30.勇者選定の儀Ⅲ
「塵あくたどもよ、死の恐怖を存分に味わいながら、逝け」
プロキオンが『葬送の魔笛』を構え、吹きはじめると、寒気を覚えるほどの不気味な旋律が、教会のホール内に響きわたった。
『葬送の魔笛』は横笛のかたちをしたアイテムで、この笛の音を聞いたものは、死の恐怖にとりつかれて苦しみぬき、最後にはショック死する。
どんな屈強な戦士であっても、死に対する恐れがあるかぎり、決して抗うことはできない。
これは、ゲームでもプロキオンの特殊攻撃とし出てくる、わりと高い確率で即死させられてしまう、凶悪な技だった。
「う……あ……」
「い、嫌だ……来ないで……」
「あぁぁぁぁ、助けて、助けてくれぇぇ……」
「えええええええやあああああ」
儀式の場は、参加者たちの声で、阿鼻叫喚となった。
あるものはうめき、あるものはすすり泣き、あるものは気がふれたかのように、意味のない言葉を叫んでいる。
マリンとアーサーもその場にうずくまり、涙を流しながら、がたがたと震えていた。
「マリン……アーサー……くそっ! ふたりになんてことしやがる!」
苦しんでいるふたりの姿を目にして、おれは拳を強く握りしめた。
このままでは、みんなここで死んでしまう。
なんとかしなければ──。
「……ねえ、ふたりとも。どうしてかな? 僕は、なんともないんだけど」
レックスがぽつりと呟く。
「……私も、なんともありません」
ジョセフも同様らしい。
そう言われてみれば……。
「ああ。おれも、なんともないな」
三人で、顔を見合わせる。
おれの目から見て、ジョセフとレックスにおかしなところはない。
ふたりのステータスも確認してみるが、異常はどこにもなかった。
「あの笛の音を聞いても、平気ってことは……おれたちには、死に対する恐怖心がまったくないってことだな。なんでだ?」
「それは……もしかすると、過去に一度死んでいるからかもしれませんね」
「あー、なるほど。確かにそうかも。さすが、ハカセ」
「いえ、あくまで推測でしかありませんが……」
本当にそうなのかはわからないが、理由としては、しっくりくる。
「……ふたりとも、苦しんでるふりをしろ」
おれはそう言って、床に寝そべり、大げさに苦しんでいるふりをする。
すぐにふたりもつづき、おれの演技をまねた。
「あいつに変に思われるとまずい。なんにせよ、僥倖だ。この隙に、せめてあの魔笛を破壊する方法を考えないと」
平気なのがばれないように、ぎりぎりまで声を潜める。
「そうですね」
「うん」
笛の音で聞き取りにくいと思うが、ふたりからはちゃんと応答があった。
プロキオンを倒せるかどうかはわからないが、とにかく、まずはあの笛をなんとかしなければ、確実にみんな殺される。
「とりあえず、あの台座の裏に行くぞ」
「わかりました」
「りょーかい」
おれたちは、ほふく前進で、聖剣の置かれた大理石の台座までたどり着き、プロキオンから隠れるようにして、三人並んで台座に背中をあずけて座った。
『ねー、なんか、へんな音聞こえない? これって、あたしだけかなー?』
聖剣からは、相変わらず女の声が聞こえる。
こいつも、魔笛の影響は受けていないようだ。
まあ、剣だしな。
「うるさいぞ。ちょっと黙ってろよ」
他のものには聞こえないようだが、思考の邪魔なので、やめさせようと小声で注意する。
『えー、なんでよー! こっちは全然動けないのよ! しゃべるくらいしかできないの! あー、目は見えるかなー』
声は不満そうに言い返してきた。
かなりうざい。
「そんなこと聞いてねぇよ。こっちは大変なんだ」
『だってさー、暇なんだよー。けど、まだぞわぞわするー』
「うるさいっての。黙って、箱の中で寝てろよ」
うん? 箱?
そういえば、あいつは──。
「なあ、さっきプロキオンが『箱もか』って言ってたよな?」
プロキオンが、箱に手をかざした時だ。
あの時、箱も電撃を放ったように見えた。
「ええ。言っていました」
「うん。僕にも、そう聞こえた」
ふたりが間髪入れず答える。
やはり、おれの聞き間違いではなかったか。
「この箱にも、なにか仕かけられてるのかな?」
「わかりません。ですが、その可能性はありますね」
「え? どういうこと?」
「単純な話ですよ。さっきみたいに、魔族に持っていかれたら、困るからです」
「なるほどねー」
「けど、魔族じゃない人間は触れるんだよな?」
「ええ、そのはずです。でないと、運べませんから。いまもこうして、ここにありますし」
「じゃあ、先代の勇者か、もしくはその仲間の誰かが、人間には無害で、魔族には有害ななにかを、箱に仕込んだのかな?」
「先ほどのプロキオンのようすから察するに、それで正しいと思います」
「……」
ジョセフの推理を聞き、ほんの少しの間、黙考する。
「……そうか。じゃあ、おれならできるな」
「……そうですね。あなたのスキルなら、可能ではないでしょうか」
「うーん、まだよくわからないけど、僕の力が必要ならなんでも言ってね」
「ああ、頼りにしてる」
おれは座ったままの状態で、さっと箱の端を触ってみた。
電撃やその他の刺激は、なにも感じない。
「よし。なんともない。いけそうだ。いまからこの箱を、聖剣ごとあの野郎にぶつける。おれの投擲スキルなら、目標をあの魔笛にすれば、多分破壊できると思う」
おれは、ジョセフとレックスの顔を見つめた。
「おれのスキルはレベル8だが、それでも絶対に外さないとは限らない。だけど、これはなんとしても当てなきゃならない」
「あれ? レベルは7じゃなかった?」
レックスが、自分の記憶との相違点を指摘する。
「いまは8なんだよ」
そう言いつつ、懐にしまっていた金色のブレスレットを取り出して、右腕に通した。
鉛玉や木の実を入れた革袋は、宿に置いてきたが、このブレスレットは貴重品のため、肌身離さず持っていたのだ。
「それって、レアアイテムだよね? えっと、たしか……レベルを上げるやつだっけ?」
そう。この金のブレスレットは、『我武者の腕輪』といって、以前にジョセフを介して、エリックから借りたやつだ。
ゲームにも登場し、現在のHPを半分にする代わりに、スキルのレベルをひとつ上げられるアイテムである。
現実では、HPの数値が体力の数値に置きかわっているので、前に試したところ、体力がちゃんと半分になった。
「そうだ。だから、いまだけは、おれの投擲スキルはレベル8なんだ。それとこの箱を合わせれば、魔笛ごとプロキオンに、それなりのダメージを与えられる……はずだ」
「でも、もしも反撃されたら、リョウは……」
元々、おれの体力値はそう多くない。
へたをすると、一撃死もあるかも。
「大丈夫だ。その後は、全力で逃げ回るからな」
「……うん、わかった。けど、本当に気をつけてね」
これも以前試したが、『我武者の腕輪』は一定時間外せない。
強制力がはたらいて、手首のところから動かせなくなるのだ。
「壊さないでくださいね。それ、国宝なんですから」
ジョセフが、さらりととんでもないことを言いだす。
「え? 嘘だろ? 貴重品だとは聞いてたけど、国宝だとは聞いてないぞ」
「ええ。言ってませんから。そんな特別なアイテム、簡単に手に入るわけないじゃないですか」
「国宝って……そんなもの、エリックはどうやって……」
「それだけ、父上のこの王国に対する貢献度が──っと、いまはそれどころではありませんよ」
「そ、そうだな」
「だから、ちゃんと生き残って、あなたから返してください」
「……微妙にフラグっぽいが、わかったよ。ふたりとも心配してくれて、ありがとうな」
おれは台座の陰から顔を出し、ちらりとプロキオンを視認した。
やつは、先ほどと変わらず、空中で魔笛の音を奏でつづけている。
おれたちには、気づいていないようすだ。
「チャンスは一度きり。繰り返すが、レベル8でも絶対に外さないとは限らない。少々危険だが、ふたりはあいつの気を引いてくれるか?」
「はい。わかりました」
「うん。任せて」
ふたりが揃って了承する。
「頼む。じゃあ、はじめるぞ。反撃開始だ」
ジョセフとレックスが、台座の陰から同時に飛び出した。
おれから見て、ジョセフは右から、レックスは左から、プロキオンに向かって走る。
そして、すぐにふたりは、空中で魔笛を吹いているプロキオンの下あたりに到着した。
「やーい! へたくそー! そんな演奏じゃあ、眠くなるぞー!」
「聞くに堪えませんね! まだ雨蛙の合唱の方がましですよ!」
ふたりで、あらん限りの大声を出して、プロキオンに野次を飛ばす。
演奏中のプロキオンが、目を見開き、驚きの表情をうかべた。
自分の技が効かない人間を、はじめて見たのかもしれない。
だが、一瞬の後、プロキオンは技の効果をさらに強めるため、目を閉じて演奏に集中する。
(いまだ!)
おれは立ち上がって、箱の側面にある取っ手を掴んだ。
『ねー、もしかして、さっきのやつが、このへんなお──わっ! 暗い!』
聖剣の剣先の方向をしっかりと確認し、手ばやく蓋を閉じて、箱を右手に持つ。
(この形状なら、ハンマー投げスタイルだな)
右手首に左手を添えて、その場でぐるぐると回転をはじめる。
ちらりと、おれの脳裏に、先ほどのマリンの顔がうかんだ。
死の恐怖におびえ、泣きながら苦しんでいた。
「何度も、言ってるだろうが……」
遠心力がはたらき、箱が重みを増していく。
元からかなりの重量があったから、腕が千切れそうだ。
「推しを泣かすやつはなぁ……」
回りながら、しっかりとターゲットを捕捉する。
魔笛とおれの間には、障害物となるものはなにもない。
「最低なんだよ!!」
掴んでいた箱を、魔笛目がけて放つ。
砲弾と化した箱は、魔笛とプロキオンに直撃した。
「──!」
魔力障壁に阻まれることなく、箱は魔笛とプロキオンに直接当たり、粉々に砕け散った。
プロキオンは勢いよく吹き飛ばされ、床に落下した。
(魔笛は……)
その場から目を凝らして探すと、床に落ちた魔笛を見つけた。
どうやらこちらも、見事に砕けているようだった。
(やった! これで、もう魔笛は吹けない。あとは、魔力障壁がどうなったか……)
もしも箱に聖剣と同等の効果があるならば、魔力障壁も破壊できたかもしれない。
実際に、箱はプロキオンにダメージを与えている。
「こ、このぉ……ゆ、許さん……絶対に、許さんぞ……」
怨嗟の声を吐き出しながら、プロキオンがよろよろと立ち上がった。
その右の肩口に、聖剣が突き刺さっている。
(ラッキーだ! これで魔力障壁は完全になくなったぞ!)
それも期待して、聖剣の剣先をあいつに向けて投げたのだが、想定していた中で最良の結果に、思わず頬がゆるんだ。
「よくも……」
プロキオンが肩口の聖剣に手をかける。
「忌々しい剣め。この──ぐぅああああああ!」
激しい電撃が聖剣から放たれ、プロキオンが悶え苦しむ。
自分で抜くことはできまい。
この状態なら、アーサーのエクストラスキルで、あいつを倒せるかもしれない。
けれど、はやくしなくては。
あいつが、あの姿にならないうちに……。
「塵あくたごときが、よくもこの俺に……この俺にィィィ……」
わなわなと震え、
ウォオオオン!
犬のように、咆哮する。
すると、プロキオンのからだが徐々に変質していく。
「くそっ! やっぱり、こうなるのか!」
やがて、プロキオンは巨大な異形の犬の姿となった。
◇ ◇ ◇
ゲームでは、軍将六輝星はみんな、一定時間に倒しきれないと第二形態に変身し、パワーアップする。
魔鷲のアルタイルは、鷲に。
魔獅子のレグルスは、獅子に。
魔牛のアルデバランは、牛に
魔蠍のアンタレスは、巨大な蠍に。
魔姫のスピカは、半身が蜘蛛の絡新婦に。
そして、魔犬のプロキオンは犬型にだ。
犬といっても、その大きさは、熊よりもはるかに大きい。
ベースは多分、ドーベルマン・ピンシャーかな。
その姿は異形で、顔は犬に変わるが、頭部には変身前と同じで二本の角があり、全身はやはり黒い体毛におおわれ、蝙蝠型の翼もついたままだ。
肩に聖剣がささったままだが、その威圧感は、Aランクの魔獣以上だった。
『塵あくたを相手に、この姿を見せることになるとは……よくも俺に恥をかかせてくれたな。お前らまとめて、食い殺してやるよ』
プロキオンが、にゅっと口角をつり上げて、魔犬になった顔に笑みをうかべる。
その凶悪さは、人型の時以上だ。
けれど──。
「熾天剣。絶技、一閃炸裂」
多数の光の斬撃が、プロキオンに浴びせかけられる。
技を放ったアーサーは、肩で息をしながらも、しっかりと剣を構えていた。
その雄姿は、間違いなく勇者だ。
『ぐうおっ! く、くそがぁ! さっきよりも、効きやがる……』
魔力障壁をなくしたためか、プロキオンは大きなダメージを受け、よろめき、呻いた。
しかし、すぐに体勢を整えて、アーサーを正面から睨みつける。
『好き勝手してんじゃねぇぞ!』
プロキオンが、床を蹴り、猛烈な勢いでアーサーに突進する。
アーサーは、剣でプロキオンの頭部を切りつけ、力の流れを変えて、超重量級の体当たりを回避した。
が、その後、剣がぽっきりと折れてしまった。
『かはははは! そんな貧弱な剣で俺と戦おうとは、笑わせやがる!』
普通の剣では、エクストラスキルの連続使用に耐えられなかったようだ。
やつを倒すには、聖剣でないと駄目なのか。
だが、アーサーでも聖剣はまだ持てない。
アーサーを援護したくても、おれはいま、投げられるものを持っていない。
武器の持ち込みができなかったから、鉛玉や木の実は宿屋に置いてきていた。
こんなことなら、くるみくらいは「非常食だ」とか言って持ってくるんだった──仮に持っていたとしても、その程度では、豆鉄砲くらいにしかならないのかもしれないが……。
(なにか、投げれるものはないか……なにか……)
きょろきょろとホール内を見回す。
その間に、アーサーが手に持っていた折れた剣を投げ捨てた。
『はん! もう諦めたのか! いいぜ! やっぱり、まずはお前から殺してやるよ!』
プロキオンが再び突進する。
「アーサー!」
(なんでもいい! あいつに対抗できるもの! なにか! ……そうだ! あれなら!)
おれは、そこへ走っていき、床に落ちている砕けた箱の破片を拾い上げ、すぐにそれをプロキオンに投げつけた。
箱の状態の時と同じく、破片はあっさりと直撃した。
『ぐはっ! なんだ! この痛みは!』
プロキオンが足を止め、わめく。
(よし! 効いてる!)
それならばと、手当たり次第に、落ちている破片を投げまくった。
『くそっ! がはっ! やめ……ぐほっ!』
どうやら、かなり効果があったらしく、プロキオンはふらふらになっていた。
聖剣の『収納箱』にこんな使い方があったとは……。
思わぬ収穫だったが、すぐに破片は投げ尽くしてしまった。
『こぉのぉ……ごみくずがぁあああ!』
疲弊しているとは思えないすばやい動きで、プロキオンがおれに突進してくる。
「や、やば……」
プロキオンの頭突きによって、おれは勢いよくはね飛ばされた。
「ロブ!」
マリンの叫ぶ声。
その声をどこか遠くに聞きながら、
(前にもこんなことあったな。あー、けど、今度こそ死んだかな)
とっさに腕をクロスして防御したため、衝突のダメージはそれほどでもないが、この勢いで壁や床にたたきつけられたら、おそらく死ぬだろう。
カオスサーペントの時よりも、スピードが出ている気がする。
(マリンの花嫁姿を見届けたかったが、仕方ないか。アーサー、絶対にマリンを幸せにしろよ)
この後の激しい衝撃に備えていると──
(ぐわっ! ……あれ?)
どすっと、思っていたよりも柔らかい感触が、おれを迎えた。
痛いのは痛いが、十分に耐えられるくらいの衝撃だ。
どうして……。
「よかった。間に合ったよ」
「ひとりで、かっこつけないでください」
首を捻って背中側を見ると、そこには、ジョセフとレックスがいた。
飛ばされたおれを、ふたりがかりで受け止めてくれたようだ。
「……ふたりとも、ありがとうな」
「なに言ってるの。当たり前のことだよ」
「死なれたら困ると言いましたよ」
「……プロキオンは!」
おれは、すぐに顔を前に戻した。
ちょうど、プロキオンがアーサーに向かっていくところが、おれの目にうつった。
その動きは、これまでよりもだいぶ遅い。
確実に弱っている。
しかし、アーサーは剣を持っていない。
迫り来るプロキオンのあぎとを、アーサーはからだを捻って躱しつつ、跳躍して、肩口の聖剣の握りを掴み、プロキオンに取りついた。
「うわあああああ!」
聖剣から伸びたいくつもの雷光が、鞭のようにアーサーを激しく打つ。
激しい痛みのため、アーサーは聖剣を掴みながらのたうった。
『かはははっ! いい気味だ! お前も触れねぇみてぇだな! すげぇいてぇだろ! かははっ! そのまんま、死んじまえよ!』
「うわああああああ!」
アーサーの絶叫が、ホール中に響いた。
袖口から肩まで、服がびりびりに裂け、露出した腕は見るも無残に大火傷している。
場所によっては血が噴出し、目を背けたくなるようなありさまだ。
だが、そんな状態になってまでも、アーサーは聖剣を握ったまま放そうとしなかった。
ここで、「その手を放せ」と口にするのは簡単だ。
もう、おれの喉元まで出かかっている言葉だから。
けれど、アーサーは決死の覚悟でやっている。
そうしなければ、みんな死んでしまうからだ。
だから、おれはマリンに向かって、こう叫んだ。
「マリン! アーサーにホーリーヒーリングをかけろ! 絶対にやめるな! ずっと、かけつづけるんだ!」
「わかってる! ホーリーヒーリング!」
マリンもそのつもりだったようで、すでに両腕を伸ばしていた。
マリンの両手から放たれた魔法の光によって、アーサーの傷ついた腕が、すさまじい速度で再生していく。
次の瞬間には、また焼けただれる。
さらにまた再生し、また焼けてを何度も繰り返す。
無駄なようにも見えるが、ちゃんと効果はあるようで、アーサーの顔から苦痛の色が徐々に薄れていく。
ホーリーヒーリングのような強力な魔法は、魔力の消費量も大きい。
幼少から鍛えてきたため、マリンの魔力量はかなり多い方だが、それでもそろそろ限界のはずだ。
頼む。もってくれ……。
「ありがとう、マリン。ロブ。おかげでだいぶ楽になったよ。これならできる。いまだけぼくは、本当の勇者だ」
雷光とは異なる色の光が、アーサーのからだから発せられる。
「熾天剣。絶技、一閃炸裂」
取り付いたままのかっこうで、アーサーが聖剣をぐっと捻り込む。
『痛てぇ! くそっ! な、なんだ! おれのからだが! やめろ! やめてく──』
その途端、プロキオンの体内で光の奔流が爆発し、プロキオンは一瞬のうちに千切れ飛んだ。
再生能力はないはずだが、たとえあったとしても、ここまでされては復活できないだろう。
──勝った。
負けイベントで、生き残った。
「アーサー!」
おれはすぐに駆け出し、くずおれるアーサーのからだを、途中で抱きとめた。
ざっと確認したところ、服はぼろぼろだが、命に別条はなさそうだ。
マリンのおかげだな。
「ろ、ロブ。ぼく、やったよ。見てくれた? 本当の勇者みたいだった?」
「ああ。いつも言ってるだろ。おまえは本当の勇者なんだよ」
「えへへ。よかった。ロブやマリンを守れたんだ」
「ありがとうな。ここにいるみんなも、おまえに感謝してるさ」
「ぼくでも、みんなの役に立てるんだね。嬉しいな……」
アーサーとふたりで笑い合ってると、おれたちのまわりに人が集まってきた。
その中にエリックの姿を見つけて、ほっとする。
マリンの治療が間に合ったんだな。
「アーサーよ。お前が勇者に選ばれたのだな?」
ハワードが重々しく口を開く。
アーサーは首を横に振った。
まだ少し赤黒く腫れ上がっている腕を見せて、
「いいえ。我慢して持ってただけです。とっても痛かった。もう触れません」
「……そうか。しかし、勇者でなくともここにいるみなを救ってくれた英雄であることに変わりはない。心より感謝する。ありがとう」
「い、いいえ。もったいないお言葉、感謝申し上げ……」
「そのような言葉、必要ない。お前は、みなの恩人だ。もっと不遜にしておっても、一向に構わんぞ。ふははははっ」
ハワードが高らかに笑う。
他のみんなも、少なからず明るい表情をうかべている。
絶体絶命の危機が去ったことを認識して、一息つけたようだ。
「とんでもないことになってしまったが、ひとまずは終わったようだ。アーサー、それからロバート、そしてマリン、お前たちには改めて話がある。後日、余のもとに来るように」
「はい」
「はい」
「は、はい」
おれたちは、一旦お互いに顔を見合わせてから、揃って返事をした。
「後の始末は教会のものに任せよう。では今度こそ、解散するとしよう」
ハワードの言に従って、王侯貴族らと勇者候補たちは教会から出ていった。
『ちょとー、どうなってるのよー、ねー、目がぐるぐる回って、いやなものを踏んだ感触がして、広いところにへんなかっこうの人たちがいっぱいいてー、これってなんなのよー、誰かー、教えてよー』
床に転がった聖剣から、やかましい声がするが、おれはあえて、それを全部無視することにした。




