にも服が破れ、辺りにはあっという間に血が流れていく。
「はぁっ……はぁっ……っ、はぁっ」
痛みで起き上がれなくて、どうにか呼吸を整えながらキッと魔獣を睨みつけた。
避難所の方へは絶対に行かせない。行かせてたまるか。
傷口を抑えながらなんとか立ち上がると、思いの外出血が多いのかくらりと目眩がした。
「……はぁ、はぁ、……こっちよ」
朦朧とする意識の中で魔獣の気を引く。
瞬間、魔獣が飛び掛かるように地面を蹴り、私にその牙が向いた。
その光景が、一番初めにこの世界にやってきた時と重なって。
あの時はスローモーションに感じられたのに、今回は一瞬で全てが終わってしまうと感じた。
あぁ、食べられるっ……いやだっ……こわいっ……。
「——……ゼノっ……!」
たすけてっ……!
無意識にそう叫んで目を瞑った時、
「——リコっ!」
待ち望んでいた声が聞こえて、フッと身体の力が抜ける。
次の瞬間、目の前の魔獣の首が地面に転がり、私は倒れる寸前に力強い腕に支えられていた。
「お前っ……! 本当、どこまで無茶しやがるんだ……!」
「ゼノ……来てくれた……よかった……」
「全然良くねぇよ! 何やってんだよ! ふざけんな!」
ゼノは私の身体を思い切り抱きしめて、だけどすぐに私の怪我と血が流れていることに気が付いて抱えるように持ち上げられた。
「くっそ……まさか街の中に一匹紛れ込んでたなんて……まだ他にもいるかもしれねぇ! くまなく探せ!」
「わかった!」
後から走ってきた冒険者たちに指示を飛ばしたゼノは、
「リコ! 寝るんじゃねぇぞ!」
と意識が朦朧とする私の頬を叩く。
「寝るわけないじゃん……こんな痛いのに」
「っ……とにかく手当が先だ! お前ら! ここは任せた! 俺はこいつをギルドに連れていく!」
ゼノはそのまま走ってギルドへと向かってくれた。
「リコちゃん!?」
「何があったんだ!?」
「街の中に魔獣が入り込んでいた! 今他にいないか探している! 負傷者一名! 脇腹をやられている! 早く手当してくれ!」
ゼノは簡潔にそれだけ叫ぶと、私を救護班の元へ連れて行き簡易ベッドに丁寧に寝かせてくれた。
「ゼノ、血で服汚しちゃってごめんね……」
「っ、この期に及んで何言ってんだ! 頼むから今は自分のことだけ考えてくれ!」
「ふふっ、ありがとうゼノ」
隣にいてくれるゼノの手を掴むと、冷え切っているその手を温めるようにゆっくりと息を吐いた。
「……ゼノは、やっぱりヒーローだ。助けてほしいって思ったら、ちゃんと来てくれた」
そう笑うと、悲痛に歪むゼノの表情が見えて傷の痛みが増す。
そのまま意識が遠のいていき、ゼノの手を握る力がどんどん抜けていく。
「……リコ!?」
「大丈夫。ちょっとねむい……だけだから」
「寝るなって言ってんだろーが!」
「私は大丈夫だから、仕事に戻って……」
「ふっざけんな!」
「ふふ……アンナちゃんがゼノは怒りんぼうだってよく言ってるけど、本当だね」
薄くなってきた視界に映るゼノは、泣いているように見えた。
「ゼノ、さむい……」
「おい、リコ」
急に寒気がして、身体がブルっと震える。
「それ以上喋らないで! 血が流れすぎてます!」
救護班の人にそう言われて、小さく笑って口を閉じる。
……あれ、もしかして。私、このまま死んじゃう?
大怪我した後に寒気がするのって、かなりやばいんじゃなかったっけ。
「リコ! リコ! 目開けろ! 閉じるな!」
ゼノの焦ったような声が聞こえる。
だけど、寒くて息が苦しくて、もう目を開けているのがつらかった。
ゼノが私の手を包み込んでくれているのがわかって、冷たい手のはずなのにすごく温かくて。それに酷く安心してしまって。
「リコ! リコ——!」
ゼノの叫ぶような声を聞いているうちに、意識が遠のいていった。




