付与魔法
「あの、付与魔法ってなんですか?」
「付与魔法は、特定の効果を付与するための魔法だ。本来は武器や防具、服にかけることが一般的なんだが……料理に付与魔法が付いているなど、俺は聞いたことがない」
ノルウェンさんはおにぎりを見つめたまま、興奮した様子。
「それも、普通一つのものに二つ以上の魔法をかけることはかなり難しいんだ。魔力が強い人間じゃないと、ものによってはお互いが反発し合って無効化してしまうこともある。それなのにこれには保護魔法と付与魔法、両方ともかなり強くかかっている。どうしてだ?」
だけどそう聞かれても、私にはその理由は全くわからない。
「わかりません……。あの、本当に魔法がついているんですか?」
「あぁ。これは疲労軽減だ」
「疲労軽減……?」
そう言えば、ベクターやゼノ、ゴードンさんがみんな口を揃えて言う言葉があった。
"疲れにくくなった気がする"
"疲れが取れるような気がする"
「もしかして……」
疲労軽減の付与魔法がついているから、疲れにくくなっていたってこと……!?
「何か思い当たる節があるのか?」
「あ、いえ……。ただ、このおにぎりを食べた冒険者の方の多くが"疲れにくくなった"や"疲れが取れる"と言ってくださるので。何か関係があるのかなと思って」
「そうか。リコの言う通り、それはこの付与魔法の効果だろうな」
頷くノルウェンさん。
でも、一体どうしてそんな魔法が?
「このオニギリは、リコが作っていると言っていたな?」
「はい」
「どうやって作っている? 魔法を使える誰かに手伝ってもらったりしているのか?」
「いえ。最初はこちらのご主人のトーデンさんに保護魔法をかけてもらおうとしたんです。ただ、実際におにぎりを作ったらもう保護魔法がかかっていると言われて」
そういえば、結局保護魔法がかかっている理由もわからないままだ。
トーデンさんの手を煩わせないのなら都合が良いと思っていたけれど、付与魔法までついているとなるともうそんなことは言っていられないだろう。
現にノルウェンさんは私の説明を聞きながら考え込むように顎に手を当てている。
「……リコ、悪いがオベントウバコの話は後回しにしてもいいか?」
「は、はい」
「それと、今オニギリを作るところを見せてもらうことはできるだろうか」
「おにぎりをですか?」
「自分でもどうしてかわからないんだろう? それなら、作ってるところを見れば何かわかるかもしれない」
そうか。おにぎりを見ただけで保護魔法や付与魔法がついていると気が付いたノルウェンさんなら、その理由も気付いてくれるのかもしれない。
「材料も作り方も、これと同じで頼む」
「わかりました。よろしくお願いします」
ノルウェンさんを厨房前のカウンターに案内して、その目の前で私はおにぎりを作り始めた。
作り方も材料も、いつもと全く同じ。
ただ、正面から真っ直ぐに見られているとなんだか緊張してしまって、そわそわしながら握る。
「お待たせいたしました」
出来上がったおにぎりをお皿に乗せてノルウェンさんに渡すと、しばらくじっと見つめた後、
「……おかしいな」
と、眉間に皺を寄せた。
「おかしいって、何がですか?」
「……付与魔法どころか、このオニギリには保護魔法すらついていないぞ」
「……え!?」
今までは何も意識しなくても勝手についていたのに!?一体どうして……。
「本当に材料も作り方も同じなんだよな?」
「は、はい。材料は毎日日替わりですが、先ほどお渡ししたおにぎりと全く同じです」
「じゃあどうして……」
また考え込むように黙ってしまったノルウェンさんに、私も言葉を失ってしまって立ち尽くす。
「あれ、リコ姉まだお話終わらないの?」
そんな時、アンナちゃんが仕入れから帰ってきたらしく私たちが黙っているのを見て首を傾げた。
「アンナちゃん。おかえり」
「……すまんな、いろいろなことが起こりすぎて今頭が追いつかないんだ」
「ふーん、変なの。あ、そうだばあちゃん! あのね! お野菜がすっごく安く買えたのー!」
アンナちゃんは興味がなかったらしく、すぐにジェーンさんを探しに居住スペースの方へ走って行き、私はその姿を見送ってからノルウェンさんに視線を戻す。
