09.これからふたりは
その日の夜。
帰宅したおれは、父と母のふたりに今日あったこと──森での出来事とおれが死にかけたことは伏せておいた──を伝え、明日は一緒にマリンとアーサーを見送りにいくことになった。
ふたりとも、おれになにか言いたそうにしていたが、結局なにも言われなかった。
両親と一緒に夕食をとった後、おれは自室のベッドに横になって、あれこれと考えていた。
眠るにはまだはやい時間だったが、少し楽な姿勢になりたかった。
ゲーム『クワンティック・エグゾダス』は、最初にナレーションと文字で魔王が復活したことが告げられる。
そしてオープニングのムービーが流れ、それが終わると、主人公のアーサーがマリンとともに、ニューポート伯爵邸の執務室で伯爵から勇者選定の儀の説明を受ける場面になる。
それがゲームのはじまりだった。
「とうとうあいつらの冒険がはじまるんだな」
思えばこの八年間──出会いからを合わせたらもっと長くなるが──色々なことがあった。
アーサーは昔はもっと口数が少なく、いつも何かに怯えてびくびくしていた。
おれたちが勇者ごっこをはじめたとき、アーサーが勇者役をやっているのを見て、村の子供たちは一斉に嘲笑った。
アーサーは最初は気にしてたようだが、おれたちと勇者ごっこをつづけるうちに、いつの間にか全く気にしなくなっていた。
もしかしたら、おれの知らないところで、マリンが「気にすることなんてない」と励ましてやったのかもしれない。
ジャックに剣を学んで、頭角を現すようになってからは、誰もなにも言わなくなったけどな。
今日見たアーサーの覚醒した姿は、まぎれもなく勇者だった。
あれを見たら、もうアーサーが勇者になることを笑うやつはいまい。
それから、マリンもだいぶ変わったな。
数年前までは、ちょっと置いてかれただけでも大泣きするような泣き虫で、おれとアーサーのそばを片時も離れたがらなかった。
けれどいまでは、ゲームの通りに怒りっぽくはなったが、狩りでは自分の役割をきちんとこなし、村のみんなの怪我もちゃんと治している。
みんなもマリンに感謝していて、すっかり人気者になっていた。
一部のじいさんやばあさんからは、もうすでに聖女みたいに扱われていたりする。
「ふたりとも、頑張ったからな」
ふたりの努力を間近で見てきたからな。
感慨もひとしおだ。
「ゲームだとふたりは十四歳だったから、まだあと三ヶ月は時間があると思ってたんだが……」
おれたち三人の誕生日は、同じ年の同じ月である。
さすがに日は違うが、ほとんど同じころに十四歳になる。
ゲームでは開始時の日付は明示されてなかったし、十四歳の設定は説明書と資料集に記載されていたもので、開始時点でふたりが十四歳になってたかどうかわからない。
『誕生日イベント』なんかもゲームにはなかった。
そもそも、実際の出来事がゲームとまったく同じになる保証などはどこにもないだろう。
それにおれたちはまだ、ゲームの開始地点まで辿り着いていないのだ。
「ふたりが伯爵のところへ行くのはわかってたが、まさかロゼッタが直接迎えにくるとは思わななかったな。『クワンティック・エグゾダス』のふたりめのヒロインか。確かに凄く綺麗な子だったけど、アーサーはあんまり気にしてなかったみたいだし、ひとまずは安心だな。マリンのアーサーへの態度もいつも通りだったから、こっちも問題はないか」
魔王軍討伐はなによりも大事だが、おれにとってはこれも重要なことだ。
アーサーにはマリンと結ばれて欲しい。
推しの幸せは、おれの一番の願いだ。
「ええと、伯爵のところへ行った後は選定の儀があって、そんで王都の学園に入学か」
ロゼッタが森で語った通り、今後ロディマス王国の王都フリージアにて勇者選定の儀が行われる。
そこに、アーサー以外にも国中から資質のある少年少女が集う。
儀式の場となる教会のホールに聖剣ウィンダリアが運ばれ、そこで少年少女らが順番に聖剣と相対する。
しかし、残念ながら聖剣ウィンダリアに認められたものはいなかった。
アーサーもこの時点ではまだ、勇者として選ばれない。
その後、聖剣ウィンダリアは中央大陸の諸国を巡り、各地で勇者選定の儀が行われ、一年後にまたロディマス王国に運ばれてくるのだ。
その間に、集まった勇者候補たちは真に勇者となるべく、王都に設立されたそのための学園に入って切磋琢磨することになる。
もちろん、アーサーとマリンもその学園に入学する。
マリンは勇者候補ではなく正確には聖女候補であるが、もしものことを考えたニューポート伯爵が、アーサーと一緒に学園に通わせるのだ。
そして一年後、再びロディマス王国で勇者選定の儀が行われ、アーサーが見事勇者に選ばれるというのが、ゲームでの筋書だった。
「パルシヴェル学園か。懐かしいな」
転生前にプレイした過去を思い出す。
当時はまだ比較的新しいゲームだったが、この世界に来てもう十年以上も経っているため、とても懐かしい。
アーサーとマリンは学園生活を送る中で、新しいヒロインや冒険の仲間になるやつらと出会うことになる。
「王女と王子も、ここで登場するんだったな。ふたりは勇者候補じゃないけど、見識を広げることと、未来の勇者との友誼を結ぶことを目的に入学するんだよな」
王女はひと目でアーサーを気に入り、王子もマリンに恋をする。
王女はれっきとしたヒロインのひとりだが、王子はマリンを巡ってアーサーと決闘し、負けるんだ。
「本当に懐かしいな。王子とアーサーは何度かやりあった後、仲良くなって……」
これから沢山の厄介ごと巻き込まれるであろうアーサーに同情しつつ、ゲームのシーンを回想する。
「マリンにもちゃんと親友ができるんだよな。かなり個性的なやつだったけど、現実のあいつはどうだろうな……」
マリンを追い回す女の子の姿が、ぼんやりと頭にうかぶ。
「夏には闘技会があって、あいつが出てくるだろ。秋には、あの特殊な魔獣を退治するクエストがあって、それから……ええと……」
まだそんなつもりはなかっのに、だんだんと眠気が押し寄せてくる。
だいぶ疲れていたようだ。
そういえば、今日は死にかけたんだったな。
マリンがエクストラスキルを獲得して、助けてくれたんだ。
マリン、お前はやっぱり凄いよ。
さすがおれの推しだな。
アーサーも、勇者のスキルをひとつ獲得した。
Aランクの魔獣をひとりであっさりと倒すなんて、それこそ勇者にしかできないことだ。
勇者としてのアーサーの姿をちょっとでも間近で見れて、嬉しかった。
明日はふたりを見送らなきゃ。
おれがやれることは全部やった。
大丈夫。ふたりならこの世界の人類を救ってくれる。
もうおれがそばにいなくても、ふたりならきっと……。
意識が遠くなり、おれはそのまま眠りにおちた。




