初めてのお客様
数日後。
「リコちゃん、今日泊まらせてもらうよ。明日の朝、おにぎり頼めるか?」
「ゴードンさん! もちろんです! がんばりますね!」
ゴードンさんが宿屋にやってきてくれて、早速注文を受け付ける。
しばらくは宣伝しつつ、宿屋に泊まった人限定で注文を受ける予定で外に看板も出しているのだが。
やはりおにぎりもお弁当も馴染みがなさすぎるらしく、今のところベクターとゼノしか買ってくれる人はいなかった。
二人はまぁ、身内枠兼味見担当みたいなものだとして。
ゴードンさんが、私にとっては実質初めてのお客様だ。
「そういえば、値段についてお伝えしてませんでしたね」
「あれ、そうだっけか? いくらだ? 十ベリーくらいか?」
「まさか。五ベリーいただきたいと思ってます」
値段は、ベクターとゼノに相場を聞いて材料費と計算して少しだけ利益が出るようにした。本当はもっと高くてもいいと言われたけれど、お金儲けがしたいわけではない。
「五ベリー!? そんなに安くていいのか!?」
やはり驚いたように大きな声を出すゴードンさんを宥めながら、
「その代わり、条件一つ増やしてもいいですか?」
と小声で図々しくもお願いしてみる。すると
「なんだ? なんでも言ってくれ」
ゴードンさんもノリノリで声を顰めて答えてくれた。
「もし、おにぎりがおいしくて任務にぴったりだと気に入ってくださったら、他の冒険者の方に感想を広めてもらえませんか?」
「感想? そんなことでいいのか?」
「はい。重要なことです。お願いできますか?」
「もちろん。そういうのは得意だ。任せてくれ」
口コミというのは良くも悪くもすごいもので。良い評判も悪い評判も光の速さで広まるのはどの世界でも多分同じだと思う。
特にネットが無いこの世界ならば、口コミこそ最大の宣伝効果が見込めるはず。
まずはお弁当とは何か。おにぎりとはどんなものかを知ってもらわないと買ってもらえない。そのためには、ゴードンさんのような人材はうってつけだろう。
ゴードンさんは特定のパーティーには所属せず、ソロで活動したりギルドで出会った人と即席のパーティーを作ったりとたくさんの人との関わりがあるらしいから、人の目にも入りやすいだろう。
そこから少しでも広まってくれればありがたい。
最初は販売すること自体に不安があったけど、よくよく考えれば毎日のようにベクターとゼノに作っているため、二個が三個に増えたところで大変さは何も変わらない。これが一気に十個とか、二十個とか増えるなら話は別だけど。
でも、ゴードンさんの口コミによってはそれもあり得るのだろうか。
……やはり宿泊者限定にしておいて良かった。
ゴードンさんの元を離れて、帰ってきたベクターとゼノの元へ。
「二人とも、おかえり」
「ただいま」
「ただいまリコちゃん。今日もおいしかったよ」
「よかった」
疲れたー!と言いながら椅子に腰掛ける二人に、晩ご飯を出した。
「そうだ、ベクターとゼノに相談したいことがあったんだ。急ぎじゃないから、そのうち暇な時に時間もらえるかな」
「いいよ」
「わかった」
二人は私にとって良い相談相手だ。ガツガツと晩ご飯を食べている二人に声をかけた後に洗い物に戻る。
「リコちゃんのおにぎり、人気が出るといいねえ」
「どうでしょう。ベクターとゼノが気に入ってくれただけで、他の方に受け入れてもらえるかは……」
「なに、大丈夫だ。リコちゃんのおにぎりはうまいからな」
「トーデンさん」
「そうだよ! リコ姉、自信もって!」
「ありがとうアンナちゃん」
アンナちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに笑ってくれた。
*
翌朝。
「おはよう!」
元気良く起きてきたゴードンさんに、
「おはようございます。おにぎり出来てますよ!」
と葉っぱに包んだおにぎりを渡すと、目を輝かせてそれを受け取ってくれる。
「ありがとうなあ! 今からもう食べるのが楽しみだよ」
「それは大袈裟ですよ」
「そんなことないだろう。さ、約束の五ベリーだ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
ベクターとゼノからは何度かもらっている銅貨だけど、ゴードンさんから受け取る銅貨はやはり重みが違うように感じる。
「どうか、気を付けてくださいね」
