商業ギルド
朝ごはんを食べてから、それぞれ準備をして三人で宿屋を出る。
アンナちゃんがしばらく一緒に行きたいと叫んでいたけれど、アンナちゃんにいつも優しいベクターが
「これは大切なお仕事の話だからダメだよ」
と真剣な眼差しで諭したからか、アンナちゃんはお留守番をしてくれている。
石畳で舗装された道路を、右にゼノ、左にベクターの順番で一緒に歩く。
「商業ギルドってどんなところ? 冒険者ギルドと似てるの?」
「そういえば冒険者ギルドの方は一度来たことがあったっけ。でも商業の方はちょっと違うと思ってた方がいいかも」
「たとえば?」
「んー、雰囲気というか……説明が難しいな。行ってみればわかると思うよ」
どういうところなんだろう。少し緊張しながら歩き進めること体感で十五分ほど。
冒険者ギルドよりもさらに広くて大きな施設に、私はぽかんと口を開けて見上げてしまっていた。
「でっか……」
「はは、わかる。最初はみんなそんな反応になるよ」
外観からでも冒険者ギルドとは全然違う。そもそも人の出入りがあんまりないからか、すごく静かに感じる。
「ほら、行くぞ」
「あ、うんっ」
ゼノの声に正気に戻り、恐る恐るギルドの中に入った。
中には入り口からの突きあたりに登録受付があり、近くには相談スペースや各種手続きをする窓口もあるようだった。
本当に役所や銀行のような雰囲気で緊張が増す。雰囲気が違うと言ったベクターの言葉の意味がよくわかった。
ゼノとベクターに促され、私はひとまず登録受付の窓口に向かった。
「あの、すみません」
「はい。登録希望の方でしょうか」
「はい。お願いします」
「他のギルドでの身分証はお持ちですか?」
「いえ、ありません」
女性のスタッフさんが、私の顔をまじまじと見つめながら手続きを始めてくれた。
「かしこまりました。ではまず、こちらに手を」
「は、はい」
よくわからない機械のようなものを差し出されて、そこに手を置く。何かを測定しているのだろうか。特に何も感じないまま数秒そのままでいると、
「ありがとうございます。認証されました」
と言われて狼狽える。
認証って何が!?
そんな私に、ベクターが隣から
「身分証を作るには、偽造されないように魔法で脈の認証をすることが義務付けられているんだ」
と小声で教えてくれた。
な、なるほど、私の手の脈が認証されたということか。
それにしても、偽造防止のためなんてすごいな。いや、それくらい偽造が多いと考えた方がいいのか……? 悶々と考えていると、受付の女性は私にカードを渡してくれた。
「まずこちらが身分証です。内容をご確認ください」
「はい。ありがとうございます」
この世界の文字はまだ読めないからなあと思いながら受け取ると、赤坂莉子と漢字で書いてあり驚いた。
「あの、これ」
「どうかしましたか?」
「いえ……」
私の反応に不思議に思ったゼノとベクターが身分証を覗き込んでくるけれど、二人は首を傾げるばかりで私が何に戸惑っているのかわからない様子。
もしかして、日本語で見えているのは私だけなのだろうか。
「もしや、リコさんは他国出身の方でしょうか。であれば、ご安心ください。こちらの身分証には魔力が込められているので、見た人物の母国の言語で読めるようになっております」
「そ、そうなんですか……」
だから日本語で読めるのか。ホッとして頷くと、さらに説明が始まる。
「身分証は再発行は可能ですが、有料なので紛失等にはお気を付けください」
「はい」
「万が一紛失した場合には、不正利用を防止するためにすぐギルドにご申告くださいね」
「わかりました」
身分証の偽造だけでなく不正利用まであるのか。気を付けないと。
「では、今回登録するにあたってこちらから何点か伺いたいのですが、よろしいですか?」
「あ、はい」
その後、売買予定のものは何か、場所は、と確認事項がいくつかあり、それに答えていくと女性が何やら手続きをしてくれる。
「あの、まだ本格的にやると決めたわけではないのですが、もし辞めるとなった場合はどうすればよいのでしょうか」
「辞める場合はご申告いただければ大丈夫ですよ。ただ、こちらとしても長く続けていただきたいのでできる限りのサポートはさせていただきます。相談カウンターもございますので不安な点がございましたらお気軽にお申し付けください」
「そうなんですか、良かった」
先のことはまだどうなるかわからないから、そう言ってもらえて安心した。
「では、登録料をいただきます」
「え!?」
「百ベリーになります」
「あ、あの……」
登録にお金が……!? どうしよう……!? 私何も持ってない……!
