04.勇者ごっこ
森の中、一匹の野兎が、一頭の魔獣に追われていた。
『スクローア』という見た目はほぼ猪の魔獣だが、からだの大きさは本当の猪よりも一回り大きい。
ランクはE。
野兎はすでに満身創痍で、スクローアに捕まるのは時間の問題だった。
やがて木の根に足をとられたのか、野兎が大きく体勢を崩す。
そこへ魔獣のあぎとが無慈悲に迫る。
おれはあえて堂々とその場に出て行って、スクローアの頭部を目がけて石つぶてを放った。
ブモッ!
石つぶてが直撃したスクローアは短く鳴き、しかし倒れることなくおれの方に頭を向けて、臨戦態勢をとる。
おれとスクローアとの距離は、四十メートル弱といったところか
スクローアの脚力ならば、ものの数秒でおれに届く。
けれど、おれは余裕の表情で、こちらを睨むスクローアの目を見返した。
おれのステータスを見る力は、『鑑定』スキルと違って人にしか効果がないので、スクローアのステータスは見れない。
だがおれにはゲームの知識があるから、スクローアの能力は把握済みだ。
魔獣のランクは、危険度に応じて冒険者ギルドが判定している。
ランクはAからF、それから特別枠としてその上にSがあって、SやAに近づくほど強くて凶悪だ。
本来ならEランク程度の魔獣であれば、投擲のスキルレベル6のおれが全力で投げていれば、石つぶての一撃で倒せる。
ならば、なぜやつはいまだに立っていられるのか。
その答えは、おれが手加減したからだ。
その理由は──
がさっ。
スクローアのいる位置から、さほど離れていない場所の木のこずえが、音を立てて揺れる。
そこに立っているのは、マリンだ。
マリンは口を引き結び、しっかりとスクローアを見据えていた。
スクローアは攻撃対象をおれから、か弱そうなマリンに変えてくるりと転身した。
野生動物よりもはるかに獰猛な魔獣に真っ向から睨まれても、マリンはほとんど表情を変えず、身震いひとつしなかった。
スクローアがマリンに突進しようと、前足の蹄で地面をかく。
「ふたりとも、目を閉じて!」
マリンがおれたちに向かって叫ぶ。
それに従って、おれと、まだ姿を見せていないもうひとりがぎゅっと目をつぶる。
「フラッシュ!」
途端に、マリンの両手から眩い閃光が発せられる。
魔法による光の奔流に目をやられ、スクローアがのたうった
「アーサー!」
おれはうっすらと目を開き、主役の名を呼んだ。
「うん!」
マリンとは反対側の草むらからアーサーが飛び出し、剣を瞬時に振り下ろしてスクローアの首を一撃で刎ね飛ばした。
おれたち三人の連携技が、見事に決まった瞬間だ。
「やっぱり、凄いわね!」
アーサーの鮮やかな手並みを、マリンが率直に評価する。
「そうかな?」
アーサーはくすぐったそうに、軽く身をよじらせた。
「ああ。刃を落とした剣で、硬い魔獣のからだをばっさりと両断したんだ。すげーよ」
おれも感心して言う。
これまでも似たようなことはできていたが、今日は一段とキレがあった。
「そんなに言われると、なんだか恥ずかしいよ」
耳まで顔を真っ赤にして、上目づかいで言う。
アーサーは褒められて伸びるタイプだ。
マリンもそう。
だから、ふたりが頑張ってなにかをやり遂げた際には、ちゃんと褒めてやる。
ふたりのモチベーションに人類の未来がかかっているのだから、これは大事なことなのだ。
戦闘が終わり、マリンが倒れた野兎のもとに駆け寄る。
「いま治してあげるから」
傷付いた野兎を胸もとに抱き、ヒーリングを使って治療を施す。
ほんの数秒で、野兎の負っていた傷は完治した。
「よかった。今度から、危ないところには近寄らないようにね」
まだ実際にそうなっていないが、それだけでもう聖女と呼ばれるに相応しい慈愛に満ちた笑みをうかべ、去っていく野兎を見送る。
おれは時々、こうやって狩りにふたりを連れてきて、戦闘訓練のようなことをしている。
来るべきその時に備えてのことだった。
やがてふたりは勇者と聖女として、魔王討伐の旅に出る。
わずかでも、その役に立つかもしれないと思ったからだ。
大した力もないモブができるのは、これくらいのことだろう。
「それじゃ、さっそく昼飯にしようか」
後は、ふたりにきちんと栄養を与えることだな。
おれは、狩りたての獲物に目をやって言った。




