03.村の人気者
朝の剣術の稽古を終え、おれはマリンとアーサーと並んで、村のメインストリート(ただの村で一番広いみち)を歩いていた。
現在おれたちは、村はずれに住む元王国騎士のジャックから、三人で剣術を学んでいた。
おれたち三人にはそれぞれに、師匠のジャックが、使い古して刃を落とした剣を訓練用に与えてくれていたが、アーサー以外はジャックの家に置いてきていた。
アーサーは自分が暮らす教会でも、自主練習で剣を振っているので、村の中でもほとんど常に持ち歩いている。
スキルのレベルを上げるには、魔獣を倒して経験値を得る必要があるが、単純な体力や筋力は地みちな訓練でも上げることができる。
これはゲームと違うところだったが、現実では筋トレで筋肉がつくのは当然だろう。
もちろんゲームと同じように魔獣を倒しても、ちゃんと基本パラメーターは向上する。
ふたつを比べた場合は、魔獣を倒して経験値を得る方が上昇率はいい。
だけど、単に数値だけを上げるよりも、ちゃんとした剣術を身につけた方が強くなれることを、ジャックが証明してくれていた。
『クワンティック・エグゾダス』では『名もなき村』と言われていたが、実際はちゃんと『パイク村』という名前がある。
ロディマス王国の北部に位置し、人口は八百人ほど。
村の人々は、農作と狩りで自給自足の生活をしている。
しばらくみちを歩いていると、農作業をしている村の大人たちにまじって、おれたちと同世代のガキ、もとい少年少女たちの姿が目にうつる。
あるものは畑仕事の手伝いをし、あるものはみち端でおしゃべりに興じ、あるものは目的もなくただ走り回っている。
だがそいつらはアーサーとマリンを一目見ると、ふたりに目が釘付けとなって、その手や足、そして口までもがぴたりと止まる。
無理もあるまい。
なんせ、おとぎ話から飛び出してきたような類まれな美少年と、見た目は可憐な美少女だ。
勇者──に今後なる予定の少年、アーサー。
黄金色の明るい金髪に白い肌、曇りのない澄んだ青い瞳。
女の子に間違われるくらいに中性的で、非常に整った顔立ち。
ほっそりとした体格で、背丈はゲームの設定では百六十三センチだが、実際に測ったことはないから正確にはわからない。
ただ、現実にはおれより少し低い。
おれの身長がどれくらいあるのか知らないが、村の同じ年のやつらの中では高い方だ。
性格は真面目で素直。
やや引っ込み思案で、たまにネガティブになってひどく落ち込むこともあるが、基本的には朗らかで前向きだ。
おれとは、もの心がついた頃からの幼馴染。
そして、聖女──に今後なる予定の少女、マリン。
赤毛に白い肌で、緑色の瞳。
顔立ちもよく整っていて、おれの主観を抜きにしても、愛らしさで溢れている。
体型は華奢で、身長は設定では百五十二センチ。
本当はどうかわからないが、実際におれやアーサーよりも小さい。
性格は、やきもちやきで割と短気。
それから、かなりの恥ずかしがり屋でもある。
だが同時に、献身的で愛情深く、慈愛に満ちた女の子だ。
彼女もまた、おれとアーサーが出会ったころからの幼馴染。
そんなふたりと村の中を歩くと、いまのような周りの反応はよく見る光景だった。
「おはよう、アーサー」
ちょうど向かいから歩いてきた、おれたちのひとつ年上の少女、カーラがアーサーに話しかけてきた。
この村の有力者である村長の娘であり、他の村娘たちと同様にアーサーに夢中で、こうしてことあるごとにアーサーに言い寄っている。
髪と目はこげ茶色で、顔は美形の部類だ。
もうすでに成人女性にほど近い体型で、この村では珍しい、しゃれたワンピースを着ている。
「よかったら後で私と一緒に、うちでお昼を食べない?」
一体どこで覚えたのか、アーサーにあだっぽくしなだれかかる。
まるで……いや、実際におれたちの姿など目に入っていないのだろう。
