01.成長
振り上げられた剣の刃が、朝の陽光を反射して眩しくきらめいた。
「やーっ!」
黄金色の髪の少年が、雄々しく猛る。
声変わりもまだ迎えていないその雄叫びは、相手を怯ませるほどのものではなかったが、自身を昂らせる効果はあったようだ。
少年の振るう剣が、にわかに加速する。
それは、十三歳の振るうものとは思えない剣速だった。
しかし残念ながら、対戦相手の元騎士には届かず、少年が振り下ろした剣の切っ先は、かつんと虚しく地面を叩いた。
たった今までその地面に立っていた元騎士の男は、流麗な運足で剣を躱しつつ、同時に彼我の距離を詰め、少年が再び構え直すよりもはやく自分の剣を少年の喉もとに突きつけた。
「それまで!」
ふたりから少し離れた場所で、審判役をつとめるおれが、試合の終了を告げる。
おれの声を聞いて、中性的で整った顔立ちの少年──アーサーはほんの一瞬、安心した表情をうかべるが、師匠である対戦相手のジャックの厳しい眼光を受け、すぐにまた表情を引き締めた。
おれたちのいるジャックの家の庭は、この村にはよくあるつくりで、要するになにもない。
今日のように晴れた日ならば、ちょうどいまみたいな剣術の稽古試合にはうってつけの場所である。
ふたりは勝敗が決した体勢のまま、お互いに動かずに十秒ほどが経過する。
「よし、もういい」
ジャックがそう言って、先に剣を腰の鞘に収める。
アーサーは今度こそ全身から力を抜いて、ふーっと息をひとつ吐いた後、同じく剣を収めた。
(これは、残心ってやつだな)
これまで武道や武術の経験が一切なかったおれは、ゲームや漫画の知識からそう判断する。
勝敗が決したと思っても、そこからなにがあるかわからないから、終わった後も気を抜くなってことだよな。
アーサーとジャックは相手から片時も目を逸らすことなく、お互いに軽く一礼して、正式に稽古試合は終了となった。
それから、ジャックがアーサーに近付いて、二、三言アドバイスする。
「だいぶ腕を上げたな。最後のは、特にいい太刀筋だったぞ」
師匠の目から見ても、アーサーは着実に成長しているらしい。
期待通りの結果に、おれは満足していた。
「でも、簡単に避けられちゃった。ジャックには、まだ全然敵わないや」
アーサーが悔しそうに言うが、顔には爽やかな笑みがうかんでいた。
「お前はまだ十三歳だ。すでに十分な実力だが、これからもどんどん強くなるだろう。将来が楽しみだな」
ジャックがアーサーの肩に手を置いて、ぽんぽんと優しく叩く。
身長差はけっこうあって、頭ひとつ分くらいジャックのほうが高い。
アーサーとおれは同じ年齢で、アーサーの方がおれよりも少し背が低いが、それでも村の他の十三歳のやつらと比べても、そう低いわけではない。
とすると、ジャックは多分、百八十センチはあるだろうな。
ジャックの年齢は、出会った当初は三十歳だったから、いまは三十八歳か。
王国の騎士団を辞めた理由は、本人が語りたがらないためずっと謎のままだが、見た目は年齢よりも若々しく、からだも非常に引き締まっている。
もしも、からだの衰えが理由だったと言われても、おれには信じられない。
ジャックのステータスを、おれの能力で改めて確認してみても、どれも平均よりずっと高い数値だ。
(ジャックの剣術スキルはレベル5。アーサーの剣術スキルも同じくレベル5。レベルは同じなんだけどな……)
この世界での能力はほとんどの場合、ステータスのパラメーター数値と、持っているスキルに依存する。
大体のスキルは生まれつき持っているものだが、さらにそれを鍛えることで、尋常ではない能力を身につけることができる。
スキルの有無やレベル次第で、小さな子供が大人に勝つことも可能だ。
スキルとは、この世界で「最も強力な武器」だというのが、おれのこれまでの認識だった──けれど、必ずしもそうでないことを、おれはジャックに教わった。
さっきの稽古試合を、脳内で再生する。
おれの目から見れば、アーサーの動きは間違いなく熟達した剣士のものだった。
だがジャックは、まだ余裕を持ってその上をいっている。
(となると、やっぱり経験と技術の差ってことだな。いい師匠に出会えてよかった)
うんうんと頷いていると、
「ねえ、ちょっと」
声をかけられ、おれは隣に立つ声の主に顔を向けた。
この庭にいたのは、アーサーとジャック、それにおれと、あともうひとり。
そこには、おれやアーサーと同世代の赤毛の少女──マリンが立っていて、やや興奮気味におれを見つめていた。
「……なんだよ?」」
一瞬、声が上ずりかけたが、しっかりとそれを抑えてたずねる。
もう慣れたはずなのに、間近でその顔を見ると、たまにまだどきりとしてしまう。
こればかりは、仕方がなかろう。
「アーサーってば、また強くなってるんじゃない?」
マリンは、大きな瞳がこぼれ落ちそうなくらいに、目を見開いた。
「ああ、そうだな」
「これってさ、本当に──」
眉根を寄せ、マリンが訝しがるような顔になる。
「勇者ごっこなのよね?」
「そうさ。楽しいよな」
おれは涼しい顔で、そう断言した。




