お弁当箱
翌日に、ノルウェンさんは帰っていった。
というのも、ノルウェンさんはこの数日間、ギルドには黙った状態で宿屋に寝泊まりしていたらしい。
「最初は調査と報告だけのつもりだったから、まさかこんなことになるとは思ってなくてな。さすがにそろそろ戻らないとまずいから、また工房の件の日程がわかったら来るよ」
と言い残して帰っていった。ちゃっかり調査対象のおにぎりを持って行ったあたり、仕事人間なのがよくわかる。
なんだか慌ただしい人だったなあと思いつつ、私はまた日常に戻る。
お弁当屋さん、もといおにぎり屋さんを始めて、既に一ヶ月以上が経過していた。
最初はベクターとゼノだけだったお客さんも、いつしか毎日何十個も注文の予約が入るくらいに増えてありがたい限り。
宿屋も大繁盛で、売上は右肩上がりで大忙しだ。
「リコちゃん! 明日の朝、二つ頼むよ! 鮭が好きだから中の具は鮭がいいなあ!」
「あー残念! 明日は鯖なんですー! またそのうち鮭用意するので、宿泊の際は教えてください!」
「くっそー! でも鯖も好きだからいいか! ガハハッ!」
おにぎりの具をリクエストしてくれたり、次回の宿泊の日程に合わせて先に予約をしてくれたり。冒険者同士のネットワークにより新しいお客様もどんどん増えていて、嬉しい悲鳴が続いている。
ノルウェンさんが最初に来た日に言っていた問題も、アドバイス通りに冒険者ギルドに案内を置かせてもらったり宿屋の前にもわかりやすく看板を置くことで解消されたらしい。
その案内や看板の設置にかかった費用は商業ギルド側が全額負担してくれて、申し訳ないくらいだった。
干し肉の需要もノルウェンさんの言う通り減ってはいないらしく、今のところそれ以上大きな問題にはなっていないらしく安心した。
そしてそれから五日後。
「リコ」
「ノルウェンさん。お待ちしておりました」
「あぁ。準備が出来次第行こう」
「はい!」
ノルウェンさんと一緒に工房に出向く日がやってきた。
一日でも早くお会いしたいと返事をした私に、先方が快く応じてくれたのだ。
工房まではノルウェンさんが手配してくれた馬車で一時間ほど。
人生で初めて乗る馬車は快適とは言い難い乗り心地だったけれど、同じ距離を歩くよりは断然楽だった。
「身体は大丈夫か?」
「は、はい。少しお尻が痛いくらいで……」
「リコの世界には馬車は無いのか?」
「馬車はありませんが、乗り物はいろいろとありましたね」
車に電車、自転車も。改めて考えると便利な世の中だったと思う。
「興味深いな。その話はまた今度聞かせてくれ。ひとまず工房に行こう。向こうに見える建物がそうだ」
ノルウェンさんが指差す方向には、大きな木造の建物。その入り口前にはたくさんの木材が置かれており、一目で工房だとわかる。
その木材の近くに男性が一人立っていて、ノルウェンさんは足早に歩いて行きその男性に話しかけた。
「エクリルさん」
「ん? おぉ、ノルウェンじゃないか。あぁ、もう約束の時間かい?」
「えぇ。こちらが以前お話ししたリコです。リコ、こちらが工房の主人、エクリルさんだ」
エクリルさんは、白髪混じりの初老の男性。重労働だからか、筋肉がすごくて少し強面に見える。だけど笑い皺があり、喋り方も穏やかそうでギャップが激しい。
「初めまして。リコと申します」
「初めまして。エクリルだ。好きに呼んでくれ」
「はい、エクリルさん」
自己紹介が終わると、早速エクリルさんは工房の中を案内してくれた。
「うわあ、道具がいっぱい」
中には大小様々なノミ、一人ではとても扱えそうもないくらいに大きなのこぎり。仕上げに使う用なのか、たくさんのヤスリも置いてある。
外にあった丸太や角材に加工されたものが山積みになっており、木の匂いが充満している。
さらに奥に進むと、小さいものの加工スペースなのか小さい箱や楽器のようなものまであって驚いた。
「すごい……」
「リコちゃんと言ったな。こういう工房は初めてかい?」
「はい。見たことないものばかりで圧倒されてます」
「ははっ、素直でよろしい」
私の返事に面白そうに笑ったエクリルさんは、今までに作った作品やそれに使う道具をいろいろと説明してくれる。
それを興味深く聞いていると、
「それで、リコちゃんが描いたという絵を見せてもらったよ」
と言って、私がギルドに預けていた絵を持ってきてくれた。
「オベントウバコと言ったか。改めて、どういうものなのかの説明を頼んでも良いか?」
「もちろんです」
今、お弁当としておにぎりを販売していること。いずれは、おにぎりだけでなくおかずがたっぷりのお弁当を作りたいこと。そのためにはお弁当箱が必要なこと。
サイズ感や質感まで求めているものをプレゼンすると、エクリルさんも私の話を興味深く聞いてくれた。
「なるほどなあ。料理を持ち運ぶ……確かに、今までは干し肉が主流だったからな」
「はい。それだけだと栄養面が心配で。今はおにぎりを大きい葉に包んでいますが、それだと限界があって」
「……わかった。ではまず、試作品を作ってみよう」
