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緊急招集

*


 その後、ゼノはベクターと話をしたようで。


 翌朝顔を合わせると、二人ともどこかスッキリしたような表情をしていて安心した。



「ちゃんと話せた?」


「あぁ。リコのおかげだよ。ありがとう」


「私は何もしてないよ」



 ゼノは泣いたからか少し気まずそうではあったけれど、いい意味で吹っ切れた様子でいつも通りのゼノに戻ったようだった。


 私たちが普通に会話しているからか、アンナちゃんたちも仲直りしたんだねと声をかけてくれて心配をかけたことを謝っておいた。


 それからベクターも回復して、また少しずつ日常を取り戻し始めたある日。



「リコ」


「あ、ノルウェンさん」


「悪い、急ぎなんだがちょっといいか?」



 宿屋にノルウェンさんがやってきた。



「もしかして、商業ギルドでも何かあったんですか?」



 思い当たることがあって問いかけると、ノルウェンさんも



「やはりベクターとゼノに冒険者ギルドから召集がかかったんだな?」



 と予想通りというように頷いた。



「はい。朝早くに呼び出されていきました」



 ゴードンさんが呼びにきて、慌てて出ていったからお弁当も渡せなかったのが数時間前。


 ノルウェンさんもやはりと言っているということは、何かあったのだろうか。



「この辺りじゃ珍しい魔獣が、領地の周りをうろついている」


「え?」


「それも大型で、肉食の個体が群れで歩いている。もし領地の中に入ってくれば、その被害の大きさは予想できない」


「そんな……」



 大型の、肉食の魔獣……?


 それってもしかして、この間ベクターが噛まれた魔獣じゃ……。



「それで、冒険者ギルドから召集がかかったんですか?」


「あぁ。ある程度のランクがあるやつと、連携の取れたパーティーはな。これは緊急事態だから、騎士団も動き始めている」


「騎士団まで……」


「そこで、リコに頼みがあって来たんだが。……門に近い辺りに住んでいる住民たちを避難させることにした。そこで、リコに食料の支援を頼みたい。保護魔法付きの携帯食だ。時間もあまりないし量も多いが、頼めるか?」


「はい、今すぐ作ります!」


「助かる」



 ノルウェンさんは私の返事をわかっていたように微笑み、



「金銭面はギルドが全面的に支援するから心配は無用だ。必要な材料があれば全て言ってくれ。今すぐ用意する」


「えっと、じゃあ——」



 お肉に魚に野菜に、とにかく必要なものを呟いていくとノルウェンさんが全てを拾ってくれてメモしてくれる。



「わかった。すぐに用意するからリコは作り始めていてくれるか。俺は他の宿屋にも声をかけてくる」


「わかりました!」



 ノルウェンさんはそう言って外に出ると、部下の人であろう男性にメモを渡してそのまま走っていく。


 私はアンナちゃんとトーデンさん、ジェーンさんと四人でとにかくおにぎりを作り始めた。



「トーデンさん、門の回りに住んでる人ってどれくらいいらっしゃるんですか!?」


「そうだな、ざっと五十世帯くらいはあると思うな」


「そんなに……」



 年齢層はどうだろう。アンナちゃんくらいの小さな子どももいるんじゃないだろうか。そうなったら、小さいサイズや具も甘めにしたりした方が食べやすいだろうか。


 そう思って大きさは三種類くらい、具もできる限り豊富に作った。


 途中でノルウェンさんに頼んでいたものが次々に届き始め、それも調理してどんどん作っていく。



「ジェーンさん、避難ってどこにするんですか!?」


「広場の向こうにある図書館じゃないかねぇ、あそこは建物がしっかりしているし広いから」


「図書館……」



 それなら厨房はなさそうだ。竈があれば鍋にスープの材料を入れて持って行って炊き出しのようなこともできたかもしれない。けれど、図書館じゃ難しいだろう。


 おにぎりしか用意できないのが心苦しい。



「リコ! どんな感じだ!?」


「今これくらいです!」


「助かる! 早速できた分から持っていくから、リコは厨房に残って他三人はこっちを手伝ってくれ!」



 ノルウェンさんが台車を引いて戻ってきて、トーデンさんとジェーンさん、アンナちゃんが積み込みに回る。


 私はその間もおにぎりを作って保護魔法をかけて、少しでも安心してもらえるように疲労軽減の付与魔法をかけた。



「ノルウェンさん! 冒険者や騎士団の方達の拠点はギルドですか!?」


「あぁ! 冒険者ギルドが拠点になっているはずだ!」


「わかりました! 私、そっちにも後でいくつか持っていこうと思います!」


「それは助かるが、冒険者ギルドはここより門に近い! 気を付けろよ! 無理だけはするな!」


「わかってます!」



 きっと、私の作ったおにぎりがあれば冒険者のみんなや騎士団の方々の力になれるはず。


 避難所用の大量のおにぎりを作った後、戦っている人たちが一口で食べられるような小さめのおにぎりをたくさん作って葉っぱに包み、避難所に向かうノルウェンさんたちを見送って私は一人、冒険者ギルドへと走って行った。




