07.ふたりめのヒロイン
「助けていただき、感謝申し上げます」
カオスサーペントから救い出した貴族令嬢が、おれたちに向かって丁寧に礼を述べ、深く頭を下げた。
現実世界で会うのはこれがはじめてだったけれど、彼女のことはすでによく知っている。
負傷して倒れていた騎士たちは、マリンの魔法による治療を受け、完全に回復していた。
マリンが先ほど獲得したスキル──それによって得られた『ホーリーヒーリング』は、どんな重症もたちどころに治すことができる最上位の光魔法だ。
それを使えば、毒や麻痺を無効化し、欠損した四肢すらも再生させることが可能である。
残念ながら病気は治せないが、それ以外はほとんどなんでも治せる大魔法なのだ。
ゲームでは、この村を出てからずっと後に獲得するものだったが、よっぽどみんなを助けたいという気持ちが強かったんだな。
えらいぞ、マリン。
アーサーにしてもそうだ。
勇者のスキルの獲得は、これからもっと先のことだ。
これまで疑ったことはなかったが、これでこの現実の世界でも、アーサーが本当の勇者だということが証明されたわけだ。
「それでは、村に案内します」
おれが先頭に立って歩き出す。
馬車は壊され、馬は全部逃げてしまっていたので、村へ行くには歩くしかない。
みんなはぞろぞろとおれの後につづいた。
「先ほどは見事な剣技でした。あのようなすさまじいものを見たのは、はじめてです」
貴族令嬢が、村娘たちとは一線を画す華やかな笑みをアーサーに向ける。
彼女は、ゲーム『クワンティック・エグゾダス』に登場するふたりめのヒロイン。
ニューポート伯爵家令嬢、ロゼッタ・ニューポートだ。
アーサーと同じく、明るめの金髪に白い肌、瞳の色は青く、絵に描いたような(実際に絵になってたが)美少女。
見た目からは儚くか弱い印象を受けるが、その実、芯はしっかりしており、ゲームでは割とアーサーにぐいぐいと迫っていた。
まあ、カーラみたいに直接的なアプローチはしていなかったが。
というわけで、見た目よりも気は強いが、ちゃんと優しさも兼ね備えており、たとえ相手が平民や奴隷であっても分け隔てなく接する。
年齢はおれたちよりも一つ上の十四歳(ゲームでは十五歳)。
背丈は、設定ではたしか百六十センチだったはずだが、実際にアーサーとマリンの間だから、合ってるんじゃないかな。
体型は、マリンよりも随分と女らしい。
「どのようにして身につけられたのでしょうか?」
「それは、毎日訓練して……」
「まあ。きっと毎日、厳しい鍛錬をなさったのでしょうね」
「えっと、どうでしょうか……」
敬語ではあるが、アーサーは村の少女たちに接するのと同じようにロゼッタに接している。
アーサーにとっては、ロゼッタもカーラもあまり違いはないようだ。
一方で、
「マリン、ですか? いい名ですな。先ほどのマリン殿のお力、素晴らしいものでしたぞ」
「あの、ありがとう……ございます」
「領内にこのような治癒魔法の使い手がいたとは。あの魔法はどうやって覚えたのだ?」
「えと、あの、さ、さっき、声が聞こえて……それで、こうしなさいって教えてもらって……」
「お前たち、マリン殿が困っておられるではないか。ところで、うちの息子の嫁にきてくれないか?」
「い、いや、あの、その……」
マリンも騎士連中に囲まれて質問責めにあい、律儀にひとつずつ答えていた。
おれはその光景を微笑ましく横目で見ながら、
(最後のおっさん、いらんこと言うな! マリンは将来、勇者の花嫁になるんだぞ!)
と心の中で舌打ちしていた。
「──!」
ふとマリンと視線が合うと、すぐに逸らされてしまった。
顔も赤くなっている。
これはやっぱり……。
(ああ、そうだよな。怒ってるよな……)
もちろん、理由は明白だ。
「ロブ。マリンのようす、変じゃない? どうしたの?」
いつの間にかアーサーがおれに近づき、耳打ちしてくる。
アーサーもまた、おれに対するマリンの態度が、いつもと違うことに気づいたようだ。
「ほら、さっき魔石の入った革袋を投げちまっただろ? あげるって言ってたのにさ。魔石は木っ端みじんになっちまった。それで怒ってるんだ」
「ふーん……」
確かめるようにアーサーはマリンをじっくり見て、ぽつりとひと言。
「多分違うと思うけど」
「え?」
おれが問いただすよりもはやく、アーサーは後にさがって、またロゼッタの隣に並んだ。
「アーサーさま」
ロゼッタが熱い眼差しをアーサーに向ける。
あれ? まだアーサーは名乗ってないよな?
