お祭り②
ゴードンさんの口コミ効果によりとんでもなく忙しくなり私もアンナちゃんも必死にお客様を捌いていると、いつのまにかお昼を過ぎていたようでお祭りが本格的に始まったらしい。
中央にあるステージのような台では誰かの挨拶が始まっていて、そこにはたくさんの領地の人々が集まっている。
「アンナちゃん、あの人は誰なの?」
「あれは領主様だよ。この街で一番偉い人!」
「領主様!? そっか、そうだよね」
噴水の向こう側にはお城のような大きな建物が見える。今まで宿屋という狭いコミュニティの中でしか暮らしてこなかったからあまり実感は無かったけれど、この世界には貴族制度があるんだった。
きっと私には一生縁が無いとは思うけれど、肉眼で見れる距離にそんな領主様がいて挨拶をしているとなると何故か少し緊張してしまう。
顔もよく見えないし、マイクがあるわけでもないから声も聞こえない。だけど群衆の前の方は盛り上がっているから、お祭りの開会宣言でもしたのかもしれない。
色とりどりの紙吹雪が舞い、みんなが両手を上げて喜んでいる姿が目に入った。
「お祭り、始まったね!」
「うん」
「……リコ姉?」
「……ん? どうかした?」
「ううん、なんかさみしそうな顔してたから」
私のことを心配して顔を覗き込んでくれるアンナちゃんに微笑み、
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫! アンナちゃん、一緒にお祭り頑張ろうね! 楽しもうね!」
「うん! もう楽しいよ! あ、いらっしゃーい!」
浴衣を着たり、花火を見たり。そんな日本でのお祭りを思い出して少し寂しくなってしまったけれど、大丈夫なのは本当だ。
日本にいた頃には、自分がお祭りで出店を出すなんて考えたこともなかった。
忙しいし暑くて大変だけど、楽しいのもまた事実で。
「おいしい!」
「なにこれ!? 本当にこれが芋なの!?」
「あまーい!」
大人も子どもも、私が作ったもので目を丸くして喜んでくれている姿を見たら、私の心は勝手に満たされていく。
さっきまで有り余るほど芋があったのに、気が付けば露店の前には行列ができていて。
「リコ姉、芋待ちだよー!」
「はーい! もうすぐ揚がりまーす!」
ひたすら芋を揚げて、蜜を絡めて売り続けていた。
*
「リコ」
「リコちゃん」
「ゼノ! ベクター! おかえり!」
「ただいま。なんかすげぇ繁盛してんな」
「ちょうど良かった! 二人ともちょっと手伝って!」
任務から戻ってきたらしいゼノとベクターを無理矢理引っ張り、アンナちゃんの代わりに接客に入ってもらう。
「はいアンナちゃん! 揚がったよー!」
「はーい!」
私が揚げた芋をアンナちゃんが受け取って、蜜をあえて串に通して、それをゼノが渡してベクターがお金を受け取る。
無理矢理引っ張ったのに、二人は文句も言わずに普通に働いてくれてありがたい。
それくらい行列がすごかったのもあるけれど、おかげで少しずつ列が捌かれていってそのうち落ち着いていった。
「終わったー……」
「アンナ、もう疲れちゃったあ……」
「あんな速さで売れてたらそりゃ疲れるよ……。二人ともお疲れ様」
「味見してた時点で売れるのはわかってたけど、まさか完売するとは……リコの料理はすげぇな」
「みんなが手伝ってくれたからだよ。みんなありがとう」
なんと、用意していた大量の芋はものすごい勢いで売れていき、最終的にかなり早い時間に完売してしまった。
お祭りは夜まであるらしいものの、もう売るものがないため夕方の時点でお店を閉めることに。自分たちで食べようと思っていた分も売ってしまったから本当に何も残っていなくて、とりあえずみんなで何か食べに行こうということになった。
「ベク兄! アンナね、あっちにあるの食べたいの!」
「こらアンナ、待ちなって。リコちゃんがまだ片付けしてるだろ」
「でももうお腹すいたの! 何か食べたい!」
「いいよベクター、アンナちゃんすごく頑張ってくれたから、先に連れていってあげて!」
「ごめんリコちゃん、ありがとう。ゼノ、リコちゃんのこと頼んだよ」
「あぁ」
