すれ違い
*
「リコ姉、またゼノ兄と喧嘩してるの?」
「え?」
「まぁどうせゼノ兄がまたひどいこと言ったんだろうけどー」
数日後。アンナちゃんに言われて、慌てて否定する。
「違うよ。私が悪いの。ゼノを怒らせちゃって。謝りはしたんだけど、嫌われたかもって思ったら怖くて避けちゃってるだけなの。だから、ゼノは悪くないんだよ」
「えぇ? ゼノ兄はたしかに怒りんぼうだけど、リコ姉には怒ってないと思うよ?」
「ううん、怒らせちゃったのは間違いないの」
「そうかなあ。まぁ、もしそうだとしてもゼノ兄がリコ姉のこと嫌いになんてならないと思うんだけどなあ」
優しいアンナちゃんにお礼を言い、明日の仕込みを続ける。
あれ以来、ゼノとはぎくしゃくしてしまっており、お弁当を渡す時と帰ってきた時くらいしかまともに会話をしていない。
仕事以外の時間はあまり部屋から出ないようにしているから会わないし、気まずいままの日々が続いている。
それも全て私がゼノを怒らせた上に避けてしまっているせいなのはわかっていた。
「はぁ……」
夜寝る前、部屋でため息をつく。
アンナちゃんにまで心配をかけてしまっている手前、ちゃんとゼノと話すべきなのはわかっている。
だけど、どうしてもゼノを目の前にすると言葉に詰まって逃げてしまうのだ。
「リコねぇ……ケンカはだめだよ……」
私のベッドで眠っているアンナちゃんの寝言に、胸がキュッとなる。
そうだよね。家の中でぎくしゃくされてるなんて、みんなにも迷惑だよね。
少し夜風に当たって頭を冷やそう。そう思って部屋を出ると、偶然にもゼノが同じタイミングで部屋の扉を開けたものだから目が合って固まる。
「あ……」
「……」
反射的に目を逸らして扉を閉めようと一歩下がると、次の瞬間ゼノが
「っ、待てっ……」
とガッと扉を手で掴んで止めた。
「な……」
「……頼む、待ってくれ」
その切実そうな表情を見たら、それ以上逃げることなんてできなくて。
「少し話したいんだ。……いいか?」
そう言われて、小さく頷いた。
宿屋の外は、綺麗な星空が広がっていた。
「こっち、座れるから」
「ありがとう」
宿屋の裏手にある畑のそばで、収穫用の大きなカゴを裏返して椅子にしてくれる。私の服が汚れないように、ゼノがタオルを敷いてくれた。
並んで座ると、沈黙が訪れる。
いつもなら何も気にならない風の音や虫の鳴き声が、やけに耳に響くような気がして胸の奥がざわざわとした。
「あの……」
意を決して言葉にしようとすると、ゼノは
「……ごめん。本当に。ごめん」
と私を見ることなく、項垂れるように下を向いた。
「リコは俺を励まそうとしてくれただけなのに、酷いことした。傷付けた。……本当に悪かった。あの時、かなり精神的にきてて……。それで、お前に八つ当たりしちまったんだ」
「……ゼノ」
ゼノは、あの日のことをぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「最初はいつも通りだったんだ。国境付近に現れた魔獣の討伐。俺とベクターは基本的に二人で行動することは知ってるだろ? あの日もそうで、中型の魔獣を倒しに行った。強くもなく弱くもなく、無事に任務を終えてベントウを食って、あとは帰るだけだったんだ」
「……」
「その帰り道で、急に大型の魔獣が現れたんだ。本来その辺には生息していないような珍しい魔獣で。しかも群れだった。すぐにベクターが俺に防御魔法をかけてくれたんだが、魔獣は最初は俺じゃなくてベクターを狙い始めた」
「それは、どうして?」
「その魔獣は魔力を感知する力が強いんだ。だから、魔力の高いベクターを先に認識して倒そうとしたんだろうな」
そうだったんだ……。
「それで、すぐに俺も応戦したんだ。何匹かはすぐに倒せたけど、あいつらは頭の良い群れで。簡単に倒せないとわかったから今度は俺を囲い込んだ。その間に一匹がベクターに襲いかかったんだ」
「っ……」
「その時にはベクターは俺を守るために俺を狙う魔獣に攻撃魔法を仕掛けていた。だから魔力も減っていたし、後ろから迫っている魔獣に気付かなかったんだ」
「そんなっ……」
恐ろしくて、手で口を抑える。
「気が付いた時にはベクターは足を噛まれてた。その魔獣の牙にはカエシがついてて、簡単には抜けないんだ。だから噛まれたら終わりだって言われてる」
「終わり、って」
「噛みちぎられることだってあるし、最悪、足を切り落とす人もいるくらい危険なやつなんだ」
ゼノの険しい表情を見ていたら、本当にそういう人が数多くいるんだと実感する。だからこそ、ゼノは後悔しているんだ。
「幸いベクターの足を噛んだやつはすぐに俺が倒せたから怪我はひどくなかった。だけど一歩間違えれば……」
一歩間違えれば、今頃ベクターは笑っていられなかったかもしれない。
足を失っていたかもしれない。命に危険が及んでいたかもしれない。冒険者として、やっていけなくなっていたかもしれない。
「ベクターはお前のせいじゃないって言ってくれたよ。あいつはそういうやつだ。だけど、俺は自分が許せない」
拳を握るゼノ。そこに頭を乗せて震えている姿を見たら、気まずいからと避けていた自分がただただ恥ずかしくて情けなかった。
私も、ベクターの言う通りゼノのせいじゃないと思う。だけど、そんなこと言われたってゼノが救われるわけじゃない。
「俺がもっとしっかりしていれば。俺がもっと周りを見ながら戦えていたら。ベクターはあんな怪我をせずに済んだんだ。そう思ったら、どうしようもなく悔しくて」
「うん」
「医者に間に合って良かった。すぐに治療してもらえて、傷口もだいぶ綺麗にしてもらえて。しばらく安静にしていればいいって言われて安心した。だけど、それだけじゃないんだ」
「……うん」
「頭に、こびりついてるんだ。あの時、ベクターが襲われた時、思い出してしまった。昔のことを」
昔のこと。そう呟いて黙ってしまったゼノの背中をさする。
ビクッと肩を跳ねさせたゼノは、一瞬私に視線をやった。その瞳は揺らめいていて、今にも光を失ってしまいそうなほどに暗い。
「無理して言わなくていいんだよ?」
「……いや、聞いてほしいんだ。リコになら、言える気がするから」
「……わかった」
ゼノがそう言うなら、私は聞くことしかできない。
しばらく背中をさすっていると、ゼノは夜空を見上げた。
「五年前。俺の両親は、俺を守ろうとして……俺の目の前で死んだんだ」
「……え?」
ゼノが静かに語り始めた話は、簡単な言葉では表せないくらい、とてもつらく苦しい話だった。




