後押し
「どうだ? リコ。考えてみたか?」
翌朝、誰よりも早く起きてきたゼノに開口一番にそう聞かれ。
頷きつつも、
「考えたけど全然結論が出なくて……」
と答えれば、
「ま、そんな重く考えんなよ。始めてみて合わなかったり大変だったりしたらすぐ辞めりゃいいんだから」
と能天気な答えが返ってくる。
「そういうわけにもいかないでしょ……」
お客様がいる限り、簡単に辞めるだなんて言えないんだから。
下を向いていると、ゼノが私の顔を覗き込んでくる。
「何をそんな重苦しく考えてんだ?」
「……私に本当にできるのかなって、不安なの」
むしろゼノはどうしてそんな軽く考えられるの?
素直にそう吐露してみると、ゼノは首を傾げながら
「できるかどうかなんて、やってみないとわかんなくねぇか?」
と当たり前のように言うから拍子抜けしてしまう。
「……え?」
「別に俺もベクターも、最初から完璧な店だとかものすごい売り上げとか、そういうのを期待してるわけじゃねえよ?」
「それは……うん」
「ただリコのおにぎりに金払いたいって言ってるだけで」
「それがプレッシャーなの!」
そのお金を払いたいというのが私にとってはものすごいプレッシャーなのに。
だけど、
"できるかどうかなんて、やってみないとわかんなくねぇか?"
その言葉は私の胸にスッと入り込んできて。
凝り固まっていた私の頭を、少しだけほぐしてくれるような気がした。
「別にリコが一人でやる必要もねぇんだし。アンナもいるだろ? あいつに手伝い頼めば多分両手あげて喜ぶぞ」
「……うん」
「失敗を怖がってたら、何もできねえし」
「そう、だよね」
多分ゼノは、励ましてるつもりなんてなくて。
「ま、お試しとかでもいいしな。やってみてできそうなら始めればいいし、無理そうなら辞めればいいし。難しく考えんなよ。新しいことを始めるのに失敗はつきものだろ? もっと楽にいこうぜ。お前がやりたいかやりたくないか。それを聞いてるだけなんだから」
ゼノが本当に思ったことをそのまま言ってるだけなんだと思う。
だけど私には、ゼノの言葉が背中を押してくれるような気がして。
「あ、売らなくても俺とベクターにはおにぎり作ってくれよ、勝手に金は払っていくから」
だからこそ、それが今の私にはすごく眩しく見えた。
「……うん。わかった」
「ん?」
「お試しで……とりあえずゴードンさんにも作ってみる」
何事も、やってみなくちゃ始まらない。
何事も、失敗はつきもの。
そんな考え方で始めたら、無責任だと非難されるだろうか。
だけど、そう思ったら気持ちが少し楽になったの。ゼノのおかげだ。
「ありがとうゼノ。なんか、私にもできそうな気がしてきた」
得意気に口角を上げているゼノにお礼を告げると、
「俺は何もしてねぇよ」
気にすんなと頭を撫でられる。
もしかして、子ども扱いされてる?私の方が年上なのに。そう思いながらも、その手が優しいから許してあげることにした。
*
「そうだ、そうと決まれば商業ギルドに行かねぇとな」
「商業ギルド? 何それ」
「物の売買をするには、商業ギルドに登録しないとダメなんだよ。どんな店をどこでやるかとか」
「あぁ、なるほど」
つまり、役所に開業届を出すみたいなものか。
「それに、ギルドに登録すれば身分証が発行されるんだ。何かと便利だから、作っておくに越したことはない」
ギルドの身分証……免許証のようなものだろうか。なんとなく想像できて頷く。
そのタイミングでベクターが起きてきて、
「おはよう。ゼノ、任務でもないのにこんな早いなんて珍しいな」
とゼノが私と話していることに驚いた様子。
「おぉベクター。リコがおにぎり売るってさ。まずは俺たちとゴードンの分で三つから」
「本当!? リコちゃんありがとう!」
「ううん、でもできるかどうか不安だから、とりあえずお試しってことでもいいかな……?」
「もちろん! ゴードンも喜ぶよ。早速後で教えに行ってこようかな」
ベクターも嬉しそうで、おにぎり一つでこんなにも喜んでくれるならやりがいがあるなと思う。
「リコちゃん、今日時間ある? 僕たち、今日は予定が無いんだ。朝ごはん食べたら商業ギルドに一緒に行こうよ」
「え、いいの?」
「もちろん。リコちゃん道もわからないだろうし。案内してあげるよ」
元々今日は任務を受けには行かないと聞いていたから、おにぎりは作っていなかった。
何か予定があるのかと思っていたけれど、純粋にお休みみたいだ。ここのところ毎日忙しそうだったから、たまにはそういう日も大事なのだろう。
だけど、そんな大切なお休みの日を私のために使ってしまって良いのだろうか。
「迷惑じゃない? せっかくの休みなんだから、ゆっくりしなくていいの?」
「リコちゃんは気にしすぎ。もっと僕たちを頼りなよ。迷惑なんかじゃないから」
「……うん、ありがとう」
ベクターの提案にありがたく頷くと、ゼノが面白くなさそうに顔を出す。
「俺も行く」
「えー、ゼノはいいよ別に」
「なんでだよ! 俺が最初に商業ギルドのこと話してたんだから」
「そんなにリコちゃんが心配? まぁそれはわかるから仕方ないか」
「なっ……! ベクターてめぇ!」
「うるさいうるさい、暴力反対!」
ベクターにからかわれているゼノは喧嘩腰でベクターに詰め寄るけれど、どうやら二人とも私を心配してついてきてくれる様子だ。
「二人ともありがとう。お願いします」
笑顔で会釈すると、ゼノも詰め寄るのをやめて
「……早く食って準備して行くぞ」
とまたぶっきらぼうにこぼす。
だけど、その耳は真っ赤に染まっているようで。
可愛くて笑ってしまう私に、ベクターも面白そうに笑っていて。そんな私たちにゼノはじとっとした視線を送っていた。




