08.要請
村に入ると、すぐにニューポート伯爵家の馬車が目に入った。
そういえば農村で暮らしてたから、貴族の馬車(まだ粉々になってないやつ)を見るのははじめてだ。
デザインはゲームと一緒だから新鮮味はないが、それでも現実に見るとちょっと感動する。
大きさは、大人なら詰めれば五、六人、子供ならもう少し乗れそうだ。
サスペンションなんてものはこの世界にはないだろうから、乗ったら確実に尻が痛くなるだろうが、それはそれで面白いだろうな。
前世でも馬車に乗ったことはないから、乗りごこちを比べたりはできないけどな。
「ロゼッタさま。本当にご無事でよかった」
ニューポート伯爵家の家令、ゴードンがロゼッタの無事を喜ぶ。
白髪で口ひげを生やした執事然とした初老の男で、ちゃんとゲームにも登場する人物だ。
今回のロゼッタたちの来訪の目的は、勇者候補となりそうなアーサーに、直に会うためにやって来たとのこと。
ニューポート伯爵家を代表して来たのはロゼッタとジョセフであるが、当然ふたりだけではなく、補佐役のゴードンや護衛の騎士たちと一緒にだ。
その途上で、突如現れたカオスサーペントに襲われ、一行は混乱し、分断されてしまったそうだ。
ロゼッタは馬車ごとカオスサーペントに森の奥へと連れ去られ、騎士たちはそれを追って森に入り、カオスサーペントに全滅させられそうになった。
ジョセフとゴードンの乗った馬車は、ロゼッタたちの行方を見失い、仕方なく先にこの村に到着していたらしい。
ロゼッタや護衛の騎士たちは災難だったが、こうしてみんな助かったんだから、ひとまずそれを喜ぼう。
けれど、この片田舎の森にAランクの魔獣が出ることに、違和感があった。
おれはこの八年間で、Aランクの魔獣を見たことは一度もないし、村の人間からもこれまでそんな話は聞いたことがない。
「絶対にいなかった」と断言はできないが、どこか妙な気がしていた。
少しすると村長がやってきて、ニューポート伯爵家一行を自宅に招いた。
そのまま、今日は村長の家で一泊するそうだ。
伯爵家のあるアザレアの町に戻るには、馬車に乗っても二日と半日ほどかかるため、その間に別の町でも宿屋に泊まるという。
それなりに大変そうな旅路であるが、飛行機や車のない世界ならこれが普通のことなのだろう。
この世界で旅なんてしたことのないおれには、まだ実感できていないが。
村長の家には伯爵家の一行の他に、アーサーとマリン、そしてその場に居合わせたおれもついでに呼ばれ、一緒に行くことになった。
居間にみんなで集まり、そこにあった長方形のテーブルをはさむかたちで、一方の長辺にロゼッタとジョセフが並んで席に着き、反対側にアーサーとマリンが並んで着席し、両コンビで向き合っている。
それ以外ものは壁際に立って、その四人を静かに見守る。
村長と娘のカーラも、おれとは離れたところに立っているが、カーラはいつもの大人っぽく振る舞おうとする態度と異なり、怪談話を聞かされる前の子供のように不安そうにしていた。
「それでは、改めてお願い申し上げます。アーサーさま、そしてマリンさま。どうか、ニューポート伯爵家にいらしてくだい」
伯爵家の代表として、ロゼッタが正式に要請する。
凛としたその姿は、ニューポート伯爵家の令嬢にちゃんと相応しく見えた。
「いまはまだ広く知られていませんが、いずれ魔王の復活は、大陸全土に知れわたることになるでしょう。魔王とその軍勢の目的は、四百年前と変わらず我々人類の滅亡とされています。これより、わたくしたちは持てる力を結集して、魔王軍と戦わなければなりません。そうしなければ、わたくしたち人類は魔王軍によって滅ぼされてしまいます」
長いまつ毛を伏せ、憂いをおびた表情になる。
若干芝居がかっているような気もするが、壁際の聴衆──おもに騎士たちは、ロゼッタの言葉で少なからず発奮しているようすだ。
村長とカーラは寝耳に水のようで、まだかなり戸惑っていた。
「アーサーさま。マリンさま。わたくしたちには、あなたたちのお力が必要なのです。おふたりのお力をぜひとも、わたくしたちにお貸しいただけませんか?」
ロゼッタの願いを聞いて、ふたりは同時に部屋の隅っこで立っていたおれを見やる。
……とうとうこの時がやってきたか。
けど大丈夫だ。
そのために、これまでできる限りの準備をしてきた。
これ以上、おれができることなんてもうないだろう。
後はふたりを、ここから送り出すだけだな。
おれは黙って、ふたりに力強く頷いてやった。
「……わかりました。ぼくがみんなの役に立てるなら、行きます」
ほんの一瞬だけ、逡巡らしきものを垣間見せたが、それでもしっかりとアーサーは覚悟を決めた。
そうか、勇者はこうしてこの村を出ていったんだな。
「わ、わたしは……」
マリンは隣の決然とした表情をうかべるアーサーの横顔を見て、それから正面のロゼッタの顔を見る。
(そうだ。アーサーは決意したぞ。ならお前も──)
その後、マリンが再びおれの方を見る。
なんかちょっと泣きそうな顔になっている。
(あ、あれ? 「アーサーが行くんなら、わたしも」じゃないのかよ? もしかして、恐いのか? 心配するな。アーサーが絶対守ってくれるから)
おれは黙って、マリンに力強く頷いてやった。
「……」
マリンはくるりと首を回してロゼッタの方を向き、そしてすぐにまたおれの方に顔を向ける。
さっきより、さらに泣きそうな顔だ。
おれは黙って、はっきりと見えるように、マリンに大きく頷いてやった。
「……」
マリンがロゼッタの方を向き、またおれの方を向く。
いや、何回繰り返すんだよ?