「あぁ。助かるよ。二つ目の条件もちゃんと果たすからな!」
「よろしくお願いします。行ってらっしゃい」
ゴードンさんを見送ると、後からやってきたゼノがその様子を見て私の元へくる。
「二つ目の条件って?」
「ゼノ、おはよう。実はね、昨日お願いしておいたの。おにぎりを気に入ってくれたら、感想を広めといてねって」
「あぁ、そういうことか」
ゼノにも小声で教えると、合点がいったように頷く。
「はい、ゼノにも。今日も頑張ってね」
「……あぁ」
ゼノの分のおにぎりを渡すと、しばらくそれを見つめてから受け取って。
「帰ってきたら時間取れそうだから」
「え?」
「俺とベクターに相談があるんだろ?」
「あ、うん」
「早めに帰ってくるから」
そう言って雑に私の頭を撫でたゼノは、ようやくやってきたベクターに
「おっせぇ。行くぞ」
と言って先に出ていってしまう。
「ちょっとゼノ! もう。髪ボサボサになったじゃん。……ベクターもおはよう」
「おはようリコちゃん。ゼノがごめんね」
「ううん。あ、これベクターの分のおにぎりね」
「ありがとう。行ってきます」
おにぎりを受け取るとすぐにゼノを追いかけていったベクターも見送ると、一息ついてから仕事に戻った。
その日は一日中、ずっとそわそわしていた。
ゴードンさん、おにぎり気に入ってくれたかなあ……。
今日は鮭マヨおにぎりにした。マヨネーズがなかったから、初めて一から自分で作ってみたけどこれがまあ大変で。
なんとなくレシピは知ってたから良かったものの、分離しないように混ぜ続けるのが本当に大変だった。
マヨネーズ作りだけで右腕がパンパンだ。
「リコ姉、なんかずっとそわそわしてるね」
買い出し中、アンナちゃんにもそう言われてしまい反省する。
「実はね、やっぱりゴードンさんがおいしいって思ってくれるかどうかが心配で」
ゼノとベクターがおいしそうに食べてくれていたからと注文してくれたけれど、期待しすぎて食べてみたら実は、みたいなパターンだってあるかもしれないし。
私は大好きだけど、この世界の人に鮭マヨが受け入れられるのかもわからない。というかマヨネーズがないって、いろいろ困るのでは……?
どんどん思考が飛躍していって、最終的にまた戻ってくる。そんな浮き沈みの激しい私の頭を心配してくれたのか、アンナちゃんは
「大丈夫だって! リコ姉のおにぎりがすっごくおいしいって、アンナ知ってるもん!」
と励ましてくれる。
「きっとゴードンさん、たくさんおいしかったって話広めてくれるよ。大丈夫!」
「うん、そうだよね」
私が弱気になってちゃダメだよね。
ゴードンさんを信じないと。
そのまま宿屋に戻って仕込みを手伝っていると、何やら外が騒がしくなり、みんなで扉の方を見つめる。
すると、バン!と大きな音を立てて勢いよく扉が開いて驚いた。
「リコちゃん!」
「……あれ、ゴードンさん?」
走ってきたのだろうか。息を切らせて中に入ってきたゴードンさんは、私を見つけると駆け寄ってきて、カウンターの向こうから私の両手を掴んでぶんぶんと上下に振る。
「な、なにっ」
「すんげぇうまかった! あれはすげぇよ! 力が沸いてくるっつーか、疲れにくくなるっつーか! もちろんうまいし、米だから腹持ちもいいし! 最高だったよ!」
「あ、ありがとうございます……」
その言葉が嬉しい。嬉しいけど、とりあえず手を離してほしい……。
そんな切実な思いは届かず。ジェーンさんたちも止めるに止められずにオロオロしてしまい、しばらく興奮冷めやらぬ様子のゴードンさんに振り回される。
すると
「おいてめぇやめろ!」
「いでっ!」
後からやってきたゼノがゴードンさんの頭に手刀を落としたから、鈍い音と共に手が離されてようやく解放された。
「ゼノてめぇ!」
「うるせぇな。それ以上やったらリコが倒れるだろ。つーかその汚ねぇ手でリコに触んな。ここ厨房だぞ」
今にも殴りかかりそうだったゴードンさんだったけど、ゼノに言われて私の様子を見てわかってくれたのか、気まずそうに頭を指でかいて。
「……悪いリコちゃん。ちょっと興奮しすぎた」
「い、いえ……」
気にしないでと首を横に振るものの、無意識のうちに手をグーパーとして身体と腕がちゃんと繋がってるかを確認してしまう。
腕がもげるかと思った……。
止めてくれたゼノに感謝しつつも、冒険者の体力というか力の強さは恐ろしいなと再認識した。