「いいんですか!?」
「もちろんだ。うちの息子も冒険者なんだ。栄養面が心配な気持ちはわかるからな。それに、こんなに小さくて精巧な加工はうちにしかできないからな」
そう言ったエクリルさんは、自信に満ち溢れた目をしていてとてもかっこいい。
この仕事に誇りを持っているのが、初対面の私でもわかる。
エクリルさんは四角く切られた木材を持ってきて、そこに印をつけてからノミで中をくり抜いていく。
待っている間に座っているようにと言われたけれど、私はその作っている様子が見たくて、わがままを言って側で見学させてもらった。
どんどん形が出来てきて、丁寧にヤスリがけをしてくれて。
そして、待つこと数時間。
「——どれ、こんなもんか」
「すごい! すごいですエクリルさん!」
エクリルさんが私の手に乗せてくれたのは、まさに私が思い描いていたお弁当箱だった。
楕円形で、蓋がついていて。中にはおかずとご飯を仕切る板までつけてくれた。
「フォークは既成のものがここに……ほら、あった」
「大きさもぴったりですね」
フォークを上に乗せて、ランチマットのような布で包めば完璧なお弁当だ。
綺麗にヤスリがけされたツルツルのお弁当箱を見ていたら、なんだか感動してしまって目に涙が滲む。
「あ、あの。これを十個ほど注文するとなったら、いくらくらいかかりますか!」
前のめりにエクリルさんに聞くと、少し考え込んで。
「そうだなあ。作業自体は難しくはないから、一個百ベリーくらいか」
一個百ベリー。十個で千ベリー。今のおにぎりの販売だけではなかなか厳しい数字だ。
本当はノルウェンさんが、費用はギルドが全て持つと言ってくれていた。だけど、やっぱりこういうものは自分で払いたい。それが職人であるエクリルさんに対する誠意であり、私の覚悟でもあるから。
「あの、まずはこのお弁当箱を買い取らせてください。それと、今からもう一つ同じものを作っていただくことはできますか?」
「今からか? また同じくらいの時間がかかるが……」
「はい。エクリルさんのご迷惑でなければ、私はいくらでも待ちます」
「そうか、わかった。じゃあ今度こそ向こうで座って待っていなさい」
「はい!」
ひとまず、二つあればベクターとゼノにお弁当を試してもらえる。
そこから少しずつ数を増やしていく方向で考えよう。
ノルウェンさんと話しながら完成を待っていると、不意に入り口の方から声が聞こえてそちらを振り向いた。
「親父! 中にいるのかー?」
親父?さっき言っていた冒険者の息子さんだろうか。
なんだか聞いたことがあるような声……。
そう思っていると、
「あれ? リコちゃんじゃないか。どうした? こんなところで」
頬に縦長の傷がある顔が、私を見て驚いたように目を見開く。
「ソルダムさん! どうしてここに?」
それは、以前ゴードンさんの紹介でおにぎりを買いに来てくれたソルダムさんだった。
「ここは親父の工房なんだ」
「……ってことは、エクリルさんはソルダムさんのお父さん!?」
「そうなんだ。んで、親父は?」
「あ……奥でお弁当箱を作ってくださっています」
「オベントウバコ……? なんだ、新作のおにぎりか!? いやでも親父が作るはずないし……」
困惑している様子のソルダムさん。
それにしても、まさかソルダムさんとエクリルさんが親子だったなんて。
確かによく考えてみれば、強面なところもガタイがいいところもそっくりだと思うけれど。
世間は私が思っているよりも狭いのかもしれない。
「リコちゃん、できたぞ。なんだソルダム、帰ってたのか」
「なんだじゃねーよ。親父こそ、リコちゃんと知り合いだったのか?」
「ついさっきな。ソルダムこそリコちゃんのことを知っているのか」
「あぁ、以前リコちゃんのとこのおにぎりにだいぶ助けられたんだ。うまいんだせ、リコちゃんのおにぎり」
「ほう、そうか」
私とノルウェンさんを挟むようにしばらく話していた二人だったけど、思い出したようにエクリルさんが私に完成したお弁当箱を渡してくれて手を出す。
「ありがとうございます!」
「なんだそれ。それがオベントウバコ?」
「はい。これに、お米とおかずを詰めるんです。それでこの蓋をして、布で包んで持ち運びできるようにしたくて。それでその加工ができる工房をノルウェンさんに紹介してもらってここに来たんです」
「そうだったのか」
ここに来た経緯を知ったソルダムさんは納得してくれたようで、
「じゃあ近いうちに新しいオベントウが買えるようになるってことだな!?」
と目を輝かせてくれていて。
「はい! 頑張るので、販売を始めたらまたソルダムさんも泊まりに来てくださいね!」
「もちろんだ! 買えるようになったらすぐ教えてくれ!」
早速予約の予約のようなものをゲットして、エクリルさんに二つ分のお金を払い。
また近いうちに新しいお弁当箱の注文をしに来ることを約束して、宿屋に帰る。
送ってくれたノルウェンさんにも改めてお礼を言って。
その日は夜遅くまでお弁当の試作に明け暮れたのだった。




