事故
「リコちゃん、ただいま」
「ただいま」
「ベクター、ゼノ。おかえりなさい!」
数時間後。帰ってきた二人を出迎えると、二人ともすぐにお弁当の話をしてくれて。
「うまかった。特にあの芋と肉のやつが」
「僕はにんじんのやつと、やっぱりお肉かな。すごくおいしかったよ。ごちそうさま」
そのまま二人は自分たちでお弁当箱を洗ってくれて、乾かしてから部屋に戻っていく。
二人が喜んでくれて良かった。
二人が気に入ってくれたおかずをメモしておいて、明日からの参考にする。
しばらくいろいろなおかずを入れてみて、探っていこうと決めた。
それから一週間が経過したある日。
私はゼノについてきてもらって、再び工房に足を運んでいた。
「エクリルさん!」
「おぉ、リコちゃん。どうだい、オベントウバコの調子は」
「最高です! それで、追加の注文をしたくて来たんですけど……いいですか?」
「あぁ、息子も世話になってるリコちゃんの頼みは断れねぇなあ。よし、しばらく待っていなさい。今日はノルウェンじゃなくて若いのを連れてるんだな。じゃあその若いの、こっちきて手伝いなさい」
「え、俺?」
「そう、お前さんだ。暇そうだからな」
「……」
なぜかゼノはエクリルさんに指名されて、お掃除係に任命されたらしい。
「今日は忙しくて掃除にまで手が回らなかったんだ。だからちょうど良い人手だろ」
「それなら私もお手伝いします!」
と挙手したものの、エクリルさんは
「リコちゃんみたいなか弱い女の子に頼むわけないだろう。リコちゃんは座ってなさい。この若いのの働き振りによっては、値引きしてやらんこともないからな」
「……ずりぃぞ爺さん」
「はっはっは! これも商売の一環ってもんよ!」
ご機嫌そうなエクリルさんはその後集中してお弁当箱作りを始めてくれて。ゼノはぶつぶつ文句を言いながらも値引きのためにしっかり掃除をしている。
そんな二人の姿を見ていると、あくびが出てきて思わず噛み殺した。
「リコ、寝不足か?」
「ううん、ちょっと昨日お弁当のこと考えてたら寝るのが遅くなっただけ」
「そうか。無理はすんなよ」
「うん」
ゼノもベクターも、大概私には過保護なんだから。
少しの寝不足くらい、なんてことないのに。
それでも、心配してくれているのはわかるから今日は早めに寝ようと思う。
しばらく二人の様子を眺めていると、お弁当箱が二つ完成したようでエクリルさんが持ってきてくれた。
「さ、確認してくれ」
「ありがとうございます」
ツヤツヤした質感、ツルツルした触り心地、深みのある色味。全てが私の理想通りで、前回と全く同じもの。
「とっても素敵です! お金お支払いしますね!」
「あぁ、若いのもそれなりに働いてくれたから、一つ九十ベリーにしてやろう」
「え、いいんですか!?」
「もちろん。その代わり、贔屓にしてくれよ」
「もちろんです!」
お金を支払い、ほくほくした気持ちで工房を出る。
「お、リコちゃん」
「ソルダムさん!」
外に出たところで帰ってきたらしいソルダムさんに会い、ちょうど良いからと新商品の販売を伝える。
「ソルダムさん、新しいお弁当箱を作ってもらったので、明日の宿泊からお弁当販売できますよ」
「本当か!? じゃあ早速宿泊の予約を入れにいくよ! そのオベントウとやらとおにぎり両方買うことはできるか!?」
「もちろん。承ります」
「よっしゃ! 俄然やる気が出てきたよ! 親父ー! 明日俺いねぇからー!」
ソルダムさんはそのまま工房に入っていってしまい、私とゼノは顔を見合わせてから少し笑い、宿屋に向かって戻ろうと馬車に乗る。
新しいお弁当箱が嬉しくて、馬車で揺られている間もずっと手の中の包みを見つめてしまう。
ソルダムさん、お弁当を見たらどんな反応するかな。楽しみだなあ。
そう思いつつ、どんなおかずをいれようか考えていた時。
急に馬車が揺れて、馬が悲鳴を上げて止まった。
「なに!?」
「なんかあったみたいだな、ちょっと見てくる」
「私も行く!」
慌てて二人で外に出てみると、馬車の御者が正気を失ったように誰かに怒鳴りつけている。その視線の向こうには、小さな子どもが二人身を寄せ合って震えていた。
