28.勇者選定の儀Ⅰ
ようやくだ。
ようやくこの日がきた。
ゲームにおける、スタート地点。
厳密に言えば、ゲームの開始地点は、ニーポート伯爵邸のエリックの執務室であるが。
ゲームでは、エリックからアーサーは勇者の、マリンは聖女の資質があることを告げられ、ふたりは勇者選定の儀に参加するよう要請される。
そして場面が変わり、ふたりはすでに王都の教会内にいる。
一週間の旅の描写はない。
だから、おれの目の前にあるこの教会が、『クワンティック・エグゾダス』の実質のスタート地点と言えるのだ。
「長かった……十三年、いや記憶を取り戻してからだと大体八年か。ようやくはじまるのか……」
おれは、そびえたつ教会を見上げ、感慨にふけった。
『クワンティック・エグゾダス』における主神は三柱。
『天の神』『地の神』そして『古き神』だ。
人間が主に信仰するのは天の神
王国の教会も、この神を祀っている。
ちなみに、人間の中でも他の種族だと、ドワーフは『地の神』を。
エルフは『精霊』を。
魔獣使いなんかは『獣の王』を。
そして魔族は『古き神』を、それぞれ信仰している。
それ以外には、『魔神』ってのもいるが、こいつのことはまたそのうち。
天界はあるが、天国や地獄はない。
『天の神』であるデネウスは天界に。
『地の神』であるペテルタイルは大地の深淵に。
『古き神』であるヴェキオンは次元の狭間に、それぞれ住まう。
人は死んだら天界ではなく、幽界にいき、善人も悪人もみんな一緒に眠る。
生まれ変わりの概念はない。
ゲームでは生き返らせるための魔法やアイテムがあるが、この現実世界にはないとジョセフは言っていた。
けど、幽霊やゾンビはちゃんといるらしい。
『天の神』は動植物などの生命体を生み出し、『地の神』はその他の無生物を生み、『古き神』は時間や重さといった概念や、魔法を生みだしたとされている。
魔族も人間と同じく『天の神』によって生み出されたが、自分たちが幸せになれないのは『天の神』のせいだと逆恨みした結果、宗旨替えして、『古き神』を信仰するようになったとか。
「きらきらしてて、綺麗……」
「凄く大きな教会だね」
おれの隣に立ったマリンとアーサーが、同じように教会を見上げて言う。
国王に謁見した時と違って、今日は三人とも私服──パイク村から持ってきたものではなく、アザレアで礼服と一緒に買ってもらったやつ──だ。
儀式の場では、武器の持ち込みは禁止されているため、アーサーはいつも持ち歩いている剣を、今日は持ってきていなかったが。
おれも鉛玉の入った革袋は、宿屋に置いてきた。
教会はパイク村にもあり、アーサーはそこで暮らしていたが、目の前の教会はそれとは違いすぎて、その大きさに圧倒されているようすだ。
マリンの方も、たくさんの窓にはめこまれているガラスが、陽光を照り返して幻想的に輝くさまに、感動している。
聖ミリアム教会。
かつての勇者の仲間の名前がついた、今世の勇者生誕の場。
誕生するのは、一年後だけどね。
教会は城からほど近い場所に建っていて、今日これからこの中で勇者選定の儀が行われる予定だ。
時間は正午過ぎ。空はからりと晴れている。
参加者の多くは、すでに教会内に集まっている。
おれ、マリン、アーサーは教会の前に立っているが、ジョセフ、ロゼッタ、エリックはもう会場入りしている。
後援の貴族たちは、勇者候補とは別の席だ。
なんだか、転生前の卒入学式を思い出すな。
正確にはマリンとおれは勇者候補ではないが、アーサーのおまけでここにいる。
ゲームでも、マリンは勇者候補の儀に参加していたし、問題はないのだろう。
マリンやおれも、「もしかしたら」と思われているのかも。
おれたちは、教会の前でお互いに顔を見合わせて、ひとつ頷く。
田舎育ちのおれたちには、はじめての大舞台である。
三人で気合を入れ、教会内に足を踏み入れた。
儀式の場であるホールは、体育館ひとつ半ほどの広さがあり、天井の高さに関しては、体育館よりもずっと高い。
ホールの正面の一番奥には、巨大な大理石の像が設置されている。
有翼の人型の像で、性別はないらしいが、顔立ちは女に見える。
『天の神』デネウスの神像だ。
そのすぐ手前には説教などを行うためのスペースがあって、そこに大理石の台座がひとつ置かれている。
台座は、おれの腰より少し上くらいの高さで、縦横は日本家屋の標準的な扉を横にしたくらいのサイズ。
