看病
*
——目が覚めた時、身体が重くてうまく動かせなかった。そんな中で開いた瞼の向こうには、見慣れてきた天井が少し霞んで見えた。
ここは……?
それが自室の天井だということを理解するまでに数分。その頃には頭がだんだん冴えてきて、身体を起こそうと力を入れた。
「っ……」
「……? リコ? ……リコ!」
「ゼノ……」
私が寝ていたベッドの隣には、ゼノが座っていた。
どうやら椅子に座りながら仮眠をとっていたようで、私が動こうとした物音で起きたらしい。
私が起きあがろうとしているのを見た瞬間に肩を抑えてきて、すぐに身体はベッドに戻されてしまった。
「急に起き上がるな! お前倒れたんだぞ! まだ寝てろ!」
「倒れた……?」
そういえば、どうしてここに。
確かエクリルさんのところにお弁当箱を注文しに行って、帰りに馬車に乗って……——!?
再びドクンと心臓が大きく脈打つ。
……そうだ。思い出した。
「……ほら、だからまだ寝てろって言っただろ」
途端に震え出す私を見て、ゼノは私に布団をかけてくれた。
「っゼノ、あの子は? あの男の子は無事なの?」
たまらず聞くと、ゼノは
「本っ当にお前は……」
どうしようもないとでも言いたげに頭を抱える。
「あの子は無事だから心配するな。人のことより自分のこと考えろよ。怪我もしてないのに倒れやがって。俺の寿命が何年分も縮んだじゃねぇか」
「ご、ごめん……」
呆れたように私のおでこを小突くゼノは、私が力無く謝るとすぐに
「……そうやって全部を間に受けるな。別に怒ってるわけじゃないから」
と少し困ったように励ましてくれる。
「あの二人は兄妹だったよ。兄の方が妹を守って轢かれたらしい。あの後すぐ母親も見つかって、家に帰っていったよ」
「そっか、良かった……」
「逃げた御者も、すぐに捕まってノルウェンさんに引き渡された。子どもを撥ねて逃げたんだ。それ相応の処分は下るだろうが、あとはギルドに任せることにしたよ」
「捕まったんだ。良かった」
ホッとしたらまた気が抜けてきて、震えもおさまり深いため息を吐いた。
「待ってろ、今水持ってくるから」
「……ありがとう」
お礼を告げると、安心したように口角を上げたゼノが部屋を出ていく。
そういえば、今は何時だろう。あれからどれくらいの時間が経ったんだろう。
戻ってきたゼノに聞くと、五時間ほど眠り続けていたらしく驚いた。
「ゼノがここまで運んでくれたの?」
「あぁ」
「重かったでしょ! 本当、ごめんね迷惑ばっかりかけて」
最近お弁当の試作の繰り返しで太ってしまった自覚はある。倒れただけでも迷惑なのに、さらにここまで運んできてくれただなんて。どうお詫びをすれば良いのか。
だけどゼノはまた呆れたように息を吐いて。
「迷惑でもねぇし! 重くもなかった! むしろお前は軽すぎだ! もっと食え!」
「えぇ……」
軽すぎるなんて、絶対嘘だ。だけど、そんなこと言ったら今度こそ怒られそうだから口をつぐむ。
「……そうだ! 大変!」
「今度はなんだ」
「明日の仕込み! お弁当とおにぎりのおかず作らなきゃ……」
よくよく考えればまだおかずも何も作っていないし、メニューを考えてすらいない。予約もいっぱい入っているはずなのに。どうしよう。
そう思って起きあがろうとするけれど、また肩を押されて許してもらえない。
「うるせぇ。仕込みはばあちゃんがやってるから気にせずお前は寝てろ」
「でも……」
「前から思ってたけど、リコは働きすぎなんだよ。休める時にちゃんと休め」
「……はい」
ぐうの音も出ない言葉に、私は頷くしかない。
「……んでリコ。本当に怪我はないのか。痛いとことか苦しいとこは」
「……何もないよ。大丈夫」
「んなわけねぇだろ。ぶっ倒れたんだぞ」
「それは……多分、あんな事故初めて見たから……」
嘘だ。確かに馬車での事故なんて初めて見た。だけど、本当はあの事故で自分が死ぬ瞬間を思い出してしまったからで。
あの時の痛みや苦しみが、まだ瞼の裏にこびりついて離れないんだ。
「まぁ、それはそうだろうが……」
「それに、その男の子も助かったんだし。もう大丈夫だよ。ごめんね、心配かけて。ここまで運んでくれてありがとう」
「……別に、お前がそう言うならそれでいいけど」
照れくさそうに視線を逸らしたゼノに笑顔を向けるけれど、胸の奥ではうまく言葉にできないような不安が渦巻いていた。
翌朝、私は急いで起きて、ジェーンさんたちに頭を下げながら感謝した。
本当に仕込みは終わっていて、私が以前ジェーンさんに作り方を教えてほしいと頼まれたことのあるおかずが並んでいた。
「本当に助かります。ご迷惑をおかけしてしまって……」
「何言ってるの。迷惑なんて思ってないよ。リコちゃんのおかげで毎日宿屋は満室だし、予約も絶えないし、本当にありがたいんだから」
「ジェーンさん……」
ジェーンさんの励ましに心が温かくなるのを感じながらも、急いでお弁当とおにぎりを作る。
昨日エクリルさんから受け取ったお弁当箱は、ゼノが私を運ぶ時に一緒に持って帰ってきてくれたようで。
無事に明日からお弁当の販売を始められそうで安心した。
早速起きてきた冒険者たちにおにぎりを渡しベクターとゼノにお弁当を渡すと、ベクターが私の顔を覗き込んでくる。