おれが聞き逃したのかな?
「え? は、はい、なんでしょう?」
名前を呼ばれて驚いてるから、やっぱりまだ名乗ってなかったようだ。
「あなたはまさに、聞きしに勝るお方でした。あなたにお会いできて、心より嬉しく思います」
そばで聞き耳を立てていたおれは、その言葉に疑問を抱いた。
(聞きしに勝る? 一体誰に聞いたんだ?)
「ぼくのことなんて、誰に聞いたんですか?」
おれと同じ疑問を抱いたアーサーが、正面切ってたずねる。
「わたくしのお父さまです」
「お父さんですか? ぼくとどこかで会ったことがあるんでしょうか?」
「いいえ。お父さまも、あなたのことはとあるお方から手紙で教わったと」
「とあるお方?」
「はい。パイク村に住む、剣聖ジャック・キャメロンさまに」
(は? 剣聖? ジャックは剣聖だったのか?)
思いもよらない情報に、おれは少なからずショックを受けた。
ステータスを確認したときには、そんな称号はどこにもなかったぞ。
そもそも称号って表示されるんだろうか?
称号を持っている人間に、これまで会ったことがないからわからない。
アーサーやマリンのステータスウィンドウにも、いまのところ勇者や聖女とは表示されていないし。
「正しくは、ジャック・キャメロンさまはロディマス王家に正式に認められた剣聖ではありませんが、騎士団におられた頃はそのようにあつかわれていたお方だとか」
確認する前に、ロゼッタが補足する。
(そうか。それでステータスウィンドウには表示されないのか。いや、どうなんだ? どうやって確かめればいいんだろう?)
この能力に説明書なんてものはないからな。
これまで色々試してみたけど、完璧に把握できてるわけじゃない。
とりあえず、それは一旦置いておくとして。
(ジャックの剣術スキルはレベル5だ。剣士として十分だと思うが、すごくレベルが高いわけじゃない。なのに剣聖相当なら、よっぽどの技量の持ち主ってことだよな。ふむふむこれは……)
何度も言うが、おれの目に狂いはなかったな。
「手紙によれば、アーサーさまは幼少の頃より、ジャック・キャメロンさまのご指導を受けておられるそうですね?」
「はい。ずっと前から、ジャック……さまに、剣術を教わっています」
「やはりそうなのですね。あっ、わたくしとしたことが……申し遅れたことをお詫びいたします。わたくしの名はロゼッタ・ニューポート。ニューポート伯爵家のものです。この度、わたくしたちはアーサーさまにお会いするために参りました」
「ぼくに? なん……どうして、ですか?」
「あなたは、わたくしたちが探し求めていたお方。先ほどの雄姿を目の当たりにして、確信いたしました」
「さっきのぼくの……雄姿?」
「はい。あの怖ろしい大蛇に立ち向かう姿は、英雄そのものでした」
ロゼッタが目を輝かせて、熱っぽく語る。
反対に、アーサーは顔をやや曇らせて、
「ぼくが英雄だなんて……そんなこと、ありません……」
「いいえ、先ほどは──」
「さっきは……」
俯きかけて、その途中でぴたりと止まる。
さっきの自分を、ちゃんと思い出したようだ。
それから顔をしっかりと上げて真剣な表情になる。
「ぼくは本当は大したことないんです。だけどさっきみたいに、自分でもびっくりするような力が出せるようになったのは、きっと──」
ちらりとこちらを見て、
「ぼくを信じて、必要としてくれたからなんです」
「そうなのですか? でしたら、わたくしも信じます。アーサーさまは必ずや──」
そこで言葉を区切り、ロゼッタが居住まいを正す。
「アーサーさま。ぜひとも、勇者選定の儀に、我が伯爵領の代表として参加していただけませんか?」
(……来たか)
「勇者選定の儀?」
聞いたことのない単語に、アーサーが首を傾げる。
そういえば、どうやって勇者になるのか、詳しくアーサーに説明してなかったな。
まだもうちょっと先のことだと思ってたし。
「はい。王都で催される、新しい勇者を見つけるための儀式です」
「そんなのがあるんですか? 全然知りませんでした」
全く他人ごとのような反応を見せる。
ここにきてもまだ、自分とは結びつけて考えられないようだ。
もっとはやくに説明しておくべきだったか。
まあ行けばわかるし、さして問題なかろう。
「ロゼッタさま。ひとつ、お訊きしてもよろしいですか?」