カーラは誰はばかることなく、アーサーに猛アタックをはじめた。
「……」
おれは少し緊張しながら、マリンを見やった。
ゲームの設定通りなら、ここでマリンがやきもちをやいてアーサーの脇に肘打ちを入れる。
ゲームにはカーラは出てこなかったが、設定通りの性格ならば、マリンはそうするはず。
前世を合わせて三十三年間彼女のいないおれには、現実の十三歳の少女の気持ちなぞまったくわからないが、これもゲーム通りであるなら、この時点でマリンはアーサーのことを憎からず思っているはずなのだ。
けれど、マリンは眉をほんの少し動かしただけで、なんの行動も起こさなかった。
(またか……)
ゲームの彼女をよく知るおれは、大きな違和感を覚えるが、よくよく考えれてみれば、べつにおかしなことではないのかもしれない。
だって──
(そりゃ、ゲームと現実は、ちょっと違うかもしれないもんな)
これまでアーサーが女の子に言い寄られるできごとは、幾度となくあった。
いまはカーラだが、彼女以外では村中の少女たちがその相手だった。
しかしこの現実世界のマリンは、ゲームと違ってアーサーに直接暴力を振るうことはなかった。
殴られて喜ぶ男は稀なので、それはそれでいいことだと思うが、「暴力系ヒロイン」が暴力を振るわないのはなんだか心配になってしまうのだ。
「……」
「……なによ?」
そのようすをじっくりと観察していたおれに、マリンが不審なものを見る目を向けてくる。
「いや、その……からだの調子が悪いのかなと思って」
「なんで?」
「……肘が痛くて、肘打ちができない、とか?」
「はあ? なんでわたしが、肘打ちなんてするのよ?」
「だって、アーサーが可愛い子に言い寄られて……」
「っ!」
言い終わるよりも先に、マリンがおれの足をおもいきり踏みつける。
「いだぁ!」
おれは片脚を抱えて飛び跳ねた。
どうやら大切なアーサーの代わりに、おれが鬱憤を晴らす相手になっているらしく、現実では大抵こうなっていた。
ちょっと痛いが、推しが元気ならまあいいや。
「今日のお昼は、ロブとマリンと食べるから」
おれとマリンがどつき漫才じみたことをやっている一方で、アーサーが苦笑をうかべながらカーラから身を離す。
「もう、いつもそう言って……」
カーラが頬をふくらませる。
が、しつこくしてアーサーに嫌われるのを恐れてか、それ以上はなにも言わなかった。
「ごめんね。それじゃあ」
カーラに謝り、アーサーはおれとマリンに目配せをして先に歩き出す。
おれはマリンと一緒に、すぐにアーサーの後を追いかけた。
「よかったのか?」
アーサーの隣に並んで、ちらと後ろを見ると、親指の爪を噛んで悔しそうにしているカーラの姿がまだそこにあった。
「なにが?」
アーサーが無垢な顔で訊いてくる。
「そりゃ、村長の家の飯だよ。きっと上等な肉が食えたんじゃないか?」
おれがそう言うと、アーサーは明るく笑った。
「上等な肉なんて、いつも食べてるよ。ロブがとってきてくれるからね」
「お、おう」
アーサーの言う通り、おれは自分で狩った魔獣の肉をアーサーやマリンによく分け与えていた。
おれの投擲スキルのレベルは既に6。
Bランクの魔獣でも、石ころで倒せるようになっていた。
五歳のころから毎夜、家を抜け出しては村の近くにある森に入り、魔獣を相手に体力の続く限り石を投げまくった。
凶暴な魔獣に襲われ、幾度か命の危険もあったが、それでもやりつづけた。
ゲーマーの血がそうさせたのか、恐怖よりもレベルを上げる楽しさが勝ったのだ。
ゲームでの経験もあってコツもすぐに掴めたので、レベルアップもわりとはやかった。
「マリンも喜んでるよ。ね?」
急に自分に話を振られて、マリンが狼狽する。
「そ、そうね。お父さんとお母さんが美味しいって喜んでたわよ。そ、それから、わ、わたしも……」