「昨日は心配したよ。顔を見に行こうと思ったけど、あんまり人がいるのもどうかと思って遠慮したんだ。ゼノに嫌なこと言われなかった?」
「……お前は俺をなんだと思ってんだ」
心底嫌そうな顔でベクターを睨みつけるゼノに笑いながら首を横に振る。
「ベクター、私なら大丈夫。心配かけてごめんね。ゼノもずっとそばにいてくれてありがとうね」
ゼノにも改めてお礼を言うと、また照れたのかそのまま外に出ていってしまう。ベクターはそんなゼノに
「またあいつは……」
と呆れたような表情をしながらも
「リコちゃんがそう言うならいいけど。でも、本当に無理しないでね」
兄弟揃って同じことを言うものだから、また笑ってしまった。
*
それから十日ほどが経過したある日のこと。
「すみません……こちらに、リコさんという方とゼノさんという方はいらっしゃいますか……?」
仕入れから帰ってきたアンナちゃんが連れてきたのは、見知らぬ年上の女性。
「ゼノは今外出中です。リコは私ですが……」
どう見ても冒険者ではなさそうな細身のロングヘアの女性は、私が名乗り出ると安心したように息を吐く。だけどその顔には緊張が走っているようで私は首を傾げた。
「あなたが……。あの、先日は息子と娘を助けていただき、本当にありがとうございました!」
「え……?」
「ほら、あなたたちもお礼を言いなさい!」
女性の後ろには、どうやら幼い子どもが隠れていたようで。
女性に言われて初めて背中から顔を出した子どもたち。その二人に見覚えがあり、私は目を丸くしながらしゃがみ込んだ。
「あなたたち、この間の!」
「あ、あの……たすけてくれて、ありがと……」
確か、トアくんだ。
そしてそのトアくんの後ろにはあの時泣いていた女の子の姿もあり。
「おねーちゃん……ありがとう」
辿々しくも緊張した様子でお礼を言う二人に、私は思わず破顔する。
「こちらこそ。遠いところをわざわざ来てくれたのね。ありがとう。二人とも、怪我はもう大丈夫?」
こくんと頷く二人に微笑みを返すと、女性に向き直るように立ち上がった。
「なんとお礼を申し上げれば良いのか。本当にありがとうございました」
「いえ、私は何も。トアくんの元気な姿が見られて本当によかったです」
見たところ、傷跡ひとつ残っていないようで安心した。
「リコさんが必死に止血してくれたと聞いて、すぐにでもお礼に伺うつもりだったのですが……。遅くなり大変申し訳ございませんでした。実は息子が、外に出るのを嫌がるようになってしまって」
「そうですよね……」
治癒魔法で怪我は治ったとはいえ、心に負った傷までは癒えていないはず。
どういう経緯だったかはわからないけれど、馬車に轢かれて死にかけたんだ。外に出るとまた馬車が走っているかと思えば、怖くて家に引きこもってしまうのもよくわかる。
「二人とも、今日はすごく頑張ってここまで来てくれたんだね。ありがとう」
フルフルと首を横に振りながら女性の背中に隠れるトアくん。
そんなトアくんに、私は
「そうだ、トアくん、ちょっと待ってて」
といい、女性に甘いものをあげてもいいかと許可を取る。
快く頷いてくれて、急いで居住スペース側のダイニングに置かれているお皿とスプーンを三つずつ持ってきた。
「はい、トアくん。それと、妹さんとお母さんも。良かったら食べてください」
「私も……?」
「もちろんです」
「これ……なに……?」
「プリンっていうの。あまーくてとってもおいしいデザートなんだよ」
自分の祈りが魔法に変わると知ってから、保護魔法を自在にかけられるようになった。その結果、いろいろなものを作っている。
このプリンも、仕事が終わった後にみんなで食べようと思って作っていたものだ。少し多めに作っておいたから、三つあげてもみんなの分はある。
たっぷりのカラメルをかけてるから少し大人の味かもしれないけれど、大好きな固めにできた自信作だ。
プリンは初めて見たようで、スプーンを持ちながら凝視している子どもたち。
それなら、と思い、アンナちゃんを呼んできてみんなで一緒に食べることにした。
「リコ姉! これなに!?」
「プリンっていうんだよ。甘いから食べてみて」
「わーい!」
トアくん家族三人の前で嬉しそうにプリンを食べ始めるアンナちゃん。
一口食べて、
「おいしーい! なにこれ! すんごく甘い! 幸せ~!」
と顔を蕩けさせてくれるから、思わず笑ってしまう。
そんな姿を見た三人は、ごくりと喉を鳴らしてからスプーンを持つ手に力を入れて。
一口すくって、恐る恐る口へと運ぶ。
アンナちゃんとその様子を見守っていると、三人とも次の瞬間に目を見開いて。
そのキラキラとした瞳の輝きが、嬉しくて仕方ない。
「おいしい……! リコさん、これすごくおいしいです!」
「よかった。二人はどう?」
コクコクと頷いて二口目、三口目とどんどん食べ進めていく二人を見て、ホッとして息を吐く。
「毎日ではないんだけど、よくこういうおやつを作って食べてるの。二人ならいつでも歓迎するから、良かったら食べにきてね」
近い距離ではないから、なかなか頻繁には来られないだろうけど。でも、私の作ったものが少しでもこの二人の心の栄養になれたら。外に出るための、力に変わってくれれば。ほんの少しでも背中を押すきっかけになれたら。
これ以上嬉しいことなんて、きっとないだろう。
夢中で食べる二人の笑顔を見ながら、そう思った。




