怪我
*
それからしばらく経った、ある日のことだった。
「——リコちゃん!」
「ゴードンさん? どうしました?」
焦った様子で宿屋に走ってきたゴードンさんが、息を切らせながら私の肩を掴む。
「ベクターが……!」
「……え?」
「今ゼノがベクターを抱えて医者のところに!」
「待って、何があったんですか!?」
「話は後だ! じいちゃんとばあちゃんいるか!? 早く来てくれ!」
そのものすごい剣幕に、ジェーンさんもトーデンさんも顔を強張らせながらも宿屋を飛び出していく。
「リコ姉……、ベク兄、どうしたの?」
「わかんない……、何があったんだろう……」
不安そうな表情のアンナちゃんを抱きしめながらも、二人が出て行った今、宿屋を空けるわけにもいかないためその場に立ち尽くす。
しかしその間にも続々と今日泊まる冒険者たちがやってくるため、はやる気持ちを抑えながら対応をした。
結局、ゼノがベクターを連れて帰ってきたのは夜で。
ジェーンさんとトーデンさんは戻ってきてすぐ私に謝りつつ仕事に戻った。
どうやら、任務中にベクターが魔獣に襲われて怪我をしたらしい。命に別状は無かったものの、足に深い傷を負ってしまい自分で歩くことがままならなかったようだ。
ベクターは簡単な治癒魔法なら使えたはずだけれど、怪我をする前に魔力を消耗してしまい治癒ができなかったんだとか。
ゼノが慌てて応急処置をして医者の元へ駆け込み、治癒魔法を受けてようやく戻ってきたのだった。
ベクターはよく眠っていて、魔法で傷口もだいぶ落ち着いている。しばらく安静にしていれば良くなるらしい。
それを聞いて安心した私とアンナちゃんは、ベクターの寝顔を見て音を立てないように部屋を出る。
アンナちゃんはそのまま自分の部屋に戻ったけれど、私はゼノの様子が気になって部屋を訪ねることにした。
「……ゼノ?」
コンコンと控えめに扉をノックすると、しばらくして扉が開きゼノが顔を出す。
「……どうした」
だけど、その表情がいつもと違って強張っているように見えて、思わずその頬に自分の手を添えた。
「……ゼノ、大丈夫?」
「っ、なんだよ……」
「なんか、すごく苦しそうだから……」
ゼノはベクターと一緒にいたんだ。ゼノの性格上、きっと怪我を負わせてしまったことを悔やんでいるのだろうと思っていたけれど。
その表情を見るに、悔しさよりも恐怖の方が大きいように見えたんだ。
「……んなことねぇよ」
「嘘。顔見たらわかるよ」
真っ直ぐ見つめれば、しばらく黙った後に降参するように息を吐いて目を逸らしたゼノ。
頬から手を離し、ゼノの両手を包み込む。
「ゼノ。何があったの?」
「……」
「言いたくないなら言わなくてもいい。だけど、一人で抱え込まないで」
思い返せば、ゼノが弱音を吐くところは一度も見たことがない。
それはベクターも同じことだけど、ゼノとは少し違うような気がしていて。
ベクターは本当に苦しい時は素直に休むタイプに見えるけれど、ゼノはどちらかと言うと苦しい時ほど自分を追い込んでいってしまうタイプのような気がする。
弱音を吐かず、一人で抱え込んでどんどん追い込まれて。その結果爆発してしまって、悪循環に陥ってしまうんじゃないだろうか。
私もあまり弱音を吐きたくないタイプだから、余計にそう思うのかもしれないけれど。
今のゼノは、少し危険だ。
「……手も冷たい。震えてる。怖かったんだよね、ゼノ」
ゼノの手はものすごく冷たくて、今にも凍えてしまいそうなほどで。それを温めるように息を吐き手でさする。
「大丈夫。ベクターは無事だよ。ゼノの応急処置が良かったって。だからそれ以上自分を責めないで」
真っ直ぐにゼノの目を見つめると、次第にその瞳が揺れ始める。
……だけど。
「……勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
「……ゼノ」
「もう戻れ。悪いけど、少し一人にしてくれ」
ゼノは、私の手を振り払うようにして扉を閉めてしまう。
「ゼノ……」
……ゼノを怒らせてしまった。そう気付いた時にはもう遅くて。
どう声をかけるのが正解だったのだろう。いや、声をかけないことが正解だったのだろうか。
だけど、あんなゼノの表情を見たら放っておくなんてできなかったから。
じゃあ、どうすればよかったのだろう。
どうすればその心に寄り添えたのだろう。
そのまましばらく、何も聞こえなくなった扉をじっと見つめ続けることしかできなかった。
*
どうしたらいいかがわからないまま、私は再びベクターの部屋にいた。
ベッドの横に椅子を置き、そこに腰掛けてベクターの手を包み込む。
凍えそうなほどに冷たかったゼノの手とは反対に、ベクターは温かい。その温度差が皮肉にも"彼ららしい"と思ってしまった。
「無事で良かったよ……」
治癒魔法をかけてもらったとはいえ、かなり深かったためまだ傷口は完全には塞がっていない。足には包帯がぐるぐる巻きにされていて痛々しい。どれくらい眠るのかがわからないけれど、しばらく目を覚まさないだろうとトーデンさんも言っていた。
心配には変わりないけれど、寝息が穏やかで安心する。悪い夢を見ていないといいのだけど。
そのまま気が付けば私も眠ってしまっており、目が覚めるとベクターがゆっくりと私の頭を撫でていた。
「……ベクター?」
「ん、おはよう」
「っ! ベクター!」
慌てて起き上がり、ベクターに抱きつく。
「もう! 心配したんだから!」
「ごめんごめん。ちょっとしくじっちゃったよ」
「……痛いところは? 平気?」
「うん。包帯を見て自分でも驚いたけど、見た目より全然平気。もう痛くないよ」
「そっか、良かった……」
そのまま私はジェーンさんたちに声をかけにいき、水を持ってベクターの元へ戻る。
ジェーンさんとトーデンさんが安心したように話しているのを見て、私は水だけ渡して部屋を出た。
ベクターの部屋の隣、ゼノの部屋を見つめる。
時間は早朝だ。いつも起きる時間より早いけど、隣で騒がしくしているからベクターの目が覚めたことはゼノも気が付いているだろう。
だけど、出てくる気配は無い。
やっぱり気にしているのか。声をかけに行きたいけれど、また昨日みたいに拒絶されてしまったら。
そう思うと迷ってしまって、部屋の前で無意味にうろちょろしてしまう。
……すると。
「……お前、そこで何してんだ」
ゼノが突然部屋の扉を開けて、歩き回っている私を怪訝そうに見つめてきた。
「あ……ゼノ! あの、ベクターが目を覚ましたから……」
「あぁ、知ってるよ」
あまり眠れていないのだろうか。首を数回回して眉を顰めるゼノを見ていると、昨日手を振り払われたことを思い出してしまいいつも通りに話せない。
「……っ、昨日はごめんね。じゃあ、私部屋に戻るから……」
そのまま逃げるように部屋に戻る私に、ゼノの焦ったような声が聞こえたような気がしたけれど。
それを無視して、扉を閉めてベッドに潜り込んだ。
「怒らせて……逃げて……私、最低じゃん……」
結局、仕込みギリギリの時間になるまで部屋から出ることはできなかった。