焦って狼狽えていると、それをわかっていたかのようにベクターとゼノが当たり前のように手を伸ばしてくれて。
「これで」
「お願いします」
二人の手から出された銅貨を受け取った女性は、
「はい、確かにいただきました」
とにっこり笑って手続きを進めてくれる。
「……え? ベクター? ゼノ?」
呆然として二人を見る私に、ベクターは微笑んでいてゼノは呆れたように口角を上げていた。
「タダで登録できるわけねぇだろ」
「不正だらけになっちゃうからね」
「それはそうだけど……でも」
「リコちゃん。なんのために僕たちが着いてきたと思ってるの?」
「それは……」
「心配しなくても、これは今までのおにぎり代だから。ほら、手続き終わるぞ」
「……二人とも、ありがとう」
二人の優しさに、目頭が熱くなる。
その後、無事に手続きを終えた私はベクターとゼノと一緒にギルドを出た。
真新しい身分証。それをまじまじと見てしまうのは、この世界に来て初めて自分の存在が認識されたような気がしたからだった。
「これで晴れて開業だね!」
「うん!」
「うまいおにぎり、期待してるぞ」
「まずは三個からね。ゴードンさんにも伝えないと」
「あっという間に噂が広まるだろうから、その辺も一緒に考えていこう」
「うん。二人ともいろいろありがとう」
あれこれ相談しながら歩いていると、市場の近くで偶然ゴードンさんが歩いているのを見かけてその姿を追いかける。
「ゴードンさん!」
「あ? おぉ、姉ちゃんじゃねぇか。ベクターとゼノも。どうした?」
私たちに気付いてニカッと笑ってくれるゴードンさんに、条件付きでおにぎりの注文を受けると伝えると、
「金ならいくらでも払う! その条件を全部飲もう!」
まだ何も言っていないのに勝手に話が成立してしまって、慌ててゴードンさんを止める。
「ちゃんと話は最後まで聞いてください!」
「悪ぃ悪ぃ。つい嬉しくて。んで、その条件ってえのは?」
「……宿屋に泊まっていただくことです!」
緊張して手をぎゅっと握りしめながら答えると、ゴードンさんは二回瞬きをして
「あぁ、そりゃ当たり前だろ。他には?」
と頷いてくれる。
「え?……他に?」
「……なんだあ? もしかしてそれだけか?」
予想外の言葉に戸惑っていると、ゴードンさんはなぜか不満そうな表情をしていて。
「まさか姉ちゃん、俺がただ姉ちゃんのおにぎりとやらだけ買いに行くとでも思ってたのかあ? そいつは心外だなあ」
迫力のある声に、ごくりと唾を飲み込む。
「俺だって歴とした冒険者だ。最低限の礼儀くらいは弁えてるつもりだぜ。わざわざ作ってもらうんだ。宿屋に泊まるくらい当たり前だろ。言われなくてもそのつもりさ」
何言ってんだこいつ、とでも言いたげな顔に呆気に取られていると
「ほら、言った通りだったでしょ? リコちゃん」
ベクターが私の肩に手を添えて微笑んでくれる。
「そんな条件、ゴードンにとっては条件にすらならないよって言ってたんだけどね」
だって、まだ始めてもいないのに条件をつけるなんて烏滸がましいじゃないか。私はジェーンさんとトーデンさんに間借りをしておにぎりを作ろうとしている立場だし、そのお返しに宿屋に何か貢献したかっただけ。
元々その条件の案をくれたのもベクターとゼノで、それならみんなにお返しができる! と相談して決めたことだけども。
「ま、なんにせよゴードンが条件飲んでくれるんだからいいだろ」
「だな! 姉ちゃん、……いや、いつまでも姉ちゃん呼びは失礼か。……リコちゃん! 近いうちに泊まりに行くから、その時はおにぎりを頼む!」
「はい。承りました!」
私に頭を下げてくれるゴードンさんに、おいしいものを作らないとというプレッシャーはかかってしまうけど。
それでも、こんなに楽しみにしてくれる人がいるのは心強い。
早速、宿屋に戻ってアイディアを練ろう。
その日の晩は、珍しく夜更かしをしてメニューを考えて試作を繰り返していた。