入り口からはよく見えないが、その上には、なにでできているのかよくわからない箱が、ひとつ置かれているはずだ。
その箱の中身こそ、そう──聖剣ウィンダリアだ。
ホールをさっと見渡すと、壁際には白銀の鎧をまとった教会の聖騎士が四十人ほど、完全武装して立っている。
それから、ホールの真ん中の通路を境に、入り口のほうから見て、右手側が貴族席。左手側が勇者候補たちの席になっている。
どちらにも木製の長椅子が等間隔にずらっと並んでいて、左右どちらとも、満席にはほど遠い。
ホールいっぱいにするためには千人単位の人数が必要だろうから、それは仕方ないだろう。
勇者候補はざっと数えたところ五十人。
ゲームでは四十三人だったから、少し多い。
みんな十代の少年少女で、二十歳以上のものはいない。
なんでも、聖剣を管理する教会が、二十歳を過ぎれば勇者の資質を失うと喧伝しているらしい。
なぜなのかはわからないが、一説には、先代の勇者が十代の少年だったのが理由の一つだとか。
ゲームでも、そのあたり説明はされていなかった。
観覧にきている貴族たちの数はもっと多い。百人以上だ。
ゲームでは……さすがにこっちは覚えていなかった。
貴族席の一番前には、王族が並んで座っている。
ハワード、デボラ、レックス、ルーシー、側妃、ジェームズ、ヘンリーだ。
その後列からは爵位の順なので、ニューポート伯爵家の三人は、王族たちより少し離れたところにいる。
ハリスの姿も貴族側の席にあるが、オズワルドは勇者候補の席の方に座っていた。
おれたちは、なんとなくオズワルドとは距離をとって、後ろのほうに着席した。
勇者候補側の席をざっくり見回すと、おれがゲームで知っている顔もちゃんとあって、ちょっと嬉しい。
彼女らと正式に顔を合わせるのは、学園に入ってからだな。
「本日は、わがロディマス王国の勇者選定の儀によく集まってくれた。知らぬもののためにまずは名乗ろう。わが名はハワード・ロディマス。ロディマス王国、現国王だ」
ハワードが、聖剣をのせた台座の前に立って告げる。
この国の貴族であれば、知らぬはずはないだろうが、勇者候補の中には、おれたちみたいな平民も何人かいる。
そのための口上なのだろう。
「これより勇者選定の儀を行う。まずは最初に、王女と王子たちに聖剣に触れさせる。これは、ただ勇者を自分たちの代わりに戦わせるのをよしとせぬ、我々王族の義務だ。もしも王女か王子のうちの誰かが選ばれたならば、余は喜んで勇者として送り出すことを、ここに誓う」
そう言って、着席している王女と王子たちに目を移す。
「では、レックス、ジェームズ、ヘンリー、ルーシー、ここへ」
呼ばれた王女と王子たちは、すぐに立ち上がって、聖剣のそばに寄った。
一番手は、第一王子である、レックスのようだ。
台座の上の箱は開かれていて、収められていた聖剣が露わになっている。
おれたちの見ている前で、レックスがゆっくりと聖剣に手を伸ばす。
おれは少し緊張して、そのようすを見守った。
レックスは転生者だ。
もしもレックスが、おれやジョセフに知覚できない隠されたチートを持っているとしたら、勇者に選ばれる可能性もあるのではと思ったからだ。
すでにチートみたいなルックスと王子の称号は持っていやがるが。
ばちっ。
空気が弾ける音がして、レックスが慌てて手を引っ込めた。
聖剣のすぐ近くで、小さく放電現象が起こったのが、離れたところにいるおれにも僅かに見えた。
レックスは出した手を、逆の手で包み込み、痛みを堪えるようにしている。
聖剣は、レックスを勇者とは認めなかった。
つづいてジェームズが聖剣に手を伸ばすが、「うっ!」と声を漏らして、手を引っ込める。
思い切りしかめた顔から察するに、かなりの痛みだったみたいだな。
そのつぎはヘンリーだが、兄たちの反応を見て気後れし、なかなか手を伸ばせない。
「ヘンリー」
ジェームズが名前を呼ぶと、ヘンリーは表情を引き締め、ゆっくりと手を聖剣に近づけた。
「いたっ!」
出した手を振りながら、逃げるように聖剣から離れた。
三人の王子たちは、聖剣に勇者として選ばれることはなかった。
王族からの最後の参加者は、レックスの実の姉で、ゲームでは攻略対象ヒロインのひとりである、第一王女のルーシー・ロディマスである。
年齢は、アーサーよりもふたつ上だったから、いまは十五歳のはず。
レックスやハワードと同じく、明るい金髪で肌は白く、瞳は青色。
意思の強そうな雰囲気の美少女だ。
