02.自己紹介をば
自己紹介をしよう。
高校入学当初、すべりちらして黒歴史となったのは、はるか遠い過去のこと。
おれの名はロバート。姓はない。
ただいま十三歳。山間の農村で暮らす、農民のせがれ。
そんでもって元日本国民──要するに転生者だ。
どうだ? さっそく興味がわいただろ? それとも「またかよ」と思ったかな?
おれが転生したのは、オリジナルの異世界(?)ではなく、前世で実在したゲーム『クワンティック・エグゾダス』の世界。
『クワンティック・エグゾダス』は2022年、前世のおれが十八歳の時に発売されたRPGと恋愛シミュレーションをかけ合わせた作品だ。
勇者が仲間たちとともに魔王を倒すという古式ゆかしい王道ファンタジーゲームで、あえて90年代の作品のように作られていた。
そのせいか、おれが転生前にいた時代では、システム、デザイン、ストーリーの全てが、多くのユーザーたちから古くさいなどと言われもしていたが、それでもおれはこのゲームが、それまでにプレイしてきた作品の中で一番好きだった。
だから、おれがこの世界に転生したのは、運命なのかもしれないと思えた。
それとも単に、あっちでの最後の瞬間に、鞄に入っていたゲームだったからか。
……もしかしたら病院のベッドの上で、植物状態のおれがずっと見つづけている夢の可能性もあるが……これ以上考えるのはやめておこうかな。
さて、『クワンティック・エグゾダス』の解説はおいおいするとして、先におれ自身の話をしよう。
話はいまから八年ほど前に遡る。
当時五歳になったばかりのおれは、自分の部屋のベッドの上で、朝起きると唐突に前世の記憶を思い出した。
前世のおれは友人たちとの飲み会の帰りに、道路に転んだ婆さん(もしかしたら、爺さんだったかも)を助けようと飛び出してトラックに轢かれたのだ。
友人らも同じように飛び出したはずだが、おれにはその後の記憶がないため、あいつらがどうなったのかはわからない。
おれと一緒に死んでしまったのか、もしくは助かったのか。
確かめる方法はないが、できれば生きていて、幸せになっていてほしい。
あの時のおれは高校を卒業した後、バイトをしながら就活をつづけ、念願叶って小さなゲームメーカーに就職が決まった。
そして、その就職祝いの飲み会の帰りみちで、事故にあってしまった。
ふたりの親友、理工学科に所属する大学生のハカセと、ケーキ屋の息子で、製菓学校に通っていたモーちゃんも、あの瞬間に一緒だった。
親友たちはおれの就職を祝ってくれて、まるで自分のことのように喜んでくれた。
それを無駄にしてしまったことが、切なく、悲しかった。
ふたりにもう二度と会えないと思うと、とても寂しい気持ちになった。
けれども、ずっとくよくよしているわけにはいかない。
二度目の人生は、もうすでにスタートしている。
おれが転生したのは、ゲームの世界、つまりは剣と魔法のファンタジー世界。
そんな世界に転生したら、まずは望むもの。
そう、憧れの『チート』。
すでに五年もこっちの世界で過ごしていたが、現時点でそんなものは持っていなかった。
あ、いや、持っていても気付いてないだけかもしれないが、とにかく自覚できるものは、なにもない。
しかし、チャンスはまだあるかも。
前世の記憶がよみがえった、いまならば。
よし、神さまにお願い……えっと、一体どの神さまに?
東の? それとも、西の? あっちの? それとも、こっちの?
迷った挙句、おれは想像しうる全ての神さまに、願いを一斉送信することにした。
カミサマ、ドウカオレニ、チートヲサズケテクダサイ。
……。
結果、返信はゼロだった。
ならば、こっちはどうか、と呟いてみる。
「ステータス、オープン」
そう口にすると、目の前に立体映像のようなウィンドウが現れた。
ウィンドウはB4サイズくらいの板状で、空中にうかんでいる。
こっちは「正解」だったようだ。
「おお!」
たったそれだけのことであったが、実際にそれを目にして、転生をしっかりと実感できたからか、えも言われぬ感動があった。
目の前にうかぶ長方形の板は、集中することで透明度を変化させることができた。
PCのモニターのように、はっきりくっきりと見えるように調整する。
そこには期待通りに、おれの個人情報が羅列されている。
「名前と職業……適正? スキルレベルの表示はあるけど、自分自身のレベルはないのか。強くなるにはどうすればいいんだ? やっぱり経験値なのか? HPやMPの表示もない。体力と魔力の表示はあるから、これが代わりかな?」
自分のステータスを上から順に確認していく。
個人情報といっても、表示されているのはおおよそ『強さ』に関わる数値などで、もっと基本的な事柄、つまりは年齢や性別、身長、体重なんかの表示はない。
ここらへんはゲームと同じだ。
「うーん。筋力、知力、俊敏性、魅力に運と、それから……全部並みかそれ以下。魔法適正はなし。チートは……やっぱり、なしか……」
