提案
「リコちゃん!」
「ベクター、ゼノ。おかえりなさい」
「ただいま。リコちゃん、おにぎりすごくおいしかったよ!」
「良かった! 嬉しい!」
二人は帰ってきてすぐに私の元へきてくれて、おにぎりの感想を伝えてくれた。
「米食べるとやっぱり力になるな」
「うん、そうだよね。持ち運びはどうだった? 邪魔じゃなかった?」
「あれくらいなら問題無い。鞄に入るし、干し肉を大量に持っていくと臭くなりがちだから、おにぎりの方が全然良い」
「良かった……!」
ゼノはもしかしたら何も言ってくれないかと思ってたけど、おにぎりの方がいいと言ってくれたのがすごく嬉しい。
「迷惑じゃなかったら明日も作ろうと思ってるんだけど、どうかな?」
「むしろこっちから頼もうと思ってたくらいだ。リコこそ、いいのか?」
「早起き大変でしょ。無理はしないでほしいんだ」
「ううん、作るの楽しいから。明日も用意するね!」
おいしいと言ってもらえることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
明日も早起きするために今日は早く寝よう。
明日はどんなおにぎりにしようかな。
そう考えていたら頭が冴えてしまって、全然眠れなくて。起きた時には少し寝坊してしまっていた。
「おはようございます!」
急いでエプロンをして厨房に行くと、すでにジェーンさんとトーデンさんは仕込みをしているところで。
張り切って今日も作ると宣言しておいて、寝坊してしまうなんて自分が情けない。
「あらあら、おはよう。よく眠れたかい?」
「それが、どんなおにぎりにしようか考えてたら全然眠れなくなっちゃって! すみません、寝坊しました」
「気にしない気にしない。無理はするんじゃないよ。ご飯は炊けてるから、任せていいかい?」
「はい!」
優しいジェーンさんの言葉に、しっかりしなきゃと自分を奮い立たせる。
今までスマホのアラームで起きていたけれど、この世界に目覚まし時計なんてものはない。
ただ、早朝になると街の鐘が定期的に鳴るからそれを合図に起きている。
時間の流れは日本とあまり変わらないらしく、一カ月の数え方も月の満ち欠けらしい。体内時計が狂う心配がなくて安心した。
気を取り直して、今日もおにぎりを作るためにまずおかずづくりから。
今日は混ぜご飯のようなものにする予定で、野菜もたっぷり入れる予定だ。
宿屋のご飯用で使っている野菜の余りをもらって、みじん切りにしてお肉と一緒に炒めて味付け。そこにご飯を入れてよく混ぜればあとは握るだけだ。
今日もおいしく食べてくれますように。無事に帰って来れますように。
完成したおにぎりをトーデンさんに見てもらうと、やはり保護魔法がすでにかかっているらしく。
葉っぱに包んで、ベクターとゼノが起きてくるのを待った。
「リコ姉! おはよう!」
「おはようアンナちゃん。今日は早いね」
「うん、昨日寝坊しちゃってベク兄とゼノ兄のお見送りできなかったから、今日は早起きしたの!」
「そっか、二人とも喜ぶと思うよ」
アンナちゃんと宿屋の朝ごはんの支度のお手伝いをしていると、宿泊客たちが続々と起きてきてあっという間に忙しくなる。
「リコちゃん、おはよ」
「はよ」
「おはようベクター、ゼノ。はい、今日のおにぎり!」
あくびをしながら起きてきた二人におにぎりを渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。
二人は朝ごはんを食べて、アンナちゃんと少しお話ししてから今日も任務へ向かう。
アンナちゃんと二人で見送った頃には、食堂も落ち着き始めていて私たちもおにぎりを食べることに。
「今日のおにぎりもおいしい!」
「よかった。しょっぱくない?」
「うん! ちょうどいい!」
アンナちゃんがちょうどよく感じるくらいだから、二人のおにぎりはもう少し味を濃くしても良かったかもしれない。
たくさん動いた後は汗もかくだろうし。二人の意見も聞きながら、明日からまた少しずつ変えてみよう。
そう決めてから数日後のことだった。
「リコ!」
「ゼノ。おかえりなさい。どうしたのそんなに慌てて」
「今いいか? ちょっと話があるんだ」
「話?」
帰ってきて早々、ゼノは私を呼んで店の外に連れ出す。
するとそこにはベクターと、見覚えのある大柄な男性の姿があった。
「よぉ姉ちゃん。久しぶりだな」
「えっと……?」
「あぁ、悪い悪い。俺はゴードン。冒険者をしているんだ」
「ゴードンさん。確か以前宿屋に泊まってらっしゃいましたよね?」
「よく覚えてんなあ! それにギルドでも一回会ったことあるぞ」
そうだ。私が初めてこの宿屋に来てご飯を食べて泣いていた時に、ベクターとゼノをからかっていた人だ。
ギルドでアンナちゃんや私に話しかけてきたのも覚えている。
短髪で大柄で、迫力があるからなんとなく印象に残っていた。
でも、そんなゴードンさんがどうしてここに?私に用事でもあるのだろうか。
「実は、ゴードンがおにぎりを食べたいってうるせぇんだよ」