空腹に耐えかねたアンナちゃんとその保護者のベクターを見送り、油の処理だけはしてしまおうと片付けを進める。
ゼノもそれをわかっていたかのように返事をして、私が片付けているのを一緒に手伝ってくれた。
「ゼノありがと。でも手汚れちゃうよ? ここ油だらけだもん」
「いーよ別に。それに一緒にやった方が早い。リコだって腹減ってるだろ。早く終わらせて出店回ろーぜ」
「……ありがと」
油でギトギトなのに、手が汚れることも躊躇わずに手伝ってくれるのは申し訳ないと思いつつも本当にありがたい。
片付けはすぐに終わり、手を洗ってからゼノと一緒にお祭りを見て回ることにした。
朝から忙しく働いていたから、そもそもどんな出店が出ているのかもよくわかっていない。
「あ! リコ姉ちゃん」
「トアくん!」
どんなお店があるのか見て回っていると、トアくんが手を振ってくれて駆け寄る。
「こんにちは。さっきはお話できなくてごめんね。来てくれてありがとう」
「ううん、ダイガクイモ、すごいおいしかった!」
「本当!? 良かったあ」
トアくんは数時間前にミアちゃんとネネアさんと一緒に大学芋を買いに来てくれていた。
私が出店していると知り、絶対に行きたいと言ってくれたんだとか。
その時はちょうど忙しく混み合っている時間だったからまともに話もできなかった。だからこうして直接感想を聞けるのは嬉しい。
「ネネアさんとミアちゃんは?」
「今あっち並んでる。僕は並ぶの嫌いだから出てきた」
「ふふ、じゃあネネアさん戻ってくるまで一緒にいようか」
「うん!」
いくら近くにネネアさんがいるとは言え、一人でこの辺を歩いているのはさすがに心配だ。人も多いから迷子になってしまったら大変だもの。
ネネアさんも心配だったのだろう。ちらちらとトアくんを探している視線を見つけたから、手を振って一緒にいると伝えると安心したように頭を下げてくれる。
「ごめんゼノ。勝手に決めて」
「……いや、いいけど。こいつ、あの時の子どもか?」
「こいつとか言わないの。そうだよ。あの時の子。トアくんって言ってね、あれから何回か宿屋に遊びに来てくれてるんだよ」
トアくんを改めてゼノに紹介すると、ゼノはスッと腰をかがめるようにトアくんを見下ろすから、トアくんは怖がってしまって私の後ろに回り込む。
「ちょっとゼノ。怖がらせちゃダメでしょ!」
「あ? あぁ、悪い。俺はゼノ。事故の時、リコと一緒にいたんだけど覚えてねぇか?」
「……おぼえてる」
「ゼノもあの時助けてくれた一人だよ。怖くないから逃げなくても大丈夫。安心して」
笑顔で伝えると、おずおずと私の後ろから出てきてゼノの前に立つ。
「ゼノ兄ちゃん」
「おう、なんだトア」
そして真っ直ぐゼノを見ると、意を決したように爆弾発言を落とした。
「……ゼノ兄ちゃんはリコ姉ちゃんのコイビト?」
「……は?」
固まる私と、目を丸くするゼノ。だけどトアくんだけが真剣な眼差しで。
「教えてよ。ゼノ兄ちゃんは、リコ姉ちゃんのコイビトなの?」
「……ちげぇよ」
「違うの!? 良かった! じゃあ僕がリコ姉ちゃんとケッコンしてもいい!?」
「け、結婚!? トアくん、何を……」
「リコ姉ちゃん、僕ね、大きくなったらリコ姉ちゃんと結婚するから!」
今度は私を真っ直ぐ見つめて、真剣な顔でプロポーズをしてくれるトアくん。
まさか、こんな小さい子からプロポーズされるなんて予想だにしていなくて。
保育士時代にもなかった出来事に思わず狼狽える。
だけど、私以上に狼狽えていたのはゼノの方だった。
「おいトア、お前何言ってんだ」
「なに、コイビトじゃないならゼノ兄ちゃんにはカンケイないでしょ! リコ姉ちゃん、いいでしょ?」
「おいコラ勝手なこと言ってんじゃねーよ! 関係大アリだ!」
「どこが?」
「どこがって……」
「ほらカンケイないじゃん。ブガイシャはだまっててよ!」
「てんめぇ……」
「二人とも一旦落ち着こうか?」
わなわなと拳を握り始めるゼノをどうにか嗜め、トアくんと物理的に距離を取らせる。
「リコ! こいつはダメだ、俺が一旦躾けるからこっちに寄越せ!」
「リコ姉ちゃん! ゼノ兄ちゃんが怖い!」
「ああくそ! リコにくっつくな!」
「……」
……どうしてこうなった?
