ゼノの過去
「五年前、俺は両親と一緒に、薬草の採集に行ったんだ」
「薬草?」
「あぁ。アンナが小さい頃、身体が弱くて。よく風邪を引いていたんだ。かといって両親は宿屋で働いていたから毎度毎度医者に診せる暇も金もなかった。だから薬草を自分たちで取りに行くことも多くて。その日は両親が"まとまった量を探しに行く"って言うから、どうせ探すなら人数が多い方がいいだろうと思って、俺もついて行くことにしたんだ」
宿屋は年中無休だ。ご両親は本当はしっかり医者に診せて、つきっきりでアンナちゃんの看病もしたかっただろう。でもそれはどうしても難しかった。だからこそ、薬草をたくさんストックしておきたかったのだと思う。
「その薬草が生えてる場所は森の中だった。だけどその辺りは魔獣が好むような野草は生えていなかったから、襲われる心配なんてなくて。護衛も雇わず、俺たちは森の中に入っていった。だけど……その日は何故か、そこにいるはずのない魔獣がたくさんいて」
「っ……」
「俺はまだその頃、アンナくらいのガキだったから冒険者として登録すらしてなくて、両親はもちろん魔獣と戦ったことなんてなかった。だから、どうしたらいいかがわからなくて」
「……うん」
再び言葉に詰まるように息を止めるゼノ。"ゆっくりでいいよ"という気持ちが伝わるように、もう一度背中をさする。
「……俺は魔獣が恐ろしいものだとは聞いていても、"本当の意味での恐ろしさ"をまだ知らなかった。もし現れてもどうにかなるって簡単に考えてた。だからだろうな、一番に狙われたよ。……だけど、それを両親が守ってくれたんだ」
「……うん」
「父さんが、石を投げて囮になってくれて。その間に母さんが俺の手を引いて走り出して。……だけど、魔獣の速さには敵わなかった。あっという間に追いつかれた頃には、父さんは正面から喰い殺されていて、母さんは大怪我を負いながら俺を必死に逃がそうとした」
だんだん呼吸が早まるゼノの身体を、たまらず抱きしめる。
その日のことを思い出しているのだろう。全身が震え始めるゼノを、きつくきつく抱きしめた。
「俺は、母さんに思い切り背中を押されて。後ろを振り向こうとしたら、"逃げなさい!"って母さんに叫ばれて。それで、泣きながら逃げた。母さんも最後まで俺を守ろうとして、魔獣の気を引いてくれた。だけど、逃げてるうちに母さんの声は聞こえなくなって。俺は、ひとりで……」
ゼノは、それ以上は言葉にしなかった。いや、できなかったのかもしれない。
だってそんな恐ろしいこと、思い出すのも苦しいはずなのに。今にも泣き叫びたくなるほどつらいはずなのに。それを改めて言葉にすることは、何よりも苦しいはず。
「ベクターは呆然とする俺をずっと慰めてくれた。自分だって両親を亡くしてつらいのに、あいつはそれ以上に俺のことを心配してくれたよ。一緒に泣きながら、それでも"ゼノのせいじゃない"って言い続けてくれた」
「うん。ベクター、本当に優しいお兄ちゃんだよね」
「……あぁ。俺にはもったいないくらいの兄貴だよ」
ベクターもつらかったと思う。だけど、それ以上に目の前で苦しんでいるゼノを守りたかったのだろう。そう思うと、それぞれの愛情が胸を締め付ける。
「アンナにも悪かったと思ってる。アンナの風邪のために取りに行った先でのことだったから。……一番側ににいてほしかった両親を、俺が奪ってしまった」
「……それは違うって言っても、ゼノは気にしちゃうよね」
「……あぁ」
アンナちゃんだって、きっとゼノのせいだなんて思っていないはずだ。だけど、ゼノは自分自身が許せないんだ。
「……ゼノ」
「っ、……」
「ゼノ。つらかったね。苦しかったね。怖かったよね」
当時の幼い身体で、どれだけの苦しみを背負って生きてきたのだろう。
「つらいこと、話してくれてありがとう……」
目の前で両親が殺された。それも、自分を守るために。
そのことが、どれだけゼノの心を苦しめてきたのだろうか。
