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おにぎらず

 三日後。


 私は早朝から起きて、張り切って十人分のおにぎらずを作っていた。


 海苔はどこから仕入れたのかノルウェンさんが用意してくれて、容器はエクリルさんが徹夜で作ってくれたらしい。本当にありがたい。どちらも昨日のうちにノルウェンさんが持ってきてくれたため今日は時間までにひたすら作るだけ。


 おかずも昨日のうちにできるかぎり仕込みしておいたため、出来上がりをイメージしてお米に乗せていくだけだ。


 エクリルさんに容器と一緒に注文しておいたバッドのように加工してもらったものにパリパリの海苔とお米を敷く。その上にレタスとキャロットラペ、それから牛肉の塩焼きを乗せて。カットしたゆでたまごに、レタスをもう一枚。最後にまたお米と海苔を乗せて、手で包みぎゅうぎゅうにして形を固定する。


 やっぱり包む用の紙があった方がいいかもと思いつつ、保護魔法と付与魔法も忘れずにかけてから包丁で半分にカットすれば完成だ。



「できた……」



 容器に詰めると断面も綺麗にできていてホッとする。これを、あと九人分だ。


 祈りを込めながら丁寧に作っている間に、ジェーンさんやトーデンさん、アンナちゃんも起きてきて朝の仕事を始めて。


 賑やかになった厨房で、急いで全部を作り上げた。



「おはようございます」


「ネルソン卿! おはようございます!」


「少し早かったでしょうか」


「いえ、今お持ちしますね!」



 約束の時間の少し前に来てくれたネルソンさんに、十人分のおにぎらずを渡す。



「こちらは?」


「こちらは普通のおにぎりです。任務も数日に渡るとお聞きしたので。少しでも食べ物は多い方が良いかと思って」


「助かります。ありがとうございます!」


「いえ。みなさんのお口に合うと良いのですが」



 時間が余ったため、おにぎりもたっぷりと作っておいた。これで少しでも力が沸いてくれることを願って。



「このお礼はいずれ必ずさせていただきます。ありがとうございます」


「気にしないでください。気を付けて行ってきてくださいね」



 少し多すぎるくらいのお金を置いていってくれたネルソン卿を見送ると、さすがに早朝から動いていたため一気に眠気が襲う。



「リコ、はよ」


「ゼノ。おはよ」


「少し寝てこいよ」


「……うん、そうしようかな」



 頷いたものの、アンナちゃんももう仕事をしているし一人で眠るのか……と少し不安になる。



「……一緒に寝てやろうか?」


「……えっ!?」


「冗談だよバーカ。早く寝てこい」


「……もうっ」



 変なこと言うから、びっくりしてドキドキしちゃったじゃない。


 ニヤッとして私の頭を撫でてから厨房に向かうゼノを見つめていると、ベクターがやってきて



「あいつも素直じゃないからね。リコちゃんがちゃんと眠れるか心配なんだよ」



 と同じように頭を撫でてから去っていく。


 その言葉に少し笑ってから、私も部屋に戻って休むことに。


 ベッドに横になって目を閉じると、あっという間に意識が深いところへ落ちていった。


 しかし。


 ふと目を開けた時、



「リコせんせー、あしいたいよお」



 ……あの日の子どもたちの姿が目の前にあり、ドクンと心臓が脈打つ。



「あ……」


「せんせー! あーしー!」


「う、ん。わかったよ。今見にいくね」



 急いで駆け寄り、痛いと言う足を見る。


 ……ダメ、そんな時間はないの。早くこの子を抱っこして、急いで信号を越えないといけないのに。


 事故に遭う数分前。ここを乗り越えれば、少なくともこの子達が事故に遭う危険を逃れられるのに。


 それなのに、身体は動いてくれない。



「少し疲れちゃったかなあ。ゆっくり行こうね」



 あの時と同じ言葉が勝手に口からこぼれて。



「えぇー……やーだー」


「ふふ、じゃあせんせいと手繋ごうか」


「うん!」



 あの時と同じ並びで、進んでいく足。


 ダメ。ダメだよ私。そのまま進んだらダメ。せめて、少し止まって。


 そう願うのに、無情にもあの日と同じように信号前に差し掛かってしまう。



 ダメ……お願い!やめて!止まって!行っちゃダメ!