レックスによれば、ゲームと同じく槍術スキルを持っているそうだが、いまの距離ではステータスの確認はできない。
ルーシーは先ほどのヘンリーと違い、一切躊躇わずに聖剣に手をかざした。
ばちっ、ばちっ。
レックスの時よりも、さらに大きな放電現象が起こる。
一瞬、ルーシーが端正な顔をしかめるが、そのまま聖剣に手を伸ばしつづけ、指先が聖剣に触れる寸前にまで近づく。
ばちばちばちばち。
途端に、聖剣が雷を帯びた。
はっきりと目に見えるかたちとなった電撃が、聖剣に触れるものを拒むかのように、弾き返そうとする。
「──っ!」
ルーシーは、我慢の限界をむかえたようで、ようやく手を引っ込めた。
くやしそうな顔をしているが、受けた痛みの辛さは、表に出していなかった。
やっぱり彼女は、根が武人タイプだな。
「残念ながら、王女と王子たちは聖剣に勇者として認められなかった。では次に、名前を呼ばれたものから順に前に出て、聖剣に手をかざすのだ。ただし、痛みを感じたらすぐにやめよ。絶対に無理をするな。無理に聖剣に触れようとすれば、たちまちその身を焼かれるものと心得よ」
ハワードがそのように告げ、そばに立っていた教会の法衣を着た男に目配せすると、その男は手に持った紙を広げ、書かれている文言を読み上げた。
「ではひとりめ、マイケル・レガート。後援はレガート公爵家」
勇者候補側の最前列の席に座っていた、体格のいい少年が立ち上がって、聖剣のもとに向かう。
さっきの王子たちと同じように、聖剣に手をかざし、ばちんと電撃を受けて、引っ込める。
次に別の名前が呼ばれ──。
これをひたすら繰り返す。
それからいくばくかの時間が流れ、ようやくおれたちの番がやってきた。
「ロバート、マリン、アーサーの三名。後援はニューワード伯爵家。三名共、前へ」
おれたちは揃って、聖剣の前に立った。
聖剣は、本体よりもひとまわり大きい箱に収められていて、いまはふたが開け放たれている。
先代の勇者が、自分以外が聖剣を持ち運べるように、この箱に収めたらしい。
魔王を封印したという箱には、ちゃんとした名前があるが、こっちにはない。
箱は白っぽい色で、石膏のような材質に見える。
側面の真ん中辺りには、持ち運びしやすいように、取っ手も付いている。
中には、古びてはいたが、青紫色の上等な布が敷き詰められていて、その上に聖剣が横たえられていた。
聖剣はオーソドックスな十字型で、長さも普通のロングソードと同じ。
刃の部分は、鋼のように見え、特別なところはない。
けれど、つばの部分には凝った装飾が施され、柄頭には深い青色の宝石がはめ込まれている。
おれはその石を、じっくりと見つめた。
(これが、例の石か)
特定の条件を満たすと、聖剣はその封じられている力をすべて開放する。
そのための重要な鍵となるのが、この『サクリフィアの石』だった。
経年劣化で古びて見える箱や布と違って、剣のほうはまるで新品のように綺麗だった。
聖剣ウィンダリア──勇者を選定する、伝説の剣。
おれは、レックスの時よりも緊張して、聖剣に手を伸ばす。
おれが勇者になる可能性も、ゼロではないかもしれない。
だが、すぐにその手に軽く電撃の痛みを感じて、引き戻した。
やっぱりね。はいはい、わかってましたよ。
次は、マリンだ。
「本当に無理すんなよ。痛かったら、すぐにやめていいからな」
おれの忠告に小さく頷いてから、マリンも手を伸ばす。
そしてすぐに引っ込めた。
マリンは痛みを与えられたことに、ちょっと怒って聖剣を睨んだ。
さて、真打、アーサーの番だ。
けれど、おれはもう結果を知っている。
ゲーム通りなら、今はまだその時ではない。
アーサーもおれたちみたいに、緊張した面持ちで、聖剣に手をかざす。
聖剣はやはりまだアーサーを認めず、軽めの電撃をアーサーの手に放った。
手を引っ込めたアーサーは、申し訳なさそうな顔をおれたちに向けた。
おれは黙って、「気にするな。次は大丈夫だから」というメッセージを込めて、笑みを返した。
その後は、残っていたやつらが順番に挑戦し、先発のみんなと同様の結果を出して、肩を落としつつ席に戻っていった。
(まんま、ゲーム通りになったな)
これで、この年のロディマス王国での勇者選定の儀は終了だ。