私を間に挟んでぐるぐる回って追いかけっこをする二人に、私はため息しか出ない。
大人気なく子どもと本気で言い合っているゼノもゼノだし、そんなゼノを思いっきり煽っているトアくんもトアくんだ。
なにがどうなってこうなってしまったのか、よくわからないまま私はとにかく早くネネアさんが来てくれるのを待ち続ける。
「リコさん! ……トア!?」
しばらくしてネネアさんがミアちゃんと一緒に現れた頃には、ゼノとトアくんがガミガミ言い合っていて私は一人で壁際に座り込んで。
「あ、ネネアさん。あの、助けてください……」
私はすっかり疲れ切ってしまっていたのだった。
*
「そんなことが……お二人とも、ご迷惑をおかけして申し訳ございません……! トア、ちゃんと謝りなさい!」
「なんで! 僕はリコ姉ちゃんとケッコンしたいって言っただけだよ!」
「それが問題なんでしょう!? リコさんの気持ちは考えたの!? トアの気持ちだけ押し付けたって、結婚はできないのよ!?」
「押し付けなんてしてないもん!」
ネネアさんに助けを求めると、すぐにトアくんのお説教タイムが始まってしまった。
「ゼノ、トアくんにちゃんと謝って」
「なんで俺が……」
「ゼノ」
「……トア、悪かったよ。お前がリコのことが大好きなのはよくわかった。でもリコはそう簡単にはやらねぇからな」
「ふんっ! ゼノ兄ちゃんなんてキライだ!」
「こらトア!」
トアくんとゼノにも仲良くしてもらいたかったのに、どうやら二人は犬猿の仲の様子。その原因が私にあるというのが問題だけど、どう解決したら良いものか。
「……トアくん。結婚したいって言ってくれてすごく嬉しいよ。ありがとう」
「じゃあ、僕とケッコンしてくれる?」
「んー、そうだなあ、私はトアくんのこと大好きだけど、結婚ってなると話は別なんだよ。だからトアくんが大きくなったら結婚するとは今は言えないの。ごめんね。だけど、すっごく嬉しかった」
そう答えて両手を広げると、トアくんは残念そうな表情をしつつも私の腕の中に飛び込んできてくれた。
「……僕、リコ姉ちゃんにケッコンしたいって思ってもらえるようにがんばる」
「うん。楽しみにしてるね」
そのままぎゅう、っと抱きしめていると、ゼノが横から
「おらトア、くっつきすぎだ」
とトアくんを私からベリっと引き離して。
「あぁ! ゼノ兄ちゃん何すんの!」
「何って、祭りだろーが。リコは腹減ってんだよ。おら、リコの喜びそうなもの探しに行くぞ」
そう言ってトアくんを持ち上げて、肩車をして歩き出す。
「ミアも! ミアもー!」
後ろからミアちゃんがゼノを追いかけていって、ゼノも
「お? わかったわかった。交代でやるから。ほら手出して」
とミアちゃんとも手を繋いで二人連れて歩き出す。
「……リコさん、本当ごめんなさい。トアったら、最近リコさんのことが大好きすぎてあんなことを……」
「いいんです。嬉しいのは本当ですし。ただ、どう答えるべきなのか、あれで合っていたのかはわからないんですけど……。トアくんのこと、傷つけちゃいましたかね」
「いえ、はっきり言ってくださってむしろありがたいです」
ネネアさんがそう言ってくれると救われるような気がする。
ゼノとトアくんの後ろ姿を見ていると、さっきまであんなに言い合いをしていたのに今は私の食べるものを探すためにああでもないこうでもないと騒ぎ始めている。
ミアちゃんも負けじとそこに参加していて、今度は三人で言い合いを始めてしまって面白い。
その姿がなんだか兄弟みたいで。可愛くて笑ってしまった。
結局その後、たくさんのお店を回り両手いっぱいの食べ物をゲット。誰が選んだのが一番おいしかったか、なんてトアくんが張り切ってゼノと勝負しようとするものだから、純粋においしく食べたかった私は二人に振り回されっぱなしだった。
ベクターとアンナちゃんと合流する頃にはみんな疲れ切っていて、特にトアくんとミアちゃん二人を交代で肩車していたゼノはぐったりしていた。
「みなさん、たくさん遊んでくださってありがとうございました。二人ともちゃんとありがとう言いなさい」
「リコ姉ちゃんありがとう! また遊びに行くね!」
「リコねーちゃん、ゼノにーちゃん、ありがとう!」
「二人ともまたね! ネネアさんも気を付けて!」
暗くなる前に帰っていく三人を見送り、四人で宿屋にへと向かう。
「明日の仕込みは?」
「あとでやる……もうお芋届いてるかな?」
「多分な。今日はみんな早く寝ないと明日キツイぞ」
「明日は二人とも任務はお休みだったっけ?」
「あぁ。だから朝から手伝ってやるよ」
お祭りは今日から三日間。明日からも出店は続くのだ。ゼノとそんな話をしながら宿屋に戻ると、大量のお芋とはちみつが届いていてその仕込みに明け暮れる。
お祭りって、こんなに大変なんだ……!
それからの二日間も朝から忙しく働いて、連日完売という嬉しい悲鳴と溜まりに溜まった疲労により、みんなその後丸一日倒れるように寝込んでしまったのだった。