 そう、思った時。



 ——リコ、ゆっくり深呼吸しろ。


 ……え?


 ——リコ、大丈夫だから。一人じゃない。一緒にいるから。



 柔らかな、だけどぶっきらぼうな声が聞こえてきたような気がして。


 子どもと繋いでいるはずの手が、大きな手に包まれたような錯覚がした。



 ——そう、落ち着いて。怖かったな。もう大丈夫だから



 その優しい声に、縋り付きたくて。


 繋がれた手を、頬に寄せる。


 すると夢の世界がぐにゃりと歪み、ぐるりと反転して目が覚めた。



「ん……」


「……リコ?」


「ゼ、ノ……?」


「あぁ。すごいうなされてたぞ。またあの夢か?」



 ゆっくりと頷くと、少しずつ意識がはっきりしてくる。


 ゼノを見ると、その両手で私の手を包み込んでくれていた。だから夢の中で子どもの手が急に大きく感じたのか……。



「ゼノ。ありがとう」



 きっと、私がちゃんと眠れるか心配して来てくれたんだ。


 ゼノがいなかったら、私はまたあの事故を繰り返していたかもしれない。


 そう思ったらまた身体が震えてくるけれど、



「怖かったな。もう大丈夫だから」



 ゼノがそう言って抱きしめてくれるから、すぐに震えは止まった。



「リコちゃん? 目覚めた? 大丈夫?」



 少しして、ベクターが水を持ってきてくれて、二人とも私のそばにいてくれたんだと思うと申し訳なさとありがたさで胸がいっぱいになる。



「お水飲めそうだったら飲んでね」


「ベクターもありがとう」


「そういうのは気にしない。リコちゃんだって、アンナが同じことになってたら当たり前のようにこうするでしょ?」


「……それは、うん」


「僕らも同じ。だから気にしなくていいんだよ」



 私が気に病まないように笑ってくれる二人に、どうお礼をすれば良いのだろう。


 その後、少し二人に一緒にいてもらってから、出かけてくるというゼノを見送る。


 ベクターはもう少し私と一緒にいてくれるらしい。



「でも、さっきはびっくりしたよ」


「え?」


「ゼノがさ、"絶対にリコがうなされてるだろうから、ちょっと見てくる"って言って急にリコちゃんの部屋に走って向かったから」


「そうだったの……?」



 心配してくれていたのはわかっていたつもりだったけど、走ってまで来てくれていたなんて。



「最近のゼノ、すごく変わったよ。リコちゃんのおかげだね」


「そんな、私は何もしてないよ」



 むしろ、ただ迷惑をかけているだけのような……。



「じゃあリコちゃんの存在自体がゼノにいい影響を与えてるのかも。最近、任務中も生き生きしてるんだよ」


「そうなの?」


「なんていうか……今まではとりあえず任務をこなしてたっていうか、どこか無気力だったところがあって。でも最近は、ちゃんと集中してさらに強くなろうっていう意識が見える。あと単純に、早く帰ってリコちゃんの顔見たいんだろうなと思うよ」


「なっ……私?」



 なんで私の顔を?思わず赤面する私に、



「ははっ、リコちゃんはかわいいね。ゼノが夢中になるのもよくわかるよ」



 なんて、さらに追い打ちをかけてくるから意味もわからず顔が真っ赤に染まる。



「ベクター! からかわないでよ!」


「顔真っ赤! でも事実なんだけどなあ、リコちゃんは鈍感だね」



 ケラケラ笑って、私の頭を撫でてから



「僕もちょっと出かけてくる。何かあったらすぐにばあちゃんかじいちゃんに言ってね」


 とだけ言って部屋を出ていくベクター。



「……言い逃げって、ずるくない?」



 思わず呟いた文句に、しばらく顔の熱はおさまらなかった。

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