05.串焼きとはじまりの予感
焚火を囲うため、適当な石を拾ってきて組み上げる。
その真ん中に乾いた枯れ枝を集め、あとは火をつければ、串焼きのための炉の完成だ。
さっき倒したスクローアの肉は、先端を削った木の枝に刺してある。
村を出る前に家から取ってきたナイフで、スクローアの尻の肉を切り取り、皮を剥いで、一口大に切り分けて、枝で作った串に刺した。
これも家から持ってきていた塩を、肉にさっと振りかけておく。
前世では、アウトドアとは無縁の人生だったが、いまではすっかり手慣れてしまった。
マリンとアーサーも一緒に作業を手伝ってくれたから、準備はすぐにできた。
「よっと、あとは火だな」
この世界にはライターはないが、マッチならある。
けれどマッチは高級品で、村で使っている人間はいない。
え? 火の魔法だって?
もちろん、この世界にあるにはあるが、そんなものを使えるやつはここにはいない。
そもそも魔法を使える人間は、この世界でも少数だ。
おれたちの村でも、魔法が使える人間はごくわずかで、その中でも火の魔法を使えるものはいなかった。
では、村の住人はどうやって火を起こすのか。
一般的なのは、火打石である。
石を打ち合わせて、火花を起こすやつだ。
だが、ゲームの知識を持つおれは、村のみんなよりも一歩進んだ手段を持っている。
おれは腰につけた小さな革袋から、布の端切れでくるんでいた、アーモンドぐらいの大きさの石を取り出す。
石はどちらも半透明の赤色で、ルビーのような見た目だ。
それが、同じ程度の大きさでふたつある。
この世界で『魔石』と呼ばれるアイテムだった。
取り扱いに注意しながら、その魔石同士を軽くぶつけ合わせる。
すると、火打石で起こしたやつの何倍もの大きさの火が発生した。
「うわあ! ロブのそれ、何回見ても凄いね!」
アーサーが目を見開いて、年相応にはしゃぐ。
ぶつけ合わせる衝撃をもっと強くすれば、さらに火を大きくもできる。
魔石には、魔法の属性と同じく八つの種類がある。
火、水、風、土、場、雷、光、闇の八つで、色も属性に合わせて違う。
それぞれ、ふたつ以上の魔石をぶつけ合わせて共鳴させることで、魔法を使うのと同じ効果が発生する。
この現象は、おれが自分で見つけ出したわけではないのだが、ほとんどの人間はこのことをまだ知らない。
この世界でもちゃんと確立された方法であるが、なぜ人々の間に浸透していないのかというと、ふたつの理由がある。
ひとつめの理由は、とある国がそれを国家機密にしているから。
ゲームの中盤以降に勇者たちが行くことになる、軍事大国『ゾディア帝国』がこの技術を使って、すでにいくつもの兵器をつくっている。
そしてもうひとつの理由は、魔石がレアアイテムだからだ。
魔石は魔獣の体内から取れるが、その確率は数百にひとつだった。
しかも、Bランク以上の大型魔獣からしか取れないので、入手難易度が非常に高い。
おれは森で狩りをしまくって、本当に運よくふたつ入手できた。
しかも同種の魔石だったのは、奇跡だと思った。
アーサーたちが魔王を倒して平和になったあかつきには、これを売っぱらって父さんと母さんに贅沢暮らしをさせてやろうと目論んでいた。
「……」
テンションの高いアーサーとは反対に、マリンは黙ったまま、おれの手元にある魔石をじっと見つめている。
その瞳は心なしか、きらきらと輝いているように思える。
まあ、単純に綺麗だからな。
おれもはじめて手に入れた時は嬉しくて、しばらく見つめつづけていたもんだ。
「どうしたマリン? もしかして、欲しいのか?」
からかい半分で訊いてみる。
「そ、そんなこと……」
マリンが恥ずかしそうにしてそっぽを向く。
おや、この反応はもしかして、本当に欲しかったのか。
