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ベクターとゼノ②

 ベルン伯爵領までの道のりは、驚くほどに何もなかった。


 さっきのような魔獣にまた襲われたらどうしようと思っていたけれど、出会すこともなく。


 再び喉が渇き始めた頃にたどり着いた、大きな扉とどこまでも横に続く高い塀。


 まるで城門のような佇まい。その前には門番のように立つ鎧を着て槍のようなものを持つ男性が二人。


 ……うすうす感じていたけれど、私ってもしかして。


 別の世界……みたいなものに、迷い込んでしまったのだろうか。


 パラレルワールド?異世界?いや、死後の世界?


 なんにせよ、漫画や小説では見たことがあったけれど、まさか本当にこんなことが起こるなんて。


 だけど、そう考えると今までのこと全ての辻褄が合うような気がして目眩がした。



「ベクターとゼノじゃないか。任務の帰りか?」


「あぁ」


「その娘は? 見ない格好だが」


「任務の帰りに拾ったんだ」



 当たり前のようにそう言って城門を潜り抜けようとするゼノさんに困惑していると、ベクターさんが後ろから



「魔獣に襲われていたところを助けたんだよ。よそからやってきて荷物も行くあてもないようだから、ひとまず我が家へと思って」


 とフォローしてくれる。



「そうか。気の毒にな」



 門番さんは眉尻を下げながら私たちを見送ってくれて、頭を下げてから街の中に入って少し歩く。


 するとそこには、門の向こうの草原が嘘のように綺麗な街並みが広がっていた。


 西洋風とでも言えばいいのか。レンガ造りの建物が多く、道も広く石畳で舗装されていて歩きやすい。


 車はやはり無いらしく、その代わりに馬車のようなものが走っているのが見える。


 車という単語が通じないのも当たり前だと思うと、また目眩がしそうだ。



「よぉゼノ。ベクター。おかえり」


「あぁ」


「ただいま」



 二人は街を歩くだけでたくさんの人たちから話しかけられていた。



「ベクター! ゼノ! 任務の帰りか!? 怪我してねぇか!?」


「大丈夫だよ。俺たちを誰だと思ってんだ」


「いくらお前らが強いからって、魔獣退治は楽じゃねぇからな! あとで宿屋によるよ!」


「わかった」



 顔が広いのか、市場を通った時もお店の人たちからも話しかけられて返事をしているようだった。



「あの。お二人は有名人なんですか?」


「あ? なんだそれ」


「だって、ベクターさんもゼノさんも、たくさんの人から話しかけられているから」


「別に、家が宿屋をやってるから顔が広いだけだ」



 ゼノさんの言葉にそれもそうかと頷く。



「そういえば、任務って?」


「僕たちは冒険者として生計を立てているんだ。ゼノと二人でパーティーを組んでいてね。ギルドに依頼されている任務をこなしてお金を稼いでいるんだよ」


「へぇ……」


「その一つが魔獣退治。今回の任務も、国境付近に魔獣が出たって聞いて、二人で行ってきた帰りだったんだよ」


「そうだったんですか。ベクターさんは魔法で、ゼノさんはその剣で?」



 ゼノさんの剣を指差すと、ゼノさんの代わりにベクターさんが頷いてくれた。


 冒険者とか、ギルドとか。本当に私はファンタジーの世界に迷い込んでしまったようだ。



「そんなことより、さっきからその"ゼノさん"ってのはなんだ」


「え?」


「さん付けすんな。ムズムズして気持ち悪ぃ」


「き、気持ち悪い……!?」



 心底嫌そうな顔をするゼノさんに衝撃を受けていると、



「ゼノ! 言い方ってもんがあるだろう! ……リコちゃん。本当ごめんね。気にしなくていいから」


「は、はい……」



 ベクターさんが頭を抱えながらも、ゼノさんに何やら魔法をかける。



「っ!?」



 するとゼノさんは唇が上下くっついてしまったように開けなくなってしまい、声を出したいのに発することができずにもがいていた。



「これで少しは静かになるよ」


「あの……えっと、大丈夫なんですか?」


「大丈夫大丈夫。ゼノは悪気は無いんだけど、昔から口が悪くてね。無意識に相手を傷つけてしまうことがよくあるから、こうやって口を封じるのは珍しいことじゃないよ」


「そ、そうなんですか……」



 笑顔でゼノさんを見つめるベクターさんに、私の顔は引き攣る。


 ベクターさん、穏やかで優しい人だと思っていたけれど、もしかして怒るとかなり怖いのかもしれない。優しい人を怒らせたらいけないってよく言うもんね。気をつけないと。