想像するだけで、涙が溢れてきてしまう。
「……んで、お前が泣いてんだよっ」
「だって……ゼノが、泣きそうな声してるのに我慢してるからっ……」
ゼノが一番泣きたいはずなのに、必死に我慢してるから。
私は、話を聞いただけでこんなに悲しくて苦しいのに。当事者であるゼノが、全然泣かないから。
そんなゼノを見てたら、勝手に泣けてくるんだよ。
「ねぇゼノ」
「……なんだよ」
「こんなこと言ったらゼノは怒るかもしれないけど、私たちが初めて会った時、ゼノが当たり前のように私を助けてくれた意味がようやくわかったよ」
抱きしめたままの身体が、少し動く。
「あの時、私も魔獣に襲われそうになってた。だから、助けてくれたんだよね? ご両親みたいに、魔獣に襲われそうになってたから」
目の前で、また誰かが襲われる。だから、見ず知らずの私を助けてくれたんじゃないかって。
ただ優しかったからじゃない。ただ正義感が強かったからじゃない。
確かに通りかかったのは偶然だったかもしれない。だけど、助けてくれたのは偶然なんかじゃなくて。
見捨てることだってできた。見て見ぬ振りをすることだってできた。……だけど。
私を見て、魔獣を見て。襲われているとわかって。ただただ必死で助けてくれたんじゃないかって。
ご両親を思い出して、そうなる前にって思ってくれたんじゃないかなって。
そう、気が付いた。
「……あぁ、そうだよ。あの時、お前の姿に両親が重なったんだ」
私の肩に縋るように顔を押し付けたゼノが、恐る恐る背中に腕を回してきて。
それに安心して背中をトントンと叩けば、さらにぎゅっと力を強めてくる。
「ありがとう。あの時、確かに私はゼノとベクターに救われたんだよ。ゼノが、魔獣を倒してくれた。ゼノのご両親が守った命が、巡り巡って私のことも助けてくれたんだよ」
「……あぁ」
「でも、だからこそベクターが噛まれた時、怖くてたまらなかったんだよね。また目の前で失ってしまうんじゃないかって、思っちゃったんだよね……」
「……っ、あぁ」
肩口が、じわりと滲んでいく。その感覚に安心して、私もゼノの肩に頬を乗せた。
「大丈夫だよ。ゼノは、ベクターのこともちゃんと守れてたよ」
「……でも、大怪我させた」
「そうだね。確かに怪我はしてしまったけれど、ゼノは、その時にできる最大限のことをしたんでしょう? ゼノが自分を責めるのもわかるよ。私だってゼノの立場だったら、同じように思ってたと思う。だけど、それじゃあ……ベクターはもっと自分のことを責めちゃうんじゃないかな……」
「……」
ベクターは、きっとゼノの気持ちも全部わかってて。その上で、ベクター自身も自分を責めてしまうんじゃないかな。
あの時、魔獣の存在に気付いていればとか、あの時自分にも防御の魔法をかけていれば、とか。
「ベクターがゼノを守ろうとしたのも、ゼノと同じ気持ちだったんじゃないかな」
目の前ではなかっただけで、ご両親を亡くしてしまったのはベクターも同じなんだから。
家族を失った悲しみや、守れなかった後悔はベクターだって感じていたはずだから。
「二人は、そういうところそっくりだもん」
相手のことを想って、自分のことは後回しで。
誰よりも、お互いのことを大切に想っている。
羨ましくなるくらい、愛に溢れている。
「……そう、かもな」
「うん」
「ちゃんと、ベクターとも話をしないといけないな」
「そうだね。きっと、ベクターもゼノといろんなこと話したいと思うよ」
だって目を覚ました時、ずっと扉の方を見つめていたから。
きっと、ゼノが来てくれるのをずっと待ってたはずなんだ。
「……あいつ、まだ起きてるかな」
「どうだろう。行ってみたら?」
ずっと抱きしめていた腕を解こうとすると、ゼノは何故かそれを阻止するように力を強めて。
「……ゼノ?」
「悪い。……だけど、もう少しだけ」
その甘えるような声が、愛おしく思えて。
「わかった」
もう一度、その大きな背中に手を回した。