「何が違うんだ……時間帯? 作る相手? いや……」
ぶつぶつと呟きながら二つのおにぎりを見比べている姿を見て、私も何が違うのかを考える。
だけど何も思い浮かばなくて。
もしかして、保護魔法はもうかけられないのだろうか。そんな不安すら頭をよぎり始めた時。
「……リコ」
「はい」
「今日から数日間、ここに泊まりたいんだが部屋は空いているか?」
「……へ!?」
全く予想していなかった言葉に、変な声が出て思わず赤面する。
「え、えっと、どうしてか理由を伺っても?」
「もしかしたら作る相手が重要なのかもしれないと思って。金を払ってないことも関係あるかもしれない。だから、実際に作って販売している現場が見たい。どうだろうか」
「すぐ確認してきます!」
ジェーンさんの元へ走り確認すると、偶然にも部屋が空いていたためすぐにOKが出た。
ノルウェンさんに伝えると、
「ではしばらく頼む」
数日の間、ノルウェンさんとおにぎりについて調べることになった。
*
「ベクター、ゼノ。はい。今日の分のお弁当。今日も気を付けてね」
「あぁ、ありがとう」
「ありがとう。リコちゃんも頑張ってね。保護魔法の研究するんだって?」
「研究っていうか、究明っていうか……」
「ははっ、無理だけはしないでね」
「うん。ありがとう」
今日も二人を送り出して、他の冒険者たちも送り出す。
ようやく一段落ついた時、
「リコ」
早朝からずっと私の様子を見ていたノルウェンさんが
「わかったぞ。リコの魔法の謎が」
そう言ってくれて、急いで片付けてノルウェンさんの元へと向かった。
「それで、何がわかったんですか?」
ノルウェンさんにお茶を出すと、心を落ち着かせるようにごくりと一口飲んでから息を吐いた。
「リコ。おにぎりを作っている間、何か考えてないか?」
「え?」
「おそらく、リコの思考が関係している。おにぎりを作る時、何を考えている?」
「それは……おいしく食べてもらえますように、とか。あとはこれを食べることで少しでも疲れが取れますように、とか……」
自分で答えていて、気が付いてノルウェンさんを見やる。するとノルウェンさんも私を見て
「それだよ、それ!」
と頷いてくれた。
「昨日作ってもらったのは、やはり相手が俺だったから意味がなかったんだ。きっと、おいしく食べてもらえるようにというのが保護魔法になっているんだろう。そして、疲れが取れるようにというのが疲労軽減……なるほど。わかってきたぞ」
まさか、私が毎日みんなの無事を願って祈っていることが魔法になっていただなんて。
思いもよらなかった事実に、胸の奥が震える。
「これは大変なことだ。知れ渡ればものすごいことになるぞ。革命と言ってもいい。……どうしたものか……」
私の両肩を掴むノルウェンさんは
「何か書くものをくれないか」
と言い、紙とペンを渡すとすごい勢いで何やらメモをとっている。
しばらくそうしているうちに落ち着いたのか、ペンを持つ手が止まり。真剣な眼差しが、私を射抜くように見つめた。
「リコ。……これから、忙しくなるぞ」
「……と、言いますと?」
「さっきも言っただろう。これは言わば革命だと。つまり、この事が知れれば皆が殺到する。そして周りの店が同じことをしようとこぞって真似しだすだろう。だが、保護魔法以外を料理に付与できる者など他に聞いたことがない。だからこの宿屋で唯一無二のものとなる」
ごくりと唾を飲み込むと、ノルウェンさんは続けた。
「リコが自分で思っているより、これはとんでもないことだ。噂が噂を呼んで、どんどん話題になるぞ」
私が思っているよりも。それは、なんとなくわかる。
私はただベクターとゼノにお礼がしたくて。栄養のあるものを食べてほしくて。ただそれだけだったのに、話がどんどん大きくなっていって。魔法と言われても、革命だと言われても、正直まだ何もピンときていない部分が大きい。
だけど、冒険者の人たちの実情やお弁当の必要性、食べてくれる人たちの笑顔を知っているから、辞めるつもりは一切無い。
「……臨むところです」
答えると、ノルウェンさんはフッと笑って。
「リコ。お前のその覚悟、気に入った。商業ギルドはこれより、リコとこの宿屋を全面的に支援しよう」
高らかに、そう宣言したのだった。