「それより、僕もさん付けはやめてほしいな。できれば敬語も」


「え?」


「こうして出会えたのも何かの縁だからね。リコちゃんとは仲良くなりたいんだ。ゼノもそういう意味で言ったんだと思うよ」



 ……さっきの言葉のどの辺りにそんな意味が込められていたのかは不明だが。



「冒険者同士は基本呼び捨てだし、敬語もない。そっちの方が慣れてるんだ」



 ゼノさんをちらりと見るとなんだか気まずそうに目を逸らすから、あながち間違いではないのかもしれないと思ってしまう。


 だからって、"気持ち悪い"はどうかと思いますけど!?



「でも、お二人の方が年上では?」


「そういえば、リコちゃんっていくつなの?」


「二十一です」



 答えると、ゼノさんは驚いたように私に視線を送ってきて。



「じゃあ尚更僕たちに敬語なんていらないよ。僕は二十二。ゼノは十八になったばかりだから」


「……え、年下……?」



 まさか、ゼノさんよりも私の方が年上だったなんて。ゼノさんを見ると、同じことを思っているのか信じられないような眼差しを向けられる。



「ははっ、ゼノも同じこと思ってるな。リコちゃん、よく若く見られるんじゃない?」


「まぁ……良いのか悪いのか、たまに言われますね」



 保育士をしていたからか、元々童顔なのか、私は昔から実年齢よりも下に見られることが多い。


 でも、私も童顔かもしれないけれど、多分二人が大人っぽすぎるんだと思う。


 スタイルもいいし、顔つきも精悍。パッと見ただけなら五歳くらいは年上に見えるもの。



「ね、だから気にせず、呼び捨てで敬語もいらないよ。だろ? ゼノ」



 ベクターさんに促されたゼノさんはしぶしぶといった様子で数回頷く。


 二人の考えはわかったけれど、命の恩人をいきなり呼び捨てにするなんて本当に良いのだろうか。


 だけど、頑なに意見を曲げてくれなさそうな二人の表情を見たら、頷くしかなくて。



「……わかったよ。ベクター。ゼノ」



 恥ずかしい気持ちを堪えながら目を見て言うと、ベクターはにっこり微笑んでくれて。ゼノも、フッと口角を上げてくれたように見えた。







「さぁ、ついたよリコちゃん」


「ここが……」



 二人の案内でたどり着いたのは、これまたレンガで造られた大きな建物。


 それを見上げていると、ゼノがベクターの頭をバシンと叩き、唇を指差して早く魔法を解けと伝えているよう。



「なに、ゼノが悪いんだろ? いつも言ってるだろう。口が悪すぎるって」



 ベクターは呆れたようにシッシッと手で払おうとするけれど、そんな手をがっしり掴んで凄むように見つめるゼノ。


 ベクターは顔を引き攣らせながらも諦めたのか、



「わかったよ。ただし、リコちゃんにしっかり謝ること」



 とだけ言って魔法を解く。


 するとゼノはようやく口を開くことができて、



「あああああうっぜぇ! ベクター! お前ふざけんなよ!」



 と今にもベクターに殴りかかりそうな雰囲気。



「……もう一回口閉じようか?」


「……悪かったよ」



 だけどゼノもベクターには敵わないのか、すぐに謝ったかと思うと静かになって少し面白い。



「謝る相手が違うんじゃない?」


「……リコ。悪かった。気持ち悪いってのは……ほら、なんか慣れなくて落ち着かないって意味であって。別に本当に気持ち悪いわけでは……」



 ベクターに促されて私に謝るゼノがあまりにも必死で。なんだか園児たちを思い出して、吹き出すように笑ってしまった。



「……リコ?」


「ふふっ……ははっ! ……ふふっ、もう気にしてないよ、大丈夫。それより、ゼノってもっと怖い人かと思ってたけど、可愛いところもあるんだねっ」



 可愛いなんて言ったら怒られるかな?と思うけど、笑いが止まらなくてついつい言ってしまう。


 するとゼノはみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げて、



「っ……うるせぇっ!」



 と叫ぶように言ってそのまま宿屋の中に入って行ってしまった。



「あ……」



 やっぱり怒らせた……?


 ベクターを見てみると、



「ははっ! リコちゃんはすごいや。あのゼノを照れさせるなんて」



 と何故か楽しそうに笑っていて。



「僕たちも行こうか」


「うん」



 よくわからないまま、私はベクターに促されて宿屋の中に入るのだった。

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