「マリンさま、いますぐ決めていただかなくても大丈夫です。あ、いえ、お父さまやお母さまとご相談される時間が必要でしたね。配慮が至らず申し訳ありません。わたくしたちは今日一日、こちらでお世話になりますので、明日の朝もう一度お返事を聞かせていただけますか?」
「……はい」
申し訳なさそうにして、マリンは力なく頷いた。
しばらくマリンのことを心配して見つめていると、不意に誰かの視線を感じて、そちらに目を移す。
銀縁眼鏡の少年、ジョセフがなぜかこちらをじっと見ていた。
そうだ、あいつは一体なにものなんだろうか?
おれのゲームの知識では、ニューポート伯爵の子供はロゼッタひとりだけだったはず。
男児がいないのだから、後継のために養子を迎えたとしても不思議ではないのかもしれないが、なぜゲームには登場しなかったのだろうか?
ゲームと現実は、まったく同じではないというのはわかっているつもりだが……。
なぜだろう? 凄く気になる。
(そうか。もしかしたら、おれみたいな転生者の可能性もあるのか)
ちょっと調べてみよう。
おれは対象をジョセフにして、精神を集中させる。
何度も試してわかったが、おれの能力の効果範囲は半径十メートル以内。
この状況ならば届く。
「ステータス、オープン」
極小の声で唱えると、目の前にジョセフのステータスウィンドウが表示される。
(ふむふむ、名前はやっぱりジョセフ・ニューポートで間違いない。知力と器用さの数値はかなり高いが、魔法は使えないようだな。物理攻撃に関するステータスは全部並み以下。まあ、見た目通りだ。えっと、所持スキルは……四則演算か)
四則演算スキルは、ゲームでは道具や武具などの売買の際に、利益率などのデータを表示してくれる便利スキルだ。
あると生活する上で助かるかもしれないが、チートじゃないよな。
とすると、こいつは転生者ではないのかな。
(けど、転生者であるおれもチートは持っていないし。うーん、わからん……)
ジョセフはおれがそちらの方を見ていることに気づくと、軽く会釈してきた。
それに対し、おれも小さく頭を下げて返した。
なんなんだ?
本当に、わからん。
しばらくして、マリンの両親とアーサーの育ての親である司祭がふたりを迎えに来たので、この場はお開きとなった。
それぞれそのまま家に帰っていったので、おれとは話ができなかったが、湿っぽい話になっても……ならなくてもなんだか寂しいから、これでいいのかもな。
ふたりともなにか言いたげな顔をしておれを見ながら去っていったが、明日時間があれば、その時でいいだろう。
ひとり、村長の家を出たおれは空を見上げた。
日は沈みかけているが、まだ結構明るい。
なら大丈夫かなと、ジャックの家に向かって歩き出した。
伝えたいことと、訊きたいことがあったからだ。
村の外れのジャックの家に着くと、彼はちゃんと家にいて、おれを迎えてくれた。
居間で小さなテーブルをはさんで、ジャックとさしで向かい合う。
村長の家と比べると随分と狭いが、前世の日本で考えたら、立派な一軒家だ。
「どうした? ひとりで来るなんて珍しいな。朝の稽古のつづき……ではないのだろう? なにかあったのか?」
ジャックが不思議そうにたずねる。
普段表情の変化がそれほど大きくないので、淡泊な男のように見えるが、実際はけっこう感情が豊かなのは、長い付き合いで知っている。
黒目に黒髪で茶褐色の肌。
ちなみに容姿も整っていて、若いころはモテたんじゃないかな。
その顔を正面から見据えて告げる。
「さっき、村にニューポート伯爵家の人たちが来たよ。アーサーとマリンを迎えにね」
「……そうか」
ジャックが目を見開いた後、短く呟いた。
驚いているようすから察するに、彼もどうやら、来ることを知らなかったようだ。