「どうしたの!?」
たまらずその子たちに駆け寄って抱きしめると、
「痛いっ……いたいよおっ」
男の子が涙声でそう言って泣き始める。
見てみると、男の子の足から大量に出血していてドクンと心臓が重く沈んでいく。
「トアっ……トアっ!」
「っっ……」
一緒にいる女の子が、トアと呼ばれた男の子を泣きながら抱きしめていて。
「お……俺は知らねぇからな! そのガキが勝手に飛び出してきたんだ! 俺のせいじゃねぇ!」
御者はそう叫ぶと、手綱を勢いよく引っ張り私たちを置いてその場から走り去ってしまう。
「おい! 待ちやがれ!」
ゼノがそう叫んで追いかけようとするけれど、とても追いつけるようなスピードではなかった。
「トア……死なないでっ……」
女の子の悲痛な泣き声と、流れる血。男の子の泣き叫ぶ声。それが、脳裏にこびりついた記憶を呼び覚ましていく。
大切な子どもたち。そこにやってくる、暴走車。
響く悲鳴。それを無我夢中で守ろうとした、自分自身を襲う痛み。
全身から汗が吹き出す。怖くて、痛くて、息が苦しくなって。
「——コ! リコ!」
「——っ!? っはぁっ……はぁっ……」
「リコ、大丈夫か!?」
「はぁっ……はぁっ……、うん、ごめん……っ、大丈夫……」
ゼノに肩をゆすられて正気に戻ったけれど、冷や汗は止まらないし身体の震えも止まらない。
今のは一体……。
肩で息をしていると、男の子の怪我が再び視界に映る。
……このままじゃダメだ。しっかりしないと。
だんだん意識が朦朧とし始めている男の子を見て、私は自分の頬を両手でバン!と叩く。
ヒリヒリとした痛みに、自分を奮い立たせる。
そして深呼吸をしてから、
「ゼノ! 誰か傷口の治療ができる人を呼んできて!」
とゼノに頼み、私は自分の着ているワンピースの裾を掴み、歯で噛みちぎるようにして布を裂いた。
「リコ! 何してんだ!」
「いいから! 早く人を! 急がないと手遅れになる!」
「くそっ……わかった! 待ってろ!」
ゼノが走っていったのを見送り、引き裂いた布を使って男の子の足の怪我の少し上辺りを思い切り縛る。
「いたいっ……! いたいよおっ!」
「ごめんねっ……少し我慢しててねっ……!」
「痛い痛い痛い! もうやめてっ!」
「痛いよね、でもとにかく止血しないといけないからっ……もう少し我慢して!」
傷口が深い。すぐにでも止血しないと、出血多量で命の危険もある。とにかく一分でも早く止血しないと。
再びワンピースを裂き、今度は傷口を塞ぐように抑える。すぐに真っ赤に染まる布。だけど、次第に出血が落ち着いてきたような気がして。
そんなタイミングで
「リコ! 治癒魔法が使える人を連れてきたぞ!」
と、ゼノが女性を一人連れて走って戻ってきてくれた。
「ゼノ! よかった……!」
「トア!? トアじゃない!」
「この子のお知り合いですか?」
「近所に住んでる子なんです!」
「そうでしたか。実は私たちが乗っていた馬車に轢かれてしまったようで、止血はしたんですが、私にはこれ以上の治療はできなくて……」
「大丈夫です! 任せてください!」
後から話を聞くと、その女性は近くに住んでいて偶然買い物に行くために外に出ていたらしい。そこをゼノが通りかかり、怪我人がいるから治癒魔法が使える人を、と言われて慌ててきてくれたそうだ。
女性はすぐに治癒魔法をかけてくれて、男の子の傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「すごい……」
縛っていた布を取り、骨に異常がないことも確認して。
男の子の顔色が少しずつよくなって呼吸が落ち着いていく姿を見ると、ようやく私も息ができたような気がしてその場に崩れ落ちた。
「リコ!」
「ご、めん……なんか、腰が……抜けて……」
そして、安心したのかフッと意識が遠のいていく。
「リコ! リコ! ——!」
ゼノが耳元で何か叫んでいるような気がしたけれど、もう起き上がる元気がなくて。返事すらもできなくて。
私は、そのまま倒れるように意識を手放したのだった。