「誠に残念だが、このたびの選定の儀では、勇者は選ばれなかった。だが、これで終わりではない。もしもこれから一年の間、他国で勇者が誕生しなかった場合、ここでまた選定の儀を行うこととなる。その時はみな、再び参加してほしい。今日ここに集ったものたちは、その時のために自身を鍛え、研鑽に励むことを願う。余と王国は、そのためのいかなる協力も惜しまぬ所存である。これより先のことは、後日、追って知らせるものとする。以上だ」
(これで、オープニングシーンは終了だな。次は、学園生活が始まるわけか)
儀式が完全に終わり、みんなが帰り支度をはじめた時、
『ちょっとー、ねー、誰かー』
はじめて聞く、知らない誰かの声が聞こえてきた。
若い女の声、かな。
「なあ、いま誰か叫ばなかったか?」
「え? わたしには聞こえなかったわよ」
「ううん、ぼくもなにも聞いてないよ」
マリンとアーサーのふたりが首を横に振る。
『聞こえてるー? 聞こえてたらー、返事してよー』
気のせいではない。やっぱり聞こえる。
だが、ふたりに聞こえないんなら、おれの幻聴かもしれない。
『なんかさー、あたし、変てこな像の前にいるんだけど、聞こえてる人がいたらさー、こっち来てくんなーい? 全然動けないからさー』
(変てこな像? 像といえば、ここにあるのはデネウスの神像だけだ。その前になんて、誰もいないけどな……)
その場所には大理石の土台と、その上に置かれた箱と聖剣があるだけで、人の姿はない。
少し前にそこに立っていたハワードも、いまは教会を去るために、家族と一緒に貴族席の方にいる。
(……あそこにあるのは、聖剣……まさか、聖剣がしゃべっているのか?)
ゲームにはなかった展開だが、ありえなくはない。
言葉をしゃべる聖剣は、ファンタジーものの作品では、決して珍しくない。
魔法のある世界に転生した、いまのおれには、すぐに受け入れられるできごとだった。
「すまん、ふたり共。ちょっと行ってくる」
おれはマリンとアーサーに断って、聖剣のところに走っていった。
すると、ジョセフとレックスも、おれと同じように聖剣の前にやってくる。
三人揃ったところで、一緒に箱の中の聖剣を覗きこむと、
『やった! 聞こえたんだ! って、待って! すっごいイケメンだ! うそ! どうしよ!』
言ってる内容はおかしいが、声はよりはっきりと聞こえる。
隣のジョセフとレックスに目をやると、ふたりも同意を示すように頷いた。
「……なあ、あんた、ウィンダリアか?」
おれは聖剣に向かってたずねた。
『え? うぃん……なによ、それ?』
女の声が、不思議そうに訊き返してくる。
「……あなたは、なにものですか?」
ジョセフが改めて問う。
『なにものって? あたし? え? あたしは、えーと、うーん、あれ? ……誰だっけ?』
「あんたは聖剣ウィンダリアじゃないのか?」
違うなら、なんで聖剣から声が聞こえるんだ?
『せいけん? なんか、ものみたいじゃない。なによー、あたしはちゃんと人間ですー。名前は……いまはちょっと思い出せないけど』
「うーん、人間に見えないけどなー」
レックスが真面目な声で言う。
『ちょっと、いくらすっごいイケメンだからって、許されないことはちゃんとあるん──あ!』
なにかに気づいたらしく、急に言葉が途切れる。
『ま、待って! なんかこれ、やばくない!』
その慌てたようすに、おれたちは三人同時に首をひねった。
「どうしたんだ?」
『なんか、ぞわぞわする! すっごく嫌な感じ!』
「なんだ? なにを言って──」
その時、教会のホールの扉が、どぉんと轟音を響かせて、派手に吹き飛んだ。
集まっていた人々の悲鳴が、ホールにこだまする。
「なあ、聖剣ってのが、ここにあるんだってな?」
場にそぐわぬ、くだけた口調で、なにものかがたずねた。
そちらを見ると、ホールの出入り口に、高さ二メートルほどの異形の影が、ひとつ見えた。
「──っ!」
おれは驚きすぎて、息が止まりそうになってしまった。
「そんな……あいつは……」
「あれは……魔族ですよね?」
「どこかで……あっ、ゲームで見たことある」
そいつは、顔は普通の人間──白い肌で金色の瞳の二十代後半の男──だが、首から下のほとんどが黒い体毛に覆われ、手足に鋭い爪があって、頭には左右に角、尾ていからは尻尾、背中には蝙蝠のような翼を生やしている。
この世界に転生してはじめて見たが、間違いない。
魔族だ。しかも、ただの魔族じゃない。
「……あいつは、魔王軍の軍将六輝星のひとり、魔犬のプロキオンだ」
これは、とんでもなくまずいことになった。