「来たのは、伯爵の娘と息子、それから執事と護衛の騎士たちだ。その娘が言ってたんだけど、ジャックがアーサーのことを手紙で伯爵に教えてたんだって?」
「ああ。伯爵閣下とは古い付き合いでな。少し前から、閣下が新たな勇者となりそうなものを探しているというので、アーサーのことを手紙に書いたんだ。いけなかったか?」
「ううん、違うんだ。逆だよ。感謝してる。そうしてくれなかったら、アーサーを迎えに来てもらえなかったかもしれないから」
この時までおれは、アーサーとマリンがニューポート伯爵家に迎えられた経緯について、深く考えていなかった。
なんとなく、ふたりの噂なんかを耳にした伯爵が、そのうち迎えに来るだろうと能天気に思っていた。
なるほど。ゲームでは語られていなかったが、ジャックのおかげだったのか。
「ならば、よかったのかな」
ジャックがほっとしたようすで言う。
「私の目から見ても、アーサーは剣術の天才だ。いや、それどころではないな。アーサーはおそらく本当に……」
やっぱりわかる人にはわかるのか。
それとも、この目の前の元騎士が特別なのだろうか。
「そうだよ。アーサーは勇者だ。さっき、その力を覚醒させたんだ。Aランクの魔獣も、一撃で倒したんだよ」
「なに! Aランクの魔獣だと! そんなものがどこに? お前たちが朝の訓練にやってきてから、まだ半日も経っていないだろ? 一体なにがあったんだ……」
ジャックが先ほどよりも大きく目を見開いて驚愕する。
おれは朝の訓練を終えて、森に入ってからのできごとを、ジャックにかいつまんで説明した。
「そんなことがあったのか……とにかく、お前たちが無事でよかった……いや、お前は死にかけたんだったな。もう大丈夫なのか?」
「うん。もうなんともない。マリンのおかげさ」
「全部、お前の言う通りになったようだな。アーサーは勇者で、マリンは聖女。ああ、そうだな。きっと間違いないだろう」
「信じてなかった?」
「それは……どうだろうな。五歳の子供の言うことを真に受ける大人はそう多くはない。私も最初はそうだったかな。だが、アーサーの才能に触れるうち、まるきり子供の戯言とも思えなくなった。正直、私などが本当の勇者を見抜けるとは思わないが、アーサーが特別なのはわかるんだ。それにマリン。彼女のここ数年の成長ぶりは、目を見張るものがある」
アーサーだけでなく、マリンとおれもれっきとしたジャックの弟子だ。
ちゃんと剣術も教わっているし、「ジャック対おれたち三人」の模擬戦もよくやっている。
だけどアーサーと違って、マリンとおれに才能はない。
だから少し驚いた。
「え? マリンが? でも、あいつの剣術の才能は……」
「剣術の話ではない。なんというか、胆力や行動力といった部分かな。あの子は自分のためよりも、誰かのために力を発揮する。その時は、本当に強くなる。聖女というのは私にはよくわからないが、あの子が将来、勇者と共に魔王を打ち倒すと言われても、私はもう疑うことはないだろうな。それほどにあの子は成長したよ」
「それもジャックのおかげだな」
「いや、違うな」
ジャックがはっきりと断言して、じっとおれを見つめる。
だが、なにも言わない。
「な、なんだよ? なにが違うんだよ?」
沈黙に焦れて、おれの方から訊く。
「いや、いい。マリンの成長は自身の研鑽の賜物だ。もちろん、アーサーの成長もな。そういうことにしておこう」
変なもの言いだが、これはジャックの謙遜かな?
「私の目から見た、ふたりの話はそんなところだ。で、お前に関しては……」
「お、おお……」
おれのこともなにかあるのか?
面と向かって評価されるのは、わりと恥ずかしいな。
ジャックから見て、おれの評価ってどんなだろ?