*




「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」



 冒険者ギルドへたどり着いた頃には、息が上がってしまって肩で呼吸をしていた。


 こんなことなら、もっと体力をつけておくべきだった。


 ギルドの周りは騒然としていて、たくさんの人たちが出入りしていて慌ただしい。


 ゼノとベクターは……。


 どこにいるかを見渡してみるけれど、どうやらここにはいないよう。門の外にいるのだろうか。


 そう思いつつ、誰か知り合いがいないかと人の波をぬってギルドの中に入った。



「……リコちゃん!? こんなとこで何してんだよ!?」



 そこにはソルダムさんがいて、私を見て目を見開く。



「ソルダムさん、良かった。あの、これ」


「これ……おにぎりか?」


「はい。一口で食べられるように小さめのを作ってきたんです。きっと、みなさんの役に立つと思って」


「……ありがたい。すげぇありがたいよ。だけど、一人で持ってきたのか!?」


「はい」


「くそっ……おい! ゼノかベクターいないか!?」



 ソルダムさんはそう叫ぶと、周りの冒険者たちが二人を探すように辺りを見回す。


 だけどやはりいないようで、



「リコちゃん、すまない。今外はかなり危険な状態なんだ。おにぎりを届けてくれたことは本当に嬉しいが、今すぐ避難してほしい」


「……わかりました。すぐ出ますね」


「本当はゼノかベクターが護衛にいた方がいいんだが、あいつらはAランクだからな。もう外に行っちまったのかもしれねぇ」



 困ったように頭を抱えるソルダムさんに、



「走って行きますから。心配しないでください。ソルダムさんも仕事に戻って」


「……あぁ。くれぐれも気を付けろよ。それと、おにぎり本当にありがとう」


「いえ! ソルダムさんも無事に帰ってきてくださいね! ゼノとベクターに会ったら、二人も無事に帰ってくるようによろしくお伝えください」


「わかった。必ず伝えるよ」



 その言葉を聞いて、ソルダムさんにぺこりと頭を下げると急いでギルドを飛び出す。


 門とは反対方向、広場へ向かって一目散に走っていった。


 広場に近付くにつれ、人の気配は少なくなり辺りは閑散とし始める。


 自分の息遣いと地面を蹴る音だけが頭に響いて、まるでこの世界に一人取り残されてしまったかのように感じてしまう。


 それが怖くて、早くみんなのところに行きたくて、必死で足を動かす。


 ——その時、何故かゾッとするほどの悪寒がして思わず足を止めた。



「な、に……?」



 恐る恐る後ろを振り向くけれど、そこには何もない。焦ったような自分の呼吸音と心臓の音だけが脳裏に響き、呼吸を整えようと深く息を吐いた。


 しかし身体の向きを戻した瞬間。


 すぐ近くに何か気配を感じて、目の前にある路地に視線をやる。


 すると。



「っ……!?」



 そこに現れたのは、見たこともないような大きな獣の姿。


 ゼノとベクターに助けてもらった時の魔獣よりも、ずっと大きな個体。狼よりもさらに牙や爪を鋭くさせたような獣に、全身がすくみ上がった。


 どうしてここに、魔獣が……!?


 辺りを見回しても、冒険者も騎士も一人もいない。それどころか私しかこの場にいなくて、すぐ近くには広場と避難所があることを考えて頭からサーっと血の気が引いた。


 一歩足を引くと、その魔獣も一歩前に出てくる。


 その度にキラりと光が反射する牙と爪。


 あれに噛まれたりひっかかれてしまったら、ひとたまりもないだろう。


 ごくりと唾を飲み込む。手も足も恐怖で震え始めて、腕には鳥肌が立っているのがわかる。


 どうする。逃げ切れる自信なんてないけれど、このまま避難所の方へ向かうわけにもいかない。


 来た道を戻れば、冒険者の誰かには会えるだろうか。


 だけど、その前に捕まってしまったら?食べられてしまったら?


 でもこのまま放っておいて向こうに行ってしまったら?


 ……人の味を覚えてしまったら、匂いが集まっている避難所の方へ行ってしまうのでは?


 そう考えると、怖くてたまらない。選択肢なんてもうあってないようなものだ。


 一か八か、やってみるしかない。


 ギュッと拳を握りしめ、一歩ずつ後退りをしながらどうにか落ち着こうと息をゆっくり吐いて。


 ——そして。



「こっちよ!」



 地面に転がっていた石を魔獣の足元に投げて音を出し、それが合図のように一目散に来た道を戻るように走り始めるのだった。

 

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