なぜかマリンは顔を赤くして、もじもじしだす。
うちと同じくマリンの両親もこの村の農民で、うちの両親に勝るとも劣らない、いい人たちだ。
特に父親は、ひとり娘のマリンを溺愛している。
アーサーの方は、元々は棄児で、この村の教会の司祭に育てられた。
なので住む家も教会で、いつも司祭と同じ部屋で寝起きしている。
ちなみに、司祭も凄くいい人だ。
「そっか。じゃあ、今度はもっと大きいやつを狩ってくるぜ」
そうすれば、肉をもっとたくさん渡せる。
「あ……ありがと……」
マリンの声が小さくて、よく聞き取れない。
「ん? なんだって?」
もう一度言ってもらおうと思ってたずねると、どうしてだかマリンが怒鳴る。
「なんでもないわよ! また前みたいに怪我しないように気を付けなさいよね!」
「あ、ああ。気を付ける」
マリンの剣幕に押され、おれはこくこくと頷いた。
「そうだね。危ないことはしないでね」
アーサーにも真面目な顔で念押しされてしまう。
ちょうど一年ほど前の狩りで、おれは左腕に大きな怪我を負った。
隠れていた魔獣に、突然背後から襲われたのだ。
幸い命に関わるものではなかったのだが、久々の大怪我だったので、ふたりには心配をかけてしまった。
その傷は、いまは綺麗さっぱりとなくなっている。
マリンの魔法『ヒーリング』で治してもらったからだ。
さすがは、未来の聖女さまである。
「そ、それにしても、アーサーもだいぶ腕を上げたんじゃないか? もうちょっとでジャックに勝てるかも……」
なんとなく気まずくなり、話題を変えて先ほどの稽古試合の話をする。
「そうかな? 自分では、まだまだって感じだけど……」
アーサーは自信なさげなようすだった。
この世界の人間は、おれのように自分や他人のステータスを見られない。
だから、自分のいまの能力を正確に知ることはできない。
「動きが前の時よりもずっと、はやくなってたわよ」
おれのざっくりとした感想を、マリンが補足する。
前回の稽古試合は、一か月前だったかな。
その間も訓練はしていたが、ジャックと一対一の勝負はやってなかった。
試合ではジャックに負けてしまったが、アーサーの成長はしっかりと感じとれた。
「だったら、嬉しいな」
アーサーがはにかんで微笑む。
カーラや村の少女らが目にしたなら、卒倒しかねない顔だ。
さすがは、未来の勇者さまである。
(大名諸侯……いや、騎士ならば剣で殺すが、勇者は微笑みで殺す、だな)
前世で、そんな話を聞いたことがあったから、おれは勝手にアレンジを加えた。
アーサーの剣術修行。
同時におれとマリンもジャックから剣術を学んでいるのだが、おれもマリンも剣術スキルはなく、才能もない。
重要なのは、アーサーにちゃんとした剣術を学ばせることだった。
そのために、村の外れに住む、かつては騎士だったと噂されていたジャックのところに、弟子にしてくれと押しかけたのだ。
そのジャックも、ゲームには出てこない。
なので、彼の詳しい過去やエピソードなどは知らない。
森での狩りの帰りに、たまたま家の庭先で剣を振っている姿を見て、アーサーの剣術の師匠に選んだ人物だ。
技量も人柄も申しぶんのない人物で、彼を選んだおれの目に狂いはなかった。
「ロブが勇者ごっこをやろうって言いだした時にさ、どんなことをするのか全然わからなかったけど、剣術の修行だって知った時はびっくりだったよ」
「いや、それだけじゃないぞ。マリンの光魔法の修行も、れっきとした勇者ごっこの一部だ」
「昔からずっとそう言ってるわよね。それって必要なことなの?」
「勇者には仲間が必要だからな。戦いでの傷を癒せる光魔法の使い手は、絶対に必要なんだ」
マリンの修行は、彼女の魔法『ヒーリング』とスキル『癒し』のレベルを上げるためのものだ。
『ヒーリング』は光魔法に属し、レベルを上げることでその効果を向上させることができる。
『癒し』スキルの方も同様である。
八年前から週に何度か、おれはマリンをアーサーの家である小さな教会に連れていき、司祭から光魔法を教えてもらっている。
それでマリンは、『ヒーリング』や他にいくつかの光魔法を覚えたのだ。
光魔法のレベルは、魔獣を倒して得られる経験値ではなく、魔法を何度も使うことで上げられるので、怪我をした村の人たちや、野良犬や野良猫の傷を治したりしてレベル上げを頑張っている。
その結果、いまではアーサーと並んでマリンも村の人気者になっていた。
おれとしては、推しが人気者なのはすこぶる気分がいい。
前に軽くそれを茶化すと、「誰のせいよ!」と怒られてしまったが。
「いつも思うんだけど、それじゃあ、あんたはなにをするのよ?」
マリンがおれにジト目を向ける。
「ふっふっふっ、それは時が来れば教えてやるさ」
おれはからだの前で腕を組んで答えた。
「またそれ? そんなこと言って、自分だけなにもしないで楽するつもりじゃないの?」
「推しの応援は、立派な役目なんだぞ」」
「なんなの? 全然、意味がわからないわ」
可愛らしく、マリンが口をとがらせる。
「ふふ、ロブって、しょっちゅう変なことを言うよね」
アーサーが興味深げにおれを見つめる。
「そういうひとのことを……えっと……そう、『個性的』って言うんだっけ?」
「変人なのよ、へ、ん、じ、ん」
アーサーはおれに気をつかってやんわりと表現したが、マリンはにべもない。
(なんたって、中身は累計三十過ぎのおっさんだからな。子供っぽく振る舞うのは、わりと大変なんだよな)
おれは心の中でそうこぼす。
「でもさ、勇者ごっこって……いま時やってる子、他にいないよね?」
アーサーの言葉は、真に的を射ていた。
五歳のころに、おれたち三人ではじめた勇者ごっこ。
八年前の当時ですら、やってるやつはおれたちくらいだった。
前勇者の偉業はかなり風化しており、勇者ごっこは子供たちの間で廃れて久しかった。
もちろん、この勇者ごっこにはちゃんと理由がある。
おれはこの世界の未来を知っている。
『クワンティック・エグゾダス』というゲームは、魔王復活から物語がはじまる。
四百年前に前勇者によって封印された魔王が、魔王軍の残党の手によって復活するのだ。
アーサーはやがて聖剣ウィンダリアに選ばれ、新たな勇者となって仲間らとともに魔王を討つことになる。
現時点では魔王は復活はしておらず、アーサーもまだ勇者として覚醒していないが、近いうちにその日がやってくるはず。
折しも勇者と同じ村に生まれたおれは、アーサーとマリンを多少は導いてやることができる存在だ。
モブで、しかも子供のおれができることはなにか。
色々と考えて思いついたのが、時代遅れの勇者ごっこだった。
(くっくっくっ。この勇者ごっこが、数年後にはまたブームになるだろう。アーサーとマリンの修行を手伝ったおれも、村で一目置かれるようになるかもな。古くせーとかいって馬鹿にしくさったガキどもめ。見てろよ)
「リバイバルブームってやつだな」
おれの前にひれ伏す村のガキどもを想像し、ひとり悦に入る。
「また変なこと言ってるわね……」
マリンのあきれた声がおれの耳に届き、はっと現実に戻ってくる。
「ふふふ」
アーサーはにこにことして、ずっと楽しげだ。
「そろそろ腹も減ってきたな。どうする? 今日もひと狩り行くか?」
その言葉で、誰かの腹がきゅうと鳴る。
「……」
おれは、あえて音源を確かめたりはしない。
誰の腹の音かはわかりきってるし、我が身が大事だからだ。
「な、なによ!」
「なんも言ってねえよ!」
「あははっ」
三人でわいわいと騒ぎながら歩き、ちょっとだけおれの家に寄って必要なものを取ってきてから、村を出て近隣の森に向かった。