おれの異世界無双物語は、残念ながらここで幕を閉じた。
せっかく剣と魔法の世界に転生したんだから、せめて魔法くらいは使ってみたかったな。
まあ、前世でもおれは、なにかの主役になったことなんて一度もない。
今世もそうだとしても、驚くには値しない。
悲しいかな、潔く諦めるのは得意だ。
現代日本を生きたならば身につく、必要スキルである。
「それから……職業適性は……狩人」
狩人とは、意外と悪くはない。
むしろ、いま住んでいる片田舎の村で暮らしていくなら、非常に便利な職業かもな。
村のすぐ近くには、野生の動物や、魔獣が住む広大な森もあるし。
「獲得スキルは……投擲か」
狩人なら、弓術スキルがあればもっとよかったが、全くなにもないよりはましだろう。
投擲スキルは「物を投げたら高い確率で目標に当てることができる」というスキルだ。
物はなんでもいい。そこらに落ちている石ころでも、食事用のナイフやフォークでも、剣でも槍でも。
矢を投げれば弓で射るのと同じかもしれないが、たぶん専門の弓術スキルほどの威力はないはずだ。
それに弓術スキルには矢を刺すという、二次的な効果も得られるが、投擲スキルにはそれがない。
基本スキルから派生する必殺技みたいな『エクストラスキル』も、投擲スキルにはなかった。
「しかも、初期値で3か。へえ、後でちょっと試してみようかな」
転生前の、ゲーマーだったころの血が騒ぎだす。
いままで真剣になにかを投げたことがなかったから、こんなスキルを持っていることには気づかなかった。
誰もが知っていることだと思うが、スキルを使用しての攻撃力はレベルに比例する。
投擲スキルの場合、命中率もレベルとともに上がる。
『クワンティック・エグゾダス』のスキルレベルの最大値は10。
ゲームの仕様と同じであれば、投擲スキルをレベル10にすればほとんどの魔獣を石ころで倒せるはず。
現実にそこまで上げるのに、どれほどの修練が必要なのかは、いまはまだわからないが。
チートというにはほど遠いが、それでも自然と笑みがこぼれる。
「よし。狩人になって、魔獣を狩りまくって、前世でできなかった親孝行でもしようかな」
この世界の父親も母親も、とてもいい人たちだ。
いつも優しく、時には厳しく、ひとり息子のおれに愛情をたっぷり注いでくれている。
そんなふたりに、おれがなにかをしてあげたいと思うのは、おかしなことじゃなかろう。
前世の年齢を合わせれば、もう二十五なわけだし。
転生して、田舎の村でスローライフ。
転生前の記憶を取り戻して早々に、今後の方針が決まった。
さっきも述べたが、『クワンティック・エグゾダス』はおれが一番好きなゲームだ。
元々小さいころからゲームが好きで、これまで色々と遊んできたが、ここまで好きになったゲームははじめてだった。
だからもう、めいっぱいやり込んだ。
ゲームの他に、設定資料集も買って、公式の小説や同人誌も集めまくって全部読破した。
よって、この世界のことはかなり詳しいという自負がある。
『クワンティック・エグゾダス』には多数の魅力的な人物が登場する。
が、その中にロバートという名の人物は出てこない。
つまり、ロバートはモブなのである。
いずれはこの世界に魔王が復活し、新たな勇者が誕生して、仲間たちと力を合わせて魔王を打ち倒すだろう。
その旅の最中、勇者は諸国の美女たちと恋に落ち、そしてえっと……イチャコラする。
モブである自分には、まるで関係のない話だ。
「でも、推しのマリンには、一度は会ってみたかったな……」
赤の聖女マリン。
『クワンティック・エグゾダス』のヒロインのひとりで、勇者アーサーと同じ『名もなき村』出身の少女。
勇者とともにその資質を見出され、聖女となって魔王討伐の旅に同行する。
他のヒロインである王女や貴族令嬢のような華やかな見た目ではないが、快活な美少女で、人一倍慈愛に満ちた心を持つ。
ただ、極度のやきもちやきで、嫉妬するとすぐに暴力を振るってしまうのだが、聖女という属性ながら暴力系ヒロインという彼女は、ある一定の層から絶大な人気を誇っていた。
ちなみに、おれもその中のひとりだった。
「すごく可愛かったんだよな。仲間たちにも優しくてさ。進路に悩んでた時も、元気づけられたんだっけな……」
そう口にして、ふとなにかが引っかかった。
「ん? マリン……赤毛……勇者……アーサー」
声に出してみると、おぼろげだった輪郭が、徐々にはっきりとうかんでくる。
点と点が線になってつながっていく。
思い出した前世の記憶と、この世界で過ごしたこれまでの記憶。
それらが溶け合ってひとつながりになる。
そのとき、
「ロブ! ねー! いるー!」
家の外から少女の声が聞こえた。
窓から外を見ると、五歳のおれと同じ年ごろの、赤毛の少女と金髪の少年が、ふたりで並んで立っていた。
「……マリン……アーサー……そうか、あいつらが……」
『クワンティック・エグゾダス』の勇者アーサーの故郷である『名もなき村』は、どうやらこの村らしかった。