おれは歩みを止めず、前を向いたままでロゼッタにたずねる。
貴族相手に普通ならば不敬になるかもしれないが、命の恩人(の仲間)ということでこの際大目に見てもらおう。
「ええ。なんなりと」
突然横合いから口を差しはさまれても、ロゼッタはまるきり態度を変えなかった。
これまでのようすで判明したが、やはり現実世界の彼女もまた、『クワンティック・エグゾダス』のヒロインに相応しい性格のようだ。
「もしかして、魔王が?」
おれの質問に、ロゼッタがはっとする──そちらを見てはいないが、そんな気配がした。
そして、厳かな口調で、
「……はい。魔王が復活したそうです」
その瞬間、森の中の空気が凍てつくような感覚に見舞われた。
「わたくしも、それほど詳しい話を知っているわけではありませんが、お父さまに聞いたお話では──」
そう前置きして、
「魔王軍の本拠地である暗黒大陸にほど近いゾディア帝国は、すでに魔王軍の一部と交戦しました。けれども、流石の軍事大国ゾディア。すぐに魔王軍を暗黒大陸に押し返しました。その際、捕らえた魔族の口から魔王の復活が告げられたそうです。人間側は未だにその姿を確認していないそうですが……」
緊張をはらんだ声で、ロゼッタがさらにつづける。
「伝承では、魔王を倒せるのは聖剣とそれを扱える勇者のみとされています。中央大陸の各国はとり急ぎ、新たな勇者を見つけるよう動いております。我が王国も王都にて、勇者選定の儀を近々執り行う予定です。ええっと……」
「ロバートです」
「ロバートさま。あなたは勇者選定の儀をご存じなのですか?」
「聖剣ウィンダリアに認められたものを勇者とする、ですよね?」
「え、ええ。その通りです」
ロゼッタは「田舎村の子供がどうして?」と言いたげなようすだが、それをちゃんと説明する気はおれにはない。
「聖剣って……剣、ですよね? 認めてもらうって……どうすればいいんですか?」
アーサーが素朴な疑問を口にする。
おれは、この場はこれ以上口をはさまないことにして、黙っていた。
「それは……すみません、わたくしも知りません」
ロゼッタが申し訳なさそうに答える。
「あっ、えっと、こっちこそ、ごめんなさい」
アーサーも申し訳なさそうに謝った。
そうやって話しながら歩いているうちに、おれたちは村へと到着した。
「姉上!」
村の中から、眼鏡をかけた身なりのいい少年がこちらに駆け寄ってきた。
「ん?」
村の子供ではない。だがその少年の姿を見たとき、おれはなぜだか既視感を覚えた。
おれはこの村から森までしか行ったことがないから、その少年に会ったことはないはずだが。
見た感じ、年はおそらくおれと同世代だ。
背丈もおれと同じくらいで、肌の色も同じく白い。
髪の色は暗い金髪、瞳の色は青で、細いフレームの銀縁眼鏡をかけていて、体型はかなり痩せている。
着ている服は、ゲームで貴族の子供が着ていたのと大体同じで、きっと高価なものだろう。
それに、眼鏡なんかはおれも転生してからはじめて見た。
村の人間で眼鏡をしているものはいない。
マリンとアーサーが少年の顔に乗っかっている奇異なものを「なにそれ?」と口を開けて見ているのが、ちょっとおかしかった。
「姉上、ご無事でしたか?」
眼鏡姿の少年は、ロゼッタの前で立ち止まり、安心したように息をつく。
「ええ。こちらの方々がわたくしたちを助けてくれました」
ロゼッタはおれたちに順繰りに顔を向け、
「アーサーさま、マリンさま、それから、ええっと……」
「ロバートです」
どうやらモブの名前は覚えにくいようだ。
「失礼しました。ロバートさまです」
ロゼッタがにこやかに笑う。
笑って誤魔化す腹づもりだな。
べつに気にしてないが。
「そうでしたか。勇者さまと聖女さまにお会いできたのですね」
少年が眼鏡のつるをもってくいっと上げる。
その動作も、なぜか見覚えがあるような……。
それに、いまの科白はどういうことだ?
「ええ。わたくしたちの期待以上のお方でした。みなさまにご紹介します。こちらはわたくしの弟で、ジョセフです」
それを聞いて、おれは眉をひそめた。
おれの知る限り、ロゼッタに弟はいないはずだ。
だけどジョセフという名の貴族の少年は、おれの知っている誰かに、どこか似ている気がした。