そういえば、ちゃんと教えてもらうのはこれがはじめてかもしれない。
「なにも言うことはないな」
「は? え? どうして?」
思わぬ言葉に、面食らってしまった。
「必要あるまい。お前はお前自身のことを、一番わかっているはずだ。そうだろう?」
そう言って、ジャックが柔らかく微笑む。
嫌味や冗談ではなく、本当に思ってることを言っているのが、なんとなく雰囲気でわかる。
「すまんな。意地悪をしているわけではないんだが、大して学のない私には、お前を正しく言い表す言葉を持ち合わせていないんだ。けれど、それでも訊きたいというのなら……」
「えと、そう言われると気になるな。おれのこと、どう思ってるの?」
「お前は……そうだな『枠外』だ。要するに、私にもお前のことはよくわからないんだよ」
そう言われて、おれは驚きとともに感銘を受けた。
『枠外』とは、転生者を表す言葉としては、言い得て妙だと思う。
さすがに転生者であることを看破することはできないだろうが、それに近しい評価をおれに与えたジャックは、真に見る目のある人物だ。
「そ、そう? マリンとアーサーからは『変なやつ』扱いされてるし、おれって普通とは違うのかな……」
はははと、誤魔化すように笑ってみせる。
「『変なやつ』か。子供らしい素直な感想だな。それも間違いではなかろう。さらにその奥にあるものに気づくのは、ふたりがもっと成長してからだろうな」
ジャックが意味深に述べる。
もしもそうだとしても、そのころにはふたりはこの村にはいない。
おれはふたりの記憶には『変なやつ』のまま残りつづけるのか。
べつにいいけど。
ふたりに覚えていてもらえるなら、それでもいい。
「ふたりとも明日にはこの村を出ていくはずだよ。ジャックにも挨拶したかっただろうけど、今日は家族と過ごすみたいだから、代わりにおれが来たんだ。もしよかったら、明日の朝見送りに──」
「いや、私はこの国の貴族の前には──って、ちょっと待て。ふたりと言ったか? どういうことだ? お前は一緒じゃないのか?」
「え? そうだよ。最初は、アーサーを迎えに来たみたいだったけど、マリンの力を見て、一緒に連れていくことにしたようだけど……」
ゲームでは、マリンは最初からアーサーと一緒に伯爵邸にいる。
それまでの経緯は明らかでないが、一緒に行くことは間違いない。
「そうなのか? 手紙にはちゃんと……しかし、それがあいつの判断ならば仕方ないのか……」
後半はひとり言のようになって、聞き取れないくらい声が小さくなる。
それから、ジャックはおれを見やって
「お前は、それでいいのか?」
「え?」
「ふたりとは、もう……いや、しばらくは会えなくなるんだぞ」
「そうだね。けど、最初からわかってたことだよ。ふたりがこの村から出ていくことも、あいつらが勇者と聖女になることも」
そう言ってから、おれは少しだけ胸に痛みを覚えた。
ああ、これが喪失感ってやつなのかな。
思ってたほどじゃないかな。
だが、徐々にその痛みが大きくなっていき、やがて呼吸するのも辛く感じられるようになった。
酸欠のためか、精神的なもののせいなのか、からだが異常に重く感じられる。
(まいったな。思ってた以上かも)
そんなおれの姿を見て、ジャックは静かに椅子から立ち上がって、おれの背中をさすってくれる。
「無理はしなくていい。先ほどは『お前のことはよくわからん』なんて言ってしまったが、わかることもちゃんとあるんだ。お前はとても優しい子だ。いつも周りに気をつかい、悲しんでいるものがいると、誰よりも先に励ましてやる。やがて聖女になるというマリンでも、まだそこまではできないぞ」
「……」
「どういう意図があったにせよ、お前はマリンとアーサーにこの上ない愛情をもってこれまでずっと接していた。ふたりとの別れが、辛くないはずはなかろう」
「……」
「やはり、謝らなければならないな。結果的に、私がお前たちを別れさせてしまうのだから」
「ううん。必要なことだよ。全部そうなんだ。辛くても、やらなきゃいけないことだ。そうだろ?」
「やはりお前は優しくて、そして強い子だ。もしも、無事にあの子が……」
ぴたりと、ジャックの手が止まる。
「ジャック?」
「いや、なんでもない。そうだ、なにか飲み物でも出そう。すまないな。どうにも気が利かなくて……」
「そんなの……。こっちこそごめん。これまでいろんなことを教えてもらったのにさ、大してお礼もできてなくて」
「しょっちゅう魔獣の肉をもらってる。十分だ。本当なら、お前たちみたいな子供からなにかをもらうのは気が引けるんだが」
「狩りはおれの趣味だし、もらってくれると助かるんだ。将来はさ、この村で狩人になって、素敵な女の子を射止めてみせるぜ」
おれは精いっぱい明るく振る舞って、冗談をとばす。
「……そうか。なら、剣術の稽古はどうする?」
ジャックは優しく微笑んで、おれにたずねた。
「そうだな。しばらくはお休みにしてもらおうかな。おれには才能ないし。あ、でも、ここには遊びに来てもいいかな?」
「もちろん。いつでも来るといい」
「ありがとう」
マリンとアーサーとはもう会えなくなってしまうが、この心から信頼できる師匠とはまたいつでも会える。
それが嬉しかった。
おれとジャックは、この八年の間のことをしばらく語らって、外がすっかり暗くなった頃に、おれは自分の家へと帰った。