「え?」
「僕らはゴードンとたまにパーティを組むことがあって、今回もそうだったんだ。その時に、僕たちが食べているのを見てたみたいでね」
「聞いたら姉ちゃんの手作りだって言うじゃねぇか。しかも保護魔法がかかってて、持ち運びもしやすいときた。何より食べてる二人の顔がすげぇうまそうで。な、姉ちゃん。金は払うから、俺にも作ってくれねぇか?」
まさかそんなことになっていたなんて。
おにぎりに興味を持ってくれるのは嬉しいし、二人がおいしそうに食べてくれているというのも嬉しい。
だけど、あくまでも私は二人にお礼のつもりで作っていただけで、第三者に渡す予定は全くなかった。
しかもお金だなんて……。
「私、そんなつもりで作ってたわけじゃ……」
「わかってる。リコが俺たちのためにって考えて作ってくれてたことはわかってるんだ。だけど、いい機会だとは思う」
「え?」
ゼノは、言いにくそうに口をつぐんだものの、すぐに頭を掻いてから私をまっすぐに見つめた。
「お前の作るおにぎりはうまい。しかも冒険者向きだ。多分、売ったらほしがる奴はたくさんいると思う」
「……ゼノ」
「これから先、俺たちはいろんな任務に行く。他の奴とパーティーを組むこともあるだろう。その時にリコの作ったおにぎりを食べていたら、自分も食べたい、ほしいって言う奴が必ず出てくる。どこで買える? どこに売ってる? そう聞かれるのは目に見えてる。それくらい、これは俺たちにとっては革命的なものだ」
私の作ったおにぎりが?そんなの、信じられない。
だけど、ゼノが嘘をつくような人ではないのはまだ知り合ったばかりの私でもわかる。
「ゼノの言う通りだよ。実はリコちゃんには言ってなかったんだけど、おにぎりを食べるようになってから、すごく身体の調子が良いんだ。疲れにくいっていうか、動きやすいっていうか。やっぱり干し肉だけじゃ良くなかったなって思ってたところなんだ。だから、この価値を理解してくれる人は大勢いるよ」
ベクターまでベタ褒めしてくれて、私は戸惑いを隠しきれない。
「俺たちもそろそろリコに金を払いたいって言うつもりだったんだ。いつまでもリコに甘えるわけにもいかねぇからな」
「そんな、私が好きにやってただけで」
「わかってる。でも、俺たちにとってはそれ以上の価値があるんだよ。だからリコ。まずは作れる数を決めてとかでいい。リコのやりやすい方法で、リコが無理なくできる範囲でいい」
「うん。いきなりたくさんの人になんて僕たちも考えてないから安心して。まずは僕たちとゴードンの分の三個から。始めてみない?」
二人の言葉はありがたい。だけど、すぐには返事をできそうもなくて。
「……ゴードンさん、少し時間をもらってもいいですか? あまりに急なお話しで、まだ頭がついていかなくて」
「あぁ、もちろん。考えてくれるだけで嬉しいよ」
「ベクターとゼノも、少し考えてさせてほしい」
「わかった」
ひとまず考える時間をもらい、この場はお開きになりゴードンさんはギルドへ戻るらしく手を振って去っていった。
「急にごめんね。びっくりしたでしょ」
「うん。まさかそんなこと言われるなんて思ってなかったから。お金払うって、そんな話いつからしてたの?」
「おにぎりをもらい始めて二、三日したころかな」
「そんなに前から!?」
「だって、すごくおいしかったから。リコちゃんが僕らのためにって一生懸命考えて作ってくれてるのがわかるおいしさだったからね」
その頃なんてまだ味の濃さも安定していなくて、二人に意見を聞きまくっていた頃じゃない。
そんな前から考えてくれていただなんて、全然知らなかった。
その日の晩は、部屋に戻ってからもずっと一人で考え込んでいた。
あくまでもお礼として作っていたものを、販売するだなんて。
興味がないわけじゃない。だけど、今は厳密に言えば仕事ではないからこそ楽しくやれているんだと思う。
保育士をしていた頃だって、何かを自分で作って売ったことなんて一度もない。だから、イメージがわいていないというのもある。
食器の片付けをしている時にジェーンさんとトーデンさんにも相談してみたけれど、二人は
「いい話をいただいたのねえ」
「リコちゃんの好きにしなさい。わしたちは、リコちゃんのやりたいことを応援するよ」
と言ってくれて、私の気持ちを尊重してくれた。
仮におにぎりを販売したとして、本当にお客様が買ってくれるのかな?宿泊者限定とかにしたとして、本当に予約が入るのかな?
そんな不安もあるし、おいしくないと言われてしまったらどうしようという怖さもある。
お金を取るということはそういうことだとわかってはいるものの、そんな覚悟も持っていないのに販売を始めたら、お客様に失礼ではないか。
だけど、ここで断ったらベクターとゼノはもうおにぎりを受け取ってくれないような気もする。それは私が心配になるからダメ。
「ああああ……ダメだ。いくら考えても答えが出ない……」
ひとまず今日は眠ることにして、また明日おにぎりを作りながら考えよう。そう思って眠りについた。




