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気になる存在

*


 それから三日が経過した夕方。



「リコさん」


「ネルソン卿! お帰りなさい!」



 ネルソン卿と騎士団の面々だろうか、武装した男性が五人宿屋にやってきた。



「彼らがお礼を言いたいと騒ぐものですから、連れて来てしまいました。突然申し訳ない」


「いえ、みなさんご無事のようでよかったです」



 本当は全員来たいと言っていたらしいものの、宿屋に迷惑だからと半分だけ来たそうだ。


 騎士団の方々はみんな口々においしかった、力が出たと言ってくれて私も口角が上がる。



「追加で用意してくださったオニギリもすごくおいしかったです。付与魔法がかけられているんでしたよね。そのおかげで疲れ知らずで助かりました」


「良かったあ。実は、余計なお世話だったかなと思って少し反省していたんです」


「そんな、本当にありがたかったですよ。そもそも本当はリコさんはお休みの日だったと伺いました。ご迷惑をおかけしました。本当に助かりました。ありがとうございました」


「そう言っていただけると私も助かります」



 本当はそのまま宿屋で少し休んでいってもらっても良かったものの。すぐに伯爵様に報告にいかなければならないとのことで、騎士団の面々はそのまま帰っていった。



「良かったな」


「っ、ゼノ」


「なんだ? そんな驚いたか?」


「ううん、大丈夫。それよりゼノもありがとうね。たくさん気遣ってくれて」


「今さらだろ。ほら、晩飯食べようぜ」


「うん」



 あれ以来、ゼノのことが気になって仕方ない。


 今日も帰って来てすぐに私のところに来てお弁当の感想を伝えてくれた。



 "早く帰ってリコちゃんの顔見たいんだろうなと思うよ"