そうか。そうだよな。マリンも年ごろの女の子だ。
綺麗なものが好きなのは当たり前か。
「ふーん。じゃあ、お前が大人になったら、一個やるよ」
一個あれば、親孝行には足りるだろう。
だから一個は、マリンとアーサーの結婚祝いにでもしようか。
『クワンティック・エグゾダス』では、勇者とヒロインは最後に結婚式を上げてフィナーレを迎える。
マリンの純白の花嫁姿は、そりゃもう感涙ものであった。
「な、なに言ってんのよ! それ、凄く大事なものなんでしょ!」
マリンが驚いて、ほとんど叫ぶように言う。
「うん? そうだな。だからやるんだけど?」
おれにとっては、推しが喜んでくれる方が大事だ。
「ば、ばかじゃないの……」
「え? もしかして、いらなかった?」
「ふん! あんたがどうしてもって言うんなら、もらってあげるわよ!」
「そっか、じゃあ頼む。もらってくれ!」
「──っ! で、でも……」
「頼むよ。お前にもらって欲しいんだ」
「わ、わかったわよ……」
おれの言葉が意外だったのか、マリンが戸惑いながらも頷く。
それに満足したおれは、途中だった作業を再開した。
「べつに、そんなのもらわなくたって……」
マリンの呟きは小さすぎて、よく聞き取れない。
きっと、お礼の言葉だろうな。
「えっと……」
聞き返そうとして、でもなんかまた怒鳴られそうな雰囲気なので、そのまま黙っておいた。
そんなおれたちのやりとりを、アーサーはずっと笑顔で見守っていた。
「えっと、じゃあ、さっそく肉を焼くか」
魔石で枯れ枝に火をつけ、できた焚火を囲むようにして、炉の中に串を並べる。
しばらくすると、食欲をそそられる、肉の焼けるにおいが漂いはじめる。
「ほら」
よく焼けた肉の串をマリンに手渡した。
「あ、ありがと……」
「熱いから気をつけろよ。ほら、アーサーも」
「うん。ありがとう」
おれから串を受け取り、アーサーがさっそく肉にかぶりつく。
「美味しい。こうやってふたりと食べるご飯は、やっぱり最高だね」
その言葉におれは嬉しくなって、どんどん肉を焼くことにした。
「ほんとに美味しい」
推しの笑顔に癒され、心がうき足立つ。
天下無双の異世界転生ではなかったけれど、おれは十分に幸せな第二の人生を送れていた。
と、そこで──
ドォーン。
耳をつんざくような轟音が、突如森の中に響きわたった。
「な、なにが?」
おれたちは椅子にしていた切り株から揃って立ち上がり、急いで周囲を見回す。
「あ、あそこ!」
アーサーが指さす方向を見ると、森の奥深くから空に向かって無数の鳥が一斉に羽ばたいていくのが見えた。
森の奥でなにかが起こっている。
しかも、ただごとではないなにかだ。
三人とも、ひと目でそれを理解した。
「どうしよう?」
マリンが不安そうにおれを見て、アーサーもすぐにこちらに顔を向ける。
ふたりの視線をしっかりと受け止めて、思考を巡らせる。
(これは……)
こんなことは、この森に通って以来はじめてだ。
ゲームでは……まだゲームの開始地点には辿り着いていない。
だが、なぜかおれには予感めいたものがあった。
(もしかして、はじまるのか? だとすると……)
おれは改めてマリンとアーサーをしっかりと見据える。
さっきの魔獣との戦闘は、おれから見て申しぶんないものだった。
ふたりとも、ちゃんと成長できてるな。
(そうか。なら問題ない。もうふたりは……)
ほんのわずかな時間で、その覚悟を決めた。
心の奥底にある言葉にしづらい感情を、頑丈な箱に詰めて、さらに奥にしまい込む。
「……行ってみよう」
おれの勘が当たっているならば、そうすべきだ。
「うん」
「わかったわ」
ふたりの返事を聞いて、おれは見えないなにかを振り切るように森の奥へ駆け出した。




