落ち人
ノルウェンさんはその後、予定通り数日間宿屋に寝泊まりして調査を続けていた。
魔法のことがわかったならそれで終わりだと思っていたけれど、どうやらまだまだ調べたい事があるらしい。
「保護魔法の持続時間も確認したいし、付与魔法の種類も書き出したい。それから——」
初日に作って渡していたおにぎりはまだ保護魔法が効いているらしく、ノルウェンさんの調査対象としてお皿に乗ったまま置かれておりなんとも不思議な光景だ。
それを見て頷きながらメモを取っているノルウェンさんの姿もまた、なんとも言えない光景だった。
ノルウェンさんは、最初に会った時はどこか無気力な人に見えていた。だけど実際はこんなにも熱量を持っている人だとわかって、正直驚いている。
まぁ、ギルドの管理長なんてすごい役職の人なんだから、少し考えればわかることだったけれど。
「そうだ。オベントウバコのことをすっかり忘れてたな」
「あ、そうですね」
「今話してもいいか?」
「もちろんです。お願いします」
ノルウェンさんによると、木材加工の工房と話がついて、一度会ってくれることになったらしい。
「近いうちに俺がリコを連れて出向くことになる。都合の良い時間を向こうと擦り合わせるから、後で教えてくれ」
「わかりました」
どうやら私の絵を見て話を聞きたいと言ってくれたよう。嬉しくて、俄然やる気が湧いてくる。
「——リコ。それはなんだ?」
「え?」
話が終わった頃。ふと何かを見つけたらしいノルウェンさんが指差す方に目を向けると、そこにあるのは私が書いた予約表。
「予約票ですよ」
「予約表? すまんが、よく見せてくれ」
「はい」
予約表なんて見てどうするんだろう。そう思って手渡したけれど、ノルウェンさんはそれを持って
「この文字はなんだ?」
と食い入るように見つめた。
「あ……それは、日本語です」
「ニホンゴ? それはどこの言葉だ」
「えっと……日本という国です。私の出身なんですけど」
「ニホン……ニホンなんて聞いたこともない国だな。どの辺にあるんだ?」
「どうでしょう……大体……東、辺りでしょうか……?」
「なんで俺に聞くんだ? お前の母国だろうが」
日本がどこにあるのかなんて、そんなの私の方が知りたいくらいだ。
ははは、とどうしようもなく苦笑いをしていると、今日は任務には行かずに休むと言っていたゼノが起きてきた。
「リコは別の世界からやってきたんだ」
「別の世界?」
「ニホンという国で生まれ育ち、ある日突然この世界にやってきたらしい」
「……それは本当か」
「あぁ。だからそのニホンという国がどこにあるのかは、リコが一番知りたいと思ってるはずだ」
「ゼノ、それは」
思わず口を挟む私を見て、ゼノはゆっくり頷く。その目が"大丈夫だ"と言ってくれているような気がして、それに私も頷き返した。
「……リコ、詳しく話を聞かせてほしい」
「はい。実は——」
そのままぽつりぽつりと、ノルウェンさんにもこの世界にやってきた経緯を話すことにした。
「——なるほど、リコは落ち人だったのか」
「落ち人? なんですかそれは」
「稀に違う世界からやってきたと言う人間がいる。そうやってこの世界に落ちてくるようにやってきた人間のことを、そう呼んでいるんだ。と言っても、俺も記録でしか見たことがないから実際に会うのは初めてだが。最初から言葉も通じていたんだろう? それは少なからずリコに魔力があるからだ」
——落ち人。
私が、そう呼ばれる存在だったなんて。
それよりも。
「私と同じようにこの世界にやってきた人が、以前にもいたということですか……!?」
「そうだ。だが、記録上だと言っただろう。かなり大昔の話らしく、俺も王立の図書館で数回呼んだ程度だ」
「王立の……図書館」
そこに行けば、私のような境遇の人の記録があるというのか。
「それは本ですか?」
「本と言うより、国史だな」
「国史……そこには、何が書いてあったんですか?」
「そうだな……。確か、リコのようにある日突然この世界に降り立って、その類稀なる魔力量から王国お抱えの魔導士となったと書かれていたな」
「魔導士……」
「あぁ。そしてそのまま王族と婚姻を結び、生涯をこの国で過ごしたと書かれていたはずだ」
……じゃあ、帰る方法とかは書かれていないのか。
それもそうだ。仮にそんな方法があったとしても、私は元々向こうの世界ではもう死んでいるんだ。
戻ることなんてできないだろうし、それを望むことすらできない立場なんだった。
改めてそれを突きつけられたような気持ちになり、お腹の辺りがズシンと重たく感じた。
「それにしても、リコが落ち人だとは。それならば保護魔法と付与魔法を自在に操れることにも説明がつくな。相当魔力が高いんだろう。これは欲しがる者がたくさんいるだろうな」
「え……欲しがるって? どういうことですか?」
「落ち人というのはあまり知れ渡っていない。国史を好んで見るような奴はあまりいないからな。だが、知っている物好きにとっては立派な研究対象になり得る。正直、俺も今お前の秘めてる魔力や力が気になって仕方ない。……そんな奴が、これからたくさん出てくる可能性がある」
「そんな……」
落ち人だと今知ったばかりなのに、そんなこと言われたって……。
「安心しろ。こんな逸材、俺だってみすみす渡すつもりなんてないさ。そうだろ?」
ノルウェンさんに話を振られたゼノは、
「あぁ、当たり前だろ」
と当然のように頷いて。
「まぁ楽に構えてろ。面倒ごとはこちらで引き受ける。リコはいつも通り仕事をしていればいい。安心しろ」
ノルウェンさんはそう言ってくれるけれど、やはり不安は募る。
だけど。
「……リコ」
ふいに、私の肩に手を乗せてくれたゼノ。
「大丈夫だから」
そのたった一言が。今の私にとって、胸に染み渡るほどに力強く感じて。
「……うん。ありがとう」
ゆるく微笑むと、ゼノも柔らかく微笑んでくれた。