 ベクターがあんなこと言ったせいだ。これはベクターのせいだ。うん。


 そう思いつつも、気が付いたらゼノに視線が向いてしまう私がいて。



「……ん? なんだ?」


「ううん、なんでもない」


「変なやつだな」



 ジェーンさんが作ってくれた晩ご飯をみんなでテーブルに運び、いつも通りの席順で座る。


 なんだか左隣を意識してしまって、いつもおいしいご飯の味がよくわからない。



「……リコ、お前ここ何日か、なんか変だぞ?」



 とうとう本人にそう言われてしまい、恥ずかしくて目を逸らす。



「そんなことない」


「そんなことある」


「ない!」


「ある!」


「もう! いいから食べよう!」


「……」



 ゼノは納得していなさそうだったけれど、私がパクパクとご飯を食べ始めたから黙るしかなかったらしく。


 そんな私たちをアンナちゃんは不思議そうに眺めていて、その隣のベクターはニヤニヤしながら見つめてくる。



「ベクター」



 たまらず呼ぶと、



「ん? どうしたの?」



 笑いを堪えたようにそう言ってくるから、キッと睨むととうとう笑い出す。


 今度はそんな私たちをゼノとアンナちゃんが怪訝そうに見つめてきて。


 どこか落ち着かない空気の中で、私はひたすらご飯を食べ進めていた。


 その日の夜。



「リコ姉」


「ん?」


「リコ姉とゼノ兄、ケンカでもしたの?」


「え!?」



 ベッドに入る時にアンナちゃんにそう聞かれて、言葉に詰まった。



「最近のリコ姉、ゼノ兄とあんまりお話ししないから」


「ち、違うよ。全然ケンカなんかしてないよ」


「ほんとう?」


「うん。だから心配しないで」



 アンナちゃんにいらぬ心配をかけさせてしまっていたなんて思っていなくて。


 意識しちゃうとか、そんなこと言ってる場合じゃないなと気付かされる。


 そうか、喧嘩しているように見えてしまうのか。


 安心したように寝息を立て始めたアンナちゃんの可愛らしい寝顔を見て、余計な事は考えないようにしようと心に決めた。


 タイミングが良いのか悪いのか、ベクターとゼノは翌日早朝から任務に出ていって、二日ほど帰ってこないらしい。


 いつも通りを意識しつつ、お弁当とおにぎりをいくつか渡して見送るとアンナちゃんが



「今日はいつもの二人だね!」



 と言ってくれて私も安心した。


 それにしても、二日も二人がいないなんて。


 ここで暮らすようになって初めてだからか、少し寂しいと思ってしまう。



「リコ姉、さみしい?」


「え?」



 まるで心を読まれたかのようで、思わず狼狽えてしまう。だけどアンナちゃんの瞳が揺らめいているように見えて。


 ……あぁ、なんて私は自分本位なんだろう。



「さみしいね、アンナちゃん」



 その小さな身体をぎゅっと抱きしめると、アンナちゃんも私の首に腕を回してくれた。


 そのままアンナちゃんを抱っこして、ジェーンさんに声をかけてから外に出てみる。


 雲ひとつない晴天で、緑の香りを運んでくれる風が心地良い。



「天気がいいねえ。ピクニック日和だね」


「ピクニック? なにそれ」


「こういう天気のいい日に、お弁当を持ってお外でお話ししたり遊んだりしながら食べることだよ」


「え! アンナ、ピクニックしてみたい!」



 目をキラキラさせたアンナちゃんを見ていたら、私もだんだんピクニックに行きたくなってくる。


 それならお弁当を用意しなきゃ。どうせならジェーンさんとトーデンさんも誘いたいな。


 そう思いながらアンナちゃんと中に戻ろうかと話していると。



「リコ姉ちゃん!」


「……トアくん! ミアちゃん!」



 少し離れたところから走ってくる小さな影が二つ。


 それは、あの馬車の事故の時に助けたトアくんと妹のミアちゃんだった。



「今日は二人で来たの? お母さんは?」


「お母さんは仕事に行った! 前にリコ姉ちゃんにもらったプリンがおいしかったから、今日はミアと二人で行ってみようと思って……」



 子どもの足だとかなり遠く感じるだろうに、プリンのために頑張って歩いてきてくれた二人を宿屋の中に通して椅子に座ってもらう。


 お茶を飲ませて、ごくごくと喉を鳴らしている姿を見てふと思い立った。



「そうだ。ねぇトアくん、ミアちゃん。今から一緒にピクニックに行かない?」


「ピクニック?」


「お弁当とプリンを持って、お散歩ついでにお外で一緒に食べない?」



 そう誘ってみると、さっきのアンナちゃんと同じく目をキラキラさせて



「行きたい!」



 と言ってくれる。



「じゃあ決まり! 準備するからちょっと待っててね!」



 トーデンさんとジェーンさんにも声をかけて、みんなでピクニックに行くことに。


 急いでお弁当を作って、プリンを人数分持ってレジャーシートがわりにいくつかタオルを持って出発した。


 しかし。



「リコ姉、ピクニックってどこでするの?」


「……あ」



 そういえば、私はまだこの辺のことほとんど知らないんだった……。


 言われて初めて、ピクニックをする場所すらも思いつかないことに気が付いた。



「もー! ベク兄は忘れんぼうでゼノ兄は怒りんぼう! リコ姉は普通だと思ってたのに慌てんぼうさんだったの!?」


「ご、ごめん……つい……」



 ぷりぷりと怒るアンナちゃんに謝りつつ、



「もう! アンナが連れてってあげる! 行くよ!」



 私の代わりに先頭に立ったアンナちゃんに引き摺られるように足を進めること十分ほど。


 たどり着いたのは少し開けた芝生で、色とりどりの花が咲いていてとても綺麗な空間だった。



「綺麗……!」


「でしょう!? アンナ、こういうところ詳しいんだから!」


「すごいねアンナちゃん!」



 得意気に微笑むアンナちゃんを褒め称えながら、早速ピクニックのためにタオルを敷いてお弁当を置いて、みんなで腰を下ろしてご飯にする。


 トアくんとミアちゃんはお弁当は初めてで、ぱちぱちと瞬きしながらおかずを見つめていた。



「トアくん、ミアちゃん、どうぞ召し上がれ」



 フォークを渡すと、アンナちゃんが食べ始めているのを見て恐る恐るという感じで一口口に入れる二人。


 前にプリンを初めて食べた時と同じで、今日も目を見開いて驚きながらすぐにまた一口、また一口と食べ進めてくれてホッとする。


 胸を撫で下ろしていると、私もお腹が空いてきてみんなで一緒にたくさん食べた。


 食後のデザートにプリンも完食して、すぐにアンナちゃんはトアくんとミアちゃんを誘って芝生の上を走り始める。


 食後すぐにあんなに走れるなんて子どもはすごい。ジェーンさんとトーデンさんとそんな話をしながら、仕事の話やお弁当の話をたくさんした。


 芝生の上に寝転がって、雲ひとつない空を見上げる。



「気持ちいい……」



 思えば、この世界に来てからこんな風にゆっくりと空を見上げることなんてなかった。


 毎日が必死で、がむしゃらで。とにかく自分の存在を認めて欲しかったんだと思う。


 だから、こうしてゆっくりとした穏やかな時間が久しぶりすぎて心が洗われるような気がした。


 アンナちゃんとトアくん、ミアちゃんはすっかり打ち解けて仲良くなったらしく、走り回りながら遊んでいるらしくゲラゲラ笑っている声が聞こえて癒される。


 あのまま、トアくんのトラウマが少しでも良くなるといいなあ。


 そう願わずにはいられない。


 ピクニックが終わる頃にはアンナちゃんとトアくんとミアちゃんは疲れ切っていて。


 三人それぞれがトーデンさんとジェーンさんと私におんぶされて、ぐっすりと寝た状態で帰ってきた。


 二人のお母さんへの連絡手段が無く、どこで働いているのかもわからないためひとまず宿屋で寝かせることにして、ジェーンさんが三人を見てくれている間に唯一お母さんの顔を知っている私が一人で宿屋から出てお母さんを探しに行く。


 馬車の事故があった場所からそこまで遠くないところに住んでいると聞いたことがあったため、そっち側を目指して歩いていく。


 すると、やはり二人を探しているお母さんを見つけて宿屋に案内することに。



「本当にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ございませんっ……!」


「いえいえいえ! 連れ回してしまったのは私なのでどうか謝らないでください! トアくんもミアちゃんもどうか叱らないであげてください。プリンが食べたいと言って宿屋まで二人で歩いてきてくれたんです。それが嬉しくて。勝手なことをしてしまってすみませんでした」


「そうだったんですね。ありがとうございます……!」



 お互い謝りつつ、お礼も言いつつ。二人のお母さん、ネネアさんと仲良くなりながら宿屋に着くと、まだ三人とも爆睡していてその寝顔を見て笑ってしまう。


 一時間くらいしてようやく二人が起きた後は、やっぱり勝手に家を出歩いたことへのお説教が待っているらしくネネアさんに半強制的に連れて帰られていく姿を苦笑いしながら見つめ。


 アンナちゃんを部屋で寝かし、私はジェーンさんとトーデンさんと仕事に戻り慌ただしく動く。


 今日もたくさんのおにぎりの予約が入り、忙しくなりそうだとエプロンの紐をキュッときつく締めなおした。

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