29.勇者選定の儀Ⅱ
「プロキオン……たしか、ゲーム後半に出てくるボスクラスの魔族ですよね? どうしてここに?」
ジョセフが、声を小さくして、おれにたずねる。
ゲームをやりこんでいるおれは、その質問にきっぱりとこう答えた。
「わかるわけないだろ。ゲームではこんなイベントはなかったんだ。だいたい、ゲームの最初にボスクラスのキャラなんて出てきたら、それは──」
負けイベントだ。
すなわち、全員死ぬ。
ゲームならなんとか助かるかもしれないが、ここは現実だ。
アーサーたちがここで殺され、勇者を失った人類が滅びることもありうる。
『ねー、どうしたのー? すっごい音がしたんだけど? なにがあったのー? あたしにも教えてよー。あと、なんか嫌な気分になってるんだけど、なんなの、これー?』
その声には応じず、おれはこの事態をなんとかするために、脳をフル回転させる。
「塵あくた共が、こそこそ集まってんなー。まあ、別にかまわんが」
プロキオンが、こちらに向かって悠然と歩きだす。
すぐに、控えていた聖騎士たちが、プロキオンを取り囲んだ。
『鳳翼』のエリックも、ホールの真ん中の通路に出て、聖騎士たちの輪から少し距離をおき、臨戦態勢をとる。
「父上……」
ジョセフが、エリックを見つめる。
ロディマス王国きっての魔導士とはいえ、さすがに今回は相手が悪い。
六輝星は、その名のとおり六人いて、魔王軍の軍将、つまりは将軍クラスで、魔王につぐ力を持ったものたちだ。
その中でも、プロキオンは物理攻撃に特化していて、魔法は使わず、爪と牙での肉弾戦を得意としている。
動きも異常にはやく、背中の翼を使って、空中すら縦横無尽に動きまわるため、ゲームでも非常に厄介な敵だった。
それでも普通の魔族なら、エリックに距離をとって魔法を使ってもらえば、ある程度は戦えそうだが、六輝星のやつらにはあれがあるはずだ。
「その姿。どうやら魔族のようだが、一体なにものだ? なぜここへ来た?」
この場の代表者であるハワードが、ホールの出入口に現れた闖入者に問う。
レックスを除く王族たちの前には、護衛のために聖騎士たちが並んでいる。
「はん! なぜって、そりゃ邪魔なもんをぶっ壊しにきたんだろうが。ん? そのなりは、お前がここの王か?」
プロキオンが口の端を大きく上げて、にやりと笑う。
顔だけは普通の人間の男だが、尖った犬歯がむき出しになり、より獰猛な表情になる。
何人かの参加者が、その顔を見て、ひっと小さく悲鳴を漏らした。
「うむ。そうだ。余がこの国の王だ」
動揺はしつつも、もの怖じせずにハワードが答える。
「そっか。けど、お前に用はねぇよ。俺の邪魔をしなきゃ、今日は見逃してやろう」
プロキオンが、どうでもよさそうにハワードを見やる。
「ここへ単身で乗り込んできて、その余裕とは……お前は、さぞや名のある魔族なのだろうな」
「あん? 俺の名を聞きたいのか? 別に隠しゃしねえが。軍将六輝星、魔犬のプロキオンだ」
「……なるほど。まさか、魔王軍の幹部だとは。しかし、ならば納得がいく。だが、いかにお前が強大な力を持っているとしても、聖剣は壊させぬぞ」
「お前の許しなんざ必要ねぇ。俺の好きにやるさ」
そう言って、自分を取り囲む聖騎士に構わず、プロキオンが堂々と歩を進める。
聖騎士たちは即座に、構えていた槍でプロキオンのからだを突いた。
「なにっ!」
聖騎士のひとりが、驚きの声を上げる。
槍の穂先は、プロキオンのからだを覆う黒い毛の手前で、目に見えないなにかに阻まれてに静止している。
(やっぱり、ゲームと同じであれがあるのか)
「ねえ、あれってさ……」
レックスが、小声で問いかけてくる。
「ああ。『魔力障壁』だ。魔王と、軍将六輝星のやつらみんなに、あれがある。どんな物理攻撃も、魔法も、ほとんど無効化する見えない壁だ。それを消すには、最初に聖剣でダメージを与えなきゃならない。だけど……」
いま、ここに聖剣を持てるやつはいない。
アーサーも含めてだ。
真の勇者であるアーサーでも、いまはまだ、聖剣に触れられなかった。
「けっ! 邪魔をするんじゃねぇよ」
プロキオンが左腕をひと振りすると、それだけで、やつを取り囲んでいた聖騎士たち六人が、あっけなく壁際へ吹っ飛んでいった。
おれは、すぐにマリンとアーサーを確認した。
いつもなら、ここでアーサーが飛び出すところだが、今回はマリンを守ることを優先してくれていて、その場に留まっている。
いつも持っている剣も、いまはここにはない。
ついでに、その他の勇者候補たちもさっと見渡してみたが、みんな顔を青くして硬直している。
(動かずにいてくれるのは、助かるが……)
ここに、自分の勇気を誇示しようとする愚かものがいないことに、少し安心する。
貴族側も、魔導士であるエリック以外に動くものはいなかった。
貴族席にいるロゼッタは、エリックを心配そうに見守り、ハリスなんかは、すでに椅子の下に隠れていた。
「それ以上は、動くな」
エリックがある程度の距離を保ったまま、プロキオンに告げる。
「嫌だね!」
プロキオンが笑いながら、挑発的に言う。
「ならば覚悟せよ。ファイア・ストーム!」
プロキオンに向けたエリックの左右の手のひらから、灼熱の火炎が発生して、プロキオンに襲いかかる。
室内のため加減はしているだろうが、ホールの一番奥にいるおれにも、感じられるほどの熱気だ。
だが、次の瞬間には、プロキオンを包む炎は、やつの腕のひと振りによってかき消された。
当のエリックはもちろんのこと、儀式の参加者たちが、一様に驚愕する。
「大した魔法だが、俺には効かねぇな」
「くっ! ファイア・アロー!」
エリックはつづけて、自分の周囲の空間に、複数の炎の矢を発生させて、プロキオンに撃ち込んだ。
けれど、どれもプロキオンに当たった直後、霧散した。
「無駄だ、無駄。お前らの魔法程度じゃあ、俺の魔力障壁は破れねぇよ」
「魔力……障壁……」
「あん? 知らなかったのかよ。ふはははは、とんだお笑いぐさだな」
(普通の魔族には、そんなものない。知らなくて当然だ)
エリックの心中を察し、同情する。
「父上……」
ジョセフが呟く。
そばに駆けつけていきたいようすだが、おれたちもここからむやみに動くことはできない。
目立つ行動をとって、もしもプロキオンの機嫌を損ねたならば、瞬時に皆殺しにされかねない。
「……」
彼我の力の差を賢明に悟り、エリックがうなだれる。
しかし、次の瞬間にはプロキオンに向かって走り出した。
(なっ──玉砕する気か!)
常に冷静沈着なエリックにしては無謀な行動だが、頭脳明晰な彼にしても、他に方法を思いつけないほど、いまは絶望的な状況なのだ。
「お父さま!」
ロゼッタが悲痛な声を上げる。
「ちっ! 邪魔くせぇな」
プロキオンは、エリックが自分に到達するよりもはやく前に出て、エリックに回し蹴りを放った。
エリックのからだは、先ほどの聖騎士たちと同じように、壁際に吹き飛ばされた。
「ち、父上!」
ジョセフは足を踏み出そうとして、すぐに止まった。
軽率な行動が、みんなを危険にさらすかもしれないと理解しているからだろう。
(すぐにマリンを……いや、いまは駄目だ……)
再度、マリンたちのほうに目をやると、エリックのもとに向かおうとするマリンを、アーサーが彼女の腕を掴んで引き留めていた。
そのアーサーにしても、苦渋の表情がその顔にうかんでいる。
(アーサー、マリンを頼む。お前の未来の花嫁を、こんなところで死なすんじゃねえぞ)
「さて、もう邪魔するやつはいねぇよな。お前らみたいな塵あくたを、いちいち相手にしてられるほど、俺も暇じゃねぇんだ」
プロキオンが、億劫そうに述べ、進行を再開する。
「ふたりとも、ゆっくりと下がれ」
「はい」
「うん」
おれたち三人は、こちらに向かってくるプロキオンに合わせて、山で熊に遭遇した時みたいに、ゆっくりと後退した。
せいぜい十メートル程度だが、聖剣から距離をとることができた。
「へえ、こいつが聖剣か。思ったより、大したことねぇな」
おれたちの存在などまるきり気にしていないようで、プロキオンはすぐに、箱に入った聖剣をのぞき込んだ。
『ひゃ! こわっ! なにこいつ! なんなの! 頭と背中になんかついてて……これってあれだよね! あれ! あれ? あれってなんだっけ?』
女の声が激しくわめきちらすが、やはりプロキオンにも聞こえていないらしく、それらしい反応はなかった。
『わー、ぞわぞわするー、あっちいってよ、あっち。しっ、しっ』
なおも不満の声がつづくが、プロキオンはそれに対して、始終無反応だ。
「そんじゃ、ぶっ壊してやるか」
プロキオンが鋭い爪を立てたその手を、聖剣に振り下ろす。
『きゃー!』
しかしその手が、聖剣から発せられた電撃によって弾き返された。
「痛ぇ! なんだ? 障壁か? 邪魔くせぇな」
再度手を振り下ろすが、結果は同じ。
おれたちの時よりも数段激しい電撃が、プロキオンの手をうちすえる。
やはり聖剣は、プロキオンたちの魔力障壁を無効化できるようだ。
いま、それをしっかりと確認できた。
現時点では、まだ誰も持てないが。
「ちっ! なら、とりあえず持っていくか」
今度は、箱を掴もうと手を伸ばす。
けれど、箱の方も帯電しているかのようで、同様にプロキオンの手を電撃で弾いた。
「くそっ! 痛ぇな! 箱もかよ! せっかく来たのに、そりゃねぇだろ」
さらに何度か試みるものの、聖剣にも箱にも、プロキオンは触れられなかった。
イライラしたようすで、プロキオンが誰にともなく口から漏らす。
「あーあ。やってられねぇぜ。遠いところわざわざ来てやったのによ。つまらねぇ! あーつまらねぇな!」
それから、おれたち三人に背を向けて、王族や貴族たち、勇者候補者たちを見回す。
「つまらねぇからよぉ! お前らみんな、ぶっ殺してやるよ!」
犬歯を見せて、にたりと笑う。
その場に集まっていたものたちが、揃って恐怖と絶望の表情をうかべた。
だが、そこで、
「──熾天剣。絶技、一閃炸裂」
突如、無数の光の刃が放たれ、一斉にプロキオンに襲いかかった。
(アーサーか!)
すぐにアーサーを探すと、壁際でこちらに向けて剣を振るっていた。
手に持った剣は、倒れた聖騎士から拝借したものらしい。
すぐ近くには、床に横たわったエリックに、光魔法をかけているマリンの姿もあった。
「ぐぉお!」
アーサーの攻撃をまともにくらったプロキオンが、その場でたたらを踏む。
(よし! これなら、もしかして……)
「──っは! 驚いたぜ。魔力障壁の上から、これだけのダメージを受けたのは、はじめてだ。塵あくたにしちゃ、やるじゃねえか」
プロキオンが、アーサーに鋭い眼光を向ける。
けれど、言うほどダメージを負っているようには、全く見えない。
(やっぱり、魔力障壁のある状態じゃ、エクストラスキルでも駄目なのか……)
最後の希望を打ち砕かれた悔しさで、おれは自分の唇を噛んだ。
どうすればいい? 本当に打つ手がない。
「いいぜ! まずは、お前から殺してやるよ!」
プロキオンが猛烈なはやさでアーサーに迫る。
アーサーの方も、マリンたちを巻き込まないためか、壁際からホールの中央に出る。
「はっはぁ! 死にやがれ!」
プロキオンは背中の翼を使ってうき上がり、弾丸のような勢いで、飛び蹴りをアーサーに見舞う。
アーサーは冷静に剣の腹でそれをいなし、返す剣でプロキオンのからだを斬りつける。
しかし、通常の攻撃では、プロキオンに傷ひとつつけられない。
(このままじゃ、じり貧だ。こっちには、プロキオンを倒す方法がない)
頼みの綱は聖剣だが、誰も持つことができない。
仮に他の伝説級の武器があったとしても、プロキオンの魔力障壁を壊せるのは、やはり聖剣だけのはずだ。
(せめて、聖剣で一撃入れられれば、あいつの魔力障壁を無効化できるのに……)
おれは、ジョセフとレックスの顔を見た。
ふたりは、ゆっくりと首を横に振る。
やはり打つ手なしか。
このまま黙って、プロキオンに全員殺されてしまうのを見ているしかないのか。
……マリン。
不安げにアーサーを見守る推しの横顔を、ちらりと確認する。
(こうなったら、最後の手段しかない)
「仕方ない。おれたち三人で、聖剣の真の力を解放しよう」
おれの言葉に、ジョセフとレックスが同時に目をむいた。
「それはもしかして、『サクリフィアの石』を使うということですか?」
ジョセフがそのことを確認する。
「それしか方法はない」
「でも、それって──」
レックスは、おれにしっかりと向き直った。
おれはふたりの意思を確認するように、ジョセフとレックスの目を真剣に見つめた。
「代償は、勇者を除くパーティーメンバー全員の命。ゲームでは基本四人パーティーだったから、おれたち三人の命で足りるはずだ」
「……あなたは、使ったことあるんですか?」
「ない。だって、当たり前だろ、おれのパーティーには常にマリンがいたんだぞ。マリンの命を犠牲になんて、できるわけないだろ」
「私もありませんよ。セリーナの命を犠牲になんてできませんからね」
「僕も。ジャニスに死んでほしくなんてなかったから、使わなかったよ」
「だけど、いまなら、おれたち三人の犠牲で済む。これならプロキオンを倒せるかもしれない」
「試したことのないことを、いまこの場でやると言うんですか? 聖剣の真の力を解放したらどうなるのか、あなたは知っているんですか?」
「もちろん。攻略本にちゃんと書いてあった。真の力を解放すると、アーサーが──」
言いかけて、途中で固まる。
しまった。
これじゃ、だめだ。
「リョウ、どうしたの?」
「アーサーがエクストラスキルの『霊神剣』を獲得する。勇者は一時的に神の領域に達するんだ」
表情を暗くして、つづける。
「それは、つまり……」
「やっぱり、アーサーが聖剣を持てないと、意味がない」
ジョセフとレックスも落胆して、三人はまた無言になった。
そういったやりとりをしている間も、アーサーとプロキオンの攻防はつづけられていた。
が、ふいに、
「あー、そこそこ楽しいが、そろそろ帰んねぇといけねぇな。てなわけで、これで終わらせるか」
プロキオンが三メートルほど上昇し、空中で静止する。
右手をぱっと開いて、手のひらを上に向けると、そのすぐ上に小さな空間の裂け目ができ、そこから細長い筒状の物質が現れた。
見た目は、ちょっと大きめの横笛だ。
「まずい! あれは、本当にまずい!」
おれは、思わず大声を上げてしまった。
「あれは……あれ、ですよね。たしかに、まずい……」
「……僕も知ってる。駄目なやつだ」
ジョセフとレックスが、呆然とその笛を見つめる。
プロキオンの手にしたそれは、『葬送の魔笛』というアイテムだった